いきなりの昇格?初のレイド?
「おお! なんと……やつら依頼を受けることになったぞ!」
神シロが仰々しい声を出す。
「どんな依頼なんでしょうね?」
シロの妻、女神東雲は口元を綻ばす。
「多分、あれだろ?」
黒銀の目の友ことトランザニヤが山間を指差す。
「大丈夫か?あれ?」
神シロが目を凝らしながら漏らす。
「仲間たちが一緒なら大丈夫だろう……だが、まだメンバーが足りない」
トランザニヤの顔が曇る。
「そうだな……*マヌエルの森の民『*八支族』か……一度、絡んではおるんだがな……」
神シロは歯切れの悪い言い方で下界を眺めた。
「……あの長女は変わりものだが、頭は抜群にキレる。 ”教授”だしな」
下界を覗くトランザニヤは、思い出したように神シロに答える。
「大丈夫ですよ、きっと。あの子たちなら」
女神東雲もトランザニヤと目が合うと下界を覗く。
その頃、ゴクトーたちは支部長が待つ、応接室の扉をノックしていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「どうぞ」
ガチャ
ソファに支部長が座っていた。
彼の視線が俺たちを品定めでもするかのような目に変わる。
俺は目をそらさず、目深に被るテンガロンの鍔をあげた。
ハウゼンは四十代前半といった雰囲気のナイスミドル。
茶髪をきっちりとオールバックにまとめ、青い瞳が知性と厳格さを感じさせる。
目鼻立ちが整った顔立ちは精悍で、切り揃えられた口髭が渋さを引き立てていた。
着ている紺色のスリーピーススーツも細部まで仕立てが良く、光沢のある茶色の革靴も洗練された印象を与えている。
「まぁ、立ち話もなんだ。そこにかけてくれ。まずは、君たちに祝辞を。
ダンジョン踏破おめでとう!」
さすがは村長兼任って感じだな。
カリスマが滲み出てる。只者じゃないな。
彼の第一印象だ。
「ダンジョン踏破については、もう本部に通達済みだ。そこでなんだが、君たちパーティーにレイド(依頼)があるんだ……」
ソファに腰掛ける仲間たちの表情にも緊張感が漂う。
支部長の【覇気】がまるで重くのしかかるようだ。
それを嘲笑うかのように、丸窓から覗くもうひとつの三日月。
満月と三日月がふたつあるこの世界の空は、紺色に染まっていた。
雲ひとつない夜空には一番星も煌めき、その星が導くように桃色の髪を照らす。
その瞬間、影のリーダー・デス姉ことアカリが開口した。
「それで、どのようなレイド(依頼)なのでしょうか?」
支部長のハウゼンは、少し困惑した表情を浮かべつつ、紡ぎ始めた。
「ここから60キロメージ(km)ほど離れた北西に、険しい山々がある。
『ハゴネ』地方と呼ばれているのだが……そこでワイバーンらしき魔物が数頭、目撃されたんだ。もしかしたら、この村にも襲って来るかもしれない……。頼りにしてた『S級』のリンクスたちが、ダンジョンから戻らない状況でね……」
その言葉に俺とジュリは「!!!」と、目を丸くし顔を見合わせた。
まさか、ダンジョンで倒したあの”悪魔付き”の名前がーーここで出るなんて。
俺とジュリだけが知っている話だ。
他の仲間たちは魔法で眠らされていたのだから。
そう思っていた矢先ーージュリが「どうするの?」と。
心中と目で窺ってくるので、俺はわずかに頷いて応えた。
しかし、なんだ。このスキル、ありがたいと思ったことが一度もない。
人の心がわかるのは便利でもあり、時に煩わしいこともある。
複雑な心境の中、仲間たちの顔色を窺った。
「本部にも依頼はしているんだが、君たちにも現地調査と討伐の依頼をお願いしたい」
ハウゼンの話を聞き終えると、一瞬静まり返る。
だが沈黙を破ったのはーー以外にもアリーだった。
「にゃ!僕の魔導銃でイチコロにゃん!!」
彼女は拳を握りしめ、前のめりになる。
すかさずジュリが続けた。
「アリーなら余裕よね!へんダー、この依頼、受けてみようよ!」と。
何故か俺に向かって胸を張り、親指で自分の胸を指す。
そのポーズに合わせて紫の紐がチラリと見える。
もちろん、その動きに俺の思考は急稼働。
ジュリさんや……また、それを強調するのか?
いや、でも確かに”死線”が……おい、落ち着けって!俺ッ!
視線を感じたのかーーまるで勝ち誇ったように彼女は俺を見て笑っている。
(よしよし、ちゃんと気づいてる!やっぱりこれ、この色で正解だわ!)
ジュリの気持ちが伝わってくる。
もう勘弁してほしいよこのスキル。
胸中はズタズタ。
そんな俺に刺さる灰色の視線が何かを宿した。
もはや、やな予感しかしない。
案の定、ジュリとのやり取りを横目で見ながら、「ふっ」とパメラが軽く鼻を鳴らす。
(ジュリちゃん、ほんとわかりやすいわねん。まあ、あの子なりに可愛いけど……でもねん、結局ゴクちゃんが選ぶのはーーあたいみたいな大人なのよん)
パメラの思考も俺に伝わる。
もう、どうにでもしてくれ。
思いながらも自然と耳まで熱くなった。
頭の中身をすっぽり誰かと入れ替えたくなる。
察しろ。
次の瞬間、不意にノビが前のめりになった。
「オラもいきまづ!! 頼りにされでるとこ、見せるんさ!」
彼は”これみよがし”に胸を張る。
だが、いつもの『恒例行事』が発動。
「貴様ああああああ!! 今度こそ死ぬぞオオオオオオオ!!」
パメラは声を荒げたがノビは「ケロッ」としている。
それどころか、嬉しそうに"ニヤニヤ”していた。
「先生! でも、先生が守ってくれるからオラ、大丈夫なんさ!」
そう言いながら無邪気な笑顔をパメラに向けた。
パメラはその瞬間、言葉を詰まらせる。
(こいつ……本当に何も考えてないバカなんだけどん、こういう時だけ、なんでこんな顔するのよん……)
ふと目を逸らしたパメラだったが、その顔にはほんのり朱みが差していた。
(バカは嫌いだけど……コヤツ、昔からこうやってツッコンでくるのよねん。
あたいが……先生でいられるのも、コヤツがいるから……なのかも、ねん)
ノビの純粋な気持ちとパメラの気持ちがぶつかりあってる。
心中で苦笑するも、なんだか俺の方が照れてしまう。
……ま、パメラもなんだかんだで、ノビを放っておけないんだよな。
実際、自分の生徒でもあるし。
それにしても、このコンビ……絶妙に噛み合ってないんだよなぁ。
率直な心の感想を述べてみました。
もちろん口は閉じたままだ。
表情にも無論出さないさ。
そんな俺を他所にパメラが艶やかな紫髪を掻き上げる。
「ゴクちゃん……もち、あたいも連れていくわよねん♡」
いつものように妖艶な声を出す。
その口調はどこか柔らかい感じ。
さらに「パチッ」とウィンクしながらだ。
それ、ウインクは、いらんだろッ!
あれ?さっきとなんか、
雰囲気が変わった?……気のせいか?
俺が頭を捻りながらそう思っていた矢先。
ハウゼンの視線が俺に向く。
「これを引き受けてくれたら君たちを『S級パーティー』に昇格させるよ。リーダーはゴクトー君だったよね。君の意見はどうなんだい?」
その言葉に全員の視線が俺に集中する。
「ハウゼンさん……これって、断れないって空気ってやつですよ。
ワイバーンって、あのドラゴンみたいな魔物ですよね?……」
逆にハウゼンに問いかけた俺は、嫌な記憶が甦る。
以前、『修行だ』と。
師匠にワイバーンの巣に放り込まれたことがある。
偉い目にあったよなぁ、あの時……。
脳裏をかすめるが、ため息をつきつつも俺は静かに答えた。
「わかった……引き受けよう」
その言葉に、仲間たちも目を輝かせ頷いた。
ノビを含めた彼女たちの表情は、晴れやかに彩られていく。
それは張り詰めていた緊張感を解放し、心地良い結束を感じさせるものだった。
なんだかんだで、この仲間たちなら大丈夫だろう。
パメラとノビも、いい意味で何かが変わりそうな気もするしな。
ヨシ、やるか……。
思考を逡巡させる俺に、仲間たちの笑顔がその答えを導いてくれた。
そんな俺たちの様子にハウゼンが口火を切る。
「討伐したら魔物の素材はこちらで買い取らせてもらう。
もちろんだが討伐の依頼と報酬も別で払うよ。ワイバーンの素材は高く売れるからね……ははははは!」
ハウゼンが心底嬉しそうに笑った。
ちょっと嬉しそうだな……ナイスミドル。
笑いが止まらないって感じじゃないか?
(*ハウゼンのイラスト)
その姿に俺は苦笑する。
村の防衛と自分の懐が潤う未来を見据えているのだろう。
だが、実際に依頼を引き受ける立場としては、あまり気楽には受け取れない。
そんな中、少し顔を緩めるハウゼンからの急な提案。
「君たちの冒険者カードを渡してくれ。ランクをUPして作り替えるよ。
ノビ君も『パーティー所属登録』されるから……個人ランクはB級ランクカードだが、黒の縁取りになるんだ」
そう言って手を差し出す。
俺たちはカードを手渡し、彼の指示に従う。
そんな中、いきなり声を出す見た目がカエル。
「先生……オラ……嬉じいんさ……」
ノビが目を潤ませながら、パメラに抱きついた。
彼女は驚きながらもそれを避けない。
俺は逆に驚きつつも、妙な違和感を覚える。
いつものパメラなら即座にノビを叩き伏せているはず。
そのパメラが……何故か受け止めている。
だが、そこまで。
パメラの表情が変わっていく。
「貴様! わざと顔を擦り付けるでない!もう離せ!」
怒りが混じっていたが、いつものそれとは少し違うような気がした。
どこか迷いが感じられる。
パメラ自身も戸惑っているようだった。
(なんでアタイは……コヤツを突き飛ばさない? ただのバカで、何も考えてない お調子者なだけなのに……!)
パメラの思考が読み取れるのが辛い。
ノビの顔がさらにパメラの『爆弾』に張り付く。
ようやく理性が追いついたのか、パメラは「ワナワナ」と震えだす。
「……この場で、コヤツを、この手で……!」
その言葉とともにーー“バシッ!”
パメラのビンタがノビの顔に炸裂した。
一方、ノビが頬を押さえ一言。
「先生。でもやっぱ愛があるんさ、力加減が優しいんさ!」
顔を真っ赤にしながらも、ノビは「ケロッ」として笑う。
その無邪気さがさらに怒りを煽ったのか、パメラは肩で息をしながら睨みつける。
(愛? ふざけるな! なんで、なんでそんな顔をするのよ……!)
うんざりするぐらい、パメラの心境が伝わってくる。
自分でも理由がわからない苛立ちを抱えながら、パメラが拳を握る。
だが、それ以上の追撃をしない自分にも、彼女は戸惑っていた。
俺はふと目を伏せ、思い返した。
あのダンジョンでノビを助けた時も、厳しい言葉で叱り飛ばしてたけど、結局一番身体を張って守ってたのはパメラだ。
ノビの能天気さに呆れる反面、その底抜けの信頼がどこから来ているのかを考えると、少しだけ微笑ましい気分だ。
ま、これも俺たちのパーティーらしいってことか。
そう思い肩をすくめた。
場が混沌とする中、カードを受け取ったハウゼンは、受付まで一緒に来てくれた。そしてギルド職員とともに、カードの作り替えを進める。
やがてーーハウゼンが俺たちの前に歩み寄り、「ほら、これが新しいカードだよ。確認してみてくれ」と。手渡してくれた。
仲間たちが繁々とカードを見つめる中、 「白金色のカード、古代文字かしら?縁取りが施されてるのね」と。ジュリが淡々とした声を漏らす。
つられるように俺もカードを眺めた。
左上には『Sランク』と堂々と表示されている。
その横には証明である白金のアミュレットが輝く。
ノビの銀色のカードも黒い縁取りがされている。
カードを眺める仲間たちの表情も自然と和やかに緩む。
アリーが両手を広げて、耳をピンと立てながら飛び跳ねた。
「 やったにゃっ!」
一方でジュリがニッコリしながら俺を見つめる。
「 へんダー……ありがと。ネー! わたしら、とうとうなったね『S級』に!」
ん? お礼を言った?
いや、それはいいんだが。
ジュリに気を取られ、身を寄せるパメラに気づかなかった。
彼女が震えた声を出す。
「ゴクちゃんのお陰よん……」
その瞬間、場の空気が読めない男が口を挟む。
「先生のお陰なんさ……」
「貴様はそのままだろうがっ!」
パメラはノビに怒鳴りながらも、その表情はどこか穏やかだった。
はい、恒例のネタね。
俺の妄想スイッチのようだな。
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、アカリが小声で囁く。
「うちのダー様のお陰ですわ……」
また……デス姉さん、その言い方な。
それと腕を拉致るのはやめてくれ。
ほら、ギルドにいる全員が俺を見てるでしょ……。
一方、ジュリが険しい目で俺を睨む。
チラリと横目でアリーを見ると、彼女は少し残念そうに俺を見ていた。
おいおい、アリーまで。
その目はやめて欲しいんですけども……。
俺は仲間たちの視線から逃れられなかった。
ギルド職員たちの視線も痛い。
周囲の冒険者たちも何事かと騒めき始める。
俺が困惑する中、ノビが口を開く。
「泣いででも、先生は美人なんさ……」
言いながらパメラの前に立つ。
一向に落ち着きを取り戻せない。
逆に俺は内心、またビンタされやしないかとヒヤヒヤしていた。
他方、受付嬢とハウゼンが小声で話しながら笑っている。
ハウゼンまで……先が思いやられるな。
本当に、とほほ…。
そう思っていたのも束の間。
先ほどから腕を掴んで離さないアカリが口をとがらす。
「ダー様、今日は私の隣にいてくださいませ?」
「い、いや……俺、ちょっとあっちの掲示板をーー」
「逃がしませんわ」
デス姉ことアカリは、がっちり俺の腕を固めたーー。
その様子に、ギルド職員がざわつき始める。
ーーはい、いつものリリゴパノアです。
そんな中でも俺はふと、今回の依頼の本質を思い出していた。
ワイバーンの目撃情報。
しかも場所は“ハゴネ地方”ーージュリと俺しか知らない、あの悪魔付きをハウゼンが頼りにしていた?
これ、ただの調査じゃ済まないかもな。
ちらりとジュリを見ると、彼女もわずかに表情を引き締めていた。
普段の彼女の軽さが抜けた、魔導士の顔だ。
やっぱり、あの一件を思い出してるんだな……。
まさか、ここで繋がってくるとはな。
まぁ、今のリリゴパノアなら、きっと大丈夫だろう。
俺は仲間たちの姿をまじまじと見つめた。
アリーは意気込み十分で、魔導銃をメンテしながら鼻歌を歌い、ノビはビンタの余韻で目を回しつつも「行ぐぞぉ〜!」と。意気込んでいるし。
パメラも、しっかりとそんなノビの背中を見つめていた。
デス姉ことアカリは、完全に俺にロックオンしてたけど……まあ、それも含めて、いつもの我がパーティーだ。
さて、初依頼だ。気を引き締めていくか。
「みんな、準備はいいか?」
「にゃーっ!」
「ニヤニヤしてる、へんダーのその顔は、気に入らないけどね……」
「もっちろんよん♡」
「いづでもいげるんさ!」
「……うちのダー様のためなら、何度でも命を懸けますわ」
いや、それはちょっと重い。
「よし、じゃあ出発だ!」
俺たちリリゴパノアは、初めての“レイド(依頼)”に挑むーー。
*マヌエルの森ーー『メデルザード王国』、『ゴマ』、『フィルテリア』、『カイド』──四つの国に囲まれている、森林山岳地帯の総称。
主にエルフの民たちは、『狩猟・農園・薬』で、生活の基盤を築いている。
”国”として大陸中の種族が認めている。
『*八支族』ーーマヌエルの森を治める八人の長老たちの一族。




