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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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妄想と現実の狭間

挿絵(By みてみん)









「……また蝶か」


 神シロが空を仰ぎ、ため息をついた。


「蝶?」と、妻の東雲が首を傾げる。


「彼の心から生まれたものね。あなたには見えない?」


「いや、見えておるさ。だが……妄想で蝶を飛ばすとは、趣味が細かい」

 

 神シロは苦笑する。


「あなた、笑っている場合じゃありませんよ」

 

 東雲の声は少しだけ厳しかった。


 その隣で黒銀の目の友こと、トランザニヤが静かにつぶやく。


「……笑いごとではないぞ。蝶は“守護”の象徴。ゴクトーの妄想が《具現想霊》となった今、神代魔法は次の段階へ進む」


 そして三柱の声は、風に溶けるように消えた。

 


 その頃、ゴクトーたちは『ムッキムッキ』の食堂で食事を取っていた。




 

 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇




 しばらくして、ガタガタと椅子が引かれる音。

 村人や冒険者たちが食事を終え、食堂を後にする。



 ノビの妹、サーシャが姿が見えなくなるとーー


「なら、オラは先生の婿になるんさ!!」


 突然ノビが声を上げ、軽やかに流れていた食堂のBGMもピタリと止まった。

 そろそろ昼の営業時間がクローズになる頃合い。


 彼はいつものように"ニカッ”と笑みを浮かべ、パメラを見ていた。


「貴様など、誰がああああああ!!」


 パメラが勢いよく声を上げ、睨みつける。

 その迫力にノビは一瞬怯んだが、すぐにお家芸の「ケロッ」とした顔に戻る。

 

 思わず「ししし」と笑ってしまう。


 まるで察したかのように、ノビの隣でアリーが零す。


「ごちそうさまにゃ……ふふ……満腹しゅぎりゅ……」


 その「ぽそっ」とした一言に、全員の目尻が下がる。

 彼女はお腹をさすりながら、テーブルに突っ伏す。


 その瞬間、パメラが先生らしくアリーに声をかける。


「もぉ〜、アリーちゃんってば……まだ、デザート来てないわよん!」


 その刹那ーー厨房からマリアがトレンチを片手に目を輝かせて一言。


「食後のプリンですっ」


 彼女が小さなカップを置いていく。


 挿絵(By みてみん)

(*マスターの娘マリアのイラスト)



「にゃ!」


 夢中でプリンを頬張るアリー。

 

 ほんとに……満腹でもデザートは別腹なのな?


 その姿に心が癒される。

 俺の視線の斜め前、アリーの隣でジュリが思い立ったかのように口を開く。


 「食べ終わったら、また『キャリーズ・パミュ』に寄っていこう!

 ほら、レイド(依頼)もあるしさ……」


 その声には彼女の「乙女らしさ」も滲んでいた。


 ジュリ、俺は遠慮するよ。

 昨日の今日だからね。

 あの店で妙な注目を浴びたし……。


 表情には出さず、胸中に収める。

 次の瞬間、隣のパメラが艶やかな唇を動かす。


「あたいは、あの店の感じじゃないから……行きつけに行くわ」


「そんならオラも先生について行くんさ! 追加の装備も欲しいんさ!」


 ノビが当然のように割り込む。


「貴様!!その……カエル装備で……追加も何もないわっ!」


 パメラは顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

 俺は一度息をついて答えた。


「二人で行ってきてくれ。俺は寄る所がある……」


 苦笑して誤魔化すが、パメラとノビが驚いた声でハモった。


「「えぇっ!!どこにっ!!」」


 思わず心の声が……流石『師弟コンビ』。

  

 影のリーダーことアカリが俺の肩にすっと手を置き、『手榴弾』のような一言を投げた。


「なら、私たちと一緒に、ダー様好みの下着、選んでいただいきませんと……」


 つややかな声で誘う。その視線は血が逆流するような鋭さで、慌てて視線を逸らした。


 突然、アカリが立ち上がり、ジュリとアリーを引き連れて何やら耳打ちを始める。

 三人の表情は真剣そのもの。

 密談が終わり、「食べ終わったら、各自で買い物に行きましょう」と。


 そう言うアカリにはどこか意志の強さを感じた。

 

 こうして、これからの動きが決まった。

 

 俺たちしかいない食堂に穏やかな陽が差し込む。

 意思が固まった俺は、真っ先に席を立つ。


 「ご馳走様」


 食べ終わり、出口で待つサーシャから伝票を受け取る。


「合計、金貨2枚になります」


 彼女はどこか気まずそうに言った。

 

 俺は金貨を10枚、サーシャの手に握らせる。


「おすすめ、美味かったよ」


「っえ!? 多過ぎます!こんな大金……」


 サーシャが戸惑いながら手を振るが、軽く笑って。


「結婚資金だ」


 その言葉にサーシャは顔を真っ赤にしてうつむき、深く頭を下げた。

 その姿を見て仲間たちも微笑む。


 少し、格好つけ過ぎたかな?

 でも、まぁいいよなっ!


 店を出た瞬間、仲間たちがそれぞれに動き始める。

 パメラが嫌そうな顔で歩き出し、ノビが慌てて追いかける。


「じゃあ、後でねん……ゴクちゃん! ノビ、貴様はついてくるな!!」

「待っでくださーい! 先生!」


 そう言って離れて歩く二人の姿は、仲の良い『師弟コンビ』そのものだった。


「ダー様……それでは後ほど」

「行ってくりゅ!」

「いいの選ぼうねー!」


 アカリ、アリー、ジュリの三人組も楽しそうに手を繋いで出かけていく。


 師匠が見ていた図鑑のことを一度、

 ちゃんとアカリに聞いてみないとな。

 

 それぞれが買い物に出かけるのを見送る俺は、食堂の前で一人佇んでいた。

 アカリの麝香(ムスク)のような香りが風に漂う。


 「さて、俺も行くとするか……誰にするかは、もう決めてるけどな」


 そして俺は一人歩き出したーー。



 

 ***


 

 一旦宿屋で仮眠をとった俺は、夢を見た。

 うなされて目が醒める。



 炎。叫び。血。

 俺の手が、誰かの命を奪ったような錯覚。

 違う。現実じゃない。妄想だ。

 そう言い聞かせても、胸の奥が焼けるように痛む。


 いつ時間が経過したかもわからず、頭を揺さぶりながら起き上がった。

 カーテン越しの日差しは、もう墨色に変わり始めていた。

 そのまま、何かに導かれるように部屋を出た。


「……俺は、壊れてるのか?」


 気がつくとビヨンド村の路地を歩いていた。

 冷たい風が外套の裾を揺らし、頬を撫でるたびに、現実に引き戻される。

 けれど、頭の中ではまだ、あの夢の残滓が渦巻いていた。


 その言葉が風に溶けた瞬間、止まった。

『妄想図鑑』もページが、パラパラとした乾いた音を立てながら捲られていく。


 次の瞬間、視界の端に赤い光が舞った。


 ーー蝶だった。


 炎のような羽を持つ、小さな蝶が俺の前に現れた。


「私は、主の妄想から生まれたーー【具現想霊・真紅の蝶】、ブラ・アカノ」


 ……声が、聞こえた。

 俺の中の、誰かが語っているような、そんな感覚だった。


「また……あの夢だ」


 炎に包まれた街。

 誰かの叫び。

 自分の手が血に染まっている。

 それは現実ではない。妄想だ。

 けれど、何度否定しても、その夢が離れない。


 俺は誰にも言えなかった。

 この妄想が、時に現実よりも鮮明で、時に自分を支配することを。

 誰にも見せられなかった。

 この心の奥底に潜む、破壊衝動と救済願望の混在を。


 その声は、どこか懐かしく、どこか痛々しいのかもしれない。

 まるで、俺自身の心が語っているようだ。


 そしてその蝶は、みるみる人の形ーーいや、まるで妖精の如き姿へと変貌を遂げていった。


挿絵(By みてみん)

(ブラ・アカノのイラスト)


「主が恐れ、隠し、否定してきたもの。それらすべてが、私の羽に宿っている」



 俺は言葉を失った。

 この蝶は妄想の具現化ーーつまり、これは“真実”なのか。


「なぜ……今、現れた?」


 【具現想霊・真紅の蝶】、ブラ・アカノは静かに答えた。


「主が、壊れる寸前だったから。

 私は、主を守るために生まれた。

 主が自分を否定するほど、私は強くなる。

 だが、主が私を受け入れなければ、私は消える」


 俺は拳を握った。

 自分の弱さをずっと隠してきた。

 誰にも頼らず、誰にも心を開かず。

 それが強さだと思っていた。

 

 いや、たった一人……師匠のナガラにだけ……。


 妖精のようなブラ・アカノの姿はうっすらとぼやけ初め、蜃気楼のように揺らぎ始めた。そのすぐ直後、体躯と呼べる身体は急激に変化し、元の真紅の蝶の姿に戻った。

 美しい翅音とともに紅粉が空を舞う。赤い蝶は肩にとまり、炎の翅をばっと広げた。その瞬間、周囲の空気が熱を帯び、空が赤く染まった。


「私は、主の“可能性”だ。

 主が望むなら、共に戦おう。

 主が逃げるなら、共に沈もう」


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 【具現想霊・真紅の蝶】、複眼にかすかな青い光が宿る。


「なら……俺は、逃げない。

 お前と共に、進むさ」


 紅い蝶は、弧を描く月から照らされる一筋の軌道を追いながら、翅をはためかせる。そして、その翅は炎を集約しながら村の屋根を照らす。


 その晩、俺は“自分の力”を受け入れた。

 そして赤い蝶は背に宿り、”焔の守護者”となった。


 星が瞬く空の下、二つの影が静かに歩き出す。

 それは妄想から生まれた真実。

 孤独から生まれたーー絆だった。


 やがて、蝶の個体から紅粉とはまた違った、微細な紅光の粒子が放たれ始める。それは空中に漂いながら次第に集まり、形を変え、赤い翅は薄れ、青みを帯びた輝きに変わっていった。

 

 翅の縁には薄い黒の縁取りが浮かび上がり、空に浮かぶ星のように煌めく。 

 その間に蝶の身体も変化し始め、小さな角や翅の模様が次第に鮮やかさを増し、新たな美しさを放つ。

 翅の色が青に染まり、深みのある瑠璃色へと変わると、蝶はゆっくりと青翅を広げた。

 青い蝶は軽やかに舞い上がり、優雅に舞いながら”妄想と現実の狭間”を象徴する存在となった。


 【具現想霊・真紅の蝶】、ブラ・アカノは進化を遂げたーーいつも俺のそばを舞う青い蝶として。


挿絵(By みてみん)

(*進化を遂げたブラ・アカノのイラスト)


 俺は一部始終を見て口を開く。


「お前の名を改めよう、ミラ・アカノでどうだ?」


 青い蝶になったミラ・アカノは、俺の周囲をまるで踊るようにひらひらと舞った。その翅音は、俺の孤独を溶かしていくようだったーー。







 

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