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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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捩れた雷鳴









「ふふ、良かったわ。八支族のあの子が仲間に加わって」


 神シロの妻、女神東雲が口元を綻ばせ、ほっと胸を撫で下ろす。


「いや、まだじゃ、あそこは三姉妹。あの子……教授がまだ姿を見せん」


 神シロが訝しい目で下界を見つめる。


「大丈夫さ、彼らは導かれ、宿命を背負って集っているんだ。しばし、待とう」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤが冷静な口調で宥める。


 その時、天界にも何かを知らせるようなーー雷鳴が下界で轟く。


「まさか……」


 神々は不安を抱えつつ、下界を見下ろす。



 ーーその頃、ゴクトーはミーアとともにギルド支部へ向かっていた。



 


 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇




 道中ミーアが俺の腕をぐいっと引っ張る。

 いや、それだけじゃない。

 “むにゅ〜ん”の感触が俺の腕に伝わるではないか。


 ちょっと待て、これが”肉食”ってやつなのか?

 こんなにも“ぐい”って、おかしくないか?


 路地に差し掛かる。

 道行く人々の視線が、どうもこちらを見ているのが気になる。

 目のやり場に困るが柔らかさが気になり、それどころではない。

 

 ……頼むから、もう勘弁してくれッ!


 そんな俺を脇目に、ミーアは淡々と歩みを進める。

 その冷静さが逆に怖い。


 やがてギルド支部に到着し、二人で中に入った。


 受付で俺はカードを差し出し、ミーアにもカードを出すように促す。


「パーティ登録を頼む」


 受付嬢はカードを受け取りながら微笑む。


 その瞬間、ぐいっとミーアに身体を寄せられた。

 再び柔らかい感触が俺の脳を貫く。

 心臓が跳ね上がり、一気に血が集まるのがわかる。

 頭は急にぐらっと揺れ、目の前が霞んでゆく。

 

 妄想スイッチが……入ってしまう……。

 

 思いながらも自分の世界へと足を踏み入れた。



【妄想スイッチ:オン】


 ──ここからいつもの妄想です──


「ふふ、この感触に一度でも慣れたら、もう元には戻れないのよ」


 新緑の葉っぱをそのまま液体に閉じ込めたかのような、

 鮮やかなエメラルドグリーンの個体を抱える少女の妖精。

 その個体の表面は透明感があり、光を受けると淡く輝きながら、

 まるで宝石のようにきらめいている。


「わたちの名はもち丸、あなたの腕を絡めとる」


 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーの妄想上の妖精のイラスト)



【妄想スイッチ:オフ】


 ──現実に戻りました──


 

 その瞬間ーー「旦那、これを!」


 現れた『江戸っ子鼓動』がグリモアを投げる。


 受け取った瞬間、グリモア”妄想図鑑”がパラパラと音をたてた。


「わたちの出番……」


 シューン。


 挿絵(By みてみん)


 もち丸は図鑑の1ページに吸い込まれーー封印されたページからかすかに湿気が漂う。


 そして『妄想図鑑』とともに『江戸っ子鼓動』も、蜃気楼のような揺らぎを見せながらうっすらと消えていった。


「おい、ちょっと待て鼓動!」


 いつものように我に帰り、意識を戻した。


「何が、どうなってる?」


 思わず声が漏れる。

 

 隣にいるミーアが俺に振り返る。

 妄想が見えていない彼女は、このスキルを知らない。

 

 良かった。ミーアには見えてないんだな。


 この時は、ほっと胸を撫で下ろした。

 だが、これが見えてしまう現実は着々と近づいていた。


 そんな中、見覚えのある受付嬢が『魔導端末』を操作しながら、問いかけてくる。


「ゴクトーさん、顔が真っ赤ですよ?」


 その笑顔がどこか含みを持っている気がする。


「いや、むにゅんがな…」


 上の空だった俺は、思わず変な返事をしてしまう。


「ハッ!」


 なんで、こうなるッ!

 もう、やめてくれ……。


 ニヤリと口角を上げる受付嬢の視線は、明らかに"何か”を察している。

 俺は一気に耳まで熱をもつ。

 

 恥ずかしいし、情けない。

 いや、こればっかりは仕方ない。

 勝手に察しろッ!


 内心で言い訳しながら言葉は飲み込む。


 一方、パーティ登録は速やかに手続きが進み、無事に完了。

 ミーアの『A級』ーー金の冒険者カードには『黒い縁取り』が追加された。


 一波乱あった中、冒険者ギルドを後にする。

 

 メインストリートに出ると、月が膜を張るように朧げだった。

 まだ熱くなっている俺の耳に、ヒヤリとした風が当たる。


 一旦、落ち着いた俺はミーアに向かって口を開く。


「俺たちはみんな、同じ宿に泊まっているが……ミーアはどうする?」


「取りあえず行くわ。姉様の所にいるから、宿には泊まらなくて大丈夫。

 だから出発する時は、どこかで待ち合わせしていきましょう」


 ミーアが小さく答える。


 ギルド支部を後にした直後のこと。

 その声の控えめさが、肉食行動とどうにも結びつかない。


「宿の名前はなんて言うの?」


 これもまた小さな声だ。


「帰巣だ」


 身長も高くて、美人だけど、声はやけに小さい。

 その代わりミーアの柔らかい破壊力は、デス級ですけども……。


 内心思う俺をしっかりミーアは、宿まで案内してくれた。

 その間ずっと、デス級の感触が俺の脳に張り付く。


 そして宿の前に着いたーーその瞬間。


 ミーアは突然立ち止まり、俺の顔をじっと見つめた。

 長い睫毛の下から覗く碧の瞳が、まるで吸い込まれるように美しい。


「っえ?……あの、どうした?」


 言葉に詰まるとミーアはニッコリ微笑む。


「……ゴクトーさんって、可愛いい」


 そう囁くように言った後、彼女は目をふせる。


 ……っえ! この俺が!?

 いや、それより……その小悪魔的な仕草ッ!


 心臓は爆発寸前。

 彼女の一言が、頭の中ではぐるぐるとリフレインしていた。


 ハイエルフって、みんなこうなのか……?


 余韻を腕に感じながら、その場で深い息をつき空を見上げた。

 

 紺碧の空に暗雲が立ち込める。

 急な雷鳴に思わずビクッと驚くーー同時にピシャピシャと雨が降り始めた。


「濡れる、早く入ろう」


 ミーアとともに宿に入った。

 受付に居合わせた女将さんが目を丸くする。


「あら、珍しいエルフ種のお客様、そのスタイル見事ねぇ……」


 そう言ってミーアを上から下までジト目で眺める女将さん。


「宿泊するわけじゃないんだけど、仲間に合わせたいんです。大丈夫ですか?」


 俺の言葉に女将さんが「どういうことなの?」という目を向けてくる。

 だが、訝しい目つきだった女将さんの表情が緩んでいく。


「ええ、どうぞごゆっくり」

「ありがとうございます」


 俺が礼を言うと、女将さんはミーアに微笑む。

 だが、一方俺に向けられる視線は、「不遜ですね」と言いたげな鋭いものだった。


 うわぁ、絶対俺が、何か悪いことをしてると勘違いしてる目だ。

 怖ッ……。


 きまずさを感じながら、階段を上がり仲間たちがいる大部屋へ向かった。


 “トントントン” ノックしたが返事はない。


「留守か…まだ帰ってきてないのか?」


 仕方なく、自分の部屋に連れて行くことにした。

 再び階段を降りて鍵を開ける。


 ガチャ  ピカッ✧


 窓の外に小さな稲光が走る。

 湿った風とともに土臭い雨が部屋に入り込み、カーテンを濡らしていた。

 部屋の明かりを点け窓を閉める。


「その……みんなが来るまでここで待っていてくれ。俺はちょっと食堂の方に行ってくる」


 そう言ってミーアを部屋に入れたのだが。


「……一緒に行く」


 彼女が即答、少し視線を落とし小さな声で付け加えた。


「姉様に言われたから……この人に付いていけって。知らない場所で一人じゃ、ちょっと落ち着かないの」


 その声には普段のクールな態度とは裏腹な、仄かに不安が滲んでいた。

 少しだけミーアのことがわかった気がして、苦笑しながら頷く。


「わかった。一緒に行こう」


 ミーアも小さく頷き、俺の後ろを静かについてきた。

 結局、俺たちは食堂へ向かった。

 食堂の扉を開け、ミーアを先に入れた。

 続いて俺も食堂に足を踏み入れる。


「ゴクどーさーん!」


 奥のテーブルで立ち上がるノビ。その対面にはパメラが座っていた。


 良かった。

 宿に帰ってたのか……。


 安心した俺は二人に声をかけた。


「てっきり、大部屋にいるかと思ったんだけどな」


「先生が入れで、ぐれないんさ……」


「当たり前だ! 貴様と二人っきりで!?……私には拷問でしかない!」


 ノビが言い返すと、いつものようにパメラが激しく睨みつける。


 ミーアはそんなやり取りには無関心のようだ。

 当然のようにミーアは妙に澄ました顔で俺の隣に座った。

 

 ゴロゴロと遠雷が響くが、誰も気にも留めていない様子。


 一方、パメラが笑みを浮かべながら、どこか探るような視線を向ける。


「ゴクちゃん……その綺麗な方は、どなたかしらん?」


「ミーアだ。薬屋のおねいさんの妹で……」


 俺の言葉尻を蹴るように、空気感を読めない男が口を挟む。


「先生のが綺麗なんさ!」

「貴様は余計なことを言わんでいい!!」


 案の定パメラに怒鳴られる。


 ま、いつもの恒例行事だな。

 

 思いながらなんとなく、ほっとしてしまう。

 しかし、他の仲間たちはまだ帰っていない。

 疑問符がついた口が勝手に開く。


「3人はまだ帰ってきてないのか?」


「ええ、まだなのよん。 今のうちにゴク…… 」


 ゴロゴロ!


 雷の音でパメラが言いかけた言葉は打ち消された。


 そんな中、ハーブティーが運ばれてきた。

 多分、女将さんが気を利かせたものだろう。


 俺たち4人は妙な空気が漂う中、ゆっくりとお茶を啜る。

 

 沈黙が続く中、パメラが口火を切る。


「ゴクちゃん、説明してくれないかしらん?」


 彼女の声は柔らかい。だが、その視線は鋭いものだった。


 うっ……来たよ。

 ヤッパ、ツッコマレマスヨネ。


 内心ロボットのようなカタコトが出たところで、ミーアが口を挟む。


「ハゴネを案内するの。姉様がこの人をサポートしなさいって」


 片手でお茶を啜るミーアが小さく声に出す。

 ノビもパメラもその言葉に目を丸くした。


 俺は薬屋での詳細を説明する。

 聴き終えたパメラが眉を寄せ皮肉めいた一言を落とす。


「そう……肉食なのねん。そうは見えないけど」


 目を細めながら、どこか意味深な笑みを浮かべる。


「そうらしい……」


 苦笑するしかないし、非常に居ずらい。


「ここで待っていてくれ」と。

 

 言い残し俺は食堂を後にした。


 雨が降り出してからというもの、背中に妙な違和感を感じていた。

 それは身体の不調とは違う、薄気味の悪い憎悪を向けられたような感覚。


「なんだろう。この(おぞ)ましい憎悪と【邪気】……ヤバイ予感がする」


 雷鳴が鳴り響く土砂降りの中、俺は一気に走り出したーー。





 ◆(ここから天の声、神シロがお送りします)◆





 一方その頃、仲良し3人組は土砂降りの中、宿屋へ向かっていた。


 道中、アカリは手を頭にかざしながら零した。


「ダー様は、もう帰って来てらっしゃるのかしら?」


「へんダーは、まだじゃない?」


 ジュリがレザーキャップを被り直しながら答えた。

 他方アリーは垂れ耳を濡らしながら空を見上げポツリ。


 「濡れちゃうにゃ、早く帰らにゃいとー」


「急ぎますわよ」


 そう言ってアカリは足早に歩みを進める。


 まるで3人を追いかけるように雷光と轟音が響く。


 アカリは宿屋帰巣の広告看板が目に入る。

 ほっとしたところで、3人が路地を曲がったーーその瞬間。


「にゃにか、いりゅ!」


 気づいたアリーが垂れ耳をピクッと動かす。


 ピカッピカッ✧


 雷光に映し出されたーー異様な姿。

 

 奇怪な空気が周囲を包む。

 次の瞬間、ぬっと魔族が土壁から這い出てくる。


 その魔族は顔に鉄鋲をいくつもつけた異形。

 顔と身体は闇属性特有の紫色の肌。 

 黒い爪3本が土壁を握り潰す。


「ぐふふ、待っていたぞ。我が宿敵、末裔ども」


 低く重々しい声。


 挿絵(By みてみん)

(*魔族のイラスト)


 その声は雷鳴の隙間から彼女たちの耳に届く。


 瞬間、身を翻す3人。 

 いきなりの敵襲にも怯まない。


 ジュリがその魔族を睨む。


「何よ、気持ち悪いーー宿敵って何?!」


 彼女は杖を出し身構え、詠唱を始める。

 アリーは、すかさず魔導銃を構えた。

 鋭い眼光でアカリが【桜刀】を抜き、ジュリとアリーを庇うように前に立つ。


 一方、魔族の男はうっすらと嘲笑を浮かべる。


「何ができると言うのだ? お前ら如き3人で……」


 そう言って魔族の男は顔につけた鋲を撫で、瞬時にそれを尖らせた。


 その瞬間ーー「我が純潔の守護者! 白刃ハクジン、顕現せよ!」


 唱えたアカリの背後から白い閃光が迸り、呼応するような低いうなり声が響く。

 純白の犬のような召喚獣が、アカリの側に姿を現した。

 雨に濡れてもその姿は白く輝き、鋭い牙を剥いて魔族を睨みつけている。

 喉を鳴らし、地面を爪で掻くその姿は、まるで嵐そのものを宿しているようだった。


 アリーは魔導銃を構えたまま、わずかに目を細める。


「にゃつかしい……」


 その声には過去の記憶か、あるいは本能的に何かを感じ取ったような響きがあった。 彼女の垂れ耳がピクピクッと動き、召喚獣のうなり声に反応する。


 次の瞬間、魔族の男はニヤッと笑みを浮かべ叫ぶ。


「これを味わって死ぬがいい、ひひひ。喰らぇぇぇ【尖鋲弾】!」


 ヒュンΣ≡=─ ヒュンΣ≡=─ ヒュンΣ≡=─ 


 風を切る音とともに、雷光を反射させ、複数の鋭い突尖が3人を襲った。


「巫代流抜刀ーー【剛雷燦々】!」


 掛け声とともに黒いローブが翻り、雷光を反射させた刃が一閃した。

 カキン、カキン、カッキ──ン。    グサッ。


 弾かれた尖鋲弾の一片が路地の土壁に刺さる。

 その瞬間、詠唱を止めたジュリが叫んだ。


「へんダー!」


「間に合ってよかった」


 ゴクトーは【桜刀】を握り返し身構える。


「っく、邪魔が入ったか」


 魔族の男はカッ目を開き、呪文のような言葉を紡ぐ。


「刻の流れ、我が掌に! 刻みの歯車、加速せしめん!

 永遠の刻を一瞬に! 【エクスペル・クロノス】ーー!!」


 その瞬間、空気が一瞬止まったかのように静まり返る。

 雨粒すら落ちる音が、ゴクトーには心なしか遅く感じられた。


 次の瞬間、紫光が一点に集中し、アリーを包み込んだ。


「にゃに!これっ!」


 彼女の叫ぶ声が反響し、光の渦に飲み込まれていく。

 時間がねじれるように、アリーは大人びた姿へと変貌を遂げた。

 まるで光の中で刻が跳ねたかのように。


 ゴォ〜ン…ゴォ〜ン…


 雷鳴が鳴り止み、教会の鐘が重々しく響く。


「ちっ、神まで味方するか……」


 魔族の男は苛立たしげに舌打ちし、紫の肌が雨に溶けるように揺らめく。


「覚えておけ、古の末裔ども。この刻の捩れをな……」


 その言葉は一瞬の雷鳴でかき消され、霧のように消えた。

 だが、その場に残された紫の残滓が、かすかに不気味な気配を漂わせていた。

 

 雷鳴が遠ざかる。


 土砂降りの雨が音を吸い込み、静けさが戻った時ーー魔族の姿はもうそこになかった。


 追い払ったのか、逃げられたのか。

 勝ったのではない。

 ただ「次」が来るまでの、つかの間の猶予に過ぎない。

 そのことをゴクトーは本能で悟っていた。


 アリーは胸に手を当て、荒く息をつく。

 身体は見慣れない“成熟”を帯びたままーー同時に、胸の奥に重く沈むざわめきが消えなかった。


「……僕、どうしゅれば……」


 震える囁きに、仲間たちは一瞬言葉を失う。


 アカリは唇を噛み、いつもの快活さを失っていた。


「……大丈夫。大丈夫だから」と、根拠のない励ましを繰り返すしかなかった。


 ジュリは目を伏せ、拳を固く握りしめた。

 彼女の「軽口」は影を潜め、沈黙が重苦しく場を覆う。


 白刃ハクジンだけが、静かにアリーの傍らへ寄り添った。

 黙ってその身体を守るように立つ。


 その光景を、ゴクトーはただ見つめていた。

 

 守りたいと思った。

 けれど、守りきれなかった。

 【桜刀】を抜いて戦ったはずなのに。


「……俺は、何をしているんだ」


 雨に紛れて落ちた独白は、誰の耳にも届かない。


 雷鳴は遠ざかったはずなのに、

 ゴクトーの胸には、未だ轟く音が響いていたーー。










 お読みいただきありがとうございます。

 引き続きよろしくお願いします。


 挿絵(By みてみん) 


 応援してくださる皆様のおかげですm(_ _)m

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