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「バカだろお前!!」



 少しの沈黙が部屋に落ちた後、扉の向こうからロイクの呆れを含んだ怒鳴り声が聞こえた。

 レイスはロイク、リューイに聞き出してもらっている間、扉の向こうでずっと聞き耳を立てていたようだ。



「ガキに気使わせてんじゃねえ!少しは自重しろよ!」



 部屋の中まで響くロイクの声にユイが気まずさを感じていると、リューイは溜め息を吐き椅子から立ち上がり扉の外に向かった。



「ロイク!怒鳴り声上げないで頂戴。

 ユイちゃんがびっくりしてるでしょ」


「だってよ……」


「話は中に入ってからよ!」



 リューイに怒られ渋々ロイクがおとなしくなり、リューイが再び部屋に戻って来る。

 その後ろから言い足りないロイク、ばつが悪そうなレイス、苦笑したシェリナが続々と入ってきた。



「レイスが聞きたかった事は聞いたわ。

 どう考えてもあなたが悪いわよ。

 突然出来た父親が母親と人目もはばからずイチャつかれたら、年頃の女の子が居づらくなるのは当然だと思うけど?」


「全くだ、やっと結婚できて嬉しいのは分かるが、ユイが一緒に暮らさないのは自業自得だろ」



 レイスは椅子に座っているユイの前で膝をつき、悲壮感を漂わせた顔でユイの手を握る。



「すみませんユイ。

 まさかシェリナへの愛が貴方を苦しめ苛んでいたなんて!

 気付かない私はなんて愚かなのでしょう!」


「パパ、私そこまで言ってない」



「私ってお邪魔かな?」ぐらいに軽く思っただけであって、全く苦しんでも悲しんでもない。



「可愛い貴方を邪魔に思うなど天地が裂けてもありえませんから信じて下さい」


「全然聞いてないみたいね」



 レイスの暴走はいつもの事、シェリナはのんびりと突っ込む。



「これからは出来うる限り自重しますから、一緒に暮らしましょう!」


「……えっ…と……ごめんなさいパパ」


「なっ何故ですか!?」


「多分無理だと思うし……。

 それに、お祖父ちゃんのパン屋の手伝い楽しいし、美味しいし」


「そんな!」



 普段のレイスの言動からユイは自重するのは絶対無理だろうと思った、それにロイクから話を聞いた今、やっと叶ったらしい結婚生活の邪魔をするのは野暮というものだ、何より……。


 ユイの本音は最後の祖父のパンだ、ここで暮らせば毎日あのパンやお菓子を食べれなくなる。

 ユイはレイスよりも大好きなおやつを取った。

 おやつ以下と宣告されレイスはショックを受けてガックリとうなだれた。



「とどめを刺されたわね」


「自業自得だ」


「ユイはお父さんのパンや焼き菓子が大好きだものねぇ」



 それぞれが言いたいほうだいだ。



「くっ……仕方ありません、一緒に暮らすのはとりあえず保留にします」


「素直に諦めろよ」



 レイスは俯いて悔しそうにしながらもまだ全く諦めてはいなかった。



「その代わり!月に一度は必ず私とデートして下さい」



 俯いていた顔を勢い良く上げ、懇願するように次の要求を願い出た。

 そこに冗談は一切無く、目にも必死さが表れていた。



「執念を感じるわね」


「あいつ結婚して人格変わったな………」



 リューイとロイクは友人の変わりように遠い目をする。

 昔はこんな奴じゃなかったはずだ、どっちかというと冷めた感じだった。

 娘を大事に思うのは良いのだが、ここまで来るとはっきり言ってどん引きだ。


 デートの要求にユイは返事に困りシェリナに顔を向けると、ニッコリと笑顔で頷いたのを見てレイスに返事をする。



「うん、分かった」


「絶対ですよ!」



 念を押して確認するとようやく納得した。



「あらあら、ユイもう時間も遅くなってるから、そろそろ部屋に行って休んだら?」



 暴走したレイスも落ち着き、そろそろ眠気も襲ってきていたので言葉に甘えて部屋に行くことにする。



「うん分かった、おやすみなさい。

 ロイクさんもリューイさんも今日は楽しかったです」


「私もよ、次はもっとゆっくり話しましょう」


「おう、おやすみ」



 大人達は再び飲み直すようで、ジョルジュにお酒を頼んでいる。

 ユイは部屋を出て自分に与えられた部屋に向かった。





 ユイの部屋の家具や装飾は、レイスがユイに喜んでもらう為にと、自ら厳選に厳選を重ねて選んだ有名な匠の作品や特注の物などで揃えられている。


 それだけでもレイスの溺愛っぷりはよく分かる。



「(そういえば)」



 ユイが自分の部屋に行くと、母と二人でお茶をした時に言っていたレイスがユイの買い物をし過ぎてジョルジュに怒られたという話を思い出した。


 それを確認する為クローゼットに行く、ユイに与えられたら部屋はかなり広く祖父母の家での部屋の三倍はありそうだ。


 それに比例してクローゼットもかなり広めの作りになっている。

 以前来たときにはほとんど物が入っていなくてがらがらだった。



 クローゼットを開け…………。

 そこで見た光景に絶句した。



「…………」



 ユイはクローゼットの扉をゆっくりと閉め、踵を返しベッドに向かう。



「(見なかった事にしよう………)」



 先ほど見た光景を頭から消すようにユイはそのままベッドに入って眠りについた。




 後日新しい収納用家具をジョルジュに用意してもらい、基本的にそちらを使う事になった。





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