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「無意味じゃないか、以前からフィリエルは王位に就く気はないと言っているんだよ。
ねえ、フィリエル?」
「ええ、兄上。
私は王ではなく、王になる兄上の補佐をするのが私の一番の希望です。
それが強い魔力を持った私のすべき事だと思っています」
アレクシスに話をふられ、前に出てきたフィリエルは王になるつもりはないと多くの貴族達が集まるこの広間でしっかりとした口調で宣言するも、フィリエル派の貴族達は意に介さない。
「フィリエル殿下はお優しい方ですからな、兄君に遠慮して自分が王になりたいと仰れないのでしょう。
ですから我々がお手伝い申し上げようと思った次第です」
言に自分達の為ではなく、実は王になりたくても遠慮しているフィリエルの為だと言い募るフィリエル派の貴族達に、王子二人は冷ややかな視線を向ける。
「愚かさもここまで来ると尊敬に値するよ。
自分達の理屈を押し付けて、勝手に盛り上がり私達兄弟を争わせようとするなんて、可愛い弟と仲が悪くなったらどうしてくれるんだい?
まあ、君達はそうなって欲しかったのだろうがね。
残念だけど、君達如きに私達の中を引き裂くなんて出来ないよ。
馬に蹴られてしまえってね」
冗談混じりの言葉だが、アレクシス自身の目は怒りすら感じるほど真剣そのもので、フィリエル派で最も発言力を持つ貴族の男を見据える。
「どういう事ですかな?」
「君達がフィリエルを王にと言い出したぐらいから、贈り物に暗殺者、視察に行けば不審な事故が頻発した。
どれも命に関わるほどのものだ。
しかも何故か贈り物の送り主はフィリエルからとなっていた」
王族の暗殺未遂があった事に広間全体に動揺が走る。
しかも、その送り主がフィリエルだと言うのだから尚更だ。
「なんと!やはり我々が考えていた通りフィリエル殿下は王になられたかったという事でしょう。
いやしかし、そこまで追い詰めておいでとは、我々にご相談頂ければ身を粉にしてフィリエル殿下の為に働きましたのに」
「調べた結果フィリエルではない別の誰かだと判明している」
「おお、それはよろしかった!」
「白々しい」
アレクシスは睨み付け吐き捨てる。
「調べれば直ぐに気付くと分かっていてフィリエルの名前を使ったのだろう?
けれどフィリエルの名を使うことで、フィリエルが私を憎んでいるのではないかと思わせ仲違いさせる為に」
「どういう事ですかな?」
「上手く出来たと思ったのだろう。
だけどね、有り難い事に周りには優秀な者が沢山いてね、調べたらすぐに誰が糸を引いていたか分かったよ」
広間にいる者達は息を呑んでアレクシスの言葉に耳を傾ける。
王族を故意に傷つければ未遂であっても死罪だ。
アレクシスの言葉から、犯人は既に分かっているようだ。
今まで分からないという顔をしていた貴族達の数人が、話を聞いていく内に表情が青ざめ強ばっていく。
そして、動揺からか一人の貴族が自ら墓穴を掘る。
「恐らくアレクシス殿下を推す者が、フィリエル殿下に罪を着せ失脚させる為に毒を盛ったのでしょう」
「おや、変だね、私は毒が盛られたとは一言も言ってないけど?」
自らの失言に気付き青ざめながら口をつぐむ。
アレクシスに引き継ぎ王が糾弾する。
「それだけではないぞ。
調べている内に、暗殺だけではなく不正や税収の隠匿、人身売買その他諸々の犯罪をしている者がいる事も発覚した。
兵達よ、捕らえよ!!」
そして次々に王により名前が呼ばれ、呼ばれた者達が兵士により王の前に連れてこられる。
呼ばれた者の顔ぶれは、ほとんどがフィリエルを推していた者達だった。
「私は違う、濡れ衣だ!」
「王よ、これは何かの間違いです!」
「ええい、静まらんか!」
暴れる者を兵士が押さえ、騒ぐ者を王が怒鳴りつけるが、貴族達は弁明するのに必死で大人しくならない。
認めず騒ぎ立てる貴族達に、一人の男性が前に出る。
「おやおや、何の証拠もなく捕縛するとでも思っているのですか」
「まっ魔王!」
その男が現れると、貴族達に絶望の色が浮かぶ。
魔王と呼ばれたのはこのガーラント国の宰相で、彼は宰相となるにはまだまだ若いが、類い希なる優秀な人物で宰相にまで登りつめた。
国内の問題や他国との不利な交渉でも有利に話を進めてしまう外交手腕と知略で、国王からも絶対的な信頼を得ている。
その反面、逆らう者には容赦なしの鬼畜。
今までに彼に難癖を付けて地位や職を失った貴族や官吏は数知れず。
何故か相手に恐怖を植えつける氷の微笑と逆らう者には容赦しない非情な行いから、付いたあだ名が魔王。
王ですら奴だけは敵にしたくないと言わしめるほどの男だ。
この国、いや周辺諸国の間でも敵に回したくない人物ぶっちぎりの第一位だ。
そして、何を隠そう妻と娘を愛してやまないユイの父親、レイス・カーティスその人である。
宰相としてのレイスを知る人がユイへの溺愛ぶりを見たら、普段とのあまりの違いに卒倒するに違いない。
レイスが出てきたことにより、あれほど騒がしかった貴族達は一気に静まり返り顔に怯えを見せる。
「(王より恐れられる宰相というのはどうなんだ……)」
王は、ただ現れただけで貴族達を怯えさせる宰相にそんな事を思った。




