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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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宿屋帰巣

 





「やはり、ゴクトーのやつ、気づいてないみたいだな」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤが小さくつぶやく。


「まぁ、仕方あるまい。おいおい気づくだろうよ」


 神シロは桃色の髪を靡かせながら答えた。


「わたくしが下界に降りて伝え……」


「馬鹿を申すな!」


 神シロは感情を顕にしながら、女神東雲の言葉を遮る。


「冗談ですわ。あなた……そんなに怒らないで……」


 神シロの妻、女神東雲はしょんぼりと肩を落とす。


「東雲さん、いざとなったらシロが降りますよ。ははは」


 トランザニヤが笑って言うと神シロが首を横に振る。


「ったく、ワシをなんだと……」


 神シロは不機嫌そうな顔で下界を眺める。

 女神東雲とトランザニヤもクスッとしながら下界を眺めた。




 その頃、ゴクトーは大部屋のドアの前に立っていた。





 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇





 トントントン。


 ノックするが返事がない。

 少しためらいながら、もう一度ノックする。


「俺だけど……」


 ”しん”とした静けさだけが漂う。


 女子部屋だ。まさか、勝手に入る訳にもいかない。

 もし勝手に入ったら、間違いなく怒鳴られ、下手すればジュリに、火属性最大級の魔法【エクスプロージョン】で一掃されかねない。

 

 あ、これは、ちと大袈裟か。

 だが山分けした指輪を嵌めてから、彼女の魔力(マナ)が飛躍的に向上したのは事実だ。 それは俺だけが感じえるものなのかもしれないが。

 もしかしてーーあの指輪が七星の武器なんじゃないのか? 

 でも、もしそうなら、何かヒントがあるはずだし……。

 

 余計な思惑が頭をよぎるが、今は考えないように、再びノックをしようと手を伸ばしたーーその瞬間。


「皆さん、もうお出かけになりましたよ」


 背後から、聞き慣れない声がして振り返る。


「ふん」


 見慣れない女中さんが軽い鼻息を飛ばす。

 彼女は何事も無かったかのように、笑みを浮かべ奥へと去っていった。


「ふん」って……この宿屋の挨拶なのかッ?!

 いや、今は、そういう問題じゃないな。

 ……もしかして? っえ? 置いて行かれたのか?


 急いで階段を降りて玄関を抜ける。


  宿を出た瞬間、もう陽は頂きより右に傾き始めていた。 

 足元の小さい影が傍目に入る。

 玄関前の路傍の石が白く反射し、やたら眩しい。

  蜃気楼が漂う中、肌がじわりと熱を伝える。

 

 高地にあるビヨンド村で、この天候は稀だ。

 ましてや、遠方に見えるハゴネの山頂には、まだ白化粧が残ったまま。

 

 そう言えば、2年前に師匠が言ってたな。

 『マレー海沖に隆起した大地がな。ズードリアの天候を変えてるらしいんだ』と。


 記憶を呼び覚ましているのも束の間、俺は仲間たちの視線を感じた。

 外で待つ仲間たちの姿が俺の目に飛び込む。


 桃色髪をポニーテールに結ぶジュリ。

 彼女の嵌めている指輪と、俺の持つ【桜刀】二振りーーさらにアカリが持つ【桜刀】が、まるで共鳴でもするかのように七色に輝いた。

 

 だがそれに気づいているのは俺だけ。

 仲間たちーー特にジュリとアカリ、当人もそれには気付いていない。

 

 目を瞬き、強めに擦る。

 再び目を開けた瞬間、七色の光は消えていた。


 俺の妄想だったのか?


 そう思った瞬間、俺の脳内に収まる『妄想図鑑』から低い声が響く。


「主よ。我が見紛うはずも無し」


 妄想眼”死線”の声だ。


「だよな。っは?」


 思わず声が漏れた。

 

 俺の妄想は、現実と重なり始めていた。

 曖昧ではなく、確実に何かが起き始めている。

 

 葛藤はするが、こればかりは癖だからな。

 半ば諦めてはいる。

 

 そんな中、ジュリが声を荒げて叫ぶ。


「おそ〜い、へんダ──っ!」


 彼女はどこか恥じらいを見せながら手招きする。

 その横でモフモフの尻尾が風で靡いていた。

 急足で仲間のところへ。

 

 アリーが垂れ耳をピクッとさせて「早くにゃっ!」と、尻尾で俺の腕を絡めとる。

 そんな状況の中、パメラが一言添えた。


「あら、ゴクちゃん。素敵じゃないの。その格好、似合うわよん」


 彼女の言い方は、どこか皮肉っぽく聞こえた。

 思わず、彼女のジト目をはぐらかす。


 次の瞬間ーー俺と目が合うアカリが頬を染める。

 初めて出会った時の凛とした姿は、すっかり鳴りを潜めていた。

 どこか静謐な雰囲気すら感じさせる。

 そして、アカリの艶やかな唇がゆっくりと動く。


「ダー様……素敵です」


 彼女が小さく囁いた。

 その姿はなんとなくだが、したたかさも垣間見える。


 俺は恥ずかしくなり、照れを隠すように答えた。


「みんな、ごめん遅くなった。女将さんがな、この服をくれたんだ。

 息子さんが着る予定だった服らしくてな……」


 頬を掻きながら、言い訳じみた台詞を吐く。

 その言葉に仲間たちが目を丸くする。

 仲間たちの表情は、驚きや困惑の色が滲んで見える。


 さらに俺は続けて紡いだ。


「息子さん……20年前に、神隠しにあったらしい」


「「「「ええええええ!!!!」」」」


 驚きのハモりっぷりに逆に怯んだ。


「詳しい話は歩きながらするよ。とにかく、みんなの服を買って、ギルドに行こう!」


 足早に前に出ようとしたその瞬間ーー「待ちなさいよ!」


 ジュリが俺の目の前で立ち止まる。


 ……ってか、これはビンタか、

 ゴチンのパターンっ!じゃないのかッ!?


 思いながら一旦歩みを緩め、恐る恐るジュリの方へ。


「意外と似合ってるじゃない」

 

 その言葉に困惑する。 

 目を合わす彼女の瞳が潤んでいた。


 怒ってるのかと思えば、言い方は優しい。

 ジュリは口を尖らせ、顔を真っ赤にしていた。


 俺の胸中はさらに複雑になっていく。


 果たしてジュリの気持ちにいつ、答えるべきなのかーー。


 そんな思いが俺の心を支配する。



 だが、そんな俺を他所にーー次の瞬間。


 パメラがニコッっとしながら口を開く。


「ゴクちゃんって、やっぱり、そこそこなイケメンだけど、なんか、違う意味で惹かれるのよね」


 彼女が悪戯っぽい声を出す。

 

 その言葉に、照れと動揺が混じる。

 少しドキッとしたのは言うまでも無い。


 一方で待ちきれないアリーは、垂れ耳をピクッとさせる。


「にゃん!早く行こうにゃー!」と、先を取る。


「すまん、行こう」


 切り上げようと促したその瞬間ーー

 アカリが静かに歩み寄り、俺の腕にそっと手を伸ばした。


「ダー様、こちらへ」


 彼女が優しく腕に絡む。


 "むにゅっ”


 驚くほど滑らかな感触が伝わった。

 その瞬間、呼吸が速くなり、息苦しさが胸を締めつけた。


 呼吸が速くなり息ぐるしくなっていく。


 そして意識が遠のく。

 カチッとした音が脳内に響き、俺は自分の世界に入っていった。



 【妄想スイッチ:オン】


 ──ここから妄想です──


「ドキドキドキドキ!」


「旦那、待ってやしたぁ! あっしの出番ですね。今日はどちらまで?」


 胸の『江戸っ子鼓動』がにこやかに揉み手する。


 挿絵(By みてみん)

(*揉み手する鼓動)


「大丈夫だ、もう落ち着いた」


【妄想スイッチ:オフ】


 ──現実に戻りました──


「そうですかい……」


『江戸っ子鼓動』は寂しさを漂わせ、『妄想図鑑』に消えるように収まった。


 我に帰り、意識を取り戻す。          


「すまん……鼓動」


 小さくつぶやき、襟元をぎゅっと掴んだ。


 だが、アカリの”むにゅっ”とした、その柔らかい感触は、脳裏に焼き付いて離れない。

 そんな俺は余韻に浸る間もなかった。


 腕を組みながら、アカリは大真面目な顔で囁く。


「急ぎましょうね、ダー様」


 柔らかい眼差しを向けてくる。

 次の瞬間、彼女は俺の腕を折り畳む。


 ちょ、待ってッ!ア、アカリさん?

 いや、ってか、これっ! 

 明らかにッ!『デス姉』仕様では?

 そりゃ、意識しちゃいますけども……。


 内心思いながらも額にじんわり汗が滲む。


 他方、背中にビリビリとした圧を感じる。

 振り返ると、視線を向けるジュリが目を細める。


 その場の空気をどうにか変えたいと思った矢先、パメラがスッと反対側にまわり込む。彼女は紫髪を掻き上げ嬉しそうに笑う。


「ゴクちゃん!あたいも……!」


 そう言いながら彼女がもう一方の腕を掴んだ。


 ゴゴゴゴゴ……


 その瞬間、大気が震える。


 パメラが髪を靡かせーー静かに詠唱。


「我が身に宿る……その柔らかき、弾む『爆弾(ダイナマイト)』よ……」


 紡ぐ彼女は、『爆弾(ダイナマイト)』の胸を押さえーー


「今、その真価を示せ! 【トバサヌ・ブルン】!!」


 ブルルルン


 ーーー力強く引き寄せた。


「……っ!」


 彼女がかなり密着してきた。



「でかッ!……やわッ!」


 俺は思わず声が漏れる。


 パメラさんやッ!

 その呪文ッ!ヤバイ【デス】ケドモ……!?


 胸中動揺しつつ、耳まで熱くなる。


 パメラは俺のことなどお構いなしで、見上げながらニッコリ。

 その顔はいつもの陽気なパメラ。


「ゴクちゃん、これっ!あたいが作った魔法なのよん。どう?

 これで『揺らすなッ!』って、いつものように……叱られないわ。ふふふん」


 彼女の明るい言葉とは裏腹な”密着”。

 俺はさらに狼狽える。


「……ゴクちゃん」


 耳元で囁かれるパメラの声に動揺が頂天に届いた。

 この状況についていけないアリーは、尻尾を俺の腕から離す。

 彼女は肩を少し上下させ、呆れたような仕草を見せる。

 そして、彼女は「ふふっ」とわずかな笑みを見せ先を歩く。

 

 アリーの心の中が読めない俺は、どうして良いのかもわからず。

 そんな中ーー視界の端に飛び込むジュリは、険しい表情を浮かべていた。


 ジュリさんやッ!そんな顔するなッ!

 いや、もうどうしたらっいい! 俺っ!


 胸中で葛藤を抱え、視線を空に泳がせる。

 雲ひとつない青空に思い浮かんだのは師匠の顔。

 その顔は例の変な笑い声を出す時の笑顔だった。


 立ち止まる、俺の耳に無邪気な声が飛び込んできた。


「Let’s Go!にゃ────!」


 あれ?アリー、コリン語使った?……と、アリーを二度見した。


 少し驚いたが宿屋を振り返る。そして、もう一度深く頭を下げた。


「息子さん、いつか……きっと帰ってきますよ」


 小さくつぶいてから歩き出す。


 俺は振り返らず前を向こうと決めたが、背中に宿屋の温かさがまだ残っているような気がした。

 アカリが何度か俺を見上げ、何か言いたげな素振りを見せていた。

 しかし、俺は知らんぷりしながら歩いた。また【デス】をかけられてはたまったもんではない。歩くことすらままならなくなる。

 俺は平常心を保ちつつ、ビヨンド村の路地を仲間とともに歩いた。

 

 角を右に曲がったところで、ふと、小さな広告看板が目に留まった。


【【 女将の宿屋 『帰巣』 まちわビル 角を左に曲がってこの先すぐ! 】】


 俺はそこで足を止めた。


 きそうまちわびる……か。

 女将さんらしいな。

 息子さんが、戻れる場所か……。


 しばらく看板を眺め、自然と頬が緩んでいく。


 俺たちもここに、また戻ってこれるかな……。

 いや、戻ってこよう。必ずなッ!


 胸の中に『決意』が芽生えた。


 一方、掴んだ腕を引っ張りながら「ダー様、行きましょう」と。

 アカリの控えめな声が現実に引き戻す。


 さらに、さらにだ。

 もう一方の腕も掴まれ、「ゴクちゃん、ほら、行くわよん」と。

 パメラが腕を軽く引く。


 気づけば両脇に、アカリとパメラが並び挟まれて歩く。


 ふわりとした香りと柔らかな感触がなんとも、緊張を生む。

 そのダブルの柔らかい感触が、妙に自然で、恥ずかしさが頂点に達した。

 しかし、それには抗えず、掴まれたままの状態で歩みをとった。


 しばらく路地を歩いていると幼い声が聞こえる。

 路地にあるちょっとした広場。公園と呼ぶにはいささか抵抗がある。

 魔導遊具もなく、ただ赤土の上には、投げ捨てられた瓦礫の山が積まれていた。


「オレもっ!乗りたいぞ!」

「あたしにも乗らせてッ!」

 

 魔法の絨毯を乗りこなそうと、子供たちがそこに集まっていた。


 子供たちの視線が俺の両腕に刺さる。

 頬も熱くなりつつ、居心地の悪さを感じながら歩み続けた。

 そんな俺にアカリは尋ねてくる。


「ダー様、どうかされましたか?」


 その声は柔らかく彼女の目は揺れていた。


「いや……なんでもない。ただちょっと、良い宿だったなって思ってさ」


 そう答えながら再び歩き出した。


 足取りは軽く、それでいてどこかしっかりと地に根を下ろしたような、そんな確かな感覚があった。


 そうだ。

 俺たちは旅をしている。

 でも、その途中で、こうして『帰りたくなる場所』ができることもある。

 それは、ちょっとだけ重くて、けれど、優しく背中を押してくれる『母』のようなもの。


 ふと胸中に巡らせながら歩みを進める。

 そんな中、ジュリが隣にピタリと並び小さな声でつぶやく。


「……ほんとへんな奴ね。でも……そういうとこ、嫌いじゃないよ」


「あれっ?! 今なんて?」


「なーんでもないっ!さっさと歩きなさいよ!!」


 バシンッ!


 そう言ってジュリが背中を叩く。


 まさか、俺の胸中が読めるのか?


 疑問に思うが口には出さず。俺の特技がここで発揮される。

 その後ろでは、パメラがニヤニヤとジュリとのやりとりを見ている。


 他方、アリーはもう先の角を曲がりかけ、 「にゃーん!おそいにゃー!」と、声を上げる。

 

 そんな中、「コンチ  キソウ エエナ────!」と。

 すれ違う中年男は、なまりの強い声で突然、叫んだ。


 咄嗟にアカリとパメラを抱き抱える。

 胸の『鼓動』がドキッとわずかに動く。


 挿絵(By みてみん)

(*二人を抱き抱えるゴクトーのイラスト)


 えっ?、なんだっ!? こいつ。

 びっくりするわ。 キソウ……?


 思いながらその声に足を止め振り返る。

 中年男は肩を揺らしながら笑い、俺を指差す。


 どうやらアカリとパメラに挟まれて歩いているのが、羨ましいという事らしい。 

 これは前世でもなかったーーハプニング”むにゅん”。

 俺は思わず頬を緩め「ししし」と笑ってしまった。


「んん、さあ、次は服屋だ。……今日も、やることが山積みだぞ!」


 そう誤魔化しながらも、彼女たちの柔らかさにどこか懐かしさも感じていた。






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