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「それにしても暑そうな格好だな」
今の季節は初夏、暑いと感じるほどの気温で、ほとんどの生徒が半袖の制服に衣替えしている時期なのだが、フィリエルは長袖の制服の上、手には白い手袋をしていた。
「仕方ないよ、万が一誰かに触れたりしたら大怪我になるから」
「……ん? 何で触ったら怪我するんだ?」
ユイの様子を窺っていたルエルがその言葉に驚愕した顔でゲインを見た。
「なっ…なんだよ」
「あんた本当にこの国の人間?
常識でしょ常識、馬鹿なの!?」
「悪かったな無知で!そこまで言うか!?」
「はいはいそこまで」
言い合う二人にすかさずフィニーが間に入りゲインに説明する。
「あの服装は殿下の魔力を抑える為のものだよ」
「何でわざわざそんな事するんだよ」
「殿下は生まれた時から魔力が強かったんだよ。
それは過去類を見ない強さだった。泣くだけで周りの物が壊れたりするほどね
赤ん坊の頃なんかは制御なんで出来るはずもないから危険で、ご両親からも離されて育てられたんだよ。
物だけじゃなくて、ただ殿下に触れただけの人が強すぎる魔力の影響を受けて、倒れたり怪我をする事もあったんだ。
大人になられて魔力が安定して制御できる様になった今でも、完全には抑えきれなくて他者と触れると危ないんだよ。
だから、万が一誰かが触って怪我をさせないように夏でも関係なく長袖を着てるらしいよ、服もあの手袋も周りに漏れる魔力を抑制する特別な物なんだよ」
フィニーの説明を大人しく聞いていたゲインはふと疑問に思った。
「でもそれっておかしくないか?
今は自分の事は自分で出来るから良いとして、生まれてすぐの赤ん坊は誰かが世話しないと自分じゃ出来ないし、世話するには触らないと無理だろ?」
「全く触れない訳じゃないみたいだよ。
要は殿下にじゃなく、殿下から溢れ出る魔力に触るのが問題な訳だから、殿下がしてる手袋みたいに魔力を通さない物を使うとか、例えば自分の手を魔力で覆ってから触れば影響は出ない。
まあ、それもかなりの魔力量と制御が出来る人じゃないと無理だけど。
なんでも、それが出来る祖父の先王陛下と近衛の隊長が世話をしてたって話だね」
「魔力高すぎるってのも考え物だな。
それにしてもフィニーはよくそこまで王子の事知ってんな」
「この国に住んでれば、それぐらい知ってて当然よ。
殿下の魔力が強いって話はかなり有名なんだから。
他にもフィリエル殿下は第二王子だから、兄のアレクシス殿下を推す派と、周辺諸国への牽制の為にもより魔力の高いフィリエル殿下を推す派とで、次の王位継承権はどうするのかって揉めてるらしいわね」
「へぇ、跡継ぎ争いってことか、王族ってのは大変なんだな」
強い国力を持つガーラント国の次の王がどちらに選ばれるかは周辺諸国に取っても大問題。
それによって国への対応も変えていかなければならないので周辺諸国は目を光らせているのだ。
それ程重要なことなのに本当に知らなかった様子のゲインに呆れた視線を送るルエル。
「そういえばさっきからユイは大人しいね」
「本当だな」
「どっか具合悪いの?」
その時、フィリエルは群集を見渡すように順に視線を向けていき、うろうろと動かしていた視線をある一方で止めた。
「キャー!!こっちをご覧になったわ!」
「フィリエル様~!!」
フィリエルが視線を向けている周りでは女子生徒達が悲鳴のような歓声を上げている。
そんな周りの喧騒など我関せず、ユイはただじっとフィリエルの方を見つめていた。
身動きもせず静かにフィリエルの方を見続けるユイにルエルは訝しげな顔をする。
「ユイどうかしたの?」
「……………」
しかし、聞こえていないのか何の反応も見せず、ルエルは助けを求めるようにゲインとフィニーに視線を向けるが二人も困惑した顔をする。
こちらに視線を向けていたフィリエルだったが、二人の生徒が来て一緒に離れて行った。
すると周りも興味を無くし、あれだけいた人だかりが嘘のように一気に散らばり、そこでようやくユイは反応を返す。
「ユイ大丈夫?どうかしたの?」
「……ごめん何でもないよ、教室に行こっか」
「具合悪いのか?」
「大丈夫、行こう」
何でもなさそうには見えなかったが、何も聞かず三人はユイの言葉に従った。
「そうね、戻りましょう」




