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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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ジュリの気持ち







「ほぅ、七星の武器【ダンガルフの指輪】はジュリが嵌めたか……僥倖だな」


 下界を眺める桃色の髪の神、シロが両手を叩いて嬉しがる。


「それはそうですよ……あの子はわたくしたちの末裔ですから……ふふふ」


 神シロの妻、女神東雲も口元に手を翳し笑っていた。


「これで4つか……『リリゴパノア』にもたらされた七星の武器は……」


 黒銀の目の友こと、銀髪のトランザニヤがほっと胸を撫で下ろす。


「残すところは15……」


 神々は、興味津々といった表情で下界を覗く。





 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇



 無事に山分けを終え疲れきった俺は、部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。


 身体が重い。

 けれど、どこか心が軽くなったような気もしていた。


 そしてーーすぐに眠りについた。




 ***




 ーー夢を見た。


 子供の頃だ。

 俺は雪山で雪崩に遭遇したのを覚えている。


「兄上!」

「兄者ーー!!」

「兄様───!!!」


 3人の子供の声が聞こえていた。


 雪崩に襲われ、凍えるような雪に包まれた俺はその時。

 温かい光に包まれた。多分、胸の『江戸っ子鼓動』の記憶だと思う。

 そして、見たこともないような場所で俺は目が覚めた。


 温かい手の感触だけが鮮明だった。

 だが、その顔だけはどこかぼやけ、どうしても思い出せない。


 ただ、その女性の瞳の色だけは、しっかりと俺の頭に焼きついていた。


 そうだ。思い出した。

 この色は桃色姉妹が持つ特殊な緑赤色の瞳だ。


 思えばアカリかジュリかと見まごうほどのーー美しい女性に手を握られたのを覚えている。その女性は俺に何かつぶやいていたが、それを覚えていないのが不思議だ。


 そして、次の瞬間。

 ふわっとした感覚がした。


 気づくと知らない場所に横たわっていた。


 朦朧とする中、


「しっかりなさい! 

 星の涙が地に落ち、闇を照らすとき、聖なる加護を以って、傷を癒やす。

血は止まり、痛みは薄れ、魂は安らぐ。わが聖教神コリンよ、この者に癒しの光を与えたまえーー」


 その言葉は今でも鮮明に俺の記憶に残っている。


『シスター・カノン』の声だ。


 そしてーー目が覚めた時には、*コリン聖教会の孤児院に連れて来られていた。





 ***





「は、夢か……」


 目が覚めると涙がこぼれていた。

 懐かしいシスターの声が胸を締めつける。


 視界に広がるのは見慣れた宿の天井だった。

 白い靄が丸い窓ガラスを湿らせる。

 カーテンを開けると窓の外は、すでに白じんでいた。


「はぁーーあ」


 思いっ切り欠伸をして起き上がる。

 身体は怠いがどこか清々しい。


 目覚ましにシャワーを浴びる。


 この銀髪な……。

 これって普通なのかッ!?


 鏡に映る自分の姿が目に入る度、いつもの疑問が胸をよぎる。

 目立つ髪色にはどうにも馴染まなかった。


 思えば師匠の髪色も年々、銀髪に変わっていったような……。


 俺は師匠『ナガラ』の顔を思い出し、ちょっと口元が緩む。


「……はぁ……なんで俺、こんな髪色なんだろ……」


 シャンプーを泡立て、髪を洗いながら考える。


 アリーみたいな亜人なら話は別だが、この世界でヒューマン種の銀髪は稀。

 俺以外会ったことがない。基本黒髪、青髪、茶髪、金髪、赤髪ーー

 あ、桃色姉妹の桃髪や、パメラのような紫髪もそういえば、見たことないな。

 だからか、俺たちパーティーが目立つのは……。


 目に入りそうになる泡をシャワーで流し、俺だけが異質でないことを改めて気づかされる。仲間たちもきっと、俺と同じような思いをして来たはずだ。

 

 心の中は泡立つが、一旦熱いシャワーを冷水に切り替える。

 冷水は、俺の熱く滾る泡のような想いを”いい感じ”で流してくれた。

 

 その時だった。

 突然、”ガチャッ”


 バスルームの扉が開いたその瞬間、俺は振り返る。

 そこには伏せ目のジュリが立っていた。

 白いTシャツにデニムの短パンーー彼女の頬が朱に染まる。


 モコモコの泡、まるで羊のような頭で俺は向き直ったのだが。

 

 挿絵(By みてみん)

(*焦るゴクトーのイラスト)


 だがな、だがな、だがな、だがな、なぜだ?

 なんで入ってきた?


 反射的に向き直り、慌てたさ。

 なんとなく気配が背後に近づく。



「……へ、へんダ─……  ……お、お背中……流しても?」


 ジュリのその声は、聞き取るのがやっと。どこか掠れるような感じ。


 けれど、その言葉を聞いた瞬間、ぐらつく身体とともに目が歪む。

 薄れゆく意識の中、


 いかん、【妄想スイッチ:オン】が……。

 

 俺は自分の”癖”の世界へと入り込んだ。



 【妄想スイッチ:オン】


 ──ここから妄想です──


「旦那、ジュリさんでやすが、異能な魔力(マナ)を感じますぜ……」


 胸の『江戸っ子鼓動』に耳打ちされる。


【妄想スイッチ:オフ】


 ──現実に戻りました──      



「ちょっと、へんダー!今の何?」


 桜色の光を仄かに放つジュリのその言葉で、俺は意識を戻し我に帰った。


「っえ?! お前、今のが見えたのか?」


 心臓は嫌でも跳ねた。いや、正確には『鼓動』が跳ねた。


 思わず声が出る。


「お、おい……何が見えた? それにどうして俺の部屋に……?」


 ジュリを一瞥した俺は、動揺で声が裏返ってしまった。


 その瞬間、パタパタとページが開かれ、『江戸っ子鼓動』は『妄想図鑑』に消えるように吸い込まれた。


 目を丸くした彼女が紡ぐ。


「今の……赤い髪の男の子、わたしたちの育った『ヤマト』の衣装を着てた。

 そこに吸い込まれたように見えたけど……一体なんなの、その分厚い本? 

 もしかして……うちの『神代(カミシロ)家の歴史』の巻物に、記されている【古のグリモア】?」


 ジュリは慌てて早口で俺に尋ねる。

 

「いや、これ俺の癖なんだ。ってか、なんで俺の妄想が見えるんだ?おかしいだろ?」


 思わず声のトーンが上がってしまった。

 正直、動揺というより、唖然としてしまう。

 俺の妄想が誰かに見られたのは初めてだ。 

 恥ずかしいのは勿論あるが、それ以上に”なぜジュリに見えたのかが謎である。 

 そんな俺はジュリから目をはぐらかす。


 一方のジュリも、「そう言われても、確かに見えたのよっ!」と。

 声を荒げながら彼女は背を向けた。


(あれ?わたし……なんでへんダーの妄想が見えたんだろ?)


 ジュリの思いが俺に伝わる。嫌なスキルを授かっちまった。

 そんな中、ジュリが後ろを向いたまま言った。


 「ノックしたけど……その……返事がなくて……」


 そう言う彼女の肩は震えていた。

 うつむいたままの彼女が続ける。


「話は違うけど、ちゃんとお礼を……ダンジョンでのこと……」


 お、お礼……?

 お礼参りに来たのかッ!?


 俺は向き直り、思わずジュリに確認した。


「何のことだ?」


 唐突すぎて言葉がうまく出てこない。


 いや、それよりもッ!

 この状況っ!おかしいだろっ!


 タオルを慌てて掴み、身体を隠しながら思う。


「あのなぁ……」


「……わたしにとっては……これくらい、普通だから……」


 ジュリの言葉に俺の緊張は上り詰め、頂きを越えていく。

 向き直ったジュリの表情は、どこか恥じらいが滲んでる。

 彼女が長いまつ毛を伏せる。


「……普通なわけないだろ……!」


 その瞬間、彼女が真っ赤な顔で口を尖らせる。

 その仕草が可愛らしくて、目をはぐらかし、シャワーヘッドの小さな穴を見つめた。


 緊張感が漂う中、ジュリの指先がそっと、俺の背中の傷痕に触れる。


「……ねぇ、へんダ─……」


 やけに甘えた声を出すと思ったさ。


「な、なんだよ……」


 俺は声を出すのもやっと。

 ジュリの指が動く度、心の奥が騒つく。


「その……ダンジョンで、あなたが守ってくれたこと、本当に嬉しかったの……」


 背中越しの彼女の声はどこか儚げに感じた。


「……お前のためだけに、やったわけじゃないさ。

 みんなを助けたかっただけで……」


「でも、わたしは、あなたに助けてもらえたことが、すごく……」


 彼女のその声は詰まる。


「そ、そ、そうか……」   


 その瞬間ーー恥ずかしさが胸を満たす。


 シャワーヘッドの小さな穴に、入ってしまいたいと思ったさ。


 その温かい湯を顔に受ける。

 

 蒸気のせいなのかと思えるほど、白くぼやける。

 周囲の音が遠のき、ただその穴だけが俺の視界に入る。

 まるでそこが逃げ場のように思えて、心の中で叫ぶ。


 ーー隠れてしまいたいッ!と。


 俺は一気に血が昇り顔に熱が籠った。



「お前、へんダー……あ、へんたい……って、いつも言うくせにな……」


 動揺を誤魔化すつもりで俺は揶揄うようにジュリに言った。


 次の瞬間、空気が震えた。


 ゴゴゴゴゴゴ……


 俺は背中に強烈な圧を感じる。


 ゴチン彡✧


 その刹那ーー嵐の鉄拳ハリケーンゲンコツ、名付けるなら【ジュリゴチン】の一撃が俺の後頭部に直撃。

 

 咄嗟に俺は振り返った。



「 ……いたっ!」


 ジュリが俺をじっと見つめる。

 静けさの中、眉を吊り上げる彼女の肩が震え出す。


「背中流すって言っただけよ──っ!このへんた──いっ!!」


 ジュリは、目を細め顔を真っ赤にして叫んだ。



 "バッタンッ!”



 壊すのかッ!


 そう思わせるぐらいの勢いで彼女がドアを閉める。


 彼女はバスルームを飛び出していった。

 その背中は、どこか寂しげに見える。


 気のせいかっ!?

 ……ってか、なんで殴られたんだッ!俺っ!


 俺は思いながら頭をがむしゃらに掻いた。

 そして、肩をすくめ深く息をつく。


 名付けるなら”キレッパッターン”だな。


 思いながら、再びシャワーヘッドを見つめた。



「はぁ……」



 キュ


 声を漏らしシャワーの湯を出す。



 ざー


 わしゃわしゃ


 ざー



 ったく、ジュリの奴、

 何をしたいのやら……。


 俺は思いながら彼女の行動を振り返る。


「ふぅ──」と長い息をついた。



 チャポン


 ようやく湯船にゆっくりと身体を沈める俺だったーー。




 ***



 ◆(ここからジュリの目線)◆


 


 なんとなく廊下にもたれかかったわ。


 バカバカバカ……わたしのバカ……!

 なんで素直に「ありがとう」って言えないのよ……。


 わたしは胸の内で自分を責め続けていた。


 顔を両手で覆い、声にならない叫びを呑み込む。


 深い息をひとつついた。


 心臓が高鳴るのを感じ胸を押さえる。


 本当は、もっと……もっと、

 あなたに近づきたいのに……。


 胸の中で膨らむわたしの想いはーー止められなかった。



 その時ーー”パタパタ”


 軽やかなスリッパの足音が聞こえてくるーーパメラさんだった。


 彼女が眉に皺を寄せ、わたしに近づいてくる。



「あのぅ……パメラさん?なんでここに……?」


 困惑しながら彼女に訊ねる。

 パメラさんは"ニヤリ”と笑って、


「あたいはゴクちゃんのお宝を……  昨日は、邪魔が入ったから……」


 そう言って灰色(グレー)の瞳を爛々と輝かせる。


 その言葉に目が丸くなる。


「ええええええ!……き、昨日!?……どういうこと!?」


 思わず驚き声が出て、動揺してしまったわ。 

 顔は焦りが見えてたかもしれないわ。


 パメラさんは「当然でしょ?」と、でも言いたげな顔で口を開く。


「あたいが一番最初にお風呂に入ったでしょ……?あなたたち姉妹とアリーが一緒に入ってたから……その隙に行ったのよ。

 だけどそのせいで……あの〝カエル〟に、恥ずかしいところ、見られる羽目になったけど……!」  


「っえ!」


「…ぬぬぬ……なんたるや……わが失態……」


 そう言いながらパメラさんが思い出したように怒りを顕にした。

 そんな彼女の顔には青筋が立っていたわ。

 一方、なんとなく察したわたし。


「……ああ、だからあの時、やたらと不機嫌だったのね。……納得したわ」


 そう言って大きく息をつき、肩を落としたわ。


 でも…パメラさん、あそこまで積極的に?

 いや、へんダーは、全然気づいてないみたいだし……。

 なんか、イライラするっ!


 わたしは冷静に振り返る一方で、内心は複雑だった。

 口をすぼめ、思わず廊下をトンとひとつ踏みつけたわ。





 ◇(ここからゴクトーが再び語り部をつとめます)◇




 俺はドアの向こうでその会話を聞いていた。

 タオルで身体を拭き寝間着に着替えながら。


 な、何の話だッ!?

 き、昨日? 俺ッ、寝てたはずっ!


 軽い疑念を抱きつつ、魔力操作で髪色を変えた。


 意を決してドアを開ける。


「えっと……俺の部屋の前で、何してる?」


 尋ねる俺は少し困惑気味さ。当然だろ?


 パメラがすかさず近づく。


「あら、ゴクちゃん。お風呂上がりで丁度良かったわん。部屋に入れてよん。

 すぐにあたいも、シャワー浴びるからん……うふんっ」


 一瞬、パメラの言葉に固まる。


「いやいやいや……」


 慌てて両手を振り断る。

 だが、俺の耳元でパメラが甘い声で囁く。


「ゴクちゃんに……教えてあげるって、言ったじゃないのん。

 "女”と言うものの指導をね……これでも、あたいは〝先生〟よん♡」


 そう言ってパメラが艶かしい目を俺に向ける。

 自身の唇に人差し指を這わせ挑発的に微笑んでいる。


 こりゃ厄介だ。

 先生ってかッ!

 いや、これ、絶対違う方向の意味だろっ!


 心の中でツッコミを入れる。

 得意技だ。

 状況についていけないーーその瞬間、ジュリが目を見開く。

 彼女は怒りを顕にしながら声を荒げた。


「……たっぷり教えてもらいなさいよ! この、へんた──いっ!!」



 “バシッ!”


 ジュリが勢いのまま俺の右頬をビンタした。


「いたっ!」


 ーー頬を押さえ、思わず声を上げてしまった。



 ジュリは鼻息荒く「ふん!バーカ」と一言、吐き捨てる。

 そんな中、彼女は真っ赤な顔で(きびす)を返し、肩をいからせながら部屋へ戻っていった。


「なんで俺が叩かれるんだッ!? パメラの発言だろッ! いや、俺が何も言わなかったのが悪かったのかッ!?」


 右頬をさすりながら茫然自失、ジュリの背中をただじっと見ていた。

 俺の脳内はますます混乱を極める。


 そんな俺を他所に、佇む姿を見ながら、


「ちょっとジュリちゃん、待ってよん」


 パメラが余裕たっぷりの笑みを浮かべ、ジュリを追いかけていく。


 その姿を見て俺は再びため息をついた。


「完全にとばっちりじゃないのか……でも、何で、いつも右頬なんだろう……?」


 軽く首を振り、自分を落ち着かせようとした。


 だが、頬のヒリヒリした痛みはまだ、消えそうになかった。

 右頬を撫でながら俺はドアを閉める。


「はあ……なんだかスッキリしないが、取りあえず着替えよう。

 服も買わないとな……」


 独り言ちながら師匠が着てた服を出す。


「なんか……スター◯ォーズのオビ◯ンみたいな服だよなぁ……」


 渋々、袖を通して3点式バスの鏡で確認する。


「似合わん……師匠はあんなに、カッコ良かったのになぁ……」


 苦笑、肩をすくめたさ。


「はぁ……」


 声を漏らしつつ、息をつきかけたその瞬間だった。


 コンコンコン


 部屋の扉がノックされたーー。













 *コリン教会ーーズードリア大陸東南に位置する「コリン聖教皇国」が広める教えを諭す場所。孤児院が併設されている。




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