表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/107

師匠の服  










「おっと、なんか揉めてるみたいだが……」


 黒銀の目の友こと、神トランザニヤは困惑した表情を見せる。


「ははは、そりゃま、仲間ってのは、たまに揉めるもんさ、ワシたちもそうであったろ?」


 神シロが笑いながらトランザニヤの肩を叩く。


「喧嘩して仲直りしてこそ、友の証ですわ……」


 神シロの妻、女神東雲が静かに頷く。


「しかし、これも因果かのぅ」


 神シロは深くため息をひとつつく。


 神々は『リリゴパノア』の面々を天界から眺めた。





 その頃、ゴクトーは宿屋の部屋であたふたしていた。



 

 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇







 「ちょ、ちょっと、ま、待ってくだしゃ──い!」


 着替えの最中、ドアがノックされた。

 焦ったせいで妙に裏返った声が出てしまった。


「ダー様、食堂に行きませんか……? みんな向かいましたよ」


 ドア越しに聞こえたのはアカリの声。

 落ち着いた柔らかい響きが逆に焦りを加速させる。


 眉間にシワを寄せながら、俺は真剣な声で言った。


「わ、わかりました。き、着替えましゅっ!」


 まともに返事すらできない。


 ……ってことで、俺が”パンイチ”なのは正当な理由がある。

 師匠の服ーー

 スター◯ォーズのオビ◯ンみたいな服を脱いでしまって……。

 察しろ。

 

 誰かが鼻で笑う案件だ。

 

 何やってるんだッ!ったく。

 落ち着けっ!俺っ!

 

 「ペシッ!」と。

 頭を叩いて気持ちの整理をした。

 深く息を吸ってしばらくの沈黙。


 「ふふふっ……先に行ってますわ」


 アカリが小さく笑いながらドア越しで言った。

 まるで俺の様子を見ているかのようだ。


 彼女の足音が遠ざかってく。

 その笑い声が耳に残り、俺は耳まで熱を持った。


 ……ったく、情けない。


 結局のところ元の寝間着に着替え直した。


「似合わない服で出るくらいなら、いつもの方がマシだよな」


 そう自分に言い聞かせ、廊下に出て食堂へ向かった。


 食堂に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲を見渡す。


 「混んでるな、が……いい匂いだ」


 自然と口元が緩む。

 宿の女中さんたちが慌ただしく動き回っていた。

 食堂の中は冒険者たちで賑わい、他所のパーティーがテーブルを囲む。

 中には目つきの悪い連中もちらほら。どこか異質な【覇気】を纏っていた。

 

 俺はそんな”ガラ悪”から目を逸らし、仲間たちの座る方へ向かった。


挿絵(By みてみん)

(*左からアカリ、アリー、ジュリ、パメラのイラスト)


 座ろうとした瞬間、すぐに視線を感じる。

 ジュリが眉に皺を寄せ、目を細めた。


 その隣に座るパメラも、ジト目でこちらを見て時折、首を傾げている。

 

 さっきのことかっ?

 俺を見る目が怖いんだが……。


 思い当たる節がある。 

 ジュリのビンタだ。

 居心地の悪さが膨れるのは当たり前だ。

 

 一方で、アカリの態度はどこかぎこちない。

 その視線はまるで勘ぐっているかのよう。

 俺、ジュリ、パメラ間の微妙な空気を察して、どこか腑に落ちないようだ。

 彼女は「これでもか」ってな具合に目を細めたんだが。

 俺は別に悪いことをしたわけじゃないし、そんな目をされても困る。

 顔から足元までジロリと眺めるのは、正直やめて欲しい。


 随分とまた強烈な目だな。まぁ、『猛虎キラン✧』の目よりはマシか、と俺は彼女を見て思う。


 な、なんだ?

 俺の姿ってそんなに変かっ!?

 あ、そうか……寝巻きだからか。 

 

 思いながら胸元を見下ろす。

 確かに、冒険者の集団にまぎれるには、場違いな格好ではある。


「……えっと、その……着替える時間がなくてな」


 言い訳しながら、チラッとジュリとパメラの方を見やる。


 すると、パメラが胸を押さえ鼻で笑った。

 

 なんだこの感じ? 食堂に入って来た時点とは、まるっきり違うんだが。


 そう思ってた矢先、目が合うと、ジュリは目尻を下げる。


「その寝巻き姿、ナガラ兄様を思い出すわ」


 「あ、そう? これ、師匠からもらったんだ」


 しどろもどろになりながらも俺はジュリに答えた。


 その瞬間、パメラがため息をついて肩を小さく畳む。


「ま、いいんじゃないの? ゴクちゃん、それ似合うし」


 彼女のその声にはどこか皮肉が漂う。

 

 周囲の視線が俺に刺さる。

 ぐわっとした高揚が押し寄せて、額には汗が滲む。


 だが、アカリの視線だけが妙に気になった。

 

 突然、彼女が笑みを浮かべる。

 

 そしてーータイミングを見計らうように。

 フローラルの香り立つ、桃髪をサッと掻き上げる。


 「これからもダー様とお呼びしますわ、良くお似合いです。 ふふふ」


 彼女は頬を朱く染め、悪戯っぽい目線を送る。

 それを聞いたジュリとパメラが、心の中で“いつも通りでは?”とつぶやいた。

 

 これがわかるのが正直辛い。

 

 このスキル、いらん!ホントにッ!


 その思いは虚しくーーこうして、食堂での食事は始まった。


 そんな俺を他所にアリーが無邪気に声を出す。

 

 「にゃ!」


 すでにフォークを握りしめ、彼女は食事を楽しむ。

 その姿を見るだけで気持ちがやわらいでいく。

 不思議だ、と思ったのは、アリーの心中は俺には伝わらなかった。

 

 亜人ってか獣人の気持ちは、このスキルでは読めないのか?

 とは言え、フロッグマンとの混血のノビの心中は読める。

 なんだろ? これって、共通の何かがあるのか?

 不思議だな。そう言えば、俺の前世の記憶の中でーー


 そう考え込んでいた時だった。

 ふと、俺に目を向けるアカリは、フォークを置いて問いかける。


「ところでダー様、ナガラ兄様の噂一つ、耳にしませんね」


 控えめな小さな声だった。

 しかし、彼女は凛として姿勢を正す。


「そうだな……師匠なら、ここに来ると思ったんだが……」


「少し、この村に滞在しませんか?」


「俺は構わないが、パメラとアリーはそれで構わないか?」


 パメラとアリーに目を向け問いかける。

 彼女たちは何も言わず、首を縦に振った。


 「しかし……ダー様って呼び方、なんとかならんか?」


 言いながら恥ずかしさが込み上げる。

 だが、その言葉を聞いてアカリが俺の顔を見上げる。


「はい。リーダー様では長いので、ダー様とお呼びした方がよろしいかと……どうかされましたか……?」


 俺を見る目がやたら鋭い。

  

「いや、なんでもない」


 謎の説得力に、俺も反論できなかった。

 そんな俺を他所に、彼女は”影のリーダー”としての威厳を見せる。


「ふふ。ギルド支部に行く前に、服を買いに行きたいのですが?」


 ふっと柔らかい笑みを見せ提案する。


(……ダー様好みの下着を選んでいただくの。もちろん好みの色もですわ。 ふふふ)


 彼女は口角をキュッと上げた。


 初めてアカリの内心の想いが、俺にダイレクトに伝わる。

 瞬間、俺はゴクリと唾を飲んだ。このスキル、いらん情報ばかりを読み取る。

 だが、俺は心当たりがありすぎてーー思わず黙り込んだ。

 

 そりゃそうだ。今世の俺だってもう21歳になる歳だ。

 前世では、この歳の頃は、女の先輩と居酒屋で飲み明かしたり、朝までカラオケ行ったり、テーマパークのデートだってしたさ。


 夜になれば、彼女の下着の色だって気になった年頃だ。 

 だがな。

 今世の俺は、免疫が無さすぎるんだ。

 育った環境が、孤児院だったからかもしれないけど。


 心中複雑な思いと葛藤を抱えながら、食事を口に運ぶ。

 食堂の喧騒は、俺の葛藤をどこか紛らわすような笑い声で溢れていた。


 そんな俺を他所に、アリーが垂れ耳をこちらにかざす。


「服買うのは、賛成にゃ!」


 彼女は口をもぐもぐとさせ、モフモフの尻尾をピンと立てる。

 

 だが、事態は急変していく。

 

 アリーの動きにまるで合わせたかのように、紫の髪がふわりと揺れた。

 パメラが甘えるような声を出す。

 

 「ゴクちゃんが見繕ってくれるの? チャンスね。お好みを絶対に見つけてやるわん!」


 挑発的に言葉を投げ、パメラは年上の色気を漂わせ、仲間たちの表情を窺う。


 もう苦笑するしかない。

 なんでいつもこうなるのか、と不思議で仕方なかった。

 

 しかも、この案件にはおまけが付いてきた。

 今まで、大人しく食事を摂っていたジュリの表情がその刹那、変わる。

 彼女がフォークとナイフをカチャッと置いた。

 

 次の瞬間、ジュリの声が食堂に響き渡る。


「へ、へんダ──の服は、わたしが選ぶの──!」


 テーブルにこぶしを叩きつけ、じっと俺を見つめる。


 (気づかないの?わたしの気持ちに……)


 彼女が目を伏せる。

 ジュリのそんな気持ちが俺に伝わる。


 今まで、なんでそんなに怒るのか、不思議ではあった。

 そんな彼女の気持ちを俺はわからなかった……。

 

 衝撃だった。 だが、彼女は俺が相手の心が読めることは知らないはずだ。

 今ここで、何かを言ってしまったら……。


 心は揺れ動くのは当たり前だ。

 だが、俺の心情などお構いなしにジュリがプイッと頬を膨らませる。

 彼女は立ち上がり、一言。


 「この唐変木……」


 小さくつぶやき、瞳に涙を浮かべ、食堂を出ていったーー。





 ***



ーー食後の宿の部屋、俺は出かける準備をしていた。


 コンコンコン


「どうぞ……」


 扉を開くと女将さんが立っていた。


「どうされました……?」


 女将さんの両手には服が抱えられていた。


「これ、良かったら着てください。息子のなんです……」


 突然の申し出。

 女将さんは半袖のデニムシャツと茶色の綿パンを俺に差し出す。


「っえ……?」


 驚き、一瞬固まる。


「実は最初にあなたを見た時、息子の面影を感じたんです……息子は神隠しにでもあったように、突然、姿を消したんです。 なぜだか、あなたを見ていると、腹が立ってしまい……」


「そうなんですか……」


 その言葉は、これまでの女将さんの態度の理由ーーそれを納得するのには十分過ぎた。

 

 だから、あの「ふん」だったのか。


 思いながらも逆に、女将さんに尋ねた。


「ギルドに捜索依頼は、出したんですか?」


「はい。20年も前に依頼しました……けれど……」


 女将さんの顔が一瞬硬直する。

 不安が彼女の目に浮かび、かすかな動揺が表情をかすめた。


「……そうですか……だからといって……服を頂くのは……」


「いいんです。 服なら沢山ありますから。息子が帰ってきたら着るかと思って……買っておいたものですから。どうぞ」


 女将さんが一筋の涙を零して、服をそっと差し出す。


「そこまで……では、お言葉に甘えます。有り難く……」


 頭を下げ服を受け取る。


「なんとなく、あなたからは息子の匂いがして……」


「ははは、そうなんですか……そう言えば女将さんの顔……俺の師匠になんとなく似ています。なんか、親近感が沸いてきます」

 

 女将さんは静かにお辞儀をして、

「お身体には……くれぐれもお気をつけくださいね。失礼します……」と。


 足音も立てずに部屋を出て行った。

 まるで師匠のスキルーー”影歩”かと思ったほどだ。


 俺は後ろ姿を見ながら彼女の優しさに、しばし感動する。


 最初はただ、気難しい人だと思ってた。

 けれど、俺が思うような人とは違った。


 ……ん?待てよ?

 

 ふと俺の頭に師匠の言葉がよぎった。


 師匠が昔チラリと『オレの生家は宿屋でな……』って言ってたな……。

 いや、まさかな……。


 そう思いながらも胸中は複雑だった。

 

 手にした服を広げてみる。

 デニムシャツの生地は柔らかくどこか懐かしい匂いがした。

 鏡の前で着てみると自分でも驚くほどしっくりきた。


 鏡に映った自分を確認。


「あれ……この服?」


 それは、師匠に優しく抱き抱えられたようなーー不思議な感覚。


「気のせいか……」


 独り言ちながら階段を昇り、襟元を正して、俺は二階の大部屋へ向かったーー。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ