キヌギス砦編 1 〜サインを決めよう〜
「おお、目的地についたな……だが、ここには魔族特有の匂いがプンプンするし、おどろおどろしい【邪気】も漂っておる」
神シロは顔をしかめながら、キヌギス砦をじっと眺めていた。
妻である女神東雲も、不安げな表情を見せつつ、下界を覗き込む。
一方、黒銀の目の友ことトランザニヤは、無言で思考巡らせる。
大丈夫だろうか……ここにいる魔族は本物だ。
戦闘は避けてくれれば良いが……。
そうは思いながらトランザニヤは、ゴクトーから片時も目を逸さなかった。
その頃ゴクトーは滑空を続け、ようやくキヌギス砦に辿り着いた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
シグマの進行方向に広がる風景ーー天を突くような巨大な樹々が生い茂り、幹や葉の隙間から、青白い光が不自然なほど鮮烈に漏れ出している。
まるで幻想の中に光の精霊が棲みつき、静かに踊っているかのような光景。
そんな中、前方を見据えミーアが声をかける。
「リーダー!あれが『キヌギス砦』よ!」
その声に反応し、ミーアが指を差す先に視線を移す。
空と地平線の狭間、遠くに見えたのは小さな光の点。
それが砦だと気づいた瞬間、胸が高鳴る。
ミーアが教えてくれて少しだけ安心した。
一方でアリーがポツリと言葉を漏らした。
「あれにゃ……」
続いて、「あれだにゃ……」と。
思わず俺も口をついて出てしまった。
完全にアリー語につられる。
アリーがまるで何か確かめるように真っ直ぐな瞳を向ける。
思わず俺も見返し、二人の視線が交わる。
妙な静けさが心に流れ込み、不思議な引力に引き寄せられるような感覚がした。
その瞬間ーー「 ははは」とミーアは腹を抱える。
ミーアの表情に顔を覆いたくなった。
この二人と一緒だと、思わぬところで自分が崩れる瞬間がある。
頭を掻きながら、散らかった思考を整理。
気を取り直し、目の前に広がる目的地に意識を集中する。
視界に確かな道筋が見えたのを確認して、俺は改めて指示を出した。
「ミーア、砦の上空まで行ってくれ……一度上から見てみたい!」
「リーダー了解。シグマにゆっくり旋回してもらうわ…」
そう言って振り返ったミーアは右手で手綱を握る。
シグマは翼を広げ、砦の上空で優雅に旋回を始めた。
後ろを飛ぶベルマも、同じようにゆっくりとついてくる。
ようやく目的地『キヌギス砦』の真上に到達した。
砦の上空には雲ひとつなかったが、黒ずんだ屋根と石畳が薄闇に沈んでいた。
キヌギス砦の星形の堀は、月明かりが反射してカルデラのように輝く。
周囲の木々には*夜光蟲が神秘的な色彩を放っていた。
だが、虫たちの動きは鈍く、翅音すら聞こえない。
堀の中には奇妙な植物が生い茂り、葉の間から小さな妖精たちが顔を覗かせる。
妖精たちは砦を守る守護者のようだが、どこか彷徨うように飛び回り、時折チラチラと砦の中を覗いていた。
周囲の壁は【防御魔法】に包まれ、監視役の青い光の球体が浮遊していた。
まるで暗黒の呪文をいつでも唱えられるかのよう。薄気味が悪い。
キヌギス砦の尖塔は、天然の要塞のような威厳を放ち、懐疑的な悲鳴でも聞こえてくるように天高くそびえる。
そんな俺はキヌギス砦を隈なく観察していた。
一方俺の視線が気になったのか、ミーアが尋ねてくる。
「どう、リーダー?砦の感じは?」
その声は真剣で、口元にはかすかな緊張が滲む。
ふと、嫌な予感が頭をよぎる。
異様だな。
この感じ……まさか?
(*キヌギス砦全容)
俺は砦を見下ろし、慎重に答えた。
「周りは堀と高い壁で固められてる……正面から攻めるのは愚策だな」
言い終えると、ミーアは無言で頷く。
眼下に目を奪われながらも、ふと上空に漂う空気がじわりとした湿り気を帯びた気がする。ミーアも同様に、どこか異様な“何か”を感じ取っているようだ。
一方、後ろで聞いていたアリーが首を傾げる。
「ゴクにぃ、攻めりゅって、何のことにゃ?」
そう言って彼女は澄んだメタリックブルーの瞳で見つめる。
射抜かれるような瞳に正直にならざるを得ない。
言葉を慎重に選びながら俺は答えた。
「ちょっとわけありでな……下見だよ」
「ふーん……そうにゃの」
納得したような、していないようなーーどっちつかずの表情を浮かべながら、アリーはやがて目を細め、何かを見つけたように指を伸ばす。
「……あそこにゃら降りられりゅよ。降りてみりゅ?」
言いながらアリーが指差した先は、雑草が生い茂る広い空き地。
確かに降りるには悪くない場所だ。
だが俺は躊躇しながら答えた。
「いや、みんなを巻き込むわけにはいかない」
その言葉尻を聞くまでもなく、ミーアが行動に移していた。
「いいわ。降りるのね……了解!」
「お、おいミーア、ちょっと待って……」
慌てて止めようとするも、ミーアは聞かずに命じる。
「シグマ!あそこに降りて!ベルマ降りるわよ!」
「「グルッグギェー!!」」
二頭のヒッポグリフが鋭く鳴き、翼を少し傾けながら一気に急降下を始めた。
風が耳を裂くように吹き抜け、その圧力に押されながらもしっかりとしがみつく。
ザシュッーー。
地面が迫り、ヒッポグリフは空き地へと降り立つ。
着地した瞬間、シグマとベルマは翼を羽ばたかせ、砂煙を巻き上げながら静かに翼を畳んだ。
迷いのない動きでシグマから降りたミーアは、真剣な目を俺に向けた。
「リーダーの指示に従うわ」
その言葉に俺は眉を寄せたが、彼女の決意の色に口を噤むしかなかった。
一方のアリーも俺の腕をしっかり掴みながら、
「ミーアがそう言うにゃら……僕も降りりゅ!」と。
"ヒョイ”っと身軽に降り立つ。
緊張感の漂う中でも、アリーは笑顔を崩さない。
豪胆というか無邪気というか。性格がそうさせるのだろう。
風は穏やかだが、どこかじとりとした湿気を含んでいた。
地面に降り立ち、一歩足を進めると細かい砂利が交わり小さな音を立てる。
やたらと乾燥していることに違和感を感じつつ、周囲の様子を窺う。
続いてベルマの背からアカリとジュリが慎重に降り、砂埃を払いながらこちらへ歩み寄ってくる。
「ダー様、降りられたのには……何かわけがあるのですね?」
「へんダー……ここで何するの?」
そう言ってアカリもジュリも不信感を拭いきれない様子。
彼女たちもこの状況がいまいち理解できていない。
それはそうだ。理由は俺しか知らないんだから。
ここまで来たからには、仕方ない……。
思いながら俺は観念し、女将さんから聞いた話を小声で仲間たちに伝えた。
言葉を選びながらも、できる限り正確に。
聞き耳を立てていたアカリは、毅然とした態度で言葉を並べる。
「わかりました、ダー様。取りあえず潜入しましょう。女将さんの旦那様、騎士団長さんが生きていたら助け出すとして……。その不届きな、なにがし傭兵団なんか、ぶっ潰してやりますわ!」
影のリーダー・デス姉ことアカリの過激な発言。
だが、言い終えた彼女の表情は凛として清々しい。
仲間たちもアカリのその言葉に黙って頷くだけだった。
周囲には研ぎ澄まされた鋭い空気が漂う。
その場には静かな戦意と湧き上がる【覇気】が満ちていた。
一方の俺は、仲間を巻き込みたくない一心で口を開く。
「これは冒険者のすることじゃないんだぞ……わかってるのか?」
言葉を投げかけた、だがーー。
アカリが静かに、しかし芯のある声で言の葉を落とす。
「ダー様、私の国『ヤマト』では無法者は……『切り捨て御免』という法がありますわ。ましてや、国の砦を占領する者など……許せる道理がありませんの」
その瞳には揺るぎない正義感が宿っていた。
隣に立つジュリも頷き、姉妹は互いに視線を交わし、無言で手を握り合う。
その握手には覚悟の証か、眩い桃色の光を放っていた。
ゴゴゴゴゴ……
まるで姉妹の決意が形となり、大気を震わせているかのようだ。
そんな中、アリーの身体も青白い炎を纏い、同時にミーアの身体からも緑の光が発せられた。
みんな、そんな気合い入れなくても……
正義感が爆発してるじゃないか。
……これが師匠が前に言ってた【協調の覇気】ってやつなのか?
思いが膨らむ中、アリーが手にした小さな銃を軽く振り上げる。
「僕も悪い人にゃちは大嫌いにゃ!絶対に成敗にゃ!」
そう言いながら彼女が怒りをあらわにする。
逆立つ耳がまるで感情を知らしめているよう。
彼女には珍しいことだ。
アリーまでノリノリじゃないか……
「成敗」って、セリフが似合うのが逆に凄い。
一方で冷静なミーアが静かに指を唇に当て、「シ───ッ……!」と。
その気配りはまさに獲物を前にする『狩人』。
彼女の経験と勘が、一瞬で周囲の空気を引き締めた。
ミーアはすっとシグマのそばに立ち、両手を広げて「【ンラシカイ:°キオオ・ノチウ】」と、小声で【ロカベル】の魔法を紡ぐ。
その瞬間、蜃気楼の如く周囲はぼやけ、シグマの体が透明になっていく。
完全に消え去ると、次はベルマの前に歩み寄り、彼女が続けて紡ぐ。
「【ンラシカイ:°キオオ・ノチウ】」
ベルマの体も同じように薄れ、まるでその場に存在していないかのように消え去った。残ったのは空気の揺らぎと微かな光の残滓。
ミーアは静かに肩を落とし、満足げに頷く。
「これで大丈夫。でも、ちょっと待って……準備を……」
そう言ってミーアは腰に手を伸ばすと、『アイテムボックス』から黒光りする矢を次々に取り出し、手際よく矢筒に補充していく。
その姿は緊張感を漂わせつつも、力強く、そしてリズミカルに動いていた。
他方仲間たちもそれにあてられ、それぞれ準備を始める。
アカリは『*万能巾着』から純白に輝く【桜刀・黄金桜千貫】を取り出し、鞘から引き抜く。刀身は月光を反射し、幽玄な輝きを放っていた。
さらに彼女は胸に扇子を差し込む。
その仕草には気品すら感じさせるが、同時につややかさも漂わせていた。
ジュリは『万能巾着』から長い金杖を引き抜く。
その先端には青色に輝く結晶が埋め込まれ、まるで脈動するかのように輝いていた。杖を握る彼女は、どこか神聖さすら感じさせる。
アリーはオーバーオールのポケットから『ショート魔導銃』を取り出し、手早く『照準器』を取り付ける。
その手つきはまるで銃を生まれた時から扱っているかのように自然で、彼女のメタリックブルーの瞳は、自信と仄かな遊び心を湛え、揺らめいていた。
それぞれの準備が整い、静かな緊張感がこの場を支配する。
その様子を見ていた俺は息をつき、覚悟を決めた。
これだけの本気を前に、
ここで引き下がるなんてあり得ないよな。
思いながら小声で、慎重に次の行動を伝えた。
「みんな……準備はいいか? 潜入時の『サイン』を決めよう」
言葉が詰まらないよう慎重にゆっくり、紡ぎながらサインを説明する。
「先ず、『見てくる』のサインは、人差し指と中指で自分の目を指して、こうピースした指で手前に引く! 逆に『見て来い』は前に振り出す。
『進め』は右手を耳の後ろに添えてから、掌を前に押し出す。
『止まれ・待て』は手を上げて、拳を握る。 『OK』は親指だけ立てればいい」
俺は一つ一つ丁寧に動きを見せ、理解を促した。
全員が真剣な眼差しで頷く。
「……よし、確認するぞ」
俺は試しに『進め』のサインを出してみた。
『『『『 OK 』』』』
全員が無言で親指を立て、その表情には一切の曇りが見えない。
息をつき、心中で確信を深めながら、無言で『OK』のサインを返した。
緊張した空気が重くのしかかる中、『進め』のサインを出し、身を屈め一歩ずつ砦の入口へと向かう。
仲間たちは無駄な音を立てず、静かに足音を消して従う。
入り口前には二人の男が立っており、おそらく見張りだろう。
二人とも人相の悪さが滲み出ている。
視線は鋭く、周囲を警戒しているのが手に取るようにわかった。
この静けさと緊張感が逆に俺の心に火をつける。
『止まれ』のサインを出し、小声でミーアに指示を出す。
「ミーア、魔力を込めて、あの二人を撃ち抜いてくれ!」
ミーアは鋭い眼差しを俺に向け、無言で親指をたて『OK』のサインを返す。
冷静に矢を二本取り出して弓にかけ引き絞る。
そして彼女のエメラルドに光る瞳が微かに見開く。
「【イサナ:°ニシ】!」
低い小声とともに呪文が空気に溶けた瞬間、
放たれた矢は二手に分かれ、まるで意思を持つかのように、見張りの胸を正確に貫いたーー。
「シィ───ッ!続くにゃ」
──────
* 夜光蟲ーー体長は手のひらに乗るぐらい。黒い外殻に複数の目のような紋様があり、赤・黄・緑・白・橙色に光る。高地の森に住む昆虫種の魔物。
(*夜光蟲のイラスト)
*『万能巾着』ーー所持者が持ち運べる「巾着」。収納魔導具。
現実より高度な魔法的性質を持つことが多い。
小さく見えるが、内部は広さが現実の体積を超える。
いわば「空間の歪み」を利用した超小型の亜空間。
所持者が巾着を開閉するだけで、内部の収納物を取り出したり、追加でしまえたりできる。食料などは傷まず、そのままの状態で維持できる。
『アイテムボックス』ーー『万能巾着』と同等な機能を果たす。
お読みいただき、ありがとうございます。
ミーアの呪文はどうでしたでしょうか?
ブックマーク、リアクション、感想やレビューもお待ちしております。
【☆☆☆☆☆】に★をつけていただけると、モチベも上がります。
引き続きよろしくお願いします。




