もうひとつのパラレルワールド
天界から覗く神々は囁き合う。
「あやつらは、『黄泉光の彼方』の世界に行った者ではないのか?」
「ああ、創造神、神代の末裔だな」
神々は顔を顰める。
(*神々が天空の神殿に向かうイラスト)
ここはパラレルワールド。その名も『永劫の残影』ーー時空のねじれによって出来たもうひとつの世界。
***
「だいぶ良くなったようね」
「ああ、恩にきるぜ。がっはははは」
桃色の髪をポニーテールにまとめたジュリに声をかけられ、黒マントの男は豪快に笑う。巫代家で療養を続ける彼を、小国トランザニヤから救い出したのはーー桃色姉妹の妹、魔導師のジュリだった。
姉のアカリは調合室で亡き母の代わりに、薬草を調合していた。
アカリは父に、将軍の薬を調合するように頼まれていた。
ここは姉妹が住む鎖国された国ーー『ヤマト』。
ズードリア大陸南西の島国である。
この国は代々神代家が代々将軍を務め、この国を治めていた。
巫代家は将軍家の分家にあたる。国での母は元御殿医、父は筆頭家老を務めていた。
カコーン。
チロチロと竹筒に水が溜まり、鹿威しが御影石を打ち付けいい音を鳴らす。
庭に敷きつめられ流暢な弧を描く、白い小石が橙に染まる中、
巫代家の縁側に座り、マグナスは天を仰いでいた。
「十年前か……。我が兄オブリオはまだ王爵ではなく、末弟ドミナスは……まだ、あの泣き虫チビナスだった頃だろうな。 もう一人の”あの兄”は生きているのだろうか……」
マグナスは豪快に笑おうとしたが、焦げた口髭と欠けた歯のせいで、その笑いは歪んだ。
カツッ… カツッ…
規則正しいハイヒールの音。
それはジュリが履いているものだ。
「ネー、あの人、またスタボロよ」
ジュリが、家の裏手に続く細道を示した。
そこにいたのは、神シロが目をかけていた黒銀の瞳を持つ少年、いや青年の姿のゴクトーだった。その瞳の色は、マグナスの黒銀と紺碧のマッドアイ、姉妹の赤碧色の血脈とは全く異なる異質さを放っていた。
「あれは……」
マグナスの呼吸が一瞬止まった。
彼は立ち上がり、傷の痛みを無視して青年に近寄る。
「待て、その瞳は兄のアンド……!」
青年ゴクトーは、突然自分に迫る大柄な男に驚き、怯えたように後ずさった。
彼は二振りの【桜刀】を握り込む。
「誰だ、あんた?」
「……まさか、こんな遠い異国で……」
マグナスはゴクトーの顔を覗き込む。その瞳の奥に、トランザニヤ王族の血脈に時折現れるという、『始祖の源流』を見た。
マグナスは青年の肩を掴んだまま、姉妹に視線を戻した。
「アカリ、ジュリよく聞いてくれ。そして青年、君の持つ瞳の力は、トランザニヤ王族に伝わる始祖の血脈の、さらに深い源流だ。わしは君の瞳に畏敬すら感じる」
「始祖の血脈……?」
調合室から出てきたアカリは言葉を失った。
このヤマトの国にも、その血脈の痕跡があったというのか。
ジュリは不安げに、マグナスに尋ねる。
「公爵様は、その血筋の秘密をご存じなのですか?」
マグナスは深い息を吐き、視線をゴクトーの瞳から、遠い故郷の空へと移した。
「わしの故郷には、『トランザニヤ物語』という英雄譚がある。子供から大人まで、誰もが知る物語だ。我が姪……エマも、それに夢中だった」
マグナスは微かに微笑んだ。
それは、幼いエマに「八咫鴉の勇者」の物語を読み聞かせた、優しい叔父の顔だった。
「実はその物語に、剛勇の騎士ーーマグナスが出てくるのだが……それが、他でもない、わしをモデルにしたものだ」
ゴクトーは目を丸くし、ジュリとアカリも驚きを隠せない。
「だがその物語の結末は、わしがヒドラに挑み、国を守り、そして討ち死にするという、悲劇で終わる」
マグナスの声に、重々しい真実が宿る。
「物語の結末は現実になった。そしてわしを救ったお前たちーー」
「つまり、この世界は……」
ジュリの顔には焦燥と困惑が色濃く滲んだ。
「そうだ」
マグナスは言葉を遮る。
「この世界は、わしの悲劇がまだ起きていない世界……あるいは、誰かに書き換えられた、わしの物語の末章なのかもしれない」
壮大なスケールで語られた事実に、3人は言葉を失った。
マグナスの生存は、単なる奇跡ではなく、世界そのものの運命を変えるための、避けられぬ一手だと彼らは知った。
***
その頃、もう一つのパラレルワールドーー『黄泉光の彼方』では、神々が下界を覗き、苦笑いしていた。
「黒銀の、ありゃエルダードワーフ、サンダースの末裔じゃよな」
神シロは、ポンと黒銀の目の友ことーートランザニヤの肩を叩く。
「ああ、間違いない、『刀匠鍛冶師』の血を引くものだ。こんな偶然があるのものか? 古の末裔達がこぞってビヨンド村に集まるとは……」
トランザニヤは小首を傾げながら言の葉を落とす。
そんな中、神シロの妻である女神東雲が微かに表情を曇らせる。
「古の大戦で戦った末裔達が集うーーそれはまさしく、この大陸を制覇せんと画策する、魔王ガーランドに立ち向かうべく集まった宿命なのでは?」
女神東雲はじっと神シロを見つめた。
「宿命、いや運命か、このワシですら、変えられぬ」
神シロは白い顎鬚を撫で付け下界を見下ろす。
「大丈夫だ。この世界にはオレの末裔ーーゴクトーがいる!ヤツがきっとなんとかするさーーなにせオレと同じ【*魅了覇気】のギフトを授かってるからな」
黒銀の目を細めながら、トランザニヤはニヤッと笑った。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「ちょっと待ってよ、お兄さんのそれーー」
その声に仲間たちと思わず振り返ったーー。
(*ドワーフの女の子のイラスト)
「それって【桜刀】じゃない?」
「ん?なんでそれを?」
思わず答えてしまった。
長い茶髪を編み込んだドワーフの女の子は近づいてくる。
ニヤニヤとしながら歩いてくるその表情は、どこか馬鹿にでもしているかのようだ。
「そういえば、さっき『キャリーズ・パミュ』の会計で、
「男が女の下着を買うの初めて見たわ」って、笑ってたよなぁ?」
俺はキッと睨みを効かせ、彼女に答えた。
彼女は俺の刀、【桜刀】を渋々と眺めながら口を開いた。
「まぁそうね。でもあれは単にキッカケよ。その刀が目に入ったからついね。あんた、知らないようだから教えておくけど、その刀は『七星の武器」に数えられる伝説の魔刀なのよ、それを持つ大の男が下着を買ってる姿が滑稽だったの。笑わずにはいられないわー!はははははーあ」
そう言って彼女は笑い飛ばす。
俺は恥ずかしくなって耳まで赤くなった。
そんな俺たちの会話を聞いた仲間たちは、ポカンと口を開いたまま、ただ目を丸くして立ち止まっている。
特にアカリの表情はまるで青天の霹靂とでも言うべきか。
物凄い驚いた表情だった。
一方で、長い茶髪を編み込んだドワーフの女の子は、「ふむふむ」と顎を触りながら感慨深い表情を見せる。
「あなたたち冒険者よね、あたち、決めたわ。あなたたちの専属鍛冶師になったげる。あたちはこの村で開業したばかりの鍛冶屋。名前はポロン・サンダース。
ドワーフの上位種、エルダードワーフなのだ。とりあえずついてきてちょ!
うちの工房に案内するわ!」
そう言って彼女は俺の腕を引っ張る。
「おい、ちょっと待て、いきなり過ぎるだろ? 仲間たちもびっくりしたままだし、それに今、君と出会ったばかりだろ?」
俺は彼女の腕を引き剥がそうと、必死に腕を振り払おうとした。
しかし、彼女の握力は相当なもので、振り払えない。この小さな体のどこにそんな力があるのか不思議に思う。なにせ彼女の身長は俺の半分ほど。
どう見たって1メード(m)無い。
けれど筋肉質ではある。その彼女の雰囲気ーー【覇気】と言うべきか。
それがどこか懐かしさも感じさせる。
思考を巡らせながら仲間たちに目を配った。
仲間たちはあまりの唐突さに呆れ顔をするばかり。
しかし、皆、どこか憎めない感じを察してもいるようだ。
俺はポロンと名乗った長い茶髪を編み込んだ、ドワーフの女の子にこう告げた。
「すまん、今は寄れない。ちょっとこれからギルド支部に報告があるんだ。それを済ませないと、俺たちのダンジョン踏破は完了しないんだ」
「っえ!? あなたたちだったの?攻略したパーティーって?」
ポロンと名乗るドワーフの女の子の歩みが止まった。
「ああ、なんとかな。俺たちのパーティーは『リリゴパノア』、まぁ、今はひとり、欠けてるがな」
俺は苦笑いしながら答えた。
その答えに仲間たちの表情も自然と緩む。
その瞬間、ビヨンド村のメイン通りにどこか温かい風が吹くのを感じた。
陽もだいぶ傾きかけ、薄墨色の空が見えていた。まん丸の笑顔を見せる月も顔を出す。
俺の言葉にポロンと名乗るドワーフの女の子は、腕を掴むのをやめた。
「わかったわ。今その状況なら、わたちも無理にとは言わない。けれど落ち着いたら、必ず寄ってね。うちの工房は東の通りを真っ直ぐに行った、町外れにあるわ。常に煙突から煙が出ているからわかるはずよ。工房名は『黄金桜流・刀匠鍛冶師の工房ポロン』よ。はははははーあ」
そう言って彼女は、おさげ髪を翻しながらメイン通りを歩いて行ったーー。
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【文中補足】
(*ズードリア大陸マップ・トランザニヤの位置)
トランザニヤーーズードリア北方の島国。
総人口、僅か二千人程の小国。
マグナスーートランザニヤ国家の中では唯一の大将軍。
実質No2の権力を持つ。
(*ズードリア大陸マップ・ヤマトの位置)
神代家および関係家系図(ヤマト国)
■ 神代家
ヤマト国を統べる本家にして、大将軍職を代々務める。
武と魔を司る“神代の血脈”を継ぎ、【神代魔法】および【舞刀術】の源流を成す。現当主は以下の通り。
• 大将軍 神代正嗣 (かみしろ まさつぐ)
ヤマト国の現国主。武芸・政務・魔導のすべてに通じる稀代の将。
威厳と慈悲を併せ持つが、時に冷徹とも評される。
■ 巫代家
神代家の分家にして、文と医を司る家柄。
古より神代家に仕え、政務・医術・儀式に通じる名門。
家紋は“桃桜と月環”。
• 当主 巫代長門(みしろ ながと=ナガト)
神代家筆頭家老。温厚ながらも決断力に富む。
家督を継ぐ男子に恵まれず、のちに養子を迎える。
• 正室 巫代美里
ヤマト随一の名医。御典医として大将軍家を診る。
薬学と魔術の融合理論を体系化した人物。
• 長女 朱里(あかり=アカリ)
巫代家の嫡女。才気と理知に満ちた女性で、母譲りの医術と魔導に秀でる。
後に冒険者となり、義兄ナガラの行方を追う。
• 次女 樹里(じゅり=ジュリ)
姉を慕う快活な少女。魔導士として天賦の才を持ち、【多重魔法】を自在に操る。姉と共に“宿命の旅”に出る。
【桜刀】ーー『七星の刀匠鍛冶師』たちによって鍛えられし武器。
神より賜った受け継がれた技術ーー【兼松桜流』、『黄金桜流』が主流。
【*魅了覇気】ーー相手の心を引きつけて夢中にさせてしまう、あふれるばかりの覇気のこと。




