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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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ワイバーンの巣と間欠泉

 









「あの後ろから迫ってくる……あれを振り切れるのか?」


 下界を見下ろす、神シロは大きく息をつく。

 その言葉に神シロの妻、女神東雲は言の葉を落とした。


「私たちの血が色濃く入った末裔たちですよ……」


 耳にした黒銀の目の友こと、トランザニヤは振り向き様一言添える。


「心強いよ……ゴクトーが、それを知らなくてもな……」


 神シロは顔を上げ微笑を浮かべた。


「ま、静かに見守るか……ハゴネといえば、あそこには温泉があったな……」


「そうですわね。あなた一緒に入りますか?」


 その言葉に答えながら神シロの腕を掴み、女神東雲は頬を染めた。

 二人の様子を見ていたトランザニヤの顔も、みるみる赤くなっていく。

 そして、トランザニヤはポツリと独り言ちながら下界を覗く。


「いいよな。妻が女神で……」


 そのつぶやきに、表情を曇らせる神シロ夫妻。

 

「悪かった。思い出させたな」

「ごめんなさい」


 そう言って神シロ夫妻も天界から地上を眺めた。

 

 





 その頃ゴクトーたちは、ヒッポグリフの背に跨り、夜空を滑空していた。

 




 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇






「グルッグググ……」


 シグマが低く唸りながら振り返る。

 その黄色い瞳は鋭く、何かを警戒しているようだった。


「シグマ、大丈夫よ。【結界】のおかげで、うちたちは見えないわ……」


 そう言ってミーアはシグマの首筋を優しく撫でた。

 その言葉にシグマも少し安心したのか、視線を前に戻した。

 風の抵抗がシグマの羽根に伝わると、グラっと揺れ、身体がふわっと宙に浮き上がった。


「おぅぅぅ──!ヤバイッ!!」


 胃が急に掴まれるような感覚が押し寄せ、続いて身体がひゅっと縮むように感じた。 この連続の揺れは三半規管に静かなダメージを与える。

 

 そんな俺を他所に、飛翔のスピードはさらに上がっていった。


「グルッグギェー!」


 鋭い鳴き声を上げながら、シグマが急降下。


 この一連の動きを「カッカ、チーン、サムサム」ーーそう名付けた。


 名付けが得意な俺の攻防戦が、空で繰り返されていた。

 

 シグマは鋭く目を凝らしながら崖を避けつつ、川の上を低空飛行。


 突然、どこか異次元から響くようなーー低い羽音が轟く。


 それはまるで山脈が震えるかのように、周囲の空気を揺らし、全身に振動が伝わる。その力強さに、風の流れすらもわずかに歪んで見えた。


 黒い川面が不気味な静寂を湛える中、シグマが近づくと水が激しく弾け、影が鋭く跳ね上がった。

 しなやかなその黒い影は、大きな羽を広げシグマの後を追うように軌跡を描く。

 翼を広げたシグマの周囲は、光の粒子が渦を巻き、空気がひしゃげるような瞬間が広がる。


 そう、【結界】が破れたのだ。

 目の前には、鋭い岩肌が狭い隙間を作る崖間が迫っていた。


 ミーアは魔法を唱えるでもなく、手綱を力強く握る。

 荒々しく尖った岩は苛立つように突き出し、そこを抜けるには一瞬の判断が全てを決める。


 シグマがわずかに身体を傾けたーーその瞬間。

 崖間が視界を猛スピードで通り過ぎる。

 鋭い岩肌が翼をかすめる音が耳を打ち、細かい砂粒が風に乗ってシグマの身体を叩きつける。

 影もまた崖間をくぐり抜けるように追走し、背後には風を切る音が鋭く響いた。

 息を呑む展開だが、シグマは”ブレ”もなく飛翔を続ける。


 翼が空気を切り裂く音だけが響き渡り、影との緊迫した追走劇が続く。

 シグマの視線は迷いなく、その先の暗い空を射抜いていた。


 アグレッシブな飛行の中、胸の『江戸っ子鼓動』が、喉元まで飛び出しそうになった。

 だがすぐに『妄想図鑑』に逃げるように消えていったーー。

 

 思考を巡らせる暇もなく、シグマのそのスリリングな挙動に、思わず”力”んでしまう。


 一方、手綱を掴むミーアがふと振り返り促す。


「何かが追ってきている!谷を抜けるわーー。抜けたらまたすぐに上昇する。

 リーダー、アリーちゃん、しっかり掴まって! シグマ、もう少しだけ持ちこたえて!」


「グルッグギェー!」


 ミーアの叫びに応じ、シグマは鋭く身を翻した。


 最後の崖間を斜めに傾きながらすり抜ける。

 寸分の狂いも許されないタイミングだったが、シグマは見事に突破した。

 

 シグマの頭をミーアは優しく撫でる。


「ふぅ──うまくまいたわ。よくやったわシグマ、高度を上げて!」


「グルッグギェー!」


 嬉しそうな鳴き声とともに、シグマはその赤い翼を大きく広げ、切り裂くような急上昇を始めた。


 平行飛行に戻ったシグマとベルマは安定の飛翔を続ける。

 紺碧の空には、赤と黄色の翼が星々に煌めく。

 二つの月も雲ひとつなく黄金に輝いていた。


 そんな中突然、アリーは興奮した声で叫ぶ。


「見てにゃ! 何かありゅ!」


 鋭い視力を持つ、獣人族ならではの特性が光る瞬間。

 崖の上に巨大な巣が見えたからだ。


「あそこか?」


 そう言って俺は指を差し、目を凝らす。


 風に吹かれながらも堂々と構えるその巣の中に、目を引く黒い大きな卵があった。

 しかし、水色と緑の迷彩模様が特徴的な小さい卵が、隠れるようにひとつ。


「……あれは、ワイバーンの卵だよな?」


 思わずつぶやく。その大きな卵には見覚えがある。

 一方、その声を聞いたミーアが冷静に答える。


「ええ、間違いないわ。あの黒いのはワイバーンの卵よ……でも、親は今いないみたいね」


 そう言って彼女は手綱を操り、怯えるシグマを安定させる。

 異様な緊張感が張り詰める中、アリーが目を輝かせて叫ぶ。


「美味そうにゃ!」


 その無邪気な発言に、ミーアとともに苦笑した。

 眉を寄せるミーアがどこか警戒したような声で話す。


「親が戻ってきたら厄介よ。早くここを抜けましょう。目印になる場所があるの……ほら、あそこ」


 彼女が指差した先には、幾つもの間欠泉が見えた。

 白い蒸気が闇夜の中でも明るく輝き、まるで見るものの心を奪うかのように幻想的で、山間に朧な月を淡く映し出す。

 

 俺は見下ろしながら、その景色に惹かれ思わず零す。


「月を映す間欠泉か、神秘的だ」


 幼い頃から何故だか、月に惹かれてしまう。

 多分前世の記憶と相まって、この記憶を想起させるに違いない。

 

 けれど、そんなもの全て忘れるくらいーー凛と輝く星も近かった。


 眼下には、小さくなっていく森の影とまばらな灯り。

 目を細めると湯気の隙間から、小さな民家らしきものがいくつか見えた。

 

 不思議に思い俺は尋ねた。


「ミーア、こんな山奥に人が住んでるのか?」


「人じゃないわ。あそこに住んでいるのは、ホビット族よ」


 顔だけこちらに寄越しながらミーアが微笑む。

 その表情に甘え、俺は続ける。


「ホビットって……あの希少な小人族か?」


「そう。彼らは温かい場所を好むし、特にお風呂好きなの。

 ここの温泉を利用して暮らしているのよ。うちは薬草を採りに来るたびに、あそこで、食料や薬を物々交換しているの」


 ミーアはどこか嬉しそうに答えた。


 驚いたな。ホビットが住んでいるのか?

 師匠からは『ホビットは、希少な種族で見つけることも難しいんだぞ』

 と……そう聞いてたからな……。


 思考を逡巡させる俺の口から思わず声が漏れる。


「いいな。ホビットの温泉か……入ってみたい」


 言いながら俺は無意識に頬を緩めた。


 なぜなら、無類の温泉好きなのさ。知らなかったろ?

 

 間欠泉の湯気を見ているだけで、温かさが伝わってワクワクしてしまう。


 そんな中、好奇心が口を動かす。


「なぁ、ここで少し、降りてくれないか?」


 ミーアは頷き、シグマの首を軽く撫でながら、「降りたいならいいわよ。シグマ、行くわよ!」と。間髪入れずに指図した。


「グルッグギェー!」


 小さく鳴き声をあげながら黄色い翼を折り畳むように動かし、シグマは徐々に高度を下げていった。


 冷たい風が山肌を撫でる音がかすかに耳に届き、闇に包まれた崖の中腹が徐々に近づいてくる。

 後を追うように、ベルマも空を切り裂きながら滑らかな動きで降下を始める。

 ミーアが振り返り、崖の中腹にぽっかりと開いた窪みを指す。


「リーダー!ここでいい?」


 その場所は、大地が何かの意志を持って作り出したような不規則な形状。

 発光する苔や小さな鉱石が散らばり、薄い霧が漂っていた。


「ああ、そこでいい」


 俺が頷くと、シグマは大きく翼を広げ、風を巧みに操りながらその窪みへと降りていく。 その巨大な爪が岩肌を掴む直前、翼が一瞬だけ鋭く振動し、砂粒や小石が宙に舞い上がった。


 ガツッ!


 鋭い音を立てて、シグマの黄色い爪が岩肌をしっかりと捉える。

 その瞬間、崖全体がかすかに揺れたかのように思えたが、シグマは落ち着いた様子で身を沈めて着地を完了した。


 後を追うベルマも、少し控えめな鳴き声を漏らしながら翼を広げ、柔らかく滑らかな動作で窪みの反対側に降り立つ。その瞳が不思議そうにミーアを見つめ、ベルマの息遣いが岩壁に反響していた。


 俺は「ちょっと、待っててくれーー!」と声をかけ、慎重にシグマから降り立つ。

 一歩踏み出すと、温泉地ならではの柔らかい土の感触が足裏から伝わってきた。

 地面は驚くほど温かく、蒸気が立ち昇り、さらに湿り気を帯びている。

 あちこちで「ポコポコ」と不規則な音を立てながら、小さな温泉の泡が噴き出していた。


「…これは……」


 地面に散らばる黄色い粉が目に入り、慎重に指先でそれを掬い取る。

 その香りを嗅ぎ分けると、特徴的な刺激臭が鼻を突き抜けた。


「硫黄だ。これは薬にもなるんだったよな……綺麗なおねいさん、ミーアの姉ミンシアがきっと喜ぶな」


 独り言ちながら口元が緩んでしまった。


 俺は硫黄を掻き寄せ、油紙に包んだ。

 そして仲間たちに声をかける。


「ありがとう……みんな、すまない。さあ、行こう!」


 言いながら再びシグマに乗り込んだ。

 その動作を確認したミーアが振り返らずに声をかける。


「リーダー……行くわよ。しっかり掴まって。アリーちゃんも準備はいい?」


「にゃ!大丈夫」


 アリーは楽しげな声を上げ、俺の背中にしがみつく。

 その動きに応えるように、シグマは低い鳴き声を漏らした。


「グルッギェ」


「シグマ、行こう!」


 ミーアが手綱を強く握り、シグマを導く。

 シグマの強靭な脚が地面を蹴り、翼が力強く広がる。

 

 地面に残った熱い蒸気が、シグマの飛び立つ風圧に巻き上げられ、キラキラと夜の空気に溶け込んでいった。


 ベルマもすぐに後を追い、二頭のヒッポグリフが夜空へと舞い戻る。

 

 直下に広がる温泉地帯が徐々に小さくなる中、再びハゴネの険しい山々が俺たちを迎え入れるように迫ってくる。


 二頭のヒッポグリフは、夜空に浮かぶ闇の山脈を背景に、互いに翼を広げて再び山間を滑空。


 暗闇の中、翼の先端から淡く輝くエーテルの光が尾を引き、宵闇に儚い軌跡を描く。

 その姿はただの滑空に留まらず、夜空に織り成される幻想的な舞踊のようだ。

 羽音がリズムを奏で、互いの軌跡が美しく重なり合っていく。

 

 そんな中、俺は、飛行中の流れる風に声を掻き消されないよう、やや声を張り尋ねた。


「ミーア、さっきのホビットの連中なんだけど……ワイバーンが巣を作ってても大丈夫なのか?」


「心配ないと思うわ」


 ミーアは、手綱を操りながら落ち着いた声で続ける。


「ホビットの里の翁はね、とても珍しい『魔導具』を持っているのよ。それは『七星の武器』とも呼ばれる特別な物で、里全体を包む広範囲な【結界】を張ることができるんだって。それでワイバーンから身を守ってるらしいの」


「やっぱり……『七星の武器』って、凄いんだな」


 感心しながらミーアに返す。

 

 その声には、ホビット族への信頼と好奇心が滲んでいた。

 ふと冷たい風が吹きつけ、空気がわずかに変化した。


 ミーアが手綱をきつく握り直しながら口を開く。


「ここからは一気に下降するから……しっかり掴まって!」


「了解にゃ!」

「了解にゃ!!」


 アリーにつられ、無意識に返事。

 自分の言葉に動揺した俺は、ミーアの【デス級】を思わず掴んでしまった。


「”アァ──ンッ”!」


 ミーアの叫びが、紺碧の夜空に響いた。

 次の瞬間、頬を赤くしたミーアが小声で【ロカベル】を詠唱した。


「【ヨツバ:°ダンモ・ハレコ】」


 その刹那ーー俺の身体はふわっと浮き、空中でくるくる回転。まるで無重力。


 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーたちのイラスト)

 

 「……ごめんリーダー、やりすぎた!」


 そう言って謝るミーアの顔が、なんとなく見えた。


 一方のアリーは垂れ耳をピンと伸ばして、「ゴクにぃ、落ちるにゃ!」と声を張った。


 そんな中、体勢が定まらぬまま、必死に叫んだ。


「か、勘弁してくれーー!」


 滑空するヒッポグリフの翼音とともに、その声はハゴネの山間に響いたーー。





 


 お読みいただき、ありがとうございます。

 今回のミーアの呪文は、いかがだったでしょうか?


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