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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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虎獣人オブニビアの双子







「おい、白狼虎……何やら不穏な動きが……」


 エルフ神ロアは、下界に注視した。


「ああ、『メデルザード王国』で、魔族が動き出したな」


 白狼虎こと、獣人神オブニビアも目を向けた。


「お二人はあの子たちを。わたくしがこちらを見張っております」


 エルフ神ロアの妻、女神ロカベルはある獣人姉妹に注視した。


 挿絵(By みてみん)

(*神々のイラスト)




 ***



 話は少し逸れるーーここは『永劫の残影』と呼ばれる、もうひとつのパラレルワールド。


 ズードリア大陸ほぼ中央に位置する『メデルザード王国』

 ゴクトーたちがいる『アドリア公国』から東に位置する国である。


 挿絵(By みてみん)

(*メデルザード王国の位置)

 

 夜の帳が降りたその城下街コンラッドに、乾いた風が吹き抜ける。

 薄暗い路地裏で、ティグルは獲物を追い詰めていた。

 胸の奥で脈打つのは、怒りと焦燥。

 獣の血が全身で騒ぎ、直感が叫ぶ。


「待つだにゃっ!」


 追うのは、街に潜む闇の密売人。

 痩せた身体で素早く立ち回り、虎獣人であるティグルの猛追を何度も躱す。


「ぬにゃあっ!」


 彼女の苛立ちが頂点に達したとき、ティグルの持つ*魔導銃から爆発的な火花が散る。

 それは彼女の感情に呼応する、制御不能な衝動だった。

 火花は路地の壁を焦がし、地面をえぐり、爆ぜる炎が路地に赤い光を広げる。

 逃げ道を塞がれた密売人は転倒し、絶望の声をあげた。


「ぐあぁ!」

 

 密売人が悲鳴をあげて転倒する。

 

 ティグルは荒い息を吐きながら、彼に歩み寄った。その瞳は燃え盛る炎のように輝いている。


「これで……逃げられにゃいら」


 息を荒げ歩み寄るティグル。その背に、冷ややかな声が落ちる。


「ティグル、衝動に任せては駄目だ。証拠を失う」


 振り返れば、月光を浴びて立つのは双子の姉グルガ。

 灼けるような橙の髪、琥珀に光る瞳。その冷徹な美しさに、空気が張りつめた。


「グルガ……」


 ティグルは不意を突かれ、言葉を失った。

 グルガは冷静な足取りで近づき、転倒した密売人に冷たい視線を投げかける。


「彼の懐には、にゃたちが探している……帳簿があるはず」

 

 グルガはそう言って、細い指先を密売人に向ける。

 すると、周囲には透明な光の結界が張り巡らされ、彼の動きを完全に封じた。


「まったく……火炎弾に帳簿まで巻き込まれるところだった」


 その言葉にティグルは、ばつが悪そうに耳を伏せる。


「にゃはティグルとは違う。感情に流されることはない。理性と計略こそが、にゃたち獣人の強さだ」

 

 姉グルガの言葉は、いつも妹ティグルの胸に鋭く突き刺さる。


「わかってるだにゃ。でも、アイツの顔を見てたら、どうにも我慢できなくなったんら」

 

 ティグルは不貞腐れたように答えた。


「ティグルのその無鉄砲さが、時にはにゃたちを危険に晒す。

 にゃたちはこの街の秩序を守る者。感情に流されるようでは務まらない」

 

 グルガは密売人の懐から無傷の帳簿を取り出すと、ティグルに手渡した。


 ティグルは姉の言葉に反発しながらも、どこかで彼女の存在を必要としていた。


「これで今夜の仕事は終わりだ。さっさと本部に帰るぞ」

 

 グルガの言葉に肩を落とすティグル。


 妹ティグルは衝動的で、感情のままに動く。

 一方、姉グルガは冷静沈着で、常に最善の策を練る。


 二人はよく似ていながら正反対の双子だった。



 ***



 夜は明け、空が白み始める。

 

 任務を終えた二人は、長老の叱責を受ける。


 そこはティグルとグルガが所属する、*メデルザード王国国家安全保障組織(Kingdom of Medelzard National Security Organization)通称【KOMNSO】の本拠地。


「今回はギリギリでしたね。もしグルガがいなければ、帳簿は燃えていたでしょう」

 

 現役を退いた獣人族の長官が、ため息まじりに小言を落とす。


「すみません、次からは気をつけますにゃら」


 挿絵(By みてみん)

(*ティグルのイラスト)


 ティグルは素直に頭を下げた。

 グルガは何も言わず、ただ静かに長官の話を聞いている。


 挿絵(By みてみん)

(*グルガのイラスト)


「亜人国家フィルテリア、*五長老の一人……オブニビアの孫のお前たち二人は、まさにこの街の光と影だ。ティグルのような衝動的な力も必要だが、グルガのような冷静な判断力も不可欠だ。だが、バランスを欠けば、どちらも凶器となる」

 

 長官はそう言って、二人に厳しい視線を送りながら紡ぐ。


「ティグル、君の力は計り知れないが、制御できなければただの破壊者だ。

グルガ、君の理性は素晴らしいが、冷たすぎる。たまには心に従って動くことも覚えなさい」


「ティグルには力を制御する難しさを、グルガには心を閉ざしすぎる危うさをーー」

 

 二人は沈黙したまま、長官の言葉を胸に刻み込んだ。

 


 ***

 


 その日の夜、ティグルは自室の窓辺で空を眺めていた。

 満月と三日月がまるで夫婦のように寄り添う。

 グルガの言葉と長官の言葉を胸に、彼女の心はどこか悠遠に揺らぐ。


「にゃらは、ただの破壊者にゃのか……」

 

 その時、部屋の扉が静かに開く。

 振り返ると、グルガがそこに立っていた。


「起きていたにゃら?」

 

 グルガはティグルの隣に並び、同じように夜空を見上げた。


「ティグルに話がある」

 

 グルガの口から出た言葉は、いつもと違い、少しだけ感情がこもっているように聞こえた。


「今回の件で、ティグルの行動を非難した。謝るつもりはないが、少し言い過ぎたかもしれない。ティグルの力はにゃには、無いものだ」

 

 ティグルは驚き、グルガの顔をまじまじと見つめた。


「……どういうことにゃら?」


「ティグルの衝動的で膨大な魔法は、にゃには使えない。にゃの魔法は、対象を封じ、動きを止めるもの。それは相手を傷つけることはないが、敵を完全に無力化する力もない。ティグルの爆発的な力があってこそ、にゃたちは敵を捕らえることができる」

 

 グルガはそう言って、初めてティグルに弱い部分を見せた。


「にゃらは、グルガがいてくれないと、すぐに暴走しちゃうにゃら。いつもグルガが止めてくれるから、にゃらは安心して暴れられるんだにゃ」

 

 ティグルは照れくさそうに言った。


「…そうだ。にゃたちは二人で一つ。だからこそ、お互いを補い合わなければならない」

 

 グルガは静かに頷き、ティグルの肩にそっと手を置いた。



 ***


 翌日、街の至るところで、魔力(マナ)が不安定になり、謎の現象が起きていた。それはコンラッドの街ーー全域を覆う異常な魔力の波動。


「これは呪詛? 強力な精神干渉呪詛。街全体が標的になっている」

 

 見回りをしていたグルガは事態を察知し、すぐに長官に報告した。


「犯人は、おそらく魔族、それも*魔族四天王の一人ーー南のゾルザックだ。

 強力な精神干渉呪詛を得意とし、人々の心を操る。街の住民を狂わせるつもりだ」


「どうすればいいんだにゃ?グルガの封印魔法でも、街全体を覆うのは無理にゃよね?」

 

 ティグルは焦りを隠せない。


「そうだ。だからこそ、にゃとティグルの力が必要だ」

 

 グルガは冷静に答える。


「にゃがゾルザックの精神干渉呪詛の核を見つけ、それを一時的に封じる。その隙に、ティグルが核を破壊するんだ。ティグルの爆発的な魔導銃でしか、あの強力な呪詛の核は破壊できない」


「わかった。やってやるだにゃ!」

 

 ティグルは意気揚々と答えた。

 

 二人は特殊な魔道具を操り、魔力の流れを辿った。


「コツコツ♪ にゃたちの神ーー コツコツ♪ 白狼虎よ♪ コツコツ♪ 

 我と妹ティグルの姿をこの世の全ての眼から外したもう。今、その神代の力をここに示せーー!」

 

 グルガが『古代魔法』を奏し、彼女たちの姿や【覇気】は見えなくなった。

 彼女たちは頷き、街の地下深くに潜むゾルザックのアジトへと向かった。そこは複雑な魔法陣が張り巡らされた、おぞましい空間だった。


「やはり、ここにいたか」

 

 グルガはゾルザックの姿を捉えた。

 禍々しい紫色の体躯。顔には突起した鉄の鋲が飛び出していた。

 角は無いが、その手足の爪には異様に長い。

 

 ゾルザックは巨大な魔法陣の中心で、街の住民の精神を操ろうとしていた。

 まだグルガとティグルに気づいていない様子。


「ティグル、準備はいいか」

 

 グルガの言葉に、ティグルは大きく頷いた。


「いつでもいけるだにゃ!」

 

 グルガは全魔力を集中させ、ゾルザックの魔法陣を封じようと試みる。

 彼女の額には汗が流れ、その顔は苦痛に歪んだ。

 ゾルザックの呪詛が強大で、封印は容易ではない。


「くそ、あと一歩…!」

 

 グルガは歯を食いしばり、必死に耐える。


「グルガ!」

 

 ティグルは彼女の苦しむ姿を見て、胸が締め付けられる。

 彼女は衝動に任せ、ゾルザックに向かって突進しようとした。

 

 その瞬間、グルガの声が響く。


「待て、ティグル!まだだ!」

 

 彼女は必死に叫び、ティグルの暴走を止めようとした。

 しかし、ティグルの感情はすでに制御不能に陥っていた。


 「にゃらは、にゃを守るんだ!」

 

 ティグルはそう叫び、自らの魔力を解放しようとした。 


 その時、グルガの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。


「ティグル、やめろ…!」

 

 彼女はついに耐えきれず、絶望の叫び声をあげた。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」


 「……違う。守るのはにゃじゃない。にゃらが……未来を守るんだ」


 グルガの頬を涙が伝う。

 ティグルはその涙を見て初めて、姉の覚悟を悟った。


「……大丈夫。にゃらのことはーーあの子が支えてくれる」


「……あの子?」


 ティグルの耳がぴくりと動く。


「……従姉妹の、アリー。にゃたちと同じ血を継ぐ、優しい子だ。

 いつか会えたら……どうか、守ってやってくれ」


 グルガの声は風に溶け、手の温もりが離れていく。


「いやだにゃ!グルガを置いてなんて行けないにゃ!」


 だが叫びは届かない。

 炎のように輝いていた橙の髪は、光の中へと消えーー。


「グルガぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 妹の慟哭だけが、地下の空洞にこだましたーー。



 ***



 下界を覗き込む女神ロカベルがつぶやく。


「あの呪詛で時空のねじれに……」


 彼女の顔には焦燥と嫌悪が入り混じっていた。



 ***


 ゾルザックのアジトをオブニビアの双子が壊滅させてからーー3ヶ月後のこと。


 ここは【KOMNSO】、獣人の長官が口を開く。


 「ティグル、やはりここを去るのか?これからどうするんだ?」


「一度、フィルテリアに帰って、考えるにゃ……今までお世話になったんだにゃ」


 ティグルはそう言い残して、【KOMNSO】を去っていった。




 ***



 それから2年後。


 ズードリア大陸北東、獣人が治める国*『フィルテリア』ではーー

 『S級冒険者』となったティグルが旅たちの準備を始めていた。


「くれぐれも力を制御すること。暴走しないようにね」


 祖母、長老の一人である虎獣人のオブニビヤがティグルに声をかけた。


 一瞬、ティグルの頭に、姉のグルガの声が思い出される。


『従姉妹の、アリー。……どうか、守ってやってくれ』


 ティグルは心の中で「わかってるんだにゃ」と、答えながら笑った。


 そして、彼女は祖母に振りかえった。


「ばあちゃん、いってくるんだにゃ」


 ティグルの声がフィルテリアの青空の響いたーー。














────


 【文中補足】


 *魔導銃ーー魔力(マナ)を込め発射できる魔導具。概、銃身が長い物と短い物がある。長い物は『マジックガン』と呼ばれ、短いものは『ピストル』と呼ばれている。主に『狩猟(ハンター)』のギフトを与えられたものが使いこなせる魔導具として知られる。


 *メデルザード王国国家安全保障組織(Kingdom of Medelzard National Security Organization)ーー冒険者ギルドや商業ギルドとは違った王国の公的機関。

 警察と軍を合わせたような諜報機関でもある。



 **魔族四天王ーー四方を守る高位魔族、堕落した4柱の神々を指し、魔王を守護する。勇や魔力に優れた4人を指す。

 

 *南の『ゾルザック』ーーかつて神々の一柱「月神ゾル」の血を引く長男として生まれながら、堕落し、魔の力に染まった存在。『太古の大戦』にて封印されたものの、魔王ガーランド三世の呼び声に応じ、ふたたび地上に姿を現す。



*『フィルテリア』ーー東のオドリュー海沿いに位置する【亜人国家】。

 王政ではなく、長老達五人の【合議制】によって、治められている。


* 五長老ーー最長老の猿人サバス、龍人ミデル、鳥人バックス、 魚人ネルミア、そして彼女の祖母、虎人オブニビアの五人が、国家を取りまとめている。







 

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