師弟コンビ前編~優雅なパメラ~
「ルシーヌの末裔と同志ケロッグ・フロッグの末裔か……ははは、こりゃくっつくか、見ものじゃ」
神シロは含み笑いを携え、妻である女神東雲の肩をポンと叩く。
「神なのですから、下品な振る舞いはおやめくださいまし……」
女神東雲がシロを軽く窘める。
聞いていた黒銀の目の友こと、トランザニヤが問う。
「東雲さんは、自分の末裔……アカリやジュリのことが気にならないんですか?」
「まぁ、気にはなりますが……あの子たちを信じてますから……」
女神東雲は祈るように指を重ね、下界を眺める。
神シロとトランザニヤも興味深々で下界を覗く。
***
「先──生───!!待っでくださ────い!」
ノビが叫びながら、先を急ぐパメラの背中を追う。
しかし、パメラは振り向くこともなく、華麗な足取りで村の石畳を進む。
「貴様など!!ついて来んでいい────!!」
鋭く言い放たれる言葉。
しかし、ノビはまるで気にせず、
むしろ「言われ慣れている」とでも言いたげな顔で、
いつものお家芸で「ケロッ」としている。
その時、突然パメラが足を止めた。
目の前には、威風堂々とした大きな建物。
煌びやかな装飾が施され、外観からしてただならぬ雰囲気を放っている。
「ここね……」
パメラは低くつぶやき、その扉を押して中に入った。
(*扉を開けるパメラのイラスト)
ノビも慌てて後を追う。
だが、目にしたのはさらに驚くべき光景だった。
店内は豪華絢爛。
天井には巨大なシャンデリアが輝き、磨き上げられた床が反射する光が眩しい。壁には金の縁取りが施された鏡や、繊細な刺繍が施されたタペストリーが掛けられている。 家具は、まるで貴族の宮殿のようなどれも一級品。
店内に足を踏み入れたパメラは、いつもの気の強い彼女とはまるで別人だった。
姿勢を正し、顎を上げ、その振る舞いは洗練された淑女そのもの。
その変化にノビは驚きを隠せない。
「ようこそ……いらっしゃってくださいました、姫様」
落ち着いた低音の声が響く。
振り返ると、そこには白髪混じりのロマンスグレーの老紳士が立っていた。
黒の燕尾服を完璧に着こなし、優雅に一礼するその姿はまさに品格そのもの。
老齢ながらも目は鋭く知性に満ちている。
「サンドル様、ごきげんよう」
パメラが手を差し出し、まるで貴族の社交場での挨拶のように優雅に頭を下げる。その声は澄み渡り、気品に満ちていた。
「新しい服が欲しいの。見せていただける?」
その言葉にサンドルは微笑みながらパメラの手を丁寧に取る。
ノビはそのやり取りに唖然とし、口を開けたまま立ち尽くす。
「お連れ様のも、ご用意致しますか?」
「ええ、あの者の装備も見つくろっていただける?」
サンドルはノビに視線を向けたが、その表情には少しの嫌悪感も見せず、
むしろ客人として、丁重に扱おうとするプロフェッショナルな態度が感じられた。
それに対し、パメラはあくまで彼を"従者”としか見ていないような冷ややかな態度でノビを一瞥もしなかった。
「かしこまりました。姫様はどうぞ二階にて、おくつろぎくださいませ」
「おっといかん」
(*サンドルのイラスト)
サンドルは慌てて尻尾を隠した。
一瞬、現れた尻尾の存在にパメラは気づきもせず、店内を見回していた。
サンドルが“パンパン”と手を叩くと、すぐに黒いスーツをまとった端正な従業員が現れる。
従業員もまた、一流の風格を漂わせ近づいてきた。
「お呼びでしょうか?旦那様」
「私は姫様をご案内します。こちらのお連れ様を頼みます」
「承知しました。こちらへどうぞ」
イケメン従業員にうながされる。
だが、ノビはまだ"ポカーン”と口を開けたまま立ち尽くしている。
一方で、サンドルはその優雅な仕草のまま、パメラをエスコートして螺旋階段を登っていく。
振り返ることもなく進むパメラの後ろ姿には、いつもとは違う気品が漂っていた。
「あなた様はこちらへ……」
従業員の言葉にようやく動き始めたノビだったが、
その視線は依然として螺旋階段を登るパメラの背中を追っていた。
その瞬間、まるで自分が完全に『俎上の肉』にされたような気分になるノビだった。
***
二階に案内されたパメラは、美しい彫刻が施された応接間に通された。
部屋の中央には、繊細な細工が施された白亜のダイニングテーブルがあり、
周囲には高価そうな椅子が整然と並んでいる。
壁には豪華な絵画が掛けられ、棚には美しい陶器が並ぶ。
柔らかな光を放つシャンデリアが部屋を照らし出し、全体に優雅な雰囲気が漂っていた。
サンドルが椅子を引き、丁重に案内する。
「どうぞこちらへお座りください、姫様」
パメラはしなやかに腰を下ろし、当たり前のように振る舞う。
ほどなくして、メイド服を身にまとった亜人のメイドが現れた。
赤髪に黒縁メガネ。そして彼女のスタイルに視線がいく。
サンドルがすかさず口を開く。
「彼女の名は”リア・ムル”でございます。服は彼女にお申し付けください」
彼女の柔らかな動きは、訓練された者ならではの洗練さが感じられる。
「ジャスミンティーでございます。姫様」
(*リア・ムルのイラスト)
彼女は亜人独特の口調でそう言いながら、丁寧にティーカップに注がれたお茶と、美しく盛り付けられた菓子をテーブルにそっと置く。
リア・ムルは深々と頭を下げ、その場を静かに下がった。
パメラがカップを持ち上げ、目を閉じて香りを楽しむ。
「良い香りね……」
その姿は、彼女が持つ気品をさらに引き立てていた。
そしてパメラは。まるで思いついたような素振りで口を開く。
「そうだわ、お父様に魔法学院教授の座をひとつ用意してもらわないと……サンドル様、わたくし冒険者のランクが『S級』になりましたの。『*カルディア魔法国』に『鳩』を飛ばしていただけるかしら?」
彼女の言葉に、サンドルは一瞬も迷わず深く頷く。
「かしこまりました。……誰か、サカエラさんをお呼びしなさい」
サンドルが柔らかな声で命じると、リア・ムルが再び姿を現し「かしこまりました」と、頭を下げて奥の部屋へと消えた。
サンドルは調度品の引き出しを開け、すぐに高級羊皮紙にその旨を認めた。
「姫様、ここにサインを」
「ありがとう。助かるわ」
サンドルが差し出す羊皮紙にパメラは『親愛なるお父様へ、翁主パメラ・ルシーヌ・カルディアより』と書き込んだ。
それを受け取ったサンドルは、高級羊皮紙の封筒に入れ、『サンドル・デ・パート』の印を押し封蝋した。
数分もしないうちに、黒いローブをまとった女性が静かに現れる。
その姿は威厳に満ち、特に鋭い目つきが印象的だった。
「お呼びでしょうか、サンドルさん」
「サカエラさん、『カルディア魔法国』へこの手紙を頼みたいのです。私の名を出せば、問題なく王城にお通しいただけるはずです」
サカエラと呼ばれた女性は軽く頷き、杖を取り出すと静かに詠唱を始めた。
その声は穏やかでありながら、どこか神秘的な力を感じさせる。
「【アストラル・ゲート】!」
彼女が短い白い杖を振ると、空間に白く輝く魔法陣が現れ、門が浮かび上がった。 その門の向こうには、ぼんやりと城の一部が見える。
サカエラは一礼してその門をくぐり、瞬く間に姿を消した。
パメラは満足そうに微笑む。
「ありがとう。サンドル様はいつも手際が良いから、お父様も頼りにされているのよ」
その柔らかな笑顔に、サンドルは穏やかな表情を浮かべて答える。
「お褒めいただき光栄です、姫様。前回お求めいただいた紅い服と似たものをご用意いたします。どうぞこちらでしばしの間、おくつろぎくださいませ」
サンドルが言葉を終えると、リア・ムルに目で合図を送る。
リア・ムルは再び一礼し、静かに階段を降りていく。
落ち着いた様子で、一息入れたサンドルがつぶやく。
「では、私もお茶を頂きます」
サンドルも用意されたティーカップを手に取り、一口含む。
その動作すら優雅で、まるで舞台の一幕のような美しさがあった。
パメラは再びカップに手を伸ばし、ジャスミンティーの香りを楽しみながら
どこか満足げな表情で窓の外を眺めていた。
応接間の扉が静かに開き、亜人のメイド、リア・ムルが軽やかな足取りで入ってくる。
両腕に抱えるのは、美しい刺繍が施された籠『マジックバスケット』。
中には見つくろった品々が、きちんと収められている。
「お待たせいたしました」
柔らかな声でリア・ムルが告げると、サンドルは品のある微笑みを浮かべて応じた。
「ご苦労だったね。さて……姫様、前回の採寸を基に仕立てたものでございますが、寸法については……」
サンドルは一瞬躊躇い、控えめに咳払いをする。
「その……お変わりないようですね」
その言葉を聞いて、パメラは微笑を浮かべながらも、どこか自信に満ちた眼差しで答える。
「サンドル様。わたくしがサイズを変えるような、無粋な日々を送ると思って?」
彼女の声音には、どこか誇りが込められていた。
「前回同様の寸法で構いませんわ」
そう言った後、パメラはふと亜人のメイド、リア・ムルに目を向ける。
「少し良いかしら?」
軽く手招きすると、リア・ムルはすぐに彼女のもとへ歩み寄り、頭を少し下げ『獣耳』を傾けた。
パメラの声は囁くように低く、しかしその内容は確かな熱を帯びていた。
「男性が好みそうな……色柄物の”派手”目をいくつかご用意いただけるかしら?」
一瞬、リア・ムルの目が微かに驚きを浮かべたが、すぐに何事もなかったかのように、黒縁眼鏡を掛け直し一礼する。
「かしこまりました」
リア・ムルは優雅に踵を返し、静かに階段を下りていく。
その様子を見送りながら、パメラはどこか気不味そうに視線を落とした。
サンドルはそんな彼女の様子に気づき、少しだけ眉を上げて問いかけた。
「他に何かお望みの品がございますでしょうか?」
「いえ……彼女が戻るまで待ちますわ」
パメラの声にはいつもより控えめな響きがあった。
それでも、どこか頬に朱を差したような彼女の様子に、サンドルは幼き頃の面影を思い出す。
今や成長し、品格を備えた姫君となった彼女が見せる、久方ぶりの恥じらいその姿はどこか微笑ましくも、眩しいものだった。
サンドルは、幼少期から彼女の成長を見届けてきた一人だ。
『カルディア王室御用達』の名を冠するこの店は、サンドル自らの手によって各地に広がり、この村も例外ではない。
ーー『サンドル・デ・パート高級店』。
その名を背負うことへの責任と誇りは、どの地でも変わらない。
今回、この村に新たなダンジョンが発見されたことを機に、自ら陣頭指揮を執って開店に尽力したサンドル。
その心意気とこの地の貴族への信用は、長年にわたる王室への奉仕でつちかわれたものだった。
その名を背負うことへの責任と誇りは、彼の背筋を今なお真っすぐに保ち続けさせていた。
「姫様がこのようにお越しくださるとは……村の者たちも誇りに思うことでしょう」
サンドルは柔らかな微笑みを浮かべながら、ティーカップを静かにソーサーに戻す。
「いずれ、正式に公の場へ姿を現す時が来るかもしれませんわ。ですが今はまだ……静かにしておきたいの」
パメラは窓辺に立ち、薄くレースがかかったカーテンを指先でつまみ、遠くを見つめていた。
「理解しております。お心のままに……私どもは、ただ姫様のご意向に従うのみでございます」
サンドルのその言葉には、一片の迷いもなかった。
パメラがそっと振り返ると、そこにはかつての“幼き日の彼女”を知る男の、確かな信頼が宿っていた。
彼の存在が、どれほど彼女の心を支えてきたかーーそれを口にすることはない。
ただ、そっと笑みを返した。
すると、階下から足音が響いてくる。
やがて扉が開き、再び亜人のメイドリア・ムルが入室する。
「お待たせいたしました。ご依頼の品をいくつかご用意いたしました」
彼女が抱える籠には、見事なレースや刺繍が施された艶やかな下着が、慎ましくも艶めかしく並べられていた。
シルク、サテン、真紅や漆黒、時には透け感のあるーー大胆なものまで男心をくすぐる『戦装束』が、そこにあった。
「……ふふ、ありがとう。リア・ムル、丁寧なお仕事ね」
「姫様、少しお顔が赤くなっていらしゃいますが」
リアムルの言葉にパメラは少しだけ、口元を指先で隠しながら笑った。
しかし、その表情にはどこか決意の色が宿っている。
「これで……ようやく、彼を一人前にするための『策』を講じられますわね」
サンドルがわずかに目を細めた。
「では、まもなく装備も整いますゆえ……姫様のお“作戦”がうまくいくよう、我々も準備を進めておきましょう」
「ええ……“彼”はまだ知らないのよ、わたくしがどれほど真剣なのかを」
窓から差し込む夕陽がパメラの瞳に紅を差す。
その瞳は、どこか“戦場”を前にした戦士のように燃えていた。
優雅な姫は、今ーー恋という名の策略に乗り出す。
ーーその頃、階下の別室では。
「えっ!? これが……オラの……装備ぃ!?」
ノビの悲鳴が、静かな高級店の中に遠慮なく響き渡ったーー。
「続くんさ!」
『*カルディア魔法国』ーーダークエルフが治める国『ファルダット自由国』と、巨人が治める国『カイド』に、挟まれた大陸随一の魔法先進国。
(*ズードリア大陸マップのイラスト)
亜人のメイド『リア・ムル』の名前をつけてくださった、【緒 とのわ】先生に感謝です。
【緒 とのわ】先生の作品
『たたらの灯に咲く葉 〜ハノカの鍛冶場より〜』
https://kakuyomu.jp/works/16818792435749087435
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