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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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それぞれの意見



「兄上」

「兄者」

「兄様」


 柔らかく響く声。

 どこか懐かしい感覚を呼び起こす。


 目の前には、幼い姿の三人の少年が立っていた。


 銀色の髪に赤い瞳を持つ1人。もう1人は赤い瞳と紺色のマッドアイ。

 そして、一番幼く見えるーー紺色の髪と同色の瞳を持つもう1人。


 無邪気な笑顔を浮かべこちらを見上げる。


 誰だ、この子たちは……?


 問いかける間もなく、彼らが揃って一歩近づいてきた。

 それぞれの声が、異なる響きで俺を呼ぶ。


「兄上、いつも遊んでくれてありがとう」

「兄者、がっはははは。もっと遊んで欲しいぞぅ!」

「兄様、ねえ、次は何で遊ぶ?」


 彼らの言葉に胸が温かくなる反面、

 何故だか心の奥底に妙な痛みが走る。


 なんだ、この感覚は……懐かしいようで……けど……。


 ふと、自分が見下ろす視線の高さに気づく。


 俺、こんなに背が高かったか?

 視線を下げて手を見ると、そこには自分のものとは思えない大きな手があった。長くしなやかな指先、力強い形。


 手の甲にはどこか見覚えのあるーー紋様が刻まれている。


 その瞬間、少年たちの笑顔がふっと(かす)んでいく。


「兄様、また会えるよね?」


 最後に紺色の髪の少年が俺に問いかけた。

 その言葉がいつまでもゴクトーの耳に残っていた。


 

 ……夢だ……。


 

 ***




「ゴクトーが見ていた夢がな……ワシの脳内に残ったままじゃ」


 神シロが神妙な面持ちで言葉を詰まらせる。


「ああ、”始祖の血”が記憶を呼び覚ましているようだ」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤが静かに頷く。


「わたくしの【Revive】……蘇生魔法には……”記憶を消す”難点がありますから……それに”心読”のギフトまで与えてしまって」


 神シロの妻、女神東雲が浮かない顔で二人に口添えする。


「いやいや、東雲さんは悪くない。ゴクトーがあの雪山で命を落としていたら……ダンジョンでも……二度も助けてくれたことに感謝してる。」


 トランザニヤは女神東雲に深々と頭を下げた。


 神シロがちょっと語気を強めに投げる。


「ゴクトーを最初に見つけたのは、ワシじゃぞ!」


「感謝してるよ……」


 ふと、口元を綻ばすトランザニヤ。

 彼は下界の『ムッキムッキの食堂』を眺める。

 その目は楽しそうに食事をするゴクトーを追っていた。


 神々は下界に目を向けた。






 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇





「さっきの図鑑と、吸い込まれるように消えたシタギって娘は、一体なんですか?」


 アカリの吐息の熱さとその言葉に一瞬で、血が昇り熱くなる。


《昔、ナガラ兄様も変な図鑑を見て、笑っていたわ。ダー様も同じね》


 俺の様子を見て、右隣のアカリが口を綻ばせる。

 アカリの思考が俺に伝わり、胸中は戸惑いと疑念が渦を巻く。

 

 俺の『妄想図鑑』ーーアカリに見られたってことか? 

 ……ってか、師匠も『妄想図鑑』を見ていた? ありえない。

 『妄想が癖って、お前変態だな。はっはははは』って、笑ってたんだぞッ!

 

 師匠のその変な笑い方が脳裏をよぎる。


 今まで妄想は、ジュリにしか見られたことがない。

 それもダンジョンでの”悪魔付き”とのあの一戦で見せた、

 《具現想霊》神代魔法ーー奥伝の斑だけだ。

 

 一方、俺の困惑顔が気になったのか、パメラがさらに追い打ちをかける。


「ゴクちゃんはあたいのよん。アカリちゃん」


「ダー様は私を選んでくださいますわ。パメラさん」


 低い声で牽制し合い、二人の間には目に見える程の火花が散っていた。

 

 逃げるように視線を泳がす。

 

 その瞬間、目が合うジュリは、あからさまにムスッとしていた。

 

(わたしなんか、へんダーに選ばれるはずないよね。だって、この二人みたいに積極的じゃないし……大きな胸も無いし……)


 彼女の思考が手に取るようにわかるのは複雑。

 このスキルに手を焼きながらも、重すぎるそのコンプレックスが心に刺さった。 


 うつむくジュリがしばらく黙る。


「わたしは、自分らしくでいい」

 

 対面に座る彼女は小さく囁き、軽い笑みを浮かべる。

 

 どこか吹っ切れた様子に少しだけ俺の心も軽くなる。

 

 話を戻そう。

 

 料理が運ばれてくるまでの間、俺たちはダンジョンでの話で盛り上がった。


 真っ先にジュリが口火を切る。


「そういやさ、ダンジョンの最後の階層でパメラさんの、あの揺れ、やばかったよね!」


 パメラは「ふふん」と鼻を鳴らし、胸を押さえながら答えた。


「当然でしょう?あたいを誰だと思ってるのよん。大魔導士、パメラ・ルシーヌ・カルディア様よ?」


「へぇぇぇ〜!自分で言うと……ちょっとダサいにゃ……」


 ジュリの隣でアリーが素直につぶやき、パメラがぎくっとした表情を見せ、口を尖らせる。


「ちょ、アリーちゃん!そ、そういうのは心の中だけで言うのよん!」


 その言葉を聞いた一方で、アカリが褒める。


「でも、パメラさん、ほんと凄かったですわ。あの『爆弾(ダイナマイト)』の”ブルルルン”……魔物が吹き飛んでーー圧倒されましたわ」


「ま、まあね……当然よ」


 パメラはちょっと口元を緩め、照れるように耳を赤くした。

 

 こうして、笑って食事を囲める日が……ずっと続けばいい。


 ふと、そんな思いが胸をよぎった。

 再び胸の奥に、言葉にできない何かが芽生えた。

 それは新たな1ページが『妄想図鑑』に加えられたかのようだ。


 晴れやかな気持ちが徐々に俺の不安を取り除く。


「ダー様?」


 アカリの小声で我に返る。


「どうしましたの? さっきから?」


 その言葉にも気づかぬほど、頭はいっぱいだった。


「いや……なんでもない。ちょっと、ありがたいなって思っただけさ」


「ふふ……それならいいですわ。でも、無理はなさらないでくださいね」


「……ああ、ありがとう」


 そんな俺たちの会話に、パメラが口を尖らせて割り込んできた。


「こらこらこらこら! あたいの前で甘やかすのは禁止よんっ!!」


「パメラ……その言い方が既に甘えてる感じなんだけども……」


「なっ!? だ、誰がっ!」


 いいな、この雰囲気。ほんとに、こういう時間がずっと続けば……。


 そう思う傍ら、”おすすめ”されたタリアータパスタがくるのを待っている。

 仲間たちの表情も穏やかだ。


 陽が頂きに達するちょうど良い昼飯時。

 村人や冒険者たちが次々と食堂に訪れる。

 ノビの妹、サーシャが金髪を靡かせ、忙しなくテーブルで注文を取っていた。

 

 アリーが垂れ耳をピクッと動かし、鼻をクンクンさせる。

 彼女は自前のフォークを強く握りしめた。


 その瞬間、厨房から渋い声が聞こえた。


 「待たせたな。パスタあがったぞ」


 振り向いたサーシャは厨房に入っていく。


「これ、お兄ちゃんのところよね?」


「ああ、ちょっとサービス盛りだ」


 挿絵(By みてみん)

(*ムッキムッキの食堂のマスターのイラスト)

 

 マスターの声が聞こえてすぐ、娘のマリアとサーシャが湯気の立つパスタを運んできた。 


「「お待たせしました」」


 その酸味と甘味が混じったような香りに一瞬息を呑む。

 一皿ずつ丁寧に運ばれる料理にアリーが「にゃー!」と。

 小さく喜びの声を上げ、ゴクッと喉を鳴らす。


「……にゃふ……おいしそ〜……」


 ぱっと笑みを浮かべるアリーの表情がなんとも愛らしい。


 その仕草に和やかな空気が漂う中ーー“ぐぅうううう”


 突如、響き渡る腹の音。

 全員がその音の発生源ーージュリに視線を向けた。


 腹の音は聞こえなかったふりして、仲間たちにうながす。

 

「いただこう……」


 その一言にジュリはほっとした表情を見せる。

 だが、彼女は耳まで朱に染まっていた。


 全員で短い祈りを捧げる。


「「「「「「いただきます!」」」」」」


 それぞれがフォークを手に取り、パスタを口に運び始める。

 トマトの酸味と牛肉の香ばしい香りが広がり、テーブルには幸福そうな表情が並ぶ。

 

 いきなり、アカリがパスタをクルクルとフォークに巻き、俺の口元に差し出す。その行動に一瞬固まった。


 ……ちょっと待て、アカリ、いやデス姉さん。

 これ、全員が見てるんですけども……。


 内心戸惑いながらも口を大きく開けてしまう。


 一方で、それを見たジュリがフォークを握る手をピタリと止めた。


(なんで?ネーだけ。そんなのズルい。でも……これ以上目立ったら、さっきのお腹の音のことまで……)


 ジュリはパスタを口に運ぶのも忘れてうつむいてしまう。


 目の前のパスタを食べつつ、横目でチラリとジュリの様子を窺う。

 その動揺ぶりがむしろ微笑ましい。

 

 隣のアリーは、無邪気に声をかける。


「ジュリねぇ、食べにゃいの? 冷めちゃうにゃ」


「っえ!? 食べる、食べるから!」


 急いでフォークを動かし、ジュリがパスタを口に運ぶ。

 焦りすぎたのか、口にトマトソースが少し付く。

 

 「……ジュリ、ソースついてるぞ」


 咄嗟に声が漏れ、手を伸ばしてナプキンを差し出す。

 俺にしては気遣いができたと思う。

 

 彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐにひったくるように受け取った。


「いいの!!自分でできるから!!」


 ナプキンを押し付けるようにして拭う仕草は、可愛らしくもありジュリらしい。

 

 仲間たちの顔にも自然と笑みが溢れていた。

 

 誰かが気に病めば、誰かが笑い、気持ちを分かち合う。

 これがリリゴパノアのスタイル。

 仲間たちって良いもんだな、と改めて思う。

 心のどこかでずっと探していたものが、今ここに少しだけあるような気がしていた。


 そんな俺を他所に左隣のパメラが動く。


「はい……ゴクちゃん、あ──ん……してんっ」


 彼女がパスタを巻いたフォークを、艶やかな声とともに差し出す。

 その瞬間、嫌な予感が頭をよぎる。

 案の定、空気が読めない男が「先生──オラにも、”あ──ん”して欲しいんさ」と。

 アリーの隣でノビがさらに大きく開口する。


「貴様に食わせてやると思うのか!この馬鹿者があああああ!!」


 パメラが拳を震わせながら怒りを顕にする。

 彼女は左手でしっかり、『爆弾(ダイナマイト)』を押さえていた。

 

 仲間たちがほっとしたような表情を見せる。

 

 騒つく食堂には異様な空気が漂う。


 挿絵(By みてみん)

(*ノビの妹サーシャのイラスト)


 偶然、厨房から出てきたサーシャが、恥ずかしそうに小声で尋ねる。


「お兄ちゃん、もしかして……先生を?」

「そうなんさ……」


 ノビは照れくさそうに頬を掻きながら"ヘラヘラ”と笑うだけ。

 その答えにジュリがフォークを止めて、目を丸くした。

 

 一方、心中穏やかならぬパメラがいきなり声を張る。


「貴様!何を……立場をわきまえろ。歳も離れ過ぎだ!」


 頬を朱らめ、なぜか俺を一瞥するのが気になる。

 場の空気があらぬ方向に流れていく中、ノビが節目がちに言葉を落とす。


「でも、歳ならサーシャだって、離れた人と……」


「ちょっとぉ!お兄ちゃん、皆さんの前で恥ずかしい!」


 妹のサーシャはそう言って顔を朱に染め、厨房の方をチラリ。

 ノビはまるで軽い冗談のように大声で言った。


「おめえが先にオラと先生のこと、言うからなんさ。

 親父は認めでるみでーだから……はやく嫁に行けばいいんさ!」


 サーシャが慌てて「お兄ちゃん!声、でかい!」と小声で言い返す。


 お互い顔を赤くして、言葉を交わす兄妹。

 ふと天井を見据えながら、朝見た夢を思い出す。

 

 兄妹か……確か、あの少年たちは俺を兄と……。

 

 なぜかそれは俺の心にちくっとした痛みを感じさせた。

 不思議な感覚で、まるで前世の記憶のような感覚。

 

 いや、前世での俺は渋谷の街を歩いてた。

 

 この記憶もどこか曖昧。

 俺は境がわからなくなってきていた。

 

 そんな俺を他所に、黙って聞いていたパメラがサーシャに尋ねた。


「マスターには、奥方様がいらっしゃるの?」


 その言葉にアカリがノビとサーシャ、さらにパメラを一瞥して紡ぐ。


「年齢は関係ないですわ。仮に奥方様や側室がいても……私は気にしない」


 アカリの口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 一方のサーシャは小声で答える。


「奥さんはマリアが小さい時に病いで、亡くなったらしいのです……」


 彼女はどこかきまずそうだ。

 

 次の瞬間、ジュリがフォークをカタッ…と置き、身を乗り出す。


「なら平気じゃん!!奥さんがいるなら、あれだけど……」


 彼女が言い添えるが、その瞳はどこか揺れていた。

 答えるサーシャの声はさらに小さくなり、


「そうなんですけど……」と。


 顔が朱に染まっていく。


 突然、ガタッと立ち上がるアリーが、いきなり魔導銃の一撃のような発言。


「強いオスは嫁をいっぱい取りゅにゃ!嫁いっぱいが強い証にゃっ!」


 言い終えると耳をピンと立てた。その口元にはトマトソースがべったりと付いている。


 見た目は可愛いが、周囲をざわつかせる。

 必然、村人や冒険者たちの視線が集まる。


 片付けをしながらサーシャが厨房に戻り、一旦場が落ち着く。

 

 窓の外を眺めながらほっと息をつく。

 仲間たちも少し落ち着きを取り戻したようだ。


 だが、空気が全く読めない男が再び動いたーー。









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