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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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『キャリーズ・パミュ』再び。 〜前編〜

 





「あの子たちって、やっぱり一人の女性ですわね。可愛らしいわ」


 女神東雲は、下界を眺めつぶやく。


「ワシらの末裔じゃ、当たり前だろうが」


 神シロがどこか誇ったような威厳を見せる。


「確かに、君たちに似ているよ、性格もね」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤが口元を緩める。

 穏やかな雰囲気の中、下界を覗く神々だった。

 だが、突然女神東雲の顔色が曇る。


「見てくださいまし。あの影がいつ動き出すのか……気になりますわ」


 神々は神妙な面持ちで下界を覗いた。



 その頃、アカリ、ジュリ、アリーの3人は、新装備を選ぶのに余念がなかった。




 ***



 

「”ぅふんっ” 私はこれにするわ。ジュリは決まったの?」


 ここは『魔導具と雑貨・服の店キャリーズ・パミュ』の店内。


 『女性下着売り場』の鏡を眺めながら、アカリは手に持つ赤と黒のレースが織り込まれた、大胆なセットを満足気に見つめていた。

 そのデザインは胸元を強調しつつ、全体の繊細な刺繍が上品さも兼ね備えている。


 一方、ジュリはというと、目の前の棚に並ぶ、”派手”なデザインの中から一つを取り上げて、少し悩ましげな表情を浮かべていた。

 

 二人の間で目をパチパチさせるアリーはジュリに尋ねる。


「ジュリねぇ、また『白い半月ブラパット』、たくさん詰めりゅ?」


「そうね……」


 ジュリは苦笑しつつ、手に持った深紅の”派手”な上下をそっと元に戻した。

 そして、少し控えめな白と黒のボーダー柄のセットに目を留める。


「わたしはやっぱり、このサイズが小さいのにする」


 ジュリはどこか諦めたような言の葉を落とす。

 彼女はその上下を手に取り、サイズ感や柔らかさを確かめていた。

 

 アカリやジュリが下着を”吟味”する中、アリーは隣で、黄色のレースが美しい紺色の上下セットを手に取り、興味深そうに眺めていた。

 そして、彼女は肩を落とすジュリに声をかけた。


「ジュリねぇ……これも良いと思うにゃ!きっと似合うにゃ!派手過ぎるかにゃ?」


「ボーダーもいいけど……それもいいわね」


 答えるジュリの目は真剣そのもの。

 ジュリの表情が変わった瞬間、アリーが笑顔になる。


「試着すりゅにゃ!!僕が手伝ってあげりゅ!」


 そんなやり取りの中、その会話に笑みを零す影のリーダーことアカリ。

 彼女は耳を(そばだ)てながらも、身体に合ったサイズの物をチョイスした。


 アカリは綺麗な女性店員さんを呼び止め、試着室へ向かう。

 

 カーテンを閉め、服を脱ぎ出すアカリ。しばらくすると、彼女が入った試着室の隣から、何気ない会話が漏れてくる。興味を惹かれたようで手を止め耳を傾けた。


「うちの旦那、こんな感じの赤が好きなのよ〜」

「私の彼氏もそんな感じが好きですよ。特に前が空いてるやつです。男って単純ですからね」


 試着中だったアカリは、その言葉に反応し、意を決したようにカーテンを勢いよく開けた。

 彼女は自分が試着中なのにも関わらず、『黒の上下』の姿のままーー店員を呼び止めた。


「やはり世の殿方は単純なのですね……私にも、今お話にあった前開きのやつをお選びいただきたいわ」


 その堂々としてあっけらかんとした姿に、隣の試着室で着替えを待っていた客や店員たちは一様に驚き、思わず目を見張った。


 場には和やかな空気とは裏腹のーー張り詰めた鋭い空気が漂う。

 客たちはアカリのその姿に目を奪われ、しばし沈黙。

 しかし、ここで落ち着きを取り戻した女性店員が口を開く。


「かしこまりました。隣の試着室の方に伺って参ります」


 慌てて動く店員の姿をアカリは、自信に満ちた表情で見つめ、その場に佇んでいた。

 他方、目を奪われていた客たちも我に帰り、次々と試着室へ入った。

 待機中の店員たちの視線がアカリに注がれる中、ジュリとアリーが試着室のドアを開けて入ってくる。


 その瞬間、ジュリは眉をしかめながらアカリに問いかける。


「ちょっと──っ! ネ─は、なんて格好でそんなところに立ってるのよ」


 その視線はアカリの姿をチラリと見た後、居心地悪そうに逸らされる。


挿絵(By みてみん)

(*アカリの装備は異世界独特の特殊装備ーー鎖帷子(くさりかたびら)付き)



「ジュリ、アリー……あなたたちも試着に来たのね。うちのダー様に喜んでもらえるのを、選んでいただいてるの……私はある情報を頂いたので、ここで待ってますの」


 堂々と語るアカリに、ジュリは少し苛立ちを覚えつつ、妙な説得力に押されるよう黙り込んでしまった。


(ここで差をつけるつもりなんだ……ネー、本気なんだわ)


 そう思いながら、ジュリは少しだけ悔しさを滲ませた表情を浮かべる。

 一呼吸置いた彼女は再び姉アカリに問う。


「うちのダー様って……へんダーの事でしょ?」


 その言葉にアカリが目を細めて妹を見返す。


「ジュリ、へんダーと呼ぶのはやめなさい。あの方はムッツリなだけで……」


(私は、精一杯ーーお見せするつもり……)


 思考を逡巡させる姉アカリの姿は、どこか誇らしげにジュリには映った。

 一方で、ふっと余裕の笑みを浮かべるアカリが姉らしい一言を投げる。


「あなたも頑張りなさい。もし、あの方を想っているのなら……後で私も見つくろってあげるわ。サイズの小さいものをね」


 ジュリは姉の言葉に、一瞬顔を朱くしてうつむいた。


(ネーにはどうやっても勝てない。やっぱり、そのスタイルが……羨ましいわ)


 アカリの姿を見てそう思うジュリ。

 彼女はその手に持つ白黒のボーダーをギュッと握りしめた。

 その仕草を見て、アカリは小さな息をひとつ吐く。

 

 そんな中、モフモフの尻尾がパンパンと試着室の床を叩く。


「ジュリねぇ、事実にゃ……」


 アリーがポツリとつぶやく。


 ジュリは、「ちょっと────!!」と、堪えきれずに涙目になり声を荒げた。


 試着室の前に立つ三人の間には、微妙な空気が漂う。

 待機中の店員たちも、口元を緩めそのやり取りを見つめていた。

 その光景はどこか微笑ましさも感じられたからだ。


 一方そんな中。

 試着室に戻ってきた女性店員は上品に、トップスをアカリの前に差し出す。


「こちらが、先ほど話していた商品でございます」


 目の前に差し出された赤い前開きのトップスを見て、アカリが顔を真っ赤に染めた。


「これ……ですか?」


 思わず声が漏れたアカリ。その視線がデザインに吸い寄せられ、思わず目を見開く。

 ボタンが二つだけで胸元が大胆に開く、袖なしのトップス。

 だが女性らしさを際立たせるデザインだった。


 店員はニッコリ笑って、「はい!こちらになります」と言いながら、アカリの反応をじっと見つめていた。


 その瞬間、ジュリがアカリを指差し、「ぁっはははははは…」と腹を抱えて笑う。

 一方、ジュリの横で眼尻を下げるアリーも一言添える。


「これがアカリねぇの、情報にゃの? ふふ」


 二人のその言葉はまるで揶揄うようだった。


 アカリは顔を真っ赤にしながらも、少し照れ隠しのように肩をすくめる。


「もちろん、いただきますわ……着てみます」


 アカリは急いで試着室へ。

 カーテンを力強く「シャ──」と閉めた。


 先程とは打って変わった和やかな空気が漂う。

 試着室には、クスクスとした笑い声も広がる。


 一部始終を見ていたジュリとアリーも、笑いを堪えきれずに顔を見合わせた。


 試着室の中で、アカリは黒と赤のキャミトップに着替え、その赤いトップスを着てみる。

 ボタンを慎重に外し、鏡の前で自分の姿をじっくりと見つめた。


「……あら、意外と良いわ」


 アカリは鏡に映る自分を見つめながら、そのトップスが思いのほか、自分に似合うことに気づき、満足げな微笑みを浮かべた。


 胸元の開きがどこか大胆でありながらも、上品さを保っている。


「これなら、あの『爆弾(ダイナマイト)』姫様ーーパメラさんにも負けないわね」


 アカリは思わず鏡の中の自分に声をかける。


 『黒の鎖帷子』が、トップスの開いた部分から見え隠れし、妖艶な雰囲気を醸し出している。


 アカリはカーテンを少しだけ開き、顔だけ出して店員に呼びかけた。


「同じ色の超ミニのスカートを探していただける?」


 ジュリとアリーは一瞬目を見張り、さらにその要望に驚く。

 だが、二人は空いた隣の試着室に入った。


 他方、女性店員はすぐに頷き、アカリのために『同じ色の超ミニのスカート』を探しに行った。


 アカリは再び試着室のカーテンを閉め、満足そうにそのトップスの肌触りを確かめる。


 一方、隣の試着室では、アリーがジュリに次々と詰め物を充てがっていた。


「ジュリねぇ、この形はどうにゃの? もっと自然に見えりゅかも……」


 そう言いながら、彼女の胸元にそっと当ててみるアリー。

 しかし、ジュリの表情は曇ったままだ。


「だって、もう3つも入ってるのよ。……次、持ってきてくれる?」


 乾いた声でそう頼むジュリにアリーは一瞬戸惑ったが、

「仕方ないにゃ……」と。つぶやきながらも取りに行った。


 残ったジュリは鏡越しに自分の胸元を見つめる。

 スカスカの布地がやけに虚しく見える。

 胸元に手を当て、何もない感触に心の奥がギュッと締めつけられるようだった。


「胸って……魔法で、なんとかならないのかなぁ?」


 自嘲気味につぶやいたジュリの声。

 その声は静かに試着室の空気を揺らした。


「ジュリ……神代(カミシロ)魔法の中には、身体を変化させるものがあるって、書いてあったわ」


 隣の試着室からアカリの声が届く。


「っえ!? 本当?」


 驚いたようにジュリがカーテン越しに問いかける。


 その問いにアカリが鏡を見ながら紡ぐ。


「ただし、魔法だけじゃなく、薬の処方が必要らしいわ。でも、材料は希少で大陸中でも……ほとんど手に入らないとか。*黄金石英コガネセキエイって言うらしいわ」


 その言葉にジュリは息を呑んだ。

 

 (どこかで聞いた覚えがあるーーこれは……わたしの記憶?)

 

 自分の胸をそっと触りながら、その言葉を反芻する。


「ネー、それ本当?  本当にそんな魔法があるの?」


 アカリの言葉が、ジュリの胸に小さな希望の火を灯す。


「本当よ。ただ、まだ解読できない文字があって、調合の仕方が分からないものもあるけど」


 その瞬間ーージュリは気持ちが昂り、カーテンを勢いよく開けようとした。


 だがーー。 突然。


「……っえ!」


 彼女の胸元から半月の詰め物が「ポト」っと床に落ちた。



 一つが落ち、次々と「ポトポト」と落ちる。

 その音を聞いてジュリの顔が真っ赤に染まっていく。


 彼女の胸元が一気にスカスカになり、付けていた『白と黒のボーダー』がずり落ちそうになる。


「きゃっ……!」


 慌てて両手で胸元を抑えたが、もう隠し切れない。

 視線を落とすと、虚しく転がる詰め物が目に入り、涙が浮かびそうになるのを彼女は必死で堪える。


 そんな中、カーテンをそっと開けて、アリーが入ってくる。


「ジュリねぇ、大丈夫?」


 その手には、追加で持ってきた半月の詰め物が握られていた。


「だって……ネーが凄いことを教えてくれたから……」


 そう答えるジュリの声は震えていた。


「何を聞いたんにゃ?  僕に手伝えりゅことかにゃ?」


 アリーはその言葉に耳を傾けると、ジュリは耳元で何かを囁き始めた。

 

 しばらくの後、その内容に驚きアリーがジュリに詰め物をしながら、目を丸くする。


「す、凄いことにゃ……僕も教えて欲しいにゃ!!」


 メタリックブルーの瞳を輝かせ、まるで興奮したように声を張り上げた。

 あまりの驚きようにジュリは少し苦笑する。


「なんとか……ネーから教えて貰おう」


 アリーの肩をぐっと掴んだ彼女の目には、静かな決意が宿っていた。



 一方、隣の試着室のアカリは、店員さんから赤いトップスと同じ色の超ミニスカートを受け取る。


 スカートを合わせることで、全体的なコーディネートが完成され、アカリは満足げに鏡の前でポーズをとる。


「これでうちのダー様も……」


 アカリは小声で漏らし、顔をほんのりと朱くする。


 彼女の心の中では、彼にどう見せるかという思いが胸を高鳴らせる。


 カーテンを開けて出てきたアカリ。

 彼女が店員に目を向け口を開く。


「これの色違いのセットを何点か、それとーー色を併せた*ミスリルワイヤーで編んだガーターストッキングと網タイツもいただけますか?」


 女性店員は嫌な顔せず頷き、リクエストに応えるべく急いで探しに行った。


 一方、隣の試着室でアリーはジュリの目線に合わせるようにしゃがみ、転がった詰め物を拾い集める。

 その仕草がジュリの心に少しの安らぎを与えたが、それでも胸の奥には、叶わぬ願いへの諦めと悔しさが渦巻いていた。


(もっと……もっと胸があれば……わたしだって……!)


 朱に染まった顔を伏せながら、ジュリはアリーから詰め物を受け取った。

 その瞳の奥にある悲壮感は、試着室の中に漂う静けさと共鳴するようだった。


 そんな中、彼女たちの試着室の前で、待機していたお洒落な女性店員が一人。

 彼女は困惑した表情で見守っていたが、意を決しジュリに声をかけたーー。


「あのう……」










───


  *黄金石英コガネセキエイーー天然樹脂の化石、琥珀が含まれる超希少な鉱石。ズードリア大陸の孤島『トランザニヤ』でのみ採取される。

 

  *ミスリルワイヤー ーー貴重鉱石のミスリルを錬金して作った特殊鋼のワイヤー。高価なもので、特にエルダードワーフが治める国『ゴマ』で生産される。


挿絵(By みてみん)

(*ズードリア大陸マップ)




挿絵(By みてみん)

(女神東雲から見た左から、アリー、アカリ、ジュリ)

 

 お読みいただきありがとうございます。

 このエピソードは大した進展もありませんが、最初から読んでいただいている読者様にーー「ハッ、ここで?」と思わせたくて、どうしても書きたかったエピソードです。


 

 







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