ロカベル姉妹と予言のような妄想
「おお、やっと『*マヌエルの森』の『*八支族』と絡んだの」
神シロは口元を緩ませる。
「あなたのその顔、まるで少年のようですわよ」
妻の女神東雲は、笑みを浮かべながら甘えるように神シロに寄り添う。
天上の神殿が輝きを増す中、下界を注視する一人の神が振り返る。
「それは帰ってからやってくれッ! それよりゴクトーが《具現想霊》に、完璧に目覚めたかもしれん……」
そう言って黒銀の目の友こと、トランザニヤが割って入った。
「そう、つれなく言うな黒銀の、やっとこ面白くなってきたとこなんじゃぞ」
言いながらも神シロと女神東雲は顔を見合わせ「ぷっ」と吹き出す。
3人の神々は微笑みながら、下界の様子を窺っていた。
ーーその頃、ゴクトーは『ロカベルの魔法薬材と薬店』店内で、初めての経験に困惑していた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「呼んだ?ミンシア姉様」
現れたのは、一目でわかるほどのハイレベルな美貌を持つエルフの女性。
十八歳ぐらいに見える。
いや、見た目では惑わされないぞ。
エルフ 特有の長い耳に、耳飾りとレザーのチョーカー。
緑碧色の短い髪は肩口ぐらいまで。
美しく滑らかに流れる、透き通るような碧の瞳がこちらを見つめる。
その視線はどこか怯えたようにも揺れ、整った顔立ちやスレンダーな体型は、まるでモデルのよう。
彼女が歩く度、胸元がゆるっとあいたTシャツに目がいく。
"ボヨン”と揺れる胸に慌てて視界を反らした。
その瞬間、『江戸っ子鼓動』がバフンッ!と跳ねる。
急に血が逆流したかのように全身に血液が巡る。
息苦しさと、目眩。
くらっと頭が揺れ、目も霞んでいく。
カチッとした音が頭に響く。
そして、俺は自分の”癖”の世界に足を踏み入れた。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから長い妄想です──
その瞬間、俺の視界に黒銀の輝きが割り込む。
まるで夜空に瞬く星のような、鋭くも魅惑的な光。
その光の中から、低く響く声が聞こえてきた。
「ゴクトー、君は面白いスキルを持ってるよなッ!」
声の主は黒銀の瞳を持つ銀髪の男。その姿は半透明の影のように揺らめきながら、突然目の前に現れた。
……俺と同じ色の髪と瞳だ。
その男が纏う光り輝く銀のローブーー風もないのにふわりと靡き、まるで神話の物語のワンシーンのように滑らかに動く。 その表情には悪戯っぽい笑みも浮かんでいた。
「誰だッ!」
思わず声に出た。
「俺か? ししし、いずれ教えるさ。君の妄想はなーーちょっとばかり、類稀なスキルだ。少し特別なものを見せてやろうじゃないかッ!」
そう言って銀髪の男が指をパチンと鳴らす。
その瞬間、パァーーとエメラルドグリーンの光が目の前で収束し、
まるで舞台の幕が上がるかのような、鮮やかな光景が広がった。
そこは森の奥深く。 妖精たちが楽しそうに羽ばたいている。
一際目を引く巨大な樹木。それは天を突くように、そびえ立っていた。
周囲には小鳥の囀り、微かな小川のせせらぎまで聞こえてくる。
「これって、師匠から聞いてた……もしかしてマヌエルの森? これが世界樹なのか?」
思わず声が漏れた。
その大木の葉の隙間から差し込む光が、まるで万華鏡のように色とりどりの輝きを地面に投げていた。
集まる妖精たちも、どこか気持ちよさそうにその木漏れ陽を浴びている。
目を凝らすとその中心に、ひとりのエルフが立っていた。
美しいプロポーションで立つ姿は、神話の絵巻から飛び出した女神かのよう。
彼女の髪は緑龍のように、風にそよぐたびに光の粒子がキラキラと舞い上がっていた。
その瞳は、薬屋の姉妹と同じ碧の輝き。
どこか深く、森の精霊を宿したような神秘的な光を放つ。
特殊な白衣は気高さを象徴するかのようだ。
その姿はどこか貴賓が漂う。
まるでアニメのヒロインのように、細部まで緻密で美しい。
おっと、これは俺の前世の記憶だったな。
俺はしばし口を開けたまま、その美しい姿に見惚れていた。
そんな俺を他所に銀髪の男が微笑む。
「ゴクトー、彼女はミリネア。八支族の誇りを背負い、森の知恵と力を操る者。どうだ、気に入ったか?」
その声は威厳を漂わせ、森の隅まで広がっていく。
銀髪の男の声は、まるで観客を煽るような楽しげな響きがあった。
ミリネアは、ゆっくりとこちらに視線を向けた。
「あなたが、運命の……宿命を背負う人? ふふ、面白いわ。わたくしはミリネア。宿命の血を受け継ぐものよ」
その瞬間、時間が止まったかのようにーー彼女の唇がわずかに動き、静かな声が森全体に響き渡った。
その声は薬屋の姉妹のものとも、どこか異なる。
もっと深く、妖艶で心の奥底に響くような力を持っていた。
彼女が一歩踏み出すと、まるで森の精霊が歩き出したかのように小さな花が咲き始める。 それは魔法とも違う神秘的な光景。
頭の中で前世の記憶が蘇り駆け抜けていく。
ファンタジーアニメでも、見てるかのようだ。
俺は目が離せず、ただそこにぼんやりと立ち尽くしていた。
甘い香りとともにそよぐ風は、俺の髪を靡かせる。
だが、その瞬間低い笑い声が再び割り込む。
「ほぉ~、ゴクトー、鼻の下が伸びてるぞ! だがな、まだ君に会うには早いのかも知れん。もう少し、時を経てからだな……」
銀髪の男は、再び指をパチン。
その瞬間、ミリネアの姿が光の粒子となって溶けていく。
まるで神隠しにでもあったように、彼女の輪郭が柔らかく消え、森の光景も蜃気楼のようにゆっくりと薄れていく。幻でも見ているかのような光景の連続。
最後に銀髪の男の声だけが残る。
「次はもっと、面白いものを見せてやる。楽しみにしてろよ、ゴクトー!」
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
俺は我に帰り、長い妄想から覚め意識を戻した。
「なんだったんだ? ……妄想が暴走し始めたのか?」
声が出てしまうほどの違和感を抱えながら現実に戻る。
そんな中、綺麗なおねいさんの妹は訝しい表情で、どこか不思議そうに俺を見ていた。
彼女は俺の妄想癖を知らないし、ましてや銀髪の男が絡んできたなんてーー知る由もない。
思考を巡らせる俺を他所に、薬屋の妹は顔を覗き込む。
(顔、真っ赤だ、この人。 大丈夫なのかな?)
彼女の思いが俺に伝わる。
それが羞恥心に拍車をかける。
恥ずかしいな。ほんとにもうッ!
このスキル、なんとかしてくれ!
ーーそれが俺の心を満たした。
思わず窓ガラスの外に目を向ける。
雲ひとつない紺碧の空。
二つの月が、ぼんやりとした薄明かりを地上に落とす。
その景色を眺めながら大きく息をひとつつく。
「いや、なんでもない! ほ、ほんと、なんでもないんだ!」
慌てて手を振って誤魔化すが、内心ではあのミリネアの姿が、再生するように頭に焼き付いていた。
どうしてくれるんだッ! 忘れられなくなっちまってる。
……銀髪の男め、覚えてろよ。
現実を目の前に心中は複雑。
思考を一旦止め、整理するように再び窓ガラスを見つめた。
窓の反射でおねいさんが妹に、そっと耳打ちをしているのが映る。
妹はチラリとこちらを見て、小さく頷いていた。
「わかった。頑張る。ミンシア姉様」
その声は小川のせせらぎのように静かで、耳に心地良い。
一方の姉は、自信満々に振り返る。その瞬間豊かなバストがプルン。
「坊や〜ワタシったら、自己紹介がまだだったわね。ワタシはミンシア・ロカベル。この子は妹のミーア。 妹は『狩人』の*ギフト持ちで、冒険者ランクは『A級』よ。案内もできるし自慢の妹よ!」
その言葉にミーアは視線を伏せ、微かに頬を朱らめながら小さく言葉を添えた。
「ハゴネなら、うちが案内する」
その胸元に思わず俺の目は釘付けになった。
この姉妹の【魅惑ボディー】の魔法に惑わされる。
なんとも情けない。
考エロ。考エロは違うだろッ!
バカ考えろ、俺ッ!
自身でツッコムが、今はそれどころではない。
冷静に頭を切り替える。
ハゴネ……俺たちには未開の地。
案内役か……それは願ったり叶ったりなんだが。
そう思いながら俺は口を開く。
「連れて行くのは構わないが、妹さんは大丈夫なのか?」
その言葉で察したのか、姉のミンシアは澄ました顔で笑みを浮かべた。
彼女が妹を前に出し、艶やかな唇を動かす。
「問題ないわよ。この子、大人しく見えるけど、見かけによらず肉食よ。
特に男に関してはーー八支族の女は、全員肉食なの。きっとハイエルフ種の性(SAGA)ね」
その一言に思わず退け反りそうになった。
肉食ッ!?
ハイエルフの性(SAGA)って……ゲームのタイトルじゃあるまいし。
ふと頭に浮かんだ俺を他所に、姉を見上げ小さな声で抗議する真っ赤な顔の妹。
「ミンシア姉様……それ、余計」
聴きながら思わず苦笑。
俺は仕方なく頷いた。
「わかった……ハゴネに詳しいなら一緒に行こう」
……八支族。マヌエルの森の長老たちの一族だよな。
『そこには夢が詰まってるんだ。世界樹があるマヌエルの森、行ってみたいと思わないか、ゴクトー、はっはははは』
そう言って、師匠が例の変な笑い方してたよな。
記憶を辿り懐かしさがよぎる。 が、この状況下だ。
とりあえず俺も名乗る。
「ゴクトーだ。行くなら、仲間に紹介したいんだが……」
「わかった。姉様、行ってくるわ!」
嬉しそうだがミーアの声量は変わらない。
姉のミンシアはそんな妹の様子を満足そうに見ていた。
「俺たちはワイバーンの討伐をするためにハゴネに行く。
もしかしたらワイバーンに遭遇して、戦闘になるかもしれないぞ」
「ええ、問題ないわ」
ミーアは小さな声で、それでも自信ありげに答える。
その落ち着いた様子に少しだけ安心した。
「そうか……報酬も山分けにしよう。ギルド支部に行ってパーティーの登録をしないといけないな……」
「……そうね」
興味がなさそうなトーンだが、ミーアは一応頷いた。
戸惑いはある。だが、見かけとは違い彼女は『A級』冒険者だ。
そんな彼女が同行してくれるのは、なんともありがたい。
考えを巡らせてもキリがない。
ま、仲間たちも納得してくれるだろうさ。
俺は決心を固めた。
ミーアとともに店を出ようとしたその瞬間ーー「妹をよろしくね!」
その声に振り返る。
「chu♡」っと、ミンシアが艶やかな唇を動かす。
その仕草は余りにも大胆で、顔が一気に熱くなるのを感じた。
「ミンシア姉様……それ余計」
妹のミーアが、かすかに眉をひそめて姉に小声で抗議する。
その小さな声と困惑した表情に、思わず足を止めた。
……この、魔性のエルフがっ!
内心叫びながら俺は、『ロカベルの魔法薬材と薬店』を出たーー。




