『八支族』のしきたり
「おい、シロ、東雲さん……君たちの末裔は“積極的”すぎじゃないのか?」
言いながら黒銀の目の友こと、トランザニヤは「ふっ」と息をつき肩を落とす。
「そんなことありませんわ。意中の殿方には、あれぐらい普通です。ねぇ、あなた?」
女神東雲は頬を膨らませ、神シロの腕を掴む。
「ま、なんだ、お前もワシも若い時はな……おほん」
神シロは咳払いし、照れながら答えた。
「……ったく、あいつの身にもなってやれッ!」
トランザニヤは額に皺を寄せ、にゅっと白い犬歯を見せる。
その黒銀の瞳を真っ赤にさせて、怒りを顕に下界を覗く。
神シロと女神東雲夫婦は、顔を見合わせ「プクク」と笑いを零しながら雲の下に注視した。
その頃、宿屋の大部屋では初めての体験にーーゴクトーは狼狽えるばかりだった。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「ダー様どうぞ、お召し上がりくださいませ」
目の前に突き出された、紫と黒のボーダージェット機。
いや、違うーーそれは、あふれんばかりのアカリの峡谷酒。
真っ白になる俺の思考。
口から飲んでいた酒を思わず、 「”ブ───”」 と吹き出してしまった。
全身から汗が吹き出し、体内では『江戸っ子鼓動』が駆け抜ける。
「鎮まれ、鼓動!」
心中、命を下しながら一旦唾を飲み込んだ。
一方、仲間たちは各自で宴を楽しんでいる。
目の前に突き出された、アカリの峡谷酒など気にしちゃいない。
と言うか、上手く死角になっていて、仲間たちからはアカリと俺が楽しく酒を呑んでくっちゃべってるーーぐらいにしか思われていない。多分な。
窓も開いていない無風の部屋。温度が急上昇するのがわかる。
いや、むしろ俺には谷底でいきなりマグマが噴火し、目の前で火の粉を被っているーーそんな危険地帯に足を踏み入れた感じだ。
おいッ! 誰か助けてくれッ!
心中叫ぶが口には出せない。
そんな俺の状況などお構いなしに、ノビはミーアとケラケラ笑い合っていた。二人とも顔が赤い。
一方、ジュリはレザージャケットを羽織り、アリーは黙々とつまみを食べニコニコだ。
そんな中、混沌と驚愕が入り混じる酒盛りの様相は、さらに加速していく。
ふらりと立ち上がったパメラが、バルボンの瓶を手に俺へ近づいてくる。
えっ? おいおい、何だ?
何が始まるんだ……!?
そんな俺にお構いなしで、パメラは胡座をかき、目の前に”とん”と座り込む。
妖艶な笑みとともに、彼女は大胆に瓶を掲げーー『爆弾の“危険領域”へと酒を注ぎ始めた。
「ゴクちゃん、あたいのも飲んでぇん……」
その一言に、分泌されていたアドレナリンが一気に爆発。
全身から汗が吹き出し、胸の『江戸っ子鼓動』がシャカリキに燥ぐ。
どこか『鼓動』に揶揄われている気がする。
覚えてろよ……鼓動。
思ったのも束の間、アカリも負けじと自分の峡谷酒を突き出す。
「ダー様……先ずは……こちらから」
視界に迫る二つの“主張”に、俺は完全に動揺。
妄想眼”死線”はーーまるで吸い込まれるようにそこに釘付けだ。
これっ! どうなってるッ!
顔は噴火寸前まで真っ赤に。
アカリとパメラの誇示魔法が炸裂。
「ま、待って、待ってってッ!」
視界いっぱいに広がる谷間に息が詰まる。
古代誇示魔法ーー【ダブル・ダイ】のせいなのか?
「っく!」
羞恥と混乱で身体が硬直ーー距離を取ろう必死な俺は身動きが取れない。
焦燥感と緊張感が押し寄せる。
これも魔法のせいだろう。
そこまではいい。
しかし次の瞬間、パメラは“すーー”と片膝を立てた。
目がチカチカし、頭もフラフラ、ぐらんぐらん。
カチッとした音が脳内に響く。
スッと目の前は霞み、俺は”癖”の世界に足を踏み入れた。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
黒い網目越しに”死線”が尋ねる。
「囚われの身になっているのか?」
「誰じゃ!」
奥に見えるのは黒薔薇装束の妖艶な女性。
その姿はまるで高貴な令嬢のよう。
「わたくしを、救ってくれますの?」
上品な口調はさながら、”姫様”の気品が漂う。
彼女はスカートを摘み、エレガントな挨拶をする。
(*キャンティーのイラスト)
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
「黒薔薇ノ黙咲の娘、わたしの名前……キャンティ」
そう言い残し、”死線”と彼女は『妄想図鑑』に収まるように消えた。
幸い、アカリとパメラの目には映らなかったようだ。
俺は我に帰り、意識を戻す。
「キャンティ、まさか……妄想界の姫なのか……」
ほっとしたのか、無意識に口から漏れた。
そんな俺の言葉などお構いなしで、目の前のアカリとパメラがお互い睨み合う。
場には烈火の如き熱風が吹き荒れる。
いや、違うそれは大袈裟だ。
だが、確実に俺の額には汗が滲み出ていた。
多分二人の【覇気】がそうさせるのだろう。
混乱と羞恥の中ーー『妄想図鑑』を消すように、慌てて『鼓動』に指令し、脳内は真っ白になった。
甲高い機械音とともに脳が誤作動を始める。
身体も完全に硬直し、声もまともに出てこない。
「……ち、ちょっと、アカリ……待って、パ、パメラ……」
焦りで吃りながら、なんとかこの状況を振り切ろうと両手を伸ばし、パメラを制する。
「うわっ……ちょ、ち、近い …見れないっ……」
言いながら必死に抵抗。
息が詰まり、ビートを刻むかのように心臓から激しく送り出される血流。それが全身を巡って、身体の末端まで勢いよく漲る。
興奮状態とはーーまさにこれだ。
目を逸らすと、ノビもミーアも額に汗をかき始めている。
しかし、空気を読まない二人は相変わらずケラケラ。
一方で、ジュリとアリーはこの気配にどうやら気づいた模様。
ジュリはこちらに訝しい目を向け、アリーは耳をピクッとさせた。
次の瞬間、鼻から"ツーッ”と温かい感触が流れ落ちる。
床に滴り落ちたーーその瞬間、意識はぼんやりと遠のく。
そんな中、耳に微かに届くジュリの声。
「へんダーーっ! 何その鼻血っ! 大丈夫っ?」
寄り添う彼女は、真剣な眼差しでハンカチを押し当てる。
その不器用な優しさに思わず胸が熱くなった。
だがーー。
パメラとアカリはまだ諦めない。
「ゴクちゃん、大丈夫? ジュリちゃん、あたいも手伝う?」
「ジュリだけじゃ無理よね、ダー様」
二人は赤い顔のまま、平然とそう言ってのける。
一方のジュリは眉を吊り上げ、「いいから! わたしがやる!」と二人を制した。
内心で「大きな胸、自慢したいわけ!?」と叫びながらも、思いが伝わる俺の鼻を必死に押さえる。
薄れゆく意識の中、心読のスキルがこれほど邪魔なものとはーーと、そう思うが状況は益々悪くなるばかり。
二人を睨むジュリが少しだけ声を張った。
「……いいから!わたしがやる!」
その目には、明らかに怒りが満ちている。
(わたしは、こんなに小さいのに…… でも、へんダーのことを心配してるのは、 わたしが、一番なんだってば!)
ジュリは一瞬目を落とし、"ギュッ”と唇を噛む。
彼女にとって、それは触れられたくないコンプレックス。
その想いが伝わるのが辛い。
もうーー!このスキル、どうにかしてくれッ!
内心複雑な俺を他所にジュリの言葉は、あくまで優しかった。
「……ほら、しっかりしなさいよ」
その言葉の裏にはーー絶対に負けたくないという意地と、俺に対する真剣な想いが滲んでいた。
一方、パメラは「あらら、ジュリちゃん。本当に必死ね」と、まるで勝ち誇ったように嘲笑う。
もう一方のアカリは、意味深な視線を俺に送りながら、「ダー様、申し訳ありません……」と、わざとしゃがみ込んでポーズを取る。
(ネーも……!パメラさんもやり過ぎよ!!)
二人の態度にジュリの怒りは爆発。
それをまざまざと突きつけられる状況は、彼女にとって耐え難いものだった。
(へんダー、こんなの見たら……わたしより、あの二人に目がいっちゃうのは、当然よね。でも……)
ふと、そう思うジュリは手元に視線が戻る。
耳を真っ赤にしながらも、彼女は鼻血の処置を続けていた。
彼女の握るハンカチが血に染まる。
(それでも、放っておくわけには、いかないんだから)
思いながらジュリは、俺の顔を覗き込み眉を寄せる。
次の瞬間、「ちゃんとしなさい!」とピシャリ。
その声はどこか必死な響きだった。
(大きさなんて関係ない……。へんダーには、わたしの気持ちが伝わってれば、それでいい……)
ジュリの手は震え、鼻血を止めるべく動き続けていた。
場には混沌とした空気が漂う。
黙って見ているアリーの表情も渋い。
この状況に俺はーーただ時が過ぎるのを待つほかなかった。
そんな中、空気を読まない男がさらに拍車をかける。
酔ったノビはふらつきながら、倒れ込むようにパメラへーーまさに一直線の決死の“ダイブ”。
「先生……いただきまづ……」
寝ぼけた様子で、そのまま『爆弾』に顔を埋めた。
「貴、貴様ああああああ~〜!ここで、死にたいのかアアアアアアっ!!」
パメラの怒号が響き渡る。
一方ノビは、顔を押し付けたままーー「スーピー…スーピー…」と寝息を立て始めた。
顔を真っ赤にして怒鳴るパメラと、酔いつぶれて寝たノビの姿があまりにも対照的で思わず口元が緩む。
意外にもパメラはふっと怒りを鎮め、優しくノビを抱きかかえ床に寝かせた。
「この馬鹿モンが……」
その声には、母親のような温かみすら感じられた。
ノビを気遣うパメラの姿を見て、ふと思う。
やっぱり、この『師弟コンビ』が場を動かすな……。
普段はあんな感じだけど、パメラってやっぱり優しい先生なんだよな。
俺も師匠に酒を飲まされて、こんな風になったっけ……。
師匠との思い出が蘇り、胸の奥がじんわり熱くなる。
喧騒の中、俺はほんのり、懐かしい記憶に心を癒した。
こうして落ち着きを取り戻した俺は、鼻血が止まったのを確認する。
「ありがとう、ジュリ。すまない」
短く礼を言って頭を下げた。
その言葉にアカリは獲物を狩るような『虎』の目でチラ見する。
そんなアカリはさておき、再び俺はバルボンをちびちびと飲み始めた。
肩を落としつつ、「さっきの二の舞は、もうごめんだ」と内心でつぶやく。 無論、いつものやつだ。
誰かが窓を開けたのかーーふと冷たい風が頬を撫でる。
その風は部屋の温度と俺の身体を覚ましてくれた。
微かな月明かりが白いカーテンを薄茶色に染める。
「ほぅーほぉー」と、鳥のような鳴き声まで聞こえてくる。
大部屋の雰囲気も少しずつ変わり始める。
アカリとミーアの*和装が羨ましいのか、ベッドルームで着替えていたジュリが和装で戻ってきた。
その姿に仲間たちの口元にも、自然と笑みが零れる。
場が落ち着きを取り戻し始めた、丁度その時。
ミーアに寄り添いながら、アリーが無邪気な発言。
「ミーアのお酒が、もうにゃい!」
彼女は手にしたバルボンの空き瓶を振った。
グラスに酒がないのを察して、優しい彼女がミーアを気遣う。
再び場の空気は、奇妙な方向へと進み始めた。
すかさず大和酒の瓶をアカリが掴む。
「ミーア……よかったら、これ飲みますか?」
アカリのその言葉にミーアが動く。
彼女はアカリの目の前にスッと正座した。
静かに頭を下げたその瞬間。
ミーアはまるで自然な流れのようにーー溢れそうなアカリの『峡谷酒』を"ぐびっ”と、一気に飲み干す。
その光景に、全員の動きがピタリと止まった。
「ハイエルフは、注がれたお酒を勧められたら……そのまま飲みます」
ミーアは頬を朱に染め小さく囁く。
(*ミーア、アカリ、ジュリのイラスト)
一方のアカリはもちろんのこと、アリー、ジュリ、そしてパメラも目を丸くしていた。
そんな中、アカリが俺を一瞥し、悔しそうにつぶやく。
「……そうなのですね。でも、これはダー様に……せっかくのチャンスが台無し……」と。
その声は俺には聞こえなかった。
そんなアカリにミーアはチラリ。
「うちが……『*八支族』のしきたり教えます」
そう言って彼女は、大胆にも開いた胸元に酒を注ぐ。
そして彼女は静かに告げた。
「次は誰ですか?……しきたりです」
その言葉に、湿った空気は一気に凍った。
淡々とした声でミーアは、全員に視線を向ける。
その瞬間、背後から勢いよく飛び出したのはジュリ。
「わたしが、飲むわあああああ!」
言い放ったーー次の瞬間。
『ミーア大峡谷酒』に顔を埋め、"ぐびっ”"ぐびっ”と、おちょぼ口で飲み干した。
さらに顔を上げると、真っ赤になったままチラリと俺を見る。
(最大のチャンスよ……これを逃したら……!)
ジュリは内心、気合いを入れる。
おいッ! 何を逃したらなんだッ!
心の中でツッコミを入れたが、後の祭り。
ジュリがまるで勝負を仕掛けるような鋭い目つきに変わった。彼女は鼻息も荒く、「ネー!わたしに早く!注いで!」と声を大にする。
一方のアカリは「……仕方ないわね。しきたりなら」と答え、不貞腐れたような顔で、ジュリの『小谷山』に大和酒を注ぐ。
「次はへん…」
ジュリが言いかけたーーその瞬間。
事件が起きた。
『ヌーブラン』が耐えきれず、"ペロン”"ペロン”と剥がれ落ちる。注がれた大和酒もすべて溢れ出し、ジュリの和服を酒浸しにした。
他方、黙って見ていたアリーがここぞとばかりに。
「あにゃー……ジュリねぇ、粘着が弱まったからにゃ……『アルコールを含むクリームとかは、ダメにゃ』って、店員しゃんが言ってたにゃ」
言い切った彼女は呆れ顔でジュリを見つつ、頭を「カクッ」とさせる。
有頂天になっていたジュリは、完全に油断していたらしい。
「うぅぅ……」
涙目で小さく声を漏らし、ジュリは赤碧色の瞳を潤ませる。
そんな中、俺は仲間たちを見ながら思う。
ジュリ、頑張ったよ。
……コンプレックスを払拭したかったんだろうな。
その泣き顔は、可愛いいけども……。
しかし、ミーアのあの破壊力はーーパメラに匹敵するな。
冷静な判断の元、響き出した率直な意見だ。
しかし、この場を収拾する方法が見つからない。
再び俺は頭を捻った。
その時、凍てついた空気を溶かすように、
ミーアがポツリとつぶやく。
「しきたり……終わりです」
その言葉は古代魔法のようで、奇妙な静寂に包まれていった。
人見知りだと思っていたミーアが、ここまで大胆な行動を取るなんてーー誰も予想してはいなかっただろう。
俺は今見た光景が、瞼に焼き付いて離れなかった。
歓迎の宴が、まさかこんなことになるなんて……。
呆然とする仲間を見つめながら、深くため息をつく。
一気にバルボンを飲み干すしか、俺にはすべがなかったーー。
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*和装ーーアカリが嫁入り道具として、『ヤマト』の実家ーー『巫代』家から持ち出した着物や反物は、ズードリア大陸風に、ダークエルフの国『ファルダット自由国』でアレンジされた。
『*八士族』ーー銀髪のトランザニヤとともに、太古の対戦で赤髪のガーランドを封印した、ハイエルフ一族たちの末裔。
八士族の各長老たちが里を作り、『マヌエルの森』を治めている。
(*ズードリア大陸マップ、ビヨンド村の位置のイラスト)
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次話から真面目にファンタジーに取り組みますw。
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