宿命の姉妹
天上の二柱は下界を見下す。
突然、声を荒げるひとりの神。
「おい、シロ、お前と同じ桃髪だぞ!」
「ん? なんじゃと?」
不思議に思いながらも神シロは、黒銀の目の友と下界を覗いた。
***
ーーその頃。
ヒドラの騒ぎで大混乱してる孤島『トランザニヤ』。
その小国、北部の深い森の中、霧に包まれた山の洞窟でのこと。
破れた黒いマントをまとう、大柄な男が横たわっていた。
その男、顔は焼けただれ、口髭も焦げ、腹から血を吹き出し、さらに前歯が四本も欠けていた。瀕死の状態で、もはや虫の息。
「うぅ……」
その男が絞り出すように呻く。
男の意識は徐々に薄れていったーー。
一方、傍で声がする。その声は柔らかくどこか透き通る響き。
「【エクストラ・ヒール】、もう一度!【エクストラ・ヒール】!!」
緑色の柔らかい癒しの光が、その男を包み込む。
一つの黒い影が杖を握り、【治癒魔法】を唱えていた。
その影の主の視界は魔力の消耗により薄れ、杖を握る手が震える。
それでも男を救うため、何度も【エクストラ・ヒール】をかけ続けた。
次の瞬間、眩しいほどの陽の光が洞窟に差し込んだ。
手をかざすその黒い影の主。
「これで命は繋がったわね……」
つぶやきながら、その影の主は一息ついた。
洞窟の中に緑陽の爽やかな風が舞い込み、その正体があらわになるーー。
桃色の、ポニーテールに束ねた髪がさらりと靡く。
その黒い影の主は、黒のレザーキャップを目深に被りなおした。
翻した漆黒のローブから艶やかな白い腕が伸びる。
華奢な腕に細い指ーー美しい爪を閃かせ、金の杖を巧みに操る。
そんなキュートな女性だった。
彼女の瞳は差し込む光の加減一つで、赤や碧に見える。
魔法を繰り出すその姿は、息を呑むほど神秘的で美しい。
けれど、彼女は凄腕の冒険者ーーかつ『魔導士』だった。
差し込む陽がさらに強まり、風もピタリと止む。
急に蒸し暑くなる洞窟内。
”芥子柄”のハンカチで額の汗を拭きながらポツリ。
「薬が必要ね……」と。
片眉を上げ、彼女はにっと笑った。そして腰に下げた*『万能巾着』から小瓶を取り出し、薄黄緑の液体をためらいもなく一気に飲み干す。
「ふぅ……魔力が回復したわ……」
急に真面目な顔になり、じっと男を見つめる。
次の瞬間、彼女は大きく息を吸いこむ。
頬がプクッと膨らんだその刹那、空気が微かに震えた。
「【アストラル・ゲート】!」
……ギィギィ
唱えたと同時に白い魔法陣が展開し、空気の軋む音だけが洞窟内に響く。
彼女はふっと息をつき、呼吸を整えた。
次の瞬間、眩い光が彼女を包み、金の杖に集束する。
杖の先端が光を放ちーー魔法陣から【門】が浮かび上がった。
「次はこっちね」
そうつぶやくと、続けて詠唱を紡ぐ。
「【フローター・レヴィ】!」
その瞬間、黒いマントの男が宙に浮き、門の中へと吸い込まれる。
彼女も迷わず、その【門】を潜ったーー。
***
神シロはその様子を一部始終見ていた。そして思考を巡らせる。
その愛らしい外見からは想像もつかぬーー凄腕の『魔導士』じゃな。
超高度な魔法なのじゃぞ。
それに膨大な魔力量を駆使し、*【多重魔法】を何の迷いもなく、驚くほど軽々と無意識に操ってのけるとはーー。
目を丸くしながらも、神シロは言の葉を落とす。
「名も知らぬ男の命を救うために、その力を惜しみなく使うか……この子がここまでやるか……」
つぶやく神シロの顔には、笑みがこぼれていた。
***
ーー時は同じく。
桃色の髪の女性が、研究室で乾燥した薬草を石臼で擦っていた。
彼女の名はアカリ・ミシロ。
ーー天上で見守る神シロの末裔。
粉末になった薬草の爽やかな香りがふわりと部屋に広がる中、彼女がふと感じたのは【膨大な魔力】の波動だった。
「ん……?」
ガタガタガタ……
「……な、なに……?」
家全体が激しく揺れる。
アカリはその【膨大な魔力】の波動に覚えがあり、思わず手を止める。
居間が急に明るくなり、空間は軋む音を立てて歪みーー白い魔法陣が突如、出現した。
やがて、 【門】から横たわる大柄な男が浮かび上がった。
「……誰…?」
アカリの心臓は跳ね、息が止まった。
白い魔法陣から、いきなり知らぬ男が飛び出してきた。
その表情には焦燥と驚愕ーーそれがほぼ同時に浮かぶ。
その男には見覚えがあるーーだが、確信は持てない。
「……この人、一体……?」
アカリが眉を顰めたーーその瞬間。
「ネー! ネー! ネーってば!! この人を治す薬を調合して!!」
叫び声とともに現れたのはーー洞窟にいたキュートな魔導士。
ーージュリ・ミシロ。
少し歳の離れたアカリの妹だった。
手を振り上げて、大げさな身振りで彼女は語る。
汗を掻きながら、必死な表情でアカリに頼んだ。
「ジュリ……あなたは、いつもせっかちね」
肩からは力が抜け、彼女はほっと息をつく。
でも心の奥では、小さな不安がまだくすぶっていたーー果たして、この人は本当に大丈夫なのか、と。
ジュリが桃髪を耳にかけながら、静かにつぶやく。
「……どうなのよ、ネー?……この人って助かるの?」
そう言いながらジュリは、大柄な男を客室のベッドに寝かせた。
一瞬、目を開き黒いマントの男が譫言のようにつぶやく。
「…アン……ド……兄……の匂い……がす」
客室にはしんとした静けさだけが残った。
その言葉を聞いた瞬間、姉妹は困惑する。
アカリは顎に指を添えて、推理を巡らせる。
「誰のことだろう……この人、異国の人よね……」
彼女は棚にある薬瓶を掴み、すぐその男に飲ませた。
「今晩が峠ね……あとはこの人次第……」
アカリは彼の喉元に手を当て、真剣な表情を見せる。
一方、連れてきたジュリはため息をつき、微かに唇を噛んだ。
マントの男はやがて寝落ち、いや気絶した。
見届けた姉妹は静かに客室を出た。
***
アカリは上機嫌でキッチンで煎茶を淹れ、茶菓子を置きソファに座った。
ジュリがくすっと笑って、アカリの腕に寄りかかる。
二人は熱いお茶を飲みながら話を始めた。
「ネー久しぶり。二年と九ヶ月もかかったわ……はいっ」
ジュリは不満げな顔で小さな布袋をアカリに投げる。
「っしょ!」
アカリが素早くキャッチ。
「ジュリなら見つけられる、そう思っていたわ」
そう言いながら彼女は満面の笑みを浮かべた。
アカリは布袋の中身をすぐに確かめる。
瞬間、驚きと喜びを顕にした。
「これ凄いわ!ジュリ、本当に凄い!」
小袋から取り出したのは黄金色に輝く鉱石。
彼女は手に取りながらまざまざと眺めていた。
アカリは興奮冷めやらぬ表情で震えつつ、感動とともに声を漏らす。
「これって、『黄石英』の十倍の価値、希少な*『黄金石英』じゃない!!!」
アカリはジュリを抱きしめ、喜びを爆発させた。
「黄石英と言う鉱石を探して欲しい」ーー。
ジュリは姉アカリの頼みで二年以上もの間、大陸中を探し回った。
最終的には隔離された島国ーー『トランザニヤ』まで足を運び、ようやく探し当てた。それはまるで『宿命』に導かれるように。
アカリは悪戯っぽく、冗談混じりに話す。
「報酬は何がいい? お金? イケメン? 何でも言って!」
ジュリは照れながら少し拗ねたように答えた。
「じゃあ……」
ジュリは小声で漏らすと顔を朱らめ目を伏せた。
アカリは笑いながらジュリを再び抱きしめた。
「うふふ……報酬はそれでいいの……?」
アカリはお茶をすすりながら、ふと懐かしい記憶に目を細めた。
姉妹が、かつて暮らしていた、あの遥か遠い島国の日々を。
姉妹は笑い合い、昔話に花を咲かせるのであった。
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