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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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宿命の姉妹

 




 天上の二柱は下界を見下す。


 突然、声を荒げるひとりの神。


「おい、シロ、お前と同じ桃髪だぞ!」


「ん? なんじゃと?」


 不思議に思いながらも神シロは、黒銀の目の友と下界を覗いた。





 ***


 


 ーーその頃。


 ヒドラの騒ぎで大混乱してる孤島『トランザニヤ』。

 その小国、北部の深い森の中、霧に包まれた山の洞窟でのこと。


 破れた黒いマントをまとう、大柄な男が横たわっていた。

その男、顔は焼けただれ、口髭も焦げ、腹から血を吹き出し、さらに前歯が四本も欠けていた。瀕死の状態で、もはや虫の息。


「うぅ……」


 その男が絞り出すように呻く。

 男の意識は徐々に薄れていったーー。



 一方、傍で声がする。その声は柔らかくどこか透き通る響き。


「【エクストラ・ヒール】、もう一度!【エクストラ・ヒール】!!」


 緑色の柔らかい癒しの光が、その男を包み込む。


 一つの黒い影が杖を握り、【治癒魔法】を唱えていた。


 その影の主の視界は魔力(マナ)の消耗により薄れ、杖を握る手が震える。

 それでも男を救うため、何度も【エクストラ・ヒール】をかけ続けた。

 

 次の瞬間、眩しいほどの陽の光が洞窟に差し込んだ。

 手をかざすその黒い影の主。


「これで命は繋がったわね……」


 つぶやきながら、その影の主は一息ついた。


 洞窟の中に緑陽の爽やかな風が舞い込み、その正体があらわになるーー。

 

 桃色の、ポニーテールに束ねた髪がさらりと靡く。


 その黒い影の主は、黒のレザーキャップを目深に被りなおした。 

 翻した漆黒のローブから艶やかな白い腕が伸びる。

 華奢な腕に細い指ーー美しい爪を閃かせ、金の杖を巧みに操る。

 そんなキュートな女性だった。


 彼女の瞳は差し込む光の加減一つで、赤や碧に見える。

 魔法を繰り出すその姿は、息を呑むほど神秘的で美しい。

 けれど、彼女は凄腕の冒険者ーーかつ『魔導士』だった。


 差し込む陽がさらに強まり、風もピタリと止む。

 急に蒸し暑くなる洞窟内。


 ”芥子(けし)柄”のハンカチで額の汗を拭きながらポツリ。

 

 「薬が必要ね……」と。

 

 片眉を上げ、彼女はにっと笑った。そして腰に下げた*『万能巾着』から小瓶を取り出し、薄黄緑の液体をためらいもなく一気に飲み干す。


「ふぅ……魔力が回復したわ……」


 急に真面目な顔になり、じっと男を見つめる。


 次の瞬間、彼女は大きく息を吸いこむ。

 頬がプクッと膨らんだその刹那、空気が微かに震えた。



 「【アストラル・ゲート】!」



 ……ギィギィ


 唱えたと同時に白い魔法陣が展開し、空気の軋む音だけが洞窟内に響く。

 

 彼女はふっと息をつき、呼吸を整えた。


 次の瞬間、眩い光が彼女を包み、金の杖に集束する。


 杖の先端が光を放ちーー魔法陣から【門】が浮かび上がった。


「次はこっちね」


 そうつぶやくと、続けて詠唱を紡ぐ。


「【フローター・レヴィ】!」


 その瞬間、黒いマントの男が宙に浮き、門の中へと吸い込まれる。


 彼女も迷わず、その【門】を(くぐ)ったーー。



 ***




 神シロはその様子を一部始終見ていた。そして思考を巡らせる。

 

 その愛らしい外見からは想像もつかぬーー凄腕の『魔導士』じゃな。


 超高度な魔法なのじゃぞ。


 それに膨大な魔力量を駆使し、*【多重魔法】を何の迷いもなく、驚くほど軽々と無意識に操ってのけるとはーー。


 目を丸くしながらも、神シロは言の葉を落とす。


「名も知らぬ男の命を救うために、その力を惜しみなく使うか……この子がここまでやるか……」


 つぶやく神シロの顔には、笑みがこぼれていた。



 


 *** 



 ーー時は同じく。


 桃色の髪の女性が、研究室で乾燥した薬草を石臼で擦っていた。


 彼女の名はアカリ・ミシロ。


 ーー天上で見守る神シロの末裔。


 粉末になった薬草の爽やかな香りがふわりと部屋に広がる中、彼女がふと感じたのは【膨大な魔力】の波動だった。



「ん……?」


 ガタガタガタ……


「……な、なに……?」


 家全体が激しく揺れる。


 アカリはその【膨大な魔力】の波動に覚えがあり、思わず手を止める。


 居間が急に明るくなり、空間は軋む音を立てて歪みーー白い魔法陣が突如、出現した。

 


 やがて、 【門】から横たわる大柄な男が浮かび上がった。


「……誰…?」


 アカリの心臓は跳ね、息が止まった。

 白い魔法陣から、いきなり知らぬ男が飛び出してきた。

 その表情には焦燥と驚愕ーーそれがほぼ同時に浮かぶ。


 その男には見覚えがあるーーだが、確信は持てない。


 「……この人、一体……?」


 アカリが眉を顰めたーーその瞬間。



「ネー! ネー! ネーってば!! この人を治す薬を調合して!!」


 叫び声とともに現れたのはーー洞窟にいたキュートな魔導士。


 ーージュリ・ミシロ。

 少し歳の離れたアカリの妹だった。


 手を振り上げて、大げさな身振りで彼女は語る。

 汗を掻きながら、必死な表情でアカリに頼んだ。


「ジュリ……あなたは、いつもせっかちね」


 肩からは力が抜け、彼女はほっと息をつく。

 

 でも心の奥では、小さな不安がまだくすぶっていたーー果たして、この人は本当に大丈夫なのか、と。

 

 ジュリが桃髪を耳にかけながら、静かにつぶやく。


「……どうなのよ、ネー?……この人って助かるの?」


 そう言いながらジュリは、大柄な男を客室のベッドに寝かせた。


 一瞬、目を開き黒いマントの男が譫言(うわごと)のようにつぶやく。


「…アン……ド……兄……の匂い……がす」

 

 客室にはしんとした静けさだけが残った。


 その言葉を聞いた瞬間、姉妹は困惑する。

 アカリは顎に指を添えて、推理を巡らせる。


「誰のことだろう……この人、異国の人よね……」


 彼女は棚にある薬瓶を掴み、すぐその男に飲ませた。


「今晩が峠ね……あとはこの人次第……」


 アカリは彼の喉元に手を当て、真剣な表情を見せる。


 一方、連れてきたジュリはため息をつき、微かに唇を噛んだ。



 マントの男はやがて寝落ち、いや気絶した。

 

 見届けた姉妹は静かに客室を出た。



 ***



 

 

 アカリは上機嫌でキッチンで煎茶を淹れ、茶菓子を置きソファに座った。


 ジュリがくすっと笑って、アカリの腕に寄りかかる。


 二人は熱いお茶を飲みながら話を始めた。


「ネー久しぶり。二年と九ヶ月もかかったわ……はいっ」


 ジュリは不満げな顔で小さな布袋をアカリに投げる。


「っしょ!」

 

 アカリが素早くキャッチ。


「ジュリなら見つけられる、そう思っていたわ」


 そう言いながら彼女は満面の笑みを浮かべた。


 アカリは布袋の中身をすぐに確かめる。


 瞬間、驚きと喜びを顕にした。


「これ凄いわ!ジュリ、本当に凄い!」


 小袋から取り出したのは黄金色に輝く鉱石。

 

 彼女は手に取りながらまざまざと眺めていた。


 アカリは興奮冷めやらぬ表情で震えつつ、感動とともに声を漏らす。


「これって、『黄石英(きせきえい)』の十倍の価値、希少な*『黄金石英コガネセキエイ』じゃない!!!」


 アカリはジュリを抱きしめ、喜びを爆発させた。





「黄石英と言う鉱石を探して欲しい」ーー。


 ジュリは姉アカリの頼みで二年以上もの間、大陸中を探し回った。


 最終的には隔離された島国ーー『トランザニヤ』まで足を運び、ようやく探し当てた。それはまるで『宿命』に導かれるように。


 

 


 アカリは悪戯っぽく、冗談混じりに話す。


「報酬は何がいい? お金? イケメン? 何でも言って!」


 ジュリは照れながら少し拗ねたように答えた。


「じゃあ……」


 ジュリは小声で漏らすと顔を朱らめ目を伏せた。


 アカリは笑いながらジュリを再び抱きしめた。


「うふふ……報酬はそれでいいの……?」


 アカリはお茶をすすりながら、ふと懐かしい記憶に目を細めた。

 姉妹が、かつて暮らしていた、あの遥か遠い島国の日々を。


 姉妹は笑い合い、昔話に花を咲かせるのであった。




 








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黒鍵から紹介されて、読みに来ました。 読み専で、感想とか苦手ですが、追っていきます。 ブクマと★を付けさせていただきました。
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