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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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閑話  エマと勇者の本




 黒銀の友の瞳はわずかに潤んでいた。

 彼は一雫の涙をポトリと落とす。

 涙の落ちたその場所はーー小国トランザニヤ。


 隔離された島国ーートランザニヤには、ポツリポツリと小雨が降り出した。






 ***【トランザニヤ王爵オブリオの屋敷】***



 

 ーー翌朝。


 

 オブリオは赤ん坊の泣き声で目を覚ました。


 

 まだ、窓の外には朝靄の残る寝室で、

 泣き声のする方に優しい眼差しを向ける。


 妻のマルソーは泣いている赤ん坊を優しく胸に抱き寄せ、

 授乳を始めたところだった。


 ーーオブリオの双子の息子。


 片方の赤ん坊はスヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。

 その寝顔をオブリオは目尻を下げ見つめる。


 

 スヤスヤと眠っている幼子は、青髪のエドモントーー双子の兄。


 どんなに泣き声が響いても微動だにしないその姿に、オブリオは思わず微笑んだ。


 一方、授乳中の赤ん坊は銀髪の弟ーーエドワード。


 彼は泣き止むと母の胸に頬を寄せ、安心したように目を閉じた。


 その仕草を慈しむように、マルソーは我が子をそっと抱きしめた。


 双子は二卵性。


 兄、エドモントは母親似。 弟は父親似だった。


 

 幼子たちはどのように成長していくのだろうか。


 マルソーは日々の暮らしの中で、彼らの成長を楽しみにしていた。


 だが、「双子は不吉の予兆ーーいずれ、どちらかを……」と、オブリオは小さくつぶやき、涙を認めていた。


 

 しばらくして、寝室の隅で動きがあった。


 "むくぅ”と身を起こしたのは銀髪の少女で八歳の娘ーーエマ。


 

 髪は寝癖なのか、爆発したように広がり、眠たげな銀色の瞳で両親をぼんやりと見つめていた。


 長い銀髪の間から欠伸を漏らし、両手を大きく伸ばしてーー



「はぁーーあ─」と、目を擦りながらもう一度欠伸。 



「おはようございます、とうちゃま……かあちゃま」



 ぽそっと言葉を落とすと、眠気がまだ覚めないエマは、"ちょこん”とベッドの縁に座り込んだ。


 その言葉に幼子を抱きながら、マルソーは優しい口調で、


「おはよう、エマ。あなたはもう、お姉さんになったのよ」


 そう言って柔らかく微笑む。 

 そしてマルソーは続けて優しくたしなめた。


「可愛い弟たちがいるのだから、一人で身支度は整えられるわね?」



「うん……」


 

 軽く頷いたエマは、大きな水玉柄のパジャマの長い袖から手を出す。



「んしょ」


 

 彼女は声を漏らしながらベッドから降りた。


 一緒に寝ていた白熊の縫いぐるみを脇に抱え、寝室を出ていく。



 静寂の中「はぁーーあー」と、再びエマが欠伸したーーその瞬間。



 ゴ……ォォ……


 

 低く、深く、空気が軋む。

 目に見えぬ波が押し寄せ、皿棚のグラスが震え始めた。



 カタ、カタタ…



 音もなく弾け、ガラス細工の蝶が羽根を散らすように砕けた。



「ごめんなしゃい!」

 

 エマは自分が”何をしたのか”気づいていなかったーー。



 廊下から突然響いた大きな音に、オブリオとマルソーは顔を見合わせる。

 続いて聴こえたのは、エマの小さな謝罪の声だった。


 

 幼い子どもであっても、魔力(マナ)の暴走は時に思わぬ影響を及ぼすーー。


 

 それはかつて、『大魔導オヘソ・べロン』も幼少の折に見せた力であり、トランザニヤでは”天印の芽吹き”(始祖源流の血脈)とも呼ばれていたーー。



 メイドには抱えていた縫い包みが廊下の花瓶に当たり、倒してしまったように映ったが、実は違った。


 

 花瓶は棚の上から滑るように落ちたのだ。


 

 割れたのはエマが欠伸をした際に放った、異様な程の魔力に触れたからだった。


 「高価な花瓶なのに……」


 亜人のメイドが小声で呟くのが聴こえる。


 だが、エマはすでに顔を洗って、その言葉にはお構いなし。


 そんな中、その音で目を覚ましたのは、寝ていた双子の兄エドモント。



 黒銀の瞳を「パチッ」と開ける。


 彼は泣くどころか、笑みを浮かべていたーー。




 



 ***【悲しみの味と香りの紅茶】*** 




 


 朝食後。


 ダイニングルームでは、エマが弟のエドモントに言葉を教え込んでいた。



「ねーた……かぁか……とーうと……」



 「ねーたじゃなくて、ねぇね!」


 

 エドモントが覚えたばかりの言葉を繰り返すたび、エマは笑いながら訂正する。


 彼の右拳が言葉を発するたび、微かな光を放っていた。


 

 一方でマルソーは双子の弟、エドワードに授乳中。


 それを終えるとエドワードは鎖骨辺りに、勢い良く吸い付く。

 彼の小さな身体がほんの少しだが、赤い光を纏った。


 

 その後ろでは、亜人のメイドが寝癖のエマの銀髪を手際良く()き、綺麗なツインテールに仕上げている。



 ダイニングルームの窓には、ポツポツとした音とともに雨の雫が垂れる。

 平和な朝ーー温かい朝食ーー家族の絆。

 この生活に、幼いながらもエマは幸福を感じていた。

 


 だが、その幸福は無惨にも打ち破られる。

 まるで外に降る雨のように。

 


 穏やかな空気が流れる中、オブリオが静かに口を開く。



「……エマ」


 

 その言葉のすぐ後ーー眉間に皺を寄せ、執事のイワンがダイニングテーブルに紅茶を運ぶ。



「……少し聞いてくれ」


 

 エマが父、オブリオの声に目を向ける。


 

 オブリオの顔は青ざめ、瞳には涙が浮かんでいた。


 言い淀むオブリオは意を決し、口を開いた。



 「……弟……マグが………討ち死にしたんだ」


 

 その言葉にエマの手から紅茶のカップが滑り落ちる。


 

 受け皿が割れる音が響き、テーブルには紅茶があふれたーーその瞬間。


 エマは叔父の笑顔がはっきりと浮かび、それが走馬灯のように駆け巡った。

   


 ーー夜の寝室。



「エマが一番好きな物語だぞ!がっはははは!」


「叔父ちゃま、『トランザニヤ物語』、読んで読んで!」


「エマ、お前が好きなところを読んでやろう」



 マグナスは微笑みながら分厚い本を捲る。




「そして、八咫鴉(やたがらす)の勇者は、黒き魔獣を退けた……!」


「すごい!!叔父ちゃまが、勇者みたい!!」


「がっはははは……エマもいずれ、立派な勇者になるさ」



 ーーあの夜の言葉が今も耳に残っている。


          

 ーー叔父ちゃまーー。


 


 人気『作家』、ジュリ・ミシロによる物語で、エマは主人公『八咫鴉』の活躍に夢中になった。


 時折、冗談を交えて笑い合ったあの時間は、エマにとって大切な宝物。


 いつも厳格だったマグナスがエマにだけ見せた優しい笑顔。


 そのすべてがエマにとっては、かけがえのない幸せの記憶だった。


 

 エマの頬を涙が伝う。

 それを止めることは、誰にもできなかったーー。



「もう、一緒にお話できないの……?」



 エマは悲痛な声を漏らす。


 大好きだった叔父の突然の死に、涙が堰を切ったように溢れる。


 声にならない嗚咽が喉を締め付け、

 彼女は堪えきれず、大声で泣き出した。



「えーーーーんっ! 叔父ちゃまっ! えーーーーんっ!」



 ゴゴゴゴゴ……



 その瞬間、部屋の空気が震えた。



 ”パリィンッ!”


 

 紅茶のカップが床に落ちるーーだが、それだけではない。



 バキバキ……!



 テーブルの上に置かれた銀製の食器が軋みを上げた。


 壁に掛けられた絵画も"ビリビリ”と揺れ動く。



 膨大な魔力と爆発寸前の【覇気】を感じ、イワンが目を見開く。



 「エマ様……?」



 エマの銀色の瞳がわずかに紅く輝くーー

 それでもどこかで笑顔の叔父の声を探していた。


 執事のイワンは、ハンカチを差し出しながらそっとつぶやく。



 「姫様、鼻水をお拭きくださいませ……鼻水を……」



 悲しみに包まれる朝は、静かに過ぎていったーー。










 「お読みいただき、ありがとうございます。 作者になりかわりお礼を!」

 

 挿絵(By みてみん)

(*執事イワンのイラスト)



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