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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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ヒッポグリフと星降る夜

 







「はは、ワシらがおる天界にも届きそうな鳴き声じゃな」


 そう言って神シロは苦笑い。

 

 一方、女神東雲は下界をじっと見ながら、過去の自分を思い出していた。


「懐かしいですわ。わたくしも天馬(ペガサス)に跨り、ズードリアの美しい空をよく滑空したものです」


 神シロの妻、女神東雲は目を輝かせる。

 一方で、黒銀の目の友こと、トランザニヤがポツリとつぶやく。


「空か……」


「おぬしは……まぁいい。今はそれどころではないな……」


 神シロが言いかけた言葉を飲み込む。

 暗い表情のトランザニヤが零す。


「ああ、奴は呑気だな」


 その言葉に神々は、口元を締め再び下界を覗き込む。







 その頃、ゴクトーは慣れない夜空に困惑していた。



 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇






「グルッグギェー!」

「グルッグギェー!」


 黄色い翼と赤い翼ーー二頭のヒッポグリフが短く鳴き声を上げ、夜空を浮上し始める。


 月明かりが二頭の影を大地に落とす。


 ミーアが手綱を強く握りしめ、勇ましく叫んだ。


「もっと高度を上げるよ!シグマ!」


「グルッグギェー!」


 シグマが小さく鳴いて応じ、黄色の翼を力強く羽ばたかせる。

 バサッ、バサッという音を響かせ、急激に高度を上げ始めた。


 そんな中、俺の背に捕まるアリーが下を覗き込む。


「ゴクにぃビヨンド村が! あんなに小さく見えりゅ!!」


 彼女の声に促され下を覗くと、村が小さく縮んでいく。

 おのずと恐怖が湧き上がってくる。

 

 初めての経験に思わず声が漏れる。


「こ、怖いな……こりゃかなりの高さだ」


 身体が縮こまりヒュンとなる。

 だが、笑顔のアリーを見て俺も平静を装う。

 まぁ、特技でもあるのだが。


 次第に視界から遠ざかる『ロカベルの魔法薬材と薬店』は、小さくなっていった。次の瞬間、シグマの急な加速に耐えきれず、アリーの両足は”ふわっ”と鞍から離れ、ぶらーーんと宙に浮かんだ。


「落ちりゅーー!!!」


 絶叫のアリーは俺の腕にしがみつく。

 その必死な勢いで体重がかかり、バランスを崩した俺は落ちないように思わず指に力が入った。


 ーー"むにゅっ”。


「アーンッ!」


 ミーアが小さく声を漏らした。


挿絵(By みてみん)

(*滑空するヒッポグリフとゴクトーたちのイラスト)

 

 顔を朱らめながら振り返ったミーアが零す。


「……ん、これぐらい、慣れてるから……大丈夫よ、リーダー。

 気にしないで、もっとしっかり掴まって。落ちちゃうから……」


 そう言いながら、視線を戻しミーアが手綱を握り直す。

 何事もなかったような彼女。

 

 慣れてるとかじゃ、ないでしょッ! 


 その言葉にもちろん固まったし、顔からもボォ༄༅っと小さな炎が出た。


「なんだよこれ!」

 

 驚いて声は漏れたが多分、見えたのは俺だけ。

 俺の妄想ーーシタギ・赤絹(アカギヌ)の仕業だった。

 

 ……覚えてろよ。


 そう思った瞬間、ぺろっと舌を出したシタギが『妄想図鑑』にスッと消えた。

 現実との境目がなくなっていく妄想に、俺は益々苦戦していた。


 話を戻すが、俺はミーアの言葉に耳まで熱くなっていた。

 動揺しながらも胸中で叫ぶ。

 

 ハイエルフ=肉食ーー!


 思わず羞恥にも耐えきれず、話題を変えた。

 一息ついて首を後ろへ向け、アリーに尋ねる。


「そ、それよりアリーは、大丈夫なのか?!」


「もう平気。ゴクにぃ、ありがとにゃ!」


 アリーはノビのようにケロッとした表情で背にしがみつく。

 この状況がまた切ない。まさに逃げ場のない試練。


 チクチクとした鼻腔を刺激するーー 名状し難い鋭い圧。

 氷魔法のような夜風が頬を撫で、大気まで震えているような錯覚を覚える。


 そんな俺を他所に、シグマはさらに加速していく。


「「グルッグギェー!!」」


 ほぼ同時に鳴き声を上げ、シグマとベルマの羽根音が夜の静寂を破り、闇に溶け込むように消えていく。

 翼を広げた二頭は、星々を背にゆっくりと滑空しながら、さらなる上昇を試みていた。その巨大な翼が風を切り裂くたび、月はチラチラと翳る。

 

 星々はまるで俺たちの夜空の散歩を冷笑するように、闇夜にキラキラと冷えた光を放っていた。

 

 急激な体温の低下とともに、指先の感覚までなくなっていく。

 寒気に耐えきれず、思わず声が漏れた。


「さむ〜〜〜! ミーアはその格好で、寒くはないのか?」


 俺の問いかけに彼女は振り返らず、視線は前を向いたまま。

 風を切る音が彼女の言葉を聞こえづらくする。


「大丈夫よ、リーダー……亜人は体感温度が人種(ヒューマン)と違うの。

 多分、アリーちゃんも平気でしょ?」


 振り向くとアリーは、余裕の表情で頷く。

 

 その時、ふと師匠の言葉が頭をよぎった。

 

『ゴクトー、亜人種は神造だ。独占欲の強い人種を野放しにはできない――そう判断し均衡を保つため、この世に遣わされたらしい。既存種より優秀って御伽話がいくつもあるくらいだぞ!』


 懐古する記憶とともに、師匠の顔が頭に浮かんだ。

 こういう豆知識は全て師匠から学んだもの。

 

 師匠……。


 思いながらシグマの動きに合わせーー俺は背筋を伸ばし、体勢を整えた。

 シグマはさらに大きく羽ばたき夜空を滑空する。


 しばらくの後ーー吹き抜ける強い風。

 翼にかかる負荷が、シグマの体を大きく揺らす。


 グラッ…グラッ…


 揺れに耐えきれず咄嗟にミーアの腰にしがみついた。

 その瞬間、ミーアがはたと振り返る。


「くすぐったい!……リーダー、腰はやめて!」


 その言葉には、ほんのり怒りがさしていた。

 俺を一瞥し、彼女は淡々と前を向き手綱を握る。


 かと言って、また彼女の【デス級】を掴むわけにもいかない。


 どうすればいいんだよ……。


 もう困惑しかない。


 そんな中、アリーは尻尾でポンポンと、俺の肩を叩きながら声をかける。


「安心すりゅといいにゃ。ゴクにぃ、これに掴まって。落ちたりしなにゃいから」


 その声は優しく、今の俺の心を癒してくれた。

 この瞬間から、アリーの”モフモフ”が俺の命綱になった。


 強風と揺れが続く中、柔らかい尻尾を掴むと、その温かさに恐怖心も薄れていく。


 やっと落ち着いて、俺は夜空の散歩を楽しみはじめた。

 だが、恐怖心はすぐには拭いきれない。

 自然と尻尾を掴む手に力が入る。


 紺碧の夜空を進む中、ミーアがふと振り返る。


「ベルマもちゃんとついて来てるわね。アカリさんの顔色は相当悪いけど……なんとか落ちずに掴まってるみたい。安心したわ。でも、みんなの体温が心配ね。 

 ベルマ────!」 


 彼女の呼び声は、まるで風を切るかの如く夜空に響く。


「グルッグギェー!」


 すかさずベルマがひと鳴きして、翼を斜めにしながら近づく。

 そして、ミーアが再び声を張った。


「【結界】の魔法をかけるわ。姿も見えなくなるしーー、気温と風も感じなくなるわ。山間で、もしワイバーンと遭遇したら……面倒よ。今は厄介な戦闘はしたくないから、魔法をかけるわね」


 呼び出したベルマとシグマが並行して滑空する。

 次の瞬間、ミーアは落ち着いた声で詠唱した。


「【ンラシカイ:°キオオ・ノチウ】!」


 その声は夜風に溶け込むように柔らかく、しかし力強い。


 その瞬間ーー。


 空気が微かに震え、夜空に散らばる無数の星々が一斉に強く瞬いた。

 その輝きに呼応するように、彼女の指先から淡い青白い光の粒が舞い上がる。 

 粒は渦を描きながら広がり、まるで生き物のように優雅に踊っていた。

 そして、俺たちを包み込むように柔らかな膜を形作り、透明なドームのような【結界】が静かに完成した。


 ミーアが小さく漏らす。


「ふぅ、完成。これで大丈夫よ」


 【結界】が紺碧に溶け込むように姿を消した。

 

 外から吹き付けていた冷たい風は完全に遮られ、心地良い温もりに包まれる。

 さらに風切り音も静まり、まるで異空間に迷い込んだかのような静寂が訪れた。

 彼女はどこか、肩の荷が降りたような口調で紡ぐ。


「これで安全よ。山間に入る準備は整ったわ」


 ミーアは振り返り、満足げな表情を浮かべた。

 その背後には、まだかすかに漂う光の残滓があり、夜空に溶けていく様はどこか神秘的に見えた。その魔法があまりにも見事でーー俺は思わず口を開く。


「凄いな、ミーア……ロカベルの店で使った魔法もそうだけど、

 さっきの【結界魔法】も、ミーアが使ってるのって【古代魔法】、にゃの?」


 焦って声をかけたせいで、最後がアリー語になってしまった。


「えぇっ!?」

「にゃにそれ!」


「「あははははは」」

 

 同時に声を上げて二人は腹を抱える。


 二人して笑わなくても……。


 胸の中が恥ずかしさで満たされ、頭が真っ白になる。

 そんな俺を他所に、ミーアは丁寧な説明を始めた。


「ハイエルフの【古代魔法】よ、リーダー。【ロカベル】一族固有の魔法なの。この魔法は、うちの一族の中でも特に血筋の濃い者ーーつまり、父様や母様、それに姉のミリネアとミンシアみたいな……直系の者にしか扱えないの。特にハイエルフと呼ばれる、『*マヌエルの森』を治める『*八支族』の一つに伝わるもので……」


 おいおい、なんだそれ? 

 【ロカベル】って、名前と同じ古代魔法?

 いや、名前だろうが……『八支族』って?


 俺の頭は混乱する。知らん事が山積み。

 そんな俺の思考をまるで見抜くように、ミーアは続けた。


「この魔法は、数百年前の『太古の大戦』の時、『始祖の一族』と呼ばれる存在から『八支族』の長たちが、直接教わったものらしいの。『八支族』にはそれぞれ、うちらのように名前があって……でも、詳しいことは族長である、父様に聞いてみないとわからないわね。ふふ」


 彼女は笑みを浮かべ締めくくる。

 一方その間、手綱を緩められたシグマは自由に羽ばたいていた。


 ミーアの話に思考を巡らせるが、初耳なことばかり。

 『マヌエルの森』ーー師匠と次に訪れる予定だった国。

 ふと、師匠の顔を思い浮かべる。


 『始祖の一族』?

 師匠からは何も聞いたことなかったが……。


 だが、『始祖の一族』と言う言葉が心の中で引っかかり、妙に懐かしい感覚がして気になった。 


 思わずミーアに尋ねた。


「その『始祖の一族』って……特別な存在なのか?」


 その言葉にアリーが背から顔を出し、考え込む仕草を見せる。


「にゃ……?『始祖の一族』って……にゃんか聞いたことありゅ」


 アリー……その仕草、反則だろ。

 可愛い過ぎるんだよ。


 そう思いながらアリーの尻尾を握りしめた。


 そんな中、しばらく黙っていたアリーが声を張る。


「そうにゃ! 婆ちゃんが言ってたにゃ、神とも呼ばれりゅ『始祖の一族』って!」


 その言葉にミーアは、アリーの頭を優しく撫でた。


「そうそう、神と呼ばれる『始祖の一族』よ。隔離された小国、『トランザニヤ』の『始祖の一族』ね……」


「そうにゃ!離島にゃ。『トランザニヤ』は……大昔に『始祖の一族』が移り住んだ島にゃ!」


 そう言ってアリーは、メタリックブルーの瞳を輝かせて頷く。


 ん? トランザニヤ……国なのか。

 離島? 聞いたこともないんだが……?

 でも、なんか懐かしい響きだ。


 俺も少し落ち着きを取り戻し、ふと物思いに耽っていた。

 そんな中、ミーアが前方を見据える。


「前の高い山を見て!あれがハゴネの山よ!」


 その言葉にわずかに安堵しつつ、目の前の景色を眺める。


 ハゴネの山脈は、ズードリアの大地が生み出した壮大な自然の象徴だった。

 夜の山々の稜線は、まるで漆黒の大蛇が身をくねらせているように鋭く険しい。

 その斜面には、闇夜の中でもかすかに輝く、緑色の苔が広がっている。

 岩肌の合間から漏れる光は、*ルミニアグラスだ。


 静寂の中でその淡い輝きが、夜の山々に命を吹き込んでいるようだった。


 ミーアの口元には、小さな笑みが浮かぶ。


「……さあ、二人とも掴まって。ハゴネの山間に入るわよ!」





 *** 


 ■アカリ目線です■


 ベルマの背に私とジュリは乗った。

 ヒッポグリフが大空を舞い上がるたび、私の表情は硬くなる。

 普段は冷静でいるつもりの私。

 でも高所は少し苦手、手綱を握る手には汗が滲んでしまうの。

 腰が引けているのが一目で分かるわね。きっと。

 それでも後ろでしっかり掴まっているジュリを気遣い、声を張ったわ。


「ジュリ! 前を見てみなさい! ハゴネの山間に入るわよ!」


 緊張が声に影響してないか気が気じゃなかった。

 ジュリが不安になるかと思って。真っ直ぐ前を向いたの。

 そんな私を他所に、ジュリは涼しい顔で夜空を眺めていた。

 高所どころか、夜空そのものを楽しんでいるかのように。


 月光が静かに降り注ぎ、眼下には不思議な光を放つ植物、ルミニアグラスが広がっていたわ。その青緑の光は、まるで星々が地上に舞い降りたかのように、幻想的な雰囲気を醸し出していたわ。


 ジュリはその光景にまるで心を奪われたように、目を細めて見下ろすの。

 ルミニアグラスは、夜の精霊たちが集まって踊っているかのように、淡い光を放っていたの。まるで誘っているかのようだわ。


 私は振り返るのもやっとの状態なのに、ジュリが呑気に言うの。


「ネー!、ルミニアグラスがすごい綺麗よ」


「もうジュリたら、今は、見ている余裕がないの!見ればわかるでしょ!」


 笑顔のジュリとは対照的に、私は視線を前に戻したわ。


挿絵(By みてみん)

(*ハゴネの山のイラスト)


 だって、震えが止まらないんですもの。


「ねえ、この【結界】って凄い魔法だよね? 下の景色も綺麗に見えるしさぁ。神代(カミシロ)の魔法にも似たのがあるのかなぁ? もし知ってたら教えてよ、ネー!」


 ジュリは興味津々なのよ。その声はどこか弾むように楽しげだし。


「ジュリ……どうしてあなたはいつもそんなにせっかちなの?

 今は無理なのよ……でも、【神代魔法】にもあるはずよ、ええ、似たような魔法がね。ダー様ならきっと、【結界魔法】くらい知っているはずだわ」


「じゃ、ネーは使えるの?」


 ジュリの問いに、手綱を持つ手にさらに力を込めたわ。

 (てのひら)に汗を感じながら、意を決し片手を離して答えたの。


「私は【神代魔法】の【(ひとえ)】しか使えないわ。

 それに、あなたほどの魔力(マナ)もないし……【舞刀術】の強化程度が関の山よ。でもジュリ……あなたなら、きっと【結界魔法】や【秘伝】を使えるようになるわ」


 痺れた手を軽く振りながら、必死に答えたわ。


 ベルマが山間に入っていく中、私は再び手綱を握り直したの。

 緊張しながら慎重に風を切るベルマを操ったわ。

 けれど、楽しくなってきたのは事実。


 あら、私ったら……はしたない……。

 ダー様に知られたら嫌われちゃうかも?

 でも、初めての経験だもの、楽しまなくっちゃ!


 そう思いながら私とジュリはベルマに乗って、ダー様についていったわ。

 その時だったわ。ジュリが私の肩を叩いて不安げに漏らしたの。


「ネー! 後から追いかけてくる、あれって何?」






 







 ──────


『*マヌエルの森』ーー 主に、『狩猟・農園・薬』で、エルフの民たちは、生活の基盤を築いている。『メデルザード王国』、『ゴマ』、『フィルテリア』ーー三つの国に囲まれている、森林山岳地帯の総称。国として大陸中が認めている。



 『*八士族』ーー銀髪のトランザニヤとともに、太古の対戦で赤髪のガーランドを封印した、ハイエルフ一族たちの末裔。八士族の各長老たちが里を作り、マヌエルの森を治めている。



  *ルミニアグラスーー 山の精霊が宿ると言われる発光植物。



 

 挿絵(By みてみん)

(*ズードリア大陸マップ、ビヨンド村の位置のイラスト)


 


 



 お読みいただき、ありがとうございます。

 ミーアの詠唱を逆さに読むと、クスッとしてもらえるかも?


 ブックマーク、リアクション、感想やレビューもお待ちしております。

【☆☆☆☆☆】に★をつけていただけると、モチベも上がります。


 引き続きよろしくお願いします。




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