『魔導具と雑貨・服の店 キャリーズ・パミュ』後編
「近頃の”派手”は、柄も色もすごいですわね」
神シロの妻、女神東雲は思わず漏らす。
「ははは、シノは”地味”な”シロ”を好むからのう」
神シロが笑って答える。
「今、その情報いらんけども……」
黒銀の目の友こと、トランザニヤが顔を赤くする。
「黒銀のーーその口調、ゴクトーが引き継いどるな。はははは。
うちのシノのことはさておき、お前さんの妻ルシーヌは、”派手”好きでしょっ中、赤や豹柄のレースを顕にしておったじゃろ?」
神シロは冗談混じり、いや本気とも取れる言い方で肩をすくめた。
「彼女は”派手”な色が好きだったから……特に真紅がな」
そう言うトランザニヤの黒銀の目は、どこか寂しさを漂わせる。
「ルシーヌの血を引く子を……静かに見守りましょう」
女神東雲は、トランザニヤの肩にそっと手を置いた。
神々はふっとした笑顔を浮かべ、下界にその視線を注ぎ込む。
その頃、ゴクトーは突発ハプニングーーパメラの試着を見て、しどろもどろになっていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「ここ、服屋だよな? なんで俺は命を削られてるんだ……?」
そうつぶやきながら、汗を拭う。
パメラの装備を目の当たりにして、ほぼ半死状態の俺は、その場で放心していた。
思わずパメラから視線を逸らし、気持ちよさそうに店内を浮動するバルーン飛行船に目を向けた。
周囲には緊迫した空気が漂う。
だがしか───し。
この時はまだ俺は気づいてなかった。
”敵”か”味方”かもわからない気配がーー密かに近づいてることを。
俺の目の端に美しい金髪が映る。
次の瞬間、殺し文句が俺の心臓を貫いた。
「彼女さんに……プレゼントですか……?」
綺麗な女性店員が笑みを浮かべながら、そっと声をかける。
「い、いえ……」
短く答え、彼女から視線をそらした。
だが顔には血が昇り、めまいがしてクラクラする。
まったく。この店員さん、俺の動揺も知らずに。
今、そんな声はかけないで欲しい。答えに困るでしょッ!
困惑しながらも、その綺麗な女性店員の言葉を飲み込む。
そんな俺の気持ちなど知る由もないーー手に何枚もの『上下セット』を持った笑顔のアカリが俺の元に駆け寄る。
なぜだッ!そのスキップッ!
思いながら息も止まり、目は点になる。
「ぶはっ!」
やっと息をついた俺は、大きく息を吸い込んだ。
綺麗な女性店員は、それを見て吹き出す。
大概にして欲しい。恥ずかしすぎるーー。
そんな俺を他所に、アカリは目の前に立ち堂々と『上下セット』を掲げる。
「これ、欲しいのっ!」
そう言うと彼女は頬を染め、様子を窺う。
アカリの目線より、掲げる『上下セット』に目は奪われた。
派手な赤や黒レース、さらに”流行り”のオレンジまで持っている。
いや、興味はあります、けれど、この状況でーー派手な下着を魅せられても困るんですが……。
しかし、そうは思いながらも目はそこから離れず、顔の熱は上がったまま。
そんな俺に、滝壺へと背中をバンと押されるような一言が添えられる。
「彼氏さんのお好みは、派手目の色の『T』なんですね。今、流行りの『O』もおすすめですよ」
綺麗な女性店員はニコッとしながらアカリにそう言った。
非常に迷惑な話である。
彼氏じゃない、パーティーの仲間だっつうのッ!
店員さんのその言葉は商売熱心で結構。
だがな、どこかこちらを揶揄うようでもあるんだ。
しかも、その話にアカリは静かに頷いてる。
もうどうすりゃいいッ!
半ば放心状態に陥る。
俺は硬直しながら、その場から動けずにいた。
そんな俺の様子を見て、まるでほくそ笑むような表情を見せる綺麗な女性店員。彼女はアカリをじっと眺め、その艶やかな唇を隠すように手で隠しながら早口で紡ぐ。
「お客様は、スタイルが良いですね。上は『F』カップ、 下は『M』サイズですか……。もっと、上は大きくても良さそうですが…… 彼氏さんは割と、ぴっちりがお好みなんですか?」
言葉巧みにアカリを褒め、次々と商品の魅力をアピール。
こちとら迷惑千万。思わず俺は耳まで赤くなる。
一方のアカリは、頬を朱に染めながら応えた。
「そうなんです……。殿方は、赤や黒が好き、そう伺っておりましたけれど……
ブルーもお喜びになるんですわ、うちのダー様は。それも、割とぴっちりが好きみたいで……うふふふんっ」
彼女はチラッと俺を一瞥、上機嫌で店員に微笑む。
俺はアカリを調子付かせる、店員の綺麗な顔に無性に腹が立った。
(ダー様、照れながらも耳がピクッと動いてらっしゃるわ。これはチャンスね)
アカリの内心が伝わり、俺の思考はしばし止まる。
このスキルと*ギフトしてくれた神を恨む。
"うちの”ってっ!何っ!
その話し方ッ!誤解を招くよッ!
内心ツッコムが口には出さない。
俺の取り柄でもある。
そんな思考中、噴火寸前の俺に綺麗な女性店員が再び絡む。
「羨ましいですね……。素敵な彼女さんです。試着してみますか?
良かったら彼氏さんも、試着、見てみますか?」
ニコッと笑う綺麗な女性店員。その顔はまるで魔族のようだ。
【爆弾投下】っ!
呪詛魔法ですかッ! それッ!
目がチグハグに回った。
次の瞬間、ボン!
破裂したような音が俺の頭に響く。
そりゃ白目も剥くし、俺の妄想心臓ーー『江戸っ子鼓動』も真っ赤かだ。
察しろ。
もはやこの状況からは逃げられない。
『鼓動』が動けなくなったからだ。
茫然自失の俺のことなどお構いなしにアカリはしれっと。
「ええ、してみますわ」
艶のある声で答え、俺の腕を絡み取る。
押し当てられる”むにゅっ”とした感触。
何回目ッ!?
恒例の【デス】ですけども。
もう、誰かッ!
【メガ・エクストラ・ヒール】をッ!
心の中で叫んださ。けれど救いの神や天使は現れなかった。
おいおい。
前世で見てたアニメなら、ここで現れるはずなんだが?
周囲の目線が俺に集まるが、他方知らんぷりを決める他の店員たち。
接客されてる客達も、俺と目が合うと視線を逸らしやがるんだ。
複雑な心境とともに、無理やり俺は試着室の前へと連行された。
それはまるで魔族に処刑される勇者のよう。
哀れな俺をせせら笑う、綺麗な女性店員の顔に無性に腹が立つ。
試着室の前、アカリがカーテンを勢いよく開け、腰をくねらせ入っていく。
”緊張”と”呪縛”。
その空気に押され、俺の膝はガタガタと震えだす。
思わずゴクッと唾を呑み込み、じわりと汗が背中に滲む。
一方そんな中、隣の試着室からアリーとジュリの声がする。
「似合ってりゅ! ジュリねぇ、流行りのこの紫、つけてみりゅ?」
「わたしに似合う? 緑とか青が、好みなのよ……」
カーテンの下からジュリの美脚、アリーの小さな足とモフモフの尻尾が見える。
次の瞬間、ポト…ポト…
カーテンの下の隙間から小さな白い布の塊が、まるで意志を持ったように俺の足元へ転がる。それは名付けるなら『白い半月』。
試着室に張り詰めた静けさが広がる。
っえ?
これっ!ジュリのかっ!?
思わず息を呑む。
まるで時間が止まったようだ。
「よく在ることですよ」
綺麗な女性店員が、そっと笑って取り繕う。
だが俺の心臓は、さっきから爆竹みたいに鳴りっぱなしだ。
「見たにゃ!」
アリーがカーテンの隙間から顔を出し、目が合う。
「い、いや……」
乾いた声が漏れた。どう言い訳しても怪しい。
……この状況、誰が信じるんだよ。
「その声は……見たわね、このっ! へんダ───っ!!」
「いやいや! 不可抗力だっ! 俺は何も見てないってばッ!」
(でもちょっとだけ……見られても、嫌じゃなかったかも……)
ジュリの内心が俺に伝わる。
ボンッ!
今度は俺の頭がショートした。
当たり前だ。
アリーには疑いの目で見られるし、なんだ?その見られても嫌じゃないって。
おいおい、あなたたち姉妹はーー師匠の妹なんだよ。
俺は一体、どうしたらいい?
ますます、心の中では困惑。
複雑な葛藤を抱えたまま、固まり、佇んでしまった。
だが次の瞬間ーーシャーッ!
「ジュリ、何の騒ぎ?」
隣で試着していたカーテンが勢いよく開いた。
アカリがオレンジの輝きを放ちながら、名付けるなら『はち切れんばかりのぴっちり』で、目の前に堂々と立った。
(*新装備”オレンジー”の装備を試着しているアカリ)
そして、放たれた強烈な無詠唱『オリジナル魔法』ーー【スゴイ・デス】が俺にかかった。
目が眩むほどのまばゆい光が、俺の身体を包み込む。
意識が朦朧とする中、俺は堪え足を踏ん張った。
チラチラと目に星が浮かび、ふらっとして意識が遠のく。
カチッとした音とともにーー俺は独自の”癖”の世界へ入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
「ドキドキドキドキ!!! 旦那ガッテン承知! そこどいとくれ───!」
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
胸の『江戸っ子鼓動』が韋駄天のように走り去り、『妄想図鑑』にすっと吸い込まれ収まった。
「ってか、助けてくれよ鼓動!」
我に帰り、意識を現実に引き戻す。
顔に熱が籠るのも感じ、胸を押さえ息をつく。
だが、目の焦点はそのまま固定。
何が起きたかもわからず、その場にただ立ち尽くす。
その瞬間、アカリと目が合う。
「ふふっ、じゃあこれにしますわね……ダー様に選ばれたのですもの!」
そう告げる彼女は、クスッと笑ってカーテンを閉めた。
言ってしまえば「チーン」。はい詰みました。
完全にアカリのペースに翻弄される。
……ってか、おい!
俺が選んだことになってる?
おかしいだろッ!
思ったその瞬間、 "ツ────ッ”とした生暖かい感触を感じた。
錆びた鉄の味がするな……。
唇を舐めながら、その味にどこか懐かしさを感じた。
ふらっとした瞬間、「大丈夫ですか……!?」と。
綺麗な女性店員さんが俺を支える。
視界はぼやけ、その声がゆっくりと遠ざかる。
ガンッと音がするほど、壁に頭を打ち付けそのまま、壁にもたれる。
「もう……限界……」
まるで遺言を残すかのような掠れ声だ。
そして、壁を滑りその場に崩れ落ちた。
「ゴクちゃんには刺激が……強すぎたかしらん……」
パメラの声がぼんやりとした意識の中で聞こえる。
「ゴクにぃ……しっかりにゃ……!」
アリーが言いながら俺の身体を揺する。
(またネーと、パメラさんを見て……もう──っ!)
ジュリの気持ちが俺に伝わり、どうやら嫉妬しているようだ。
意識が朦朧とする中、ジュリが声を荒げる。
「ちょっと、へんダ───っ! 起きなさいよ!」
声はわかるが、もう目は開けられない。
ふわっとした温かい息が耳元にかかった。
次の瞬間、囁くアカリの甘い声。
「ダー様……大丈夫ですか」
彼女の麝香のような香りに、不思議だが俺は落ち着き安堵した。
どこか懐かしくもあり、なんだか幼い頃、母に抱かれた時のような香りがした。そのおかげもあってか、少しずつ意識を取り戻す。
興奮し過ぎて……多分、自身でリミッターをかけたんだろう。
あの時も、そうだったな。
孤児院での記憶が脳裏をよぎる。
そして、俺は記憶を辿った。
シスターの着替えを偶然、見てしまった時のこと。
仲良しのケントが大騒ぎして、『ゴクトーが真っ赤になって死んだぞー!』
なんて、告げ口したっけな……。
あの時の罰掃除、キツかったんだからなッ!
いつか仕返ししてやる!
懐かしいな。今頃、元気にしてるかなぁ?
胸の中で思い出に浸りながら目を開けた。
「いい思い出じゃないよな……ししし」
思わず笑い声が漏れる。
目覚めた時には、仲間たちは既に着替えを済ませていた。
そんな俺に悪戯っぽい目を向け、パメラは艶っぽい唇を動かす。
「ゴクちゃん?鼻血、ほらこれで」
鼻血をハンカチで丁寧に拭ってくれる。
それはまさに”姉さん女房”のような風格。
(うぶね……可愛いわん)
彼女は妖艶な笑みを浮かべる。
まただ……。
パメラの思いが伝わってしまう。
どうにもならないことなのだが、このスキルに戸惑いはある。
周囲には客もおらず、仲間たちが静かに顔を覗く。
「もう平気だ」
そう言って立ち上がろうとしたその瞬間、よろめいた。
「ちょっとっ!しっかりして、……このバカ」
ジュリが慌てて俺を支える。
そして俺をじっと見つめ彼女が頬を朱くする。
「……ありがとうな」
そう言って俺はジュリのそばから離れた。
彼女はその瞬間、目を伏せる。
なんとなくだが、変な空気が周囲を包む。
他方、仲間たちはどうやら心配だったらしい。
厄介なあの綺麗な女性店員の姿は、もうそこには無かった。
そんな空気を吹き飛ばすように、アリーが俺に身を寄せて獣耳を垂らす。
彼女は恥ずかしそうに顔を覗き込む。
「ゴクにぃ……大丈夫にゃ──か?」
そのモフモフの尻尾で俺の頬をそっと撫でる。
「ありがとう、アリー……気遣ってくれて」
答えると彼女が俺の膝にちょこんと座った。
そして、恥ずかしそうに”照れ耳”を朱く染める。
一方で鼻血を拭うパメラが俺を揶揄う。
「ゴクちゃん、そんなに赤くなっちゃって……鼻血、何リットルまで出せるかしら……? 記録、取っておこうかしらん?」
そう言いながら魔女のような目で見つめる。
冗談、きついんですけども。
そう思うが得意技が炸裂。違う台詞を言ってのけた。
「もう大丈夫だ。行こう、ギルド支部に」
俺はテンガロンハットを拾い上げ、被り直す。
だがーー。
何でッ!?
俺って、こうなるんだっ!?
支払いの段になって、なぜか俺がレジに立たされていた。
周囲の視線が刺さる。
後ろのカップルに「すごいな」って、言われているのが耳に入る。
まるで見世物のようだ、と俺は感じていた。
「男が女の下着を買うの初めて見たわ。はははははーあ」
レジの横で背は低く、長い茶髪を編み込んだドワーフの女の子に笑われた。
「いやこれは、あの、その」
またしても”しどろもどろ”で答えてしまった。
そんなやり取りの最中、アカリがキッとそのドワーフ女子を睨んだ。
「ダー様、お会計、お願いしても?」
アカリがしれっと口にする。
俺の手には、すでに何枚もの『上下セット』が乗せられていた。
服を、買いに来たんだよなッ!?
なのにッ!それもーー派手な下着ッ!
なんで俺っ?!
思うが絶対口には出せない。
仕方なく無言でうなずき、レジにそれを差し出す。
レジの女性はにっこり微笑みながら、手慣れた手つきで袋詰めを始めた。
「どうぞ、お幸せに」
その一言が俺のトドメとなったーー。
ありがとう……俺の理性よッ!
ここまで、よく戦ってくれたっ!
そして俺は思い、なんとか姿勢を正して一歩踏み出した。
後ろを振り返ると店の看板が目に入る。
『魔導具と雑貨・服の店 キャリーズ・パミュ』
確かに、噂通り『品揃え』は豊富な店だった。
「色んな意味でな……」と思わずポツリ。
次は“本当に”服だけの店に行こう……。
そう心で誓った。
俺は静かに店を後にした。
「ちょっと待ってよ、お兄さんのそれーー」
その声に仲間達と思わず振り返ったーー。
*ギフトーー特定の個人に授けられた特別な能力スキル。
神や上位の存在から与えられるだけでなく、家系に受け継がれたり、特定の条件を満たすことで覚醒したりもする。
新キャラ登場ーー。




