師匠の服
「おっと、なんか揉めてるみたいだが……」
黒銀の目の友こと、神トランザニヤは困惑した表情を見せる。
「ははは、そりゃま、仲間ってのは、たまに揉めるもんさ、ワシたちもそうであったろ?」
神シロが笑いながらトランザニヤの肩を叩く。
「喧嘩して仲直りしてこそ、友の証ですわ……」
神シロの妻、女神東雲が静かに頷く。
「しかし、これも因果かのぅ」
神シロは深くため息をひとつつく。
神々は『リリゴパノア』の面々を天界から眺めた。
その頃、ゴクトーは宿屋の部屋であたふたしていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「ちょ、ちょっと、ま、待ってくだしゃ──い!」
着替えの最中、ドアがノックされた。
焦ったせいで妙に裏返った声が出てしまった。
「ダー様、食堂に行きませんか……? みんな向かいましたよ」
ドア越しに聞こえたのはアカリの声。
落ち着いた柔らかい響きが逆に焦りを加速させる。
眉間にシワを寄せながら、俺は真剣な声で言った。
「わ、わかりました。き、着替えましゅっ!」
まともに返事すらできない。
……ってことで、俺が”パンイチ”なのは正当な理由がある。
師匠の服ーー
スター◯ォーズのオビ◯ンみたいな服を脱いでしまって……。
察しろ。
誰かが鼻で笑う案件だ。
何やってるんだッ!ったく。
落ち着けっ!俺っ!
「ペシッ!」と。
頭を叩いて気持ちの整理をした。
深く息を吸ってしばらくの沈黙。
「ふふふっ……先に行ってますわ」
アカリが小さく笑いながらドア越しで言った。
まるで俺の様子を見ているかのようだ。
彼女の足音が遠ざかってく。
その笑い声が耳に残り、俺は耳まで熱を持った。
……ったく、情けない。
結局のところ元の寝間着に着替え直した。
「似合わない服で出るくらいなら、いつもの方がマシだよな」
そう自分に言い聞かせ、廊下に出て食堂へ向かった。
食堂に一歩足を踏み入れた瞬間、周囲を見渡す。
「混んでるな、が……いい匂いだ」
自然と口元が緩む。
宿の女中さんたちが慌ただしく動き回っていた。
食堂の中は冒険者たちで賑わい、他所のパーティーがテーブルを囲む。
中には目つきの悪い連中もちらほら。どこか異質な【覇気】を纏っていた。
俺はそんな”ガラ悪”から目を逸らし、仲間たちの座る方へ向かった。
(*左からアカリ、アリー、ジュリ、パメラのイラスト)
座ろうとした瞬間、すぐに視線を感じる。
ジュリが眉に皺を寄せ、目を細めた。
その隣に座るパメラも、ジト目でこちらを見て時折、首を傾げている。
さっきのことかっ?
俺を見る目が怖いんだが……。
思い当たる節がある。
ジュリのビンタだ。
居心地の悪さが膨れるのは当たり前だ。
一方で、アカリの態度はどこかぎこちない。
その視線はまるで勘ぐっているかのよう。
俺、ジュリ、パメラ間の微妙な空気を察して、どこか腑に落ちないようだ。
彼女は「これでもか」ってな具合に目を細めたんだが。
俺は別に悪いことをしたわけじゃないし、そんな目をされても困る。
顔から足元までジロリと眺めるのは、正直やめて欲しい。
随分とまた強烈な目だな。まぁ、『猛虎キラン✧』の目よりはマシか、と俺は彼女を見て思う。
な、なんだ?
俺の姿ってそんなに変かっ!?
あ、そうか……寝巻きだからか。
思いながら胸元を見下ろす。
確かに、冒険者の集団にまぎれるには、場違いな格好ではある。
「……えっと、その……着替える時間がなくてな」
言い訳しながら、チラッとジュリとパメラの方を見やる。
すると、パメラが胸を押さえ鼻で笑った。
なんだこの感じ? 食堂に入って来た時点とは、まるっきり違うんだが。
そう思ってた矢先、目が合うと、ジュリは目尻を下げる。
「その寝巻き姿、ナガラ兄様を思い出すわ」
「あ、そう? これ、師匠からもらったんだ」
しどろもどろになりながらも俺はジュリに答えた。
その瞬間、パメラがため息をついて肩を小さく畳む。
「ま、いいんじゃないの? ゴクちゃん、それ似合うし」
彼女のその声にはどこか皮肉が漂う。
周囲の視線が俺に刺さる。
ぐわっとした高揚が押し寄せて、額には汗が滲む。
だが、アカリの視線だけが妙に気になった。
突然、彼女が笑みを浮かべる。
そしてーータイミングを見計らうように。
フローラルの香り立つ、桃髪をサッと掻き上げる。
「これからもダー様とお呼びしますわ、良くお似合いです。 ふふふ」
彼女は頬を朱く染め、悪戯っぽい目線を送る。
それを聞いたジュリとパメラが、心の中で“いつも通りでは?”とつぶやいた。
これがわかるのが正直辛い。
このスキル、いらん!ホントにッ!
その思いは虚しくーーこうして、食堂での食事は始まった。
そんな俺を他所にアリーが無邪気に声を出す。
「にゃ!」
すでにフォークを握りしめ、彼女は食事を楽しむ。
その姿を見るだけで気持ちがやわらいでいく。
不思議だ、と思ったのは、アリーの心中は俺には伝わらなかった。
亜人ってか獣人の気持ちは、このスキルでは読めないのか?
とは言え、フロッグマンとの混血のノビの心中は読める。
なんだろ? これって、共通の何かがあるのか?
不思議だな。そう言えば、俺の前世の記憶の中でーー
そう考え込んでいた時だった。
ふと、俺に目を向けるアカリは、フォークを置いて問いかける。
「ところでダー様、ナガラ兄様の噂一つ、耳にしませんね」
控えめな小さな声だった。
しかし、彼女は凛として姿勢を正す。
「そうだな……師匠なら、ここに来ると思ったんだが……」
「少し、この村に滞在しませんか?」
「俺は構わないが、パメラとアリーはそれで構わないか?」
パメラとアリーに目を向け問いかける。
彼女たちは何も言わず、首を縦に振った。
「しかし……ダー様って呼び方、なんとかならんか?」
言いながら恥ずかしさが込み上げる。
だが、その言葉を聞いてアカリが俺の顔を見上げる。
「はい。リーダー様では長いので、ダー様とお呼びした方がよろしいかと……どうかされましたか……?」
俺を見る目がやたら鋭い。
「いや、なんでもない」
謎の説得力に、俺も反論できなかった。
そんな俺を他所に、彼女は”影のリーダー”としての威厳を見せる。
「ふふ。ギルド支部に行く前に、服を買いに行きたいのですが?」
ふっと柔らかい笑みを見せ提案する。
(……ダー様好みの下着を選んでいただくの。もちろん好みの色もですわ。 ふふふ)
彼女は口角をキュッと上げた。
初めてアカリの内心の想いが、俺にダイレクトに伝わる。
瞬間、俺はゴクリと唾を飲んだ。このスキル、いらん情報ばかりを読み取る。
だが、俺は心当たりがありすぎてーー思わず黙り込んだ。
そりゃそうだ。今世の俺だってもう21歳になる歳だ。
前世では、この歳の頃は、女の先輩と居酒屋で飲み明かしたり、朝までカラオケ行ったり、テーマパークのデートだってしたさ。
夜になれば、彼女の下着の色だって気になった年頃だ。
だがな。
今世の俺は、免疫が無さすぎるんだ。
育った環境が、孤児院だったからかもしれないけど。
心中複雑な思いと葛藤を抱えながら、食事を口に運ぶ。
食堂の喧騒は、俺の葛藤をどこか紛らわすような笑い声で溢れていた。
そんな俺を他所に、アリーが垂れ耳をこちらにかざす。
「服買うのは、賛成にゃ!」
彼女は口をもぐもぐとさせ、モフモフの尻尾をピンと立てる。
だが、事態は急変していく。
アリーの動きにまるで合わせたかのように、紫の髪がふわりと揺れた。
パメラが甘えるような声を出す。
「ゴクちゃんが見繕ってくれるの? チャンスね。お好みを絶対に見つけてやるわん!」
挑発的に言葉を投げ、パメラは年上の色気を漂わせ、仲間たちの表情を窺う。
もう苦笑するしかない。
なんでいつもこうなるのか、と不思議で仕方なかった。
しかも、この案件にはおまけが付いてきた。
今まで、大人しく食事を摂っていたジュリの表情がその刹那、変わる。
彼女がフォークとナイフをカチャッと置いた。
次の瞬間、ジュリの声が食堂に響き渡る。
「へ、へんダ──の服は、わたしが選ぶの──!」
テーブルにこぶしを叩きつけ、じっと俺を見つめる。
(気づかないの?わたしの気持ちに……)
彼女が目を伏せる。
ジュリのそんな気持ちが俺に伝わる。
今まで、なんでそんなに怒るのか、不思議ではあった。
そんな彼女の気持ちを俺はわからなかった……。
衝撃だった。 だが、彼女は俺が相手の心が読めることは知らないはずだ。
今ここで、何かを言ってしまったら……。
心は揺れ動くのは当たり前だ。
だが、俺の心情などお構いなしにジュリがプイッと頬を膨らませる。
彼女は立ち上がり、一言。
「この唐変木……」
小さくつぶやき、瞳に涙を浮かべ、食堂を出ていったーー。
***
ーー食後の宿の部屋、俺は出かける準備をしていた。
コンコンコン
「どうぞ……」
扉を開くと女将さんが立っていた。
「どうされました……?」
女将さんの両手には服が抱えられていた。
「これ、良かったら着てください。息子のなんです……」
突然の申し出。
女将さんは半袖のデニムシャツと茶色の綿パンを俺に差し出す。
「っえ……?」
驚き、一瞬固まる。
「実は最初にあなたを見た時、息子の面影を感じたんです……息子は神隠しにでもあったように、突然、姿を消したんです。 なぜだか、あなたを見ていると、腹が立ってしまい……」
「そうなんですか……」
その言葉は、これまでの女将さんの態度の理由ーーそれを納得するのには十分過ぎた。
だから、あの「ふん」だったのか。
思いながらも逆に、女将さんに尋ねた。
「ギルドに捜索依頼は、出したんですか?」
「はい。20年も前に依頼しました……けれど……」
女将さんの顔が一瞬硬直する。
不安が彼女の目に浮かび、かすかな動揺が表情をかすめた。
「……そうですか……だからといって……服を頂くのは……」
「いいんです。 服なら沢山ありますから。息子が帰ってきたら着るかと思って……買っておいたものですから。どうぞ」
女将さんが一筋の涙を零して、服をそっと差し出す。
「そこまで……では、お言葉に甘えます。有り難く……」
頭を下げ服を受け取る。
「なんとなく、あなたからは息子の匂いがして……」
「ははは、そうなんですか……そう言えば女将さんの顔……俺の師匠になんとなく似ています。なんか、親近感が沸いてきます」
女将さんは静かにお辞儀をして、
「お身体には……くれぐれもお気をつけくださいね。失礼します……」と。
足音も立てずに部屋を出て行った。
まるで師匠のスキルーー”影歩”かと思ったほどだ。
俺は後ろ姿を見ながら彼女の優しさに、しばし感動する。
最初はただ、気難しい人だと思ってた。
けれど、俺が思うような人とは違った。
……ん?待てよ?
ふと俺の頭に師匠の言葉がよぎった。
師匠が昔チラリと『オレの生家は宿屋でな……』って言ってたな……。
いや、まさかな……。
そう思いながらも胸中は複雑だった。
手にした服を広げてみる。
デニムシャツの生地は柔らかくどこか懐かしい匂いがした。
鏡の前で着てみると自分でも驚くほどしっくりきた。
鏡に映った自分を確認。
「あれ……この服?」
それは、師匠に優しく抱き抱えられたようなーー不思議な感覚。
「気のせいか……」
独り言ちながら階段を昇り、襟元を正して、俺は二階の大部屋へ向かったーー。




