『キャリーズ・パミュ』再び。 〜前編〜
「あの子たちって、やっぱり一人の女性ですわね。可愛らしいわ」
女神東雲は、下界を眺めつぶやく。
「ワシらの末裔じゃ、当たり前だろうが」
神シロがどこか誇ったような威厳を見せる。
「確かに、君たちに似ているよ、性格もね」
黒銀の目の友こと、トランザニヤが口元を緩める。
穏やかな雰囲気の中、下界を覗く神々だった。
だが、突然女神東雲の顔色が曇る。
「見てくださいまし。あの影がいつ動き出すのか……気になりますわ」
神々は神妙な面持ちで下界を覗いた。
その頃、アカリ、ジュリ、アリーの3人は、新装備を選ぶのに余念がなかった。
***
「”ぅふんっ” 私はこれにするわ。ジュリは決まったの?」
ここは『魔導具と雑貨・服の店キャリーズ・パミュ』の店内。
『女性下着売り場』の鏡を眺めながら、アカリは手に持つ赤と黒のレースが織り込まれた、大胆なセットを満足気に見つめていた。
そのデザインは胸元を強調しつつ、全体の繊細な刺繍が上品さも兼ね備えている。
一方、ジュリはというと、目の前の棚に並ぶ、”派手”なデザインの中から一つを取り上げて、少し悩ましげな表情を浮かべていた。
二人の間で目をパチパチさせるアリーはジュリに尋ねる。
「ジュリねぇ、また『白い半月』、たくさん詰めりゅ?」
「そうね……」
ジュリは苦笑しつつ、手に持った深紅の”派手”な上下をそっと元に戻した。
そして、少し控えめな白と黒のボーダー柄のセットに目を留める。
「わたしはやっぱり、このサイズが小さいのにする」
ジュリはどこか諦めたような言の葉を落とす。
彼女はその上下を手に取り、サイズ感や柔らかさを確かめていた。
アカリやジュリが下着を”吟味”する中、アリーは隣で、黄色のレースが美しい紺色の上下セットを手に取り、興味深そうに眺めていた。
そして、彼女は肩を落とすジュリに声をかけた。
「ジュリねぇ……これも良いと思うにゃ!きっと似合うにゃ!派手過ぎるかにゃ?」
「ボーダーもいいけど……それもいいわね」
答えるジュリの目は真剣そのもの。
ジュリの表情が変わった瞬間、アリーが笑顔になる。
「試着すりゅにゃ!!僕が手伝ってあげりゅ!」
そんなやり取りの中、その会話に笑みを零す影のリーダーことアカリ。
彼女は耳を欹てながらも、身体に合ったサイズの物をチョイスした。
アカリは綺麗な女性店員さんを呼び止め、試着室へ向かう。
カーテンを閉め、服を脱ぎ出すアカリ。しばらくすると、彼女が入った試着室の隣から、何気ない会話が漏れてくる。興味を惹かれたようで手を止め耳を傾けた。
「うちの旦那、こんな感じの赤が好きなのよ〜」
「私の彼氏もそんな感じが好きですよ。特に前が空いてるやつです。男って単純ですからね」
試着中だったアカリは、その言葉に反応し、意を決したようにカーテンを勢いよく開けた。
彼女は自分が試着中なのにも関わらず、『黒の上下』の姿のままーー店員を呼び止めた。
「やはり世の殿方は単純なのですね……私にも、今お話にあった前開きのやつをお選びいただきたいわ」
その堂々としてあっけらかんとした姿に、隣の試着室で着替えを待っていた客や店員たちは一様に驚き、思わず目を見張った。
場には和やかな空気とは裏腹のーー張り詰めた鋭い空気が漂う。
客たちはアカリのその姿に目を奪われ、しばし沈黙。
しかし、ここで落ち着きを取り戻した女性店員が口を開く。
「かしこまりました。隣の試着室の方に伺って参ります」
慌てて動く店員の姿をアカリは、自信に満ちた表情で見つめ、その場に佇んでいた。
他方、目を奪われていた客たちも我に帰り、次々と試着室へ入った。
待機中の店員たちの視線がアカリに注がれる中、ジュリとアリーが試着室のドアを開けて入ってくる。
その瞬間、ジュリは眉をしかめながらアカリに問いかける。
「ちょっと──っ! ネ─は、なんて格好でそんなところに立ってるのよ」
その視線はアカリの姿をチラリと見た後、居心地悪そうに逸らされる。
(*アカリの装備は異世界独特の特殊装備ーー鎖帷子付き)
「ジュリ、アリー……あなたたちも試着に来たのね。うちのダー様に喜んでもらえるのを、選んでいただいてるの……私はある情報を頂いたので、ここで待ってますの」
堂々と語るアカリに、ジュリは少し苛立ちを覚えつつ、妙な説得力に押されるよう黙り込んでしまった。
(ここで差をつけるつもりなんだ……ネー、本気なんだわ)
そう思いながら、ジュリは少しだけ悔しさを滲ませた表情を浮かべる。
一呼吸置いた彼女は再び姉アカリに問う。
「うちのダー様って……へんダーの事でしょ?」
その言葉にアカリが目を細めて妹を見返す。
「ジュリ、へんダーと呼ぶのはやめなさい。あの方はムッツリなだけで……」
(私は、精一杯ーーお見せするつもり……)
思考を逡巡させる姉アカリの姿は、どこか誇らしげにジュリには映った。
一方で、ふっと余裕の笑みを浮かべるアカリが姉らしい一言を投げる。
「あなたも頑張りなさい。もし、あの方を想っているのなら……後で私も見つくろってあげるわ。サイズの小さいものをね」
ジュリは姉の言葉に、一瞬顔を朱くしてうつむいた。
(ネーにはどうやっても勝てない。やっぱり、そのスタイルが……羨ましいわ)
アカリの姿を見てそう思うジュリ。
彼女はその手に持つ白黒のボーダーをギュッと握りしめた。
その仕草を見て、アカリは小さな息をひとつ吐く。
そんな中、モフモフの尻尾がパンパンと試着室の床を叩く。
「ジュリねぇ、事実にゃ……」
アリーがポツリとつぶやく。
ジュリは、「ちょっと────!!」と、堪えきれずに涙目になり声を荒げた。
試着室の前に立つ三人の間には、微妙な空気が漂う。
待機中の店員たちも、口元を緩めそのやり取りを見つめていた。
その光景はどこか微笑ましさも感じられたからだ。
一方そんな中。
試着室に戻ってきた女性店員は上品に、トップスをアカリの前に差し出す。
「こちらが、先ほど話していた商品でございます」
目の前に差し出された赤い前開きのトップスを見て、アカリが顔を真っ赤に染めた。
「これ……ですか?」
思わず声が漏れたアカリ。その視線がデザインに吸い寄せられ、思わず目を見開く。
ボタンが二つだけで胸元が大胆に開く、袖なしのトップス。
だが女性らしさを際立たせるデザインだった。
店員はニッコリ笑って、「はい!こちらになります」と言いながら、アカリの反応をじっと見つめていた。
その瞬間、ジュリがアカリを指差し、「ぁっはははははは…」と腹を抱えて笑う。
一方、ジュリの横で眼尻を下げるアリーも一言添える。
「これがアカリねぇの、情報にゃの? ふふ」
二人のその言葉はまるで揶揄うようだった。
アカリは顔を真っ赤にしながらも、少し照れ隠しのように肩をすくめる。
「もちろん、いただきますわ……着てみます」
アカリは急いで試着室へ。
カーテンを力強く「シャ──」と閉めた。
先程とは打って変わった和やかな空気が漂う。
試着室には、クスクスとした笑い声も広がる。
一部始終を見ていたジュリとアリーも、笑いを堪えきれずに顔を見合わせた。
試着室の中で、アカリは黒と赤のキャミトップに着替え、その赤いトップスを着てみる。
ボタンを慎重に外し、鏡の前で自分の姿をじっくりと見つめた。
「……あら、意外と良いわ」
アカリは鏡に映る自分を見つめながら、そのトップスが思いのほか、自分に似合うことに気づき、満足げな微笑みを浮かべた。
胸元の開きがどこか大胆でありながらも、上品さを保っている。
「これなら、あの『爆弾』姫様ーーパメラさんにも負けないわね」
アカリは思わず鏡の中の自分に声をかける。
『黒の鎖帷子』が、トップスの開いた部分から見え隠れし、妖艶な雰囲気を醸し出している。
アカリはカーテンを少しだけ開き、顔だけ出して店員に呼びかけた。
「同じ色の超ミニのスカートを探していただける?」
ジュリとアリーは一瞬目を見張り、さらにその要望に驚く。
だが、二人は空いた隣の試着室に入った。
他方、女性店員はすぐに頷き、アカリのために『同じ色の超ミニのスカート』を探しに行った。
アカリは再び試着室のカーテンを閉め、満足そうにそのトップスの肌触りを確かめる。
一方、隣の試着室では、アリーがジュリに次々と詰め物を充てがっていた。
「ジュリねぇ、この形はどうにゃの? もっと自然に見えりゅかも……」
そう言いながら、彼女の胸元にそっと当ててみるアリー。
しかし、ジュリの表情は曇ったままだ。
「だって、もう3つも入ってるのよ。……次、持ってきてくれる?」
乾いた声でそう頼むジュリにアリーは一瞬戸惑ったが、
「仕方ないにゃ……」と。つぶやきながらも取りに行った。
残ったジュリは鏡越しに自分の胸元を見つめる。
スカスカの布地がやけに虚しく見える。
胸元に手を当て、何もない感触に心の奥がギュッと締めつけられるようだった。
「胸って……魔法で、なんとかならないのかなぁ?」
自嘲気味につぶやいたジュリの声。
その声は静かに試着室の空気を揺らした。
「ジュリ……神代魔法の中には、身体を変化させるものがあるって、書いてあったわ」
隣の試着室からアカリの声が届く。
「っえ!? 本当?」
驚いたようにジュリがカーテン越しに問いかける。
その問いにアカリが鏡を見ながら紡ぐ。
「ただし、魔法だけじゃなく、薬の処方が必要らしいわ。でも、材料は希少で大陸中でも……ほとんど手に入らないとか。*黄金石英って言うらしいわ」
その言葉にジュリは息を呑んだ。
(どこかで聞いた覚えがあるーーこれは……わたしの記憶?)
自分の胸をそっと触りながら、その言葉を反芻する。
「ネー、それ本当? 本当にそんな魔法があるの?」
アカリの言葉が、ジュリの胸に小さな希望の火を灯す。
「本当よ。ただ、まだ解読できない文字があって、調合の仕方が分からないものもあるけど」
その瞬間ーージュリは気持ちが昂り、カーテンを勢いよく開けようとした。
だがーー。 突然。
「……っえ!」
彼女の胸元から半月の詰め物が「ポト」っと床に落ちた。
一つが落ち、次々と「ポトポト」と落ちる。
その音を聞いてジュリの顔が真っ赤に染まっていく。
彼女の胸元が一気にスカスカになり、付けていた『白と黒のボーダー』がずり落ちそうになる。
「きゃっ……!」
慌てて両手で胸元を抑えたが、もう隠し切れない。
視線を落とすと、虚しく転がる詰め物が目に入り、涙が浮かびそうになるのを彼女は必死で堪える。
そんな中、カーテンをそっと開けて、アリーが入ってくる。
「ジュリねぇ、大丈夫?」
その手には、追加で持ってきた半月の詰め物が握られていた。
「だって……ネーが凄いことを教えてくれたから……」
そう答えるジュリの声は震えていた。
「何を聞いたんにゃ? 僕に手伝えりゅことかにゃ?」
アリーはその言葉に耳を傾けると、ジュリは耳元で何かを囁き始めた。
しばらくの後、その内容に驚きアリーがジュリに詰め物をしながら、目を丸くする。
「す、凄いことにゃ……僕も教えて欲しいにゃ!!」
メタリックブルーの瞳を輝かせ、まるで興奮したように声を張り上げた。
あまりの驚きようにジュリは少し苦笑する。
「なんとか……ネーから教えて貰おう」
アリーの肩をぐっと掴んだ彼女の目には、静かな決意が宿っていた。
一方、隣の試着室のアカリは、店員さんから赤いトップスと同じ色の超ミニスカートを受け取る。
スカートを合わせることで、全体的なコーディネートが完成され、アカリは満足げに鏡の前でポーズをとる。
「これでうちのダー様も……」
アカリは小声で漏らし、顔をほんのりと朱くする。
彼女の心の中では、彼にどう見せるかという思いが胸を高鳴らせる。
カーテンを開けて出てきたアカリ。
彼女が店員に目を向け口を開く。
「これの色違いのセットを何点か、それとーー色を併せた*ミスリルワイヤーで編んだガーターストッキングと網タイツもいただけますか?」
女性店員は嫌な顔せず頷き、リクエストに応えるべく急いで探しに行った。
一方、隣の試着室でアリーはジュリの目線に合わせるようにしゃがみ、転がった詰め物を拾い集める。
その仕草がジュリの心に少しの安らぎを与えたが、それでも胸の奥には、叶わぬ願いへの諦めと悔しさが渦巻いていた。
(もっと……もっと胸があれば……わたしだって……!)
朱に染まった顔を伏せながら、ジュリはアリーから詰め物を受け取った。
その瞳の奥にある悲壮感は、試着室の中に漂う静けさと共鳴するようだった。
そんな中、彼女たちの試着室の前で、待機していたお洒落な女性店員が一人。
彼女は困惑した表情で見守っていたが、意を決しジュリに声をかけたーー。
「あのう……」
───
*黄金石英ーー天然樹脂の化石、琥珀が含まれる超希少な鉱石。ズードリア大陸の孤島『トランザニヤ』でのみ採取される。
*ミスリルワイヤー ーー貴重鉱石のミスリルを錬金して作った特殊鋼のワイヤー。高価なもので、特にエルダードワーフが治める国『ゴマ』で生産される。
(*ズードリア大陸マップ)




