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ユイの言葉を聞き、グロットは今までの失言がまずいと気付いたのか、
机に置かれた魔具に飛びつくと魔具を床に落とし、魔力を足に込め踏みつけてバラバラにした。
「何してる!?」
「これで証拠はなくなったな」
「残念ですが無駄ですよ。
魔具の記録は別のもう一つにも転送されています。
そちらは私の友人が持っているのでそれを壊しても証拠は無くなりません」
喚くグロットをよそに、ユイはあくまでも淡々と話す。
「くっ!だからなんだって言うんだ俺の家は貴族だ、そんな証拠があるからってもみ消せば済む話だ」
証拠の隠滅が無理だと分かると今度は開き直り、権力を振りかざしだしたグロットに他の先生達が軽蔑の眼差しを向ける。
生徒には証拠もないのに処分だと言っておきながら、証拠のある自分の罪はもみ消そうとするとは、なんと面の皮の厚い。
「自分がしようとしたことを棚に上げて教師たる者がよく言ったものですね」
「それがどうした!」
睨み付け吐き捨てるように言うセイラの言葉もグロットには痛くも痒くもなかった。
「もみ消すなんて不可能ですよ」
緊迫した室内にユイの声が響く。
「出来るさ!おかげで俺は教師になっているんだからな!
また家に頼めばいい!」
どうやら家の力で教師になったというのは噂ではなく事実だったようだ。
「……あなたはこの国の宰相の名前を知ってますか?」
「はっ?それがどうした」
「カーティス、いきなりどうしたんだ?」
突然変わった話に全員が呆気に取られ、トラヴィスが声を掛けるがそれに答えずじっと見つめる。
何かに気づいたバーグがその名を口にする。
「確かレイス・カーティスだったな」
「そうです、……では私の名前は?」
「はっ?お前はユイ・カーティス……」
「「あっ!!!」」
漸く事態に気付いたグロットの顔が一気に青ざめる。
「今の宰相は私の父です。なので権力でもみ消すのは不可能です」
グロットは青ざめるを通り越し血の気が引いて蒼白になっている。
なにせ魔王と恐れられる宰相の娘に濡れ衣を着せて、敵に回したことになるのだ。
ユイは本来権力を振りかざす人間は嫌いなのだが、そういう人間には権力で対抗するのが一番効果的だからと、いざとなれば自分の名前を使うよう父親のレイスから言われている。
グロッド相手なら心も痛まないので心置きなく使わせてもらう。
「私に非がないのにそちらが権力を使うならこちらも使うまでです」
「カンニングしておきながら権力でねじ伏せるつもりか」
「今まさに権力でもみ消そうとしたあなたに言われたくありません。
だいたい証拠はないとあれほど言ってるじゃないですか。
それなのに決め付けていたのはあなたです」
グロッドは体をブルブルと震わせる。
「わ…私は知らん!
私は頼まれたから来ただけだ、関係ない!!」
「おい!」
トラヴィスが止める間もなくグロットは椅子や扉に体をぶつけながら急いで部屋から出て行った。
「本人はああ言ってるんですけど頼んだんですか?」
グロットがいなくなり、静かになった部屋でようやく落ち着いて話す。
「いいや、本人が勝手について来たんだよ」
先生達は深く溜め息を吐き、疲れ切った先生達を見たユイは思わず………
「お疲れさまです」
「全くだ……」
あれが同僚だと大変だろうなと、ユイはトラヴィス達を不憫に思った。
次にバーグが真剣な目をして問い掛ける。
「録音した物はどうする?」
「あんなのただの脅しなので何もして来なければ私も何もしません」
とりあえず問題が起きて魔王が出て来るのを避けられた事に安心したのかホッと息を吐く。
「そうか、では話を戻すが試験は何故最終日だけ良かった?」
「気合いです!」
「……納得すると思うか?」
「思いませんね」
ユイはしれっと答える。
「カーティス、俺達は疲れてるんだバカのせいで……とっとと話して終わらせてくれ」
「先生達を疲れさせたのは私じゃないですよ。
でもトラちゃんの意見には賛成、私も疲れたし」
うなだれるトラヴィスにユイも同意する。
「最終日の試験だけ点が良くなったんじゃなくて、今まで取らないようにしてたんですよ」
「つまり、取ろうと思ったら良い点を取れるが、あえてそうしてこなかったという事かな?
しかし、それなら何故最終日だけ良かった?」
「最終日は風邪引いてて熱で朦朧としてたので適当に間違えるの忘れてたんです」
ユイは淀みなく答えていく。
「うーん、今まではわざと間違えていたって事か、少し信じがたいが……」
「信じられないなら何か問題出して下さい。
それが解けたら信じられるでしょう?」
そして、試験で出たより難しい問題を次々と出してもらい、それに全て正解の解答を出すユイに、半信半疑だった先生達は納得せざるを得なかった。
「これだけ出来るなら普段から取れよ」
「嫌ですよ、Aクラスより良い点取ったらプライドだけは高い人達が因縁付けてくるじゃないですか」
ユイの理由を聞いて、先生達は何とも言えない顔をした。
「とりあえず疑って悪かったな、もう行っていいぞ」
「じゃ失礼します」
バーグに言われユイは部屋から出る。
部屋の外ではルエル、ゲイン、フィニー、マルクが待っていた。
「どうだった?」
「大丈夫だったよ」
「良かったよユイちゃん、グロットが一緒にいるって聞いた時はどうなるかと」
マルクは心底ほっとしたように息を吐き出す。
「心配してくれてありがとう。
フィニーが渡してくれた魔具のお陰で助かったよ、ありがと」
「ううん、むしろお礼を言うのは僕の方だよ」
「?」
何故フィニーが礼を言うのかと全員に疑問が浮かんだ。
「これでずっと欲しかったグロットの弱みを握ることが出来たからね。
僕達のクラスはグロッドの授業がなかったから中々手には入らなかったんだよ」
爽やかな笑みで黒い発言をするフィニーに全員の顔が引きつった。
「……ほどほどにしとけよ」
「もちろんだよ。
生かさず殺さずしっかり絞り取るのがモットーだからね、ふっふっふっ」
握られてはいけない人物に弱みを握られてしまったグロットに、ユイは先程まで感じていた怒りはどこかに吹き飛んでしまった。
「(可哀想に)」
「これであいつも大人しくなったら良いんだけど」
「あいつにはかなりの人数が泣かされてきたからなぁ」
教室に帰りながらそんな話をしている途中、ユイはふと外を見た。
「どうしたの?」
歩みの止まったユイにルエルが声をかける。
「ちょっと先に行ってて」
「えっ、もうすぐ授業始まるぞ?」
「サボるから適当に言ってて」
それだけを告げてルエル達と別れ、走ってある場所に向かった。




