ジュリの気持ち
「ほぅ、七星の武器【ダンガルフの指輪】はジュリが嵌めたか……僥倖だな」
下界を眺める桃色の髪の神、シロが両手を叩いて嬉しがる。
「それはそうですよ……あの子はわたくしたちの末裔ですから……ふふふ」
神シロの妻、女神東雲も口元に手を翳し笑っていた。
「これで4つか……『リリゴパノア』にもたらされた七星の武器は……」
黒銀の目の友こと、銀髪のトランザニヤがほっと胸を撫で下ろす。
「残すところは15……」
神々は、興味津々といった表情で下界を覗く。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
無事に山分けを終え疲れきった俺は、部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。
身体が重い。
けれど、どこか心が軽くなったような気もしていた。
そしてーーすぐに眠りについた。
***
ーー夢を見た。
子供の頃だ。
俺は雪山で雪崩に遭遇したのを覚えている。
「兄上!」
「兄者ーー!!」
「兄様───!!!」
3人の子供の声が聞こえていた。
雪崩に襲われ、凍えるような雪に包まれた俺はその時。
温かい光に包まれた。多分、胸の『江戸っ子鼓動』の記憶だと思う。
そして、見たこともないような場所で俺は目が覚めた。
温かい手の感触だけが鮮明だった。
だが、その顔だけはどこかぼやけ、どうしても思い出せない。
ただ、その女性の瞳の色だけは、しっかりと俺の頭に焼きついていた。
そうだ。思い出した。
この色は桃色姉妹が持つ特殊な緑赤色の瞳だ。
思えばアカリかジュリかと見まごうほどのーー美しい女性に手を握られたのを覚えている。その女性は俺に何かつぶやいていたが、それを覚えていないのが不思議だ。
そして、次の瞬間。
ふわっとした感覚がした。
気づくと知らない場所に横たわっていた。
朦朧とする中、
「しっかりなさい!
星の涙が地に落ち、闇を照らすとき、聖なる加護を以って、傷を癒やす。
血は止まり、痛みは薄れ、魂は安らぐ。わが聖教神コリンよ、この者に癒しの光を与えたまえーー」
その言葉は今でも鮮明に俺の記憶に残っている。
『シスター・カノン』の声だ。
そしてーー目が覚めた時には、*コリン聖教会の孤児院に連れて来られていた。
***
「は、夢か……」
目が覚めると涙がこぼれていた。
懐かしいシスターの声が胸を締めつける。
視界に広がるのは見慣れた宿の天井だった。
白い靄が丸い窓ガラスを湿らせる。
カーテンを開けると窓の外は、すでに白じんでいた。
「はぁーーあ」
思いっ切り欠伸をして起き上がる。
身体は怠いがどこか清々しい。
目覚ましにシャワーを浴びる。
この銀髪な……。
これって普通なのかッ!?
鏡に映る自分の姿が目に入る度、いつもの疑問が胸をよぎる。
目立つ髪色にはどうにも馴染まなかった。
思えば師匠の髪色も年々、銀髪に変わっていったような……。
俺は師匠『ナガラ』の顔を思い出し、ちょっと口元が緩む。
「……はぁ……なんで俺、こんな髪色なんだろ……」
シャンプーを泡立て、髪を洗いながら考える。
アリーみたいな亜人なら話は別だが、この世界でヒューマン種の銀髪は稀。
俺以外会ったことがない。基本黒髪、青髪、茶髪、金髪、赤髪ーー
あ、桃色姉妹の桃髪や、パメラのような紫髪もそういえば、見たことないな。
だからか、俺たちパーティーが目立つのは……。
目に入りそうになる泡をシャワーで流し、俺だけが異質でないことを改めて気づかされる。仲間たちもきっと、俺と同じような思いをして来たはずだ。
心の中は泡立つが、一旦熱いシャワーを冷水に切り替える。
冷水は、俺の熱く滾る泡のような想いを”いい感じ”で流してくれた。
その時だった。
突然、”ガチャッ”
バスルームの扉が開いたその瞬間、俺は振り返る。
そこには伏せ目のジュリが立っていた。
白いTシャツにデニムの短パンーー彼女の頬が朱に染まる。
モコモコの泡、まるで羊のような頭で俺は向き直ったのだが。
(*焦るゴクトーのイラスト)
だがな、だがな、だがな、だがな、なぜだ?
なんで入ってきた?
反射的に向き直り、慌てたさ。
なんとなく気配が背後に近づく。
「……へ、へんダ─…… ……お、お背中……流しても?」
ジュリのその声は、聞き取るのがやっと。どこか掠れるような感じ。
けれど、その言葉を聞いた瞬間、ぐらつく身体とともに目が歪む。
薄れゆく意識の中、
いかん、【妄想スイッチ:オン】が……。
俺は自分の”癖”の世界へと入り込んだ。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
「旦那、ジュリさんでやすが、異能な魔力を感じますぜ……」
胸の『江戸っ子鼓動』に耳打ちされる。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
「ちょっと、へんダー!今の何?」
桜色の光を仄かに放つジュリのその言葉で、俺は意識を戻し我に帰った。
「っえ?! お前、今のが見えたのか?」
心臓は嫌でも跳ねた。いや、正確には『鼓動』が跳ねた。
思わず声が出る。
「お、おい……何が見えた? それにどうして俺の部屋に……?」
ジュリを一瞥した俺は、動揺で声が裏返ってしまった。
その瞬間、パタパタとページが開かれ、『江戸っ子鼓動』は『妄想図鑑』に消えるように吸い込まれた。
目を丸くした彼女が紡ぐ。
「今の……赤い髪の男の子、わたしたちの育った『ヤマト』の衣装を着てた。
そこに吸い込まれたように見えたけど……一体なんなの、その分厚い本?
もしかして……うちの『神代家の歴史』の巻物に、記されている【古のグリモア】?」
ジュリは慌てて早口で俺に尋ねる。
「いや、これ俺の癖なんだ。ってか、なんで俺の妄想が見えるんだ?おかしいだろ?」
思わず声のトーンが上がってしまった。
正直、動揺というより、唖然としてしまう。
俺の妄想が誰かに見られたのは初めてだ。
恥ずかしいのは勿論あるが、それ以上に”なぜジュリに見えたのかが謎である。
そんな俺はジュリから目をはぐらかす。
一方のジュリも、「そう言われても、確かに見えたのよっ!」と。
声を荒げながら彼女は背を向けた。
(あれ?わたし……なんでへんダーの妄想が見えたんだろ?)
ジュリの思いが俺に伝わる。嫌なスキルを授かっちまった。
そんな中、ジュリが後ろを向いたまま言った。
「ノックしたけど……その……返事がなくて……」
そう言う彼女の肩は震えていた。
うつむいたままの彼女が続ける。
「話は違うけど、ちゃんとお礼を……ダンジョンでのこと……」
お、お礼……?
お礼参りに来たのかッ!?
俺は向き直り、思わずジュリに確認した。
「何のことだ?」
唐突すぎて言葉がうまく出てこない。
いや、それよりもッ!
この状況っ!おかしいだろっ!
タオルを慌てて掴み、身体を隠しながら思う。
「あのなぁ……」
「……わたしにとっては……これくらい、普通だから……」
ジュリの言葉に俺の緊張は上り詰め、頂きを越えていく。
向き直ったジュリの表情は、どこか恥じらいが滲んでる。
彼女が長いまつ毛を伏せる。
「……普通なわけないだろ……!」
その瞬間、彼女が真っ赤な顔で口を尖らせる。
その仕草が可愛らしくて、目をはぐらかし、シャワーヘッドの小さな穴を見つめた。
緊張感が漂う中、ジュリの指先がそっと、俺の背中の傷痕に触れる。
「……ねぇ、へんダ─……」
やけに甘えた声を出すと思ったさ。
「な、なんだよ……」
俺は声を出すのもやっと。
ジュリの指が動く度、心の奥が騒つく。
「その……ダンジョンで、あなたが守ってくれたこと、本当に嬉しかったの……」
背中越しの彼女の声はどこか儚げに感じた。
「……お前のためだけに、やったわけじゃないさ。
みんなを助けたかっただけで……」
「でも、わたしは、あなたに助けてもらえたことが、すごく……」
彼女のその声は詰まる。
「そ、そ、そうか……」
その瞬間ーー恥ずかしさが胸を満たす。
シャワーヘッドの小さな穴に、入ってしまいたいと思ったさ。
その温かい湯を顔に受ける。
蒸気のせいなのかと思えるほど、白くぼやける。
周囲の音が遠のき、ただその穴だけが俺の視界に入る。
まるでそこが逃げ場のように思えて、心の中で叫ぶ。
ーー隠れてしまいたいッ!と。
俺は一気に血が昇り顔に熱が籠った。
「お前、へんダー……あ、へんたい……って、いつも言うくせにな……」
動揺を誤魔化すつもりで俺は揶揄うようにジュリに言った。
次の瞬間、空気が震えた。
ゴゴゴゴゴゴ……
俺は背中に強烈な圧を感じる。
ゴチン彡✧
その刹那ーー嵐の鉄拳、名付けるなら【ジュリゴチン】の一撃が俺の後頭部に直撃。
咄嗟に俺は振り返った。
「 ……いたっ!」
ジュリが俺をじっと見つめる。
静けさの中、眉を吊り上げる彼女の肩が震え出す。
「背中流すって言っただけよ──っ!このへんた──いっ!!」
ジュリは、目を細め顔を真っ赤にして叫んだ。
"バッタンッ!”
壊すのかッ!
そう思わせるぐらいの勢いで彼女がドアを閉める。
彼女はバスルームを飛び出していった。
その背中は、どこか寂しげに見える。
気のせいかっ!?
……ってか、なんで殴られたんだッ!俺っ!
俺は思いながら頭をがむしゃらに掻いた。
そして、肩をすくめ深く息をつく。
名付けるなら”キレッパッターン”だな。
思いながら、再びシャワーヘッドを見つめた。
「はぁ……」
キュ
声を漏らしシャワーの湯を出す。
ざー
わしゃわしゃ
ざー
ったく、ジュリの奴、
何をしたいのやら……。
俺は思いながら彼女の行動を振り返る。
「ふぅ──」と長い息をついた。
チャポン
ようやく湯船にゆっくりと身体を沈める俺だったーー。
***
◆(ここからジュリの目線)◆
なんとなく廊下にもたれかかったわ。
バカバカバカ……わたしのバカ……!
なんで素直に「ありがとう」って言えないのよ……。
わたしは胸の内で自分を責め続けていた。
顔を両手で覆い、声にならない叫びを呑み込む。
深い息をひとつついた。
心臓が高鳴るのを感じ胸を押さえる。
本当は、もっと……もっと、
あなたに近づきたいのに……。
胸の中で膨らむわたしの想いはーー止められなかった。
その時ーー”パタパタ”
軽やかなスリッパの足音が聞こえてくるーーパメラさんだった。
彼女が眉に皺を寄せ、わたしに近づいてくる。
「あのぅ……パメラさん?なんでここに……?」
困惑しながら彼女に訊ねる。
パメラさんは"ニヤリ”と笑って、
「あたいはゴクちゃんのお宝を…… 昨日は、邪魔が入ったから……」
そう言って灰色の瞳を爛々と輝かせる。
その言葉に目が丸くなる。
「ええええええ!……き、昨日!?……どういうこと!?」
思わず驚き声が出て、動揺してしまったわ。
顔は焦りが見えてたかもしれないわ。
パメラさんは「当然でしょ?」と、でも言いたげな顔で口を開く。
「あたいが一番最初にお風呂に入ったでしょ……?あなたたち姉妹とアリーが一緒に入ってたから……その隙に行ったのよ。
だけどそのせいで……あの〝カエル〟に、恥ずかしいところ、見られる羽目になったけど……!」
「っえ!」
「…ぬぬぬ……なんたるや……わが失態……」
そう言いながらパメラさんが思い出したように怒りを顕にした。
そんな彼女の顔には青筋が立っていたわ。
一方、なんとなく察したわたし。
「……ああ、だからあの時、やたらと不機嫌だったのね。……納得したわ」
そう言って大きく息をつき、肩を落としたわ。
でも…パメラさん、あそこまで積極的に?
いや、へんダーは、全然気づいてないみたいだし……。
なんか、イライラするっ!
わたしは冷静に振り返る一方で、内心は複雑だった。
口をすぼめ、思わず廊下をトンとひとつ踏みつけたわ。
◇(ここからゴクトーが再び語り部をつとめます)◇
俺はドアの向こうでその会話を聞いていた。
タオルで身体を拭き寝間着に着替えながら。
な、何の話だッ!?
き、昨日? 俺ッ、寝てたはずっ!
軽い疑念を抱きつつ、魔力操作で髪色を変えた。
意を決してドアを開ける。
「えっと……俺の部屋の前で、何してる?」
尋ねる俺は少し困惑気味さ。当然だろ?
パメラがすかさず近づく。
「あら、ゴクちゃん。お風呂上がりで丁度良かったわん。部屋に入れてよん。
すぐにあたいも、シャワー浴びるからん……うふんっ」
一瞬、パメラの言葉に固まる。
「いやいやいや……」
慌てて両手を振り断る。
だが、俺の耳元でパメラが甘い声で囁く。
「ゴクちゃんに……教えてあげるって、言ったじゃないのん。
"女”と言うものの指導をね……これでも、あたいは〝先生〟よん♡」
そう言ってパメラが艶かしい目を俺に向ける。
自身の唇に人差し指を這わせ挑発的に微笑んでいる。
こりゃ厄介だ。
先生ってかッ!
いや、これ、絶対違う方向の意味だろっ!
心の中でツッコミを入れる。
得意技だ。
状況についていけないーーその瞬間、ジュリが目を見開く。
彼女は怒りを顕にしながら声を荒げた。
「……たっぷり教えてもらいなさいよ! この、へんた──いっ!!」
“バシッ!”
ジュリが勢いのまま俺の右頬をビンタした。
「いたっ!」
ーー頬を押さえ、思わず声を上げてしまった。
ジュリは鼻息荒く「ふん!バーカ」と一言、吐き捨てる。
そんな中、彼女は真っ赤な顔で踵を返し、肩をいからせながら部屋へ戻っていった。
「なんで俺が叩かれるんだッ!? パメラの発言だろッ! いや、俺が何も言わなかったのが悪かったのかッ!?」
右頬をさすりながら茫然自失、ジュリの背中をただじっと見ていた。
俺の脳内はますます混乱を極める。
そんな俺を他所に、佇む姿を見ながら、
「ちょっとジュリちゃん、待ってよん」
パメラが余裕たっぷりの笑みを浮かべ、ジュリを追いかけていく。
その姿を見て俺は再びため息をついた。
「完全にとばっちりじゃないのか……でも、何で、いつも右頬なんだろう……?」
軽く首を振り、自分を落ち着かせようとした。
だが、頬のヒリヒリした痛みはまだ、消えそうになかった。
右頬を撫でながら俺はドアを閉める。
「はあ……なんだかスッキリしないが、取りあえず着替えよう。
服も買わないとな……」
独り言ちながら師匠が着てた服を出す。
「なんか……スター◯ォーズのオビ◯ンみたいな服だよなぁ……」
渋々、袖を通して3点式バスの鏡で確認する。
「似合わん……師匠はあんなに、カッコ良かったのになぁ……」
苦笑、肩をすくめたさ。
「はぁ……」
声を漏らしつつ、息をつきかけたその瞬間だった。
コンコンコン
部屋の扉がノックされたーー。
*コリン教会ーーズードリア大陸東南に位置する「コリン聖教皇国」が広める教えを諭す場所。孤児院が併設されている。




