波乱の山分け前
「ゴクトー、あやつは、ルシーヌの末裔に気づいているのか?」
「いや、我ながら呆れる。多分気づいてないぞ」
神シロに問われ、黒銀の目の友こと、トランザニヤは肩をすくめる。
「七星の武器は誰が持つのかのぅ?」
「それはわからない。相性次第だ。武器が相手を選ぶさ」
トランザニヤは、神シロの言葉を聴きながらも下界に注視していた。
「お二人とも……静かに見守りましょう」
女神東雲は笑っていた。
神々は揃った『リリゴパノア』を天界から眺めていた。
その頃、ゴクトーたちは、宿屋に到着した。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
ほっと胸を撫で下ろし宿屋の玄関を眺めた。
あの女将さん、いるよな?
ダンジョンアタックの前、仏頂面で女将さんがくれたパン……元はと言えば、あれが原因で、アカリの”パカックス”なる造語が生まれてしまった。
パンをくれた親切を咎めるわけではないのがだ……。
しかし、そんなこと女将さんに言ったら大変だろうな。
「ふん」て、猪みたいな強烈な鼻息がまた炸裂するよな?
ははは、笑える。
思いながら、宿の玄関で一瞬立ち止まる。
そんな俺に構いもせず、玄関にキュタンと一歩踏み出し、ノビが声を張った。
「おがみさーん!」
”チ────ン!”
ノビが受付の呼び鈴を鳴らす。
その音が響く中、口を真横に結び女将さんが奥から姿を現した。
「ノビ?……なんであんたが?」
女将さんがノビを一瞥。
すぐ、俺たちを眺め眉をひそめる。
「オラの仲間なんさ!」
ノビは声を張り、誇らしげに胸を突き出す。
いきなりのノビの発言に戸惑う女将さん。
「冒険者なの?……パン屋のせがれの、あんたが?」
女将さんは眉尻を上げながら、まるで疑うかのように尋ねる。
ノビが軽く頷き、パメラを押し出した。
「ほら、ごの人……冒険者で、魔法学院の先生でもあるんさ……!
ぎれいな人だろさ?」
その言葉に女将さんは目を丸くした。
彼女は目をパチクリさせ、パメラを凝視。
一方で、前に押し出されたパメラが振り返り、「貴様!……」とノビに発し、次の瞬間、「失礼した。 ……パメラ・ルシーヌ・カルディアだ」と。
落ち着いた声で名乗り、女将さんに優雅に一礼する。
その瞬間ーーアカリ、ジュリ、アリーが驚く。
「「「ええええええ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡っ!!!カルディア???」」」
彼女たちは声を揃えた。
その声音には焦りと驚愕が入り混じっている。
次の瞬間、アカリとジュリがほぼ同時に囁く。
「パメラさんって王族、姫様なのー?」
「……これは手強いわね」
アカリとジュリが顔を見合わせた。
一瞬、彼女たちの視線が意味深に交わる。
「ん?何か言ったか?」
その声は俺の耳には届かなかった。
他方、押し出された本人はどこか照れるように、俺をじっと見つめ肩をすくめる。
「あたいはあたいよん。身分なんて関係ないのよ、ゴクちゃん……」
そう言ってパメラは『爆弾』を揺れないように押さえつつ、艶っぽい唇でchu♡っと音をさせる。
その瞬間ーー俺の目にはチカチカと星が飛ぶ。
目の前がぐらっと揺れ、視界が歪む。
カチッとした音が脳内に響く。
次の瞬間、”妄想”という自分の”癖”の世界に入り込んだ。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
「旦那?」
胸の『江戸っ子鼓動』が欠伸しながら、目をこする。
(*ゴクトーの妄想キャラクター)
「すまん、鼓動起こした……」
「まだ、夜明け前ですぜ、あっしはもう一眠り……ふぁーあ」
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
パラっとページを開いた『妄想図鑑』に、『鼓動』は吸い込まれるように収まった。
「”ハッ”!短っ!」
我に返り、意識を戻す。
「パメラ……姫なのか? なら、その仕草やめてくれ……心臓に悪い」
苦笑しながら肩をすぼめ目をはぐらかす。
だが、パメラはどこ吹く風のようにしれっとしている。
仲間たちはの顔も、まるで「何言ってるの?」ってな顔で俺を見ている。
女将さんの表情は”困惑”なのか……”戸惑い”というべきだうか……そんな感じが色濃く滲んでいた。
だがしかしーー「ふん」
鼻息を鳴らし、平静を取り戻し、宿帳を確認し。
まるで”詩人”を意識した口調で、女将さんが静かに紡ぐ。
「パメラ姫様、今宵はこちらにお泊まりいただけるのでしょうか……
大きな部屋、四人が共に眠る広間は空いておりますが、
一人部屋は残念ながら満ちており……
生憎、ただ今はーー二人部屋のみが空いております」
女将さんの言葉にパメラとは、じっくり仲間たちの顔を眺める。
そんな中、アカリがアリーの頭を軽く撫で彼女は、女将さんに頭を下げた。
「それでお願いします」
その言葉にジュリもうなずきパメラも微笑む。
一方でアリーは、ピンと立っていた耳を折りたたみ、尻尾を直立させる。
んーん。
可愛いなアリー、って今は、それじゃないだろ?
俺はその様子を眺め、思わずニタリと口元が歪んだ。
そんな俺を他所に、女将さんが宿帳を凝視する。
そして、宿帳を指でなぞりながら真顔で聞き返す。
「何泊されますか? 大部屋は一泊につき、お一人様銀貨十二枚、二人部屋は銀貨八枚になりますが……」
料金を聞き、ノビが一瞬口を開きかけた。
だがーーそれを制し俺は、硬貨の小袋を取り出した。
「何泊するかまだ分からないので、取りあえずこれで……」
小袋から金貨を十枚取り出し、女将さんの前に差し出す。
ノビの視線が金貨に向く。
「ゴクどーさん…金貨一枚って、銀貨30枚と同じ価値。
……ってことは、銀貨300枚!!すげぇんさ…こんなにあっさり大金出すの?
お金持ちなの?! すげーんさ!」
ノビはそう言って唾を飛ばし、目を丸くする。その目はチグハグに揺れ動く。
一方で、金貨をしっかり請け取った女将さんは、”よそ行き”の声を出した。
「ありがとうございます」
なぜか鼻を”摘み”丁寧なお辞儀をする。
なぜ、摘むッ!
心の中ではツッコム。
あ、そうか、「ふん」って出そうなのか。
もちろん口には出さない。
クスッとした俺は大部屋の鍵をパメラに渡し、二人用の部屋の鍵を手にした。
ふと、アカリが俺の横に寄り添って耳元で囁く。
「部屋で、のちほど……”宝物”の山分けよ。それでいいですわね?」
目の奥に『猛虎キラン✧』を従え、彼女が静かに確認する。
「も、もちろん……」
答えてすぐ、背中に汗が滲むのがわかる。
俺たちはすぐに女中さんの案内で部屋へ向かった。
「ふん!」
だが、その途中女将さんの鼻息が聞こえた。
「ふん」を耳にする度に笑いそうになるのを堪え、「お世話になります」と、女将さんに頭を下げた。
仲間たちは2階へ。俺は一人、部屋の扉を開ける。
広々とした空間、ベッドがふたつ、『3点式のユニットバス』も備え付けられていた。
「湯船があるのはいいな。ダンジョンの疲れもこれで取れる」
独り言ちながらも気分は上々。
湯船に湯を張りながらソファに腰を掛けた。
その時ーーコンコンコン。
扉がノックされた。
「どうぞ」
次の瞬間、瞼を重くしたノビが顔を覗かせる。
「みんな風呂に入っで、着がえるから、食堂に行けっで言うんさ……」
ノビが「仕方なく来ました」と言わんばかりの表情で、俺に甘えた声を出す。
次の瞬間、彼が切なさを滲ませ肩をすくめる。
ノビを見て、思わず「ししし」と笑ってしまった。
「眠そうだな。まぁ座れよ。眠気覚ましに風呂に入るか?」
バスタオルをノビに投げる。
「おことばに甘えで……」と、ノビが風呂場へ向かった。
「ノビもタフだよな……パメラに振り回されてるのに、全然へこたれない」
シャワーの音を聴きながらつぶやき、ベッドに横たわった。
「さて、山分けか……」
その時だった。
急に便意が襲ってくる。
「あ! ノビが使ってるんだった!」
慌てて部屋を出て廊下の共通トイレに向かう。
しかし。その間に何かが起きるとはーーこの時の俺は知る由もなかった。
◆(サービスカットをお送りします!by天の神シロ)◆
「王族としてあるまじき……けど、もう後には引けないわん……」
紫の髪が揺れ動き彼女は扉をーーコンコンコン。
「……ゴクちゃん?」
返事はない。
「また、どこかで”ぼー”っとしてるのかしらん?」
パメラは少し首をかしげ、部屋の扉をそっと開けた。
「入るわよん……」
室内からはシャワーの音が響いてくる。
その瞬間、パメラの灰色の瞳が爛々と煌めく。
「うふんっ……」
彼女は唇を人差し指でなぞりながら、じっとりとした視線を浴室の方へ向けた。
これはチャンスねん。
ゴクちゃんに…今なら大人の“女”の魅力、
教えてあげられるわんっ!
思いながら彼女は悪戯っぽい表情で紫髪を束ねる。
彼女は“勝負下着”がどこまで通用するのか?と、笑みをこぼした。
服を脱ぎながらつぶやく。
「……これ、買ったときの店員、ドン引きしてたわよねん」
要らぬ情報。だが、それが彼女の照れくささをほんの少し和らげる。
最後に残ったのは、『ツンと棘のある黒薔薇』だけ。
「ゴクちゃん……背中、流してあげるわねん」
タオルを胸にあてがい、妖艶な声を出す。
彼女は頬を赤くしながら、バスルームのドアをそっと開ける。
"カチャッ”
「ふふっ……あたいが特別に、色々教えてあげるんだから……覚悟してね」
だがーー。
「ええぇぇぇぇえ!? いっじょに入るの?!」
ーーそこにいたのは入浴中のノビだった。
(*パメラとノビのイラスト)
「先生!あれ、みんなど風呂入らなかったの?
あ!……それ、勝負の黒薔薇? やっど見れたーー!」
ノビは驚きはしたものの、すぐにいつもの調子で、「ケロッ」とした顔をする。
「っえ…! ノビ… なんで貴様が?!」
一瞬、パメラは状況が理解できずに硬直する。
やがて彼女は、羞恥と怒りが込み上げてきた。
「貴、貴、貴様ああああああああああ!!!」
"バシッ!”
怒りの形相でパメラは、ノビの顔面にビンタを叩き込む。
「いっでぇぇぇ!な、なんで叩ぐんさ? オラ、悪ぐないんさ!」
ノビは泡まみれの顔を押さえた。
しかし、抗議するがパメラは耳を貸さない。
「私が!こんな格好、貴様に見られるなんてっ!」
片腕で『爆弾』を隠し、
もう片腕で必死にドアノブを握る。
「あれが勝負の……」
"バシッ!”
「いでぇぇぇ!!」
ノビが途中まで何か言いかけたーーだが、再びビンタの音で掻き消される。
「う、うぅ……なんで……こんな屈辱……」
彼女はつぶやきバスルームから逃げるように飛び出す。
真っ赤な顔で服を慌てて着込む。
パメラは弾む『爆弾』を落ち着かせ、
胸元をしっかり整える。けれど、怒りと恥ずかしさで頭は沸騰していた。
そして、彼女が天を仰いで悔しがる。
「なんでこんなことに……ゴクちゃんじゃなくて、
それもノビに……一生の不覚よん!」
パメラは眉を寄せ、ため息をつきつつ、部屋のドアを閉めた。
一方、ノビはというとーー
「……これは夢?……んでも先生、すっげぇ綺麗だったんさ……」
頬を押さえながら、彼は呑気につぶやく。
「でもこれで……オラ、大人の世界にちょっと、近づいたんさ!」
泡まみれで頬を真っ赤に腫らすノビ。
瞬間、彼の満面の笑みが鏡に映った。
「これも経験なんさ……」
静かになった風呂場に彼の言葉が虚しく響いたーー。
◆(「クークククク!」天の声シロがお送りしました。ここからはゴクトーが引き継ぎます)◆
しばらくして、俺は部屋に戻った。
頬を真っ赤に腫らしたノビは、ソファに座って靴下を履いていた。
もちろん不思議に思い、ノビに問いかけたさ。
「ノビ……お前、どうした? 頬、赤く腫れてるが……」
「ありがどうございました!」
ノビが誇らしげに胸を張りーー力強く答えた。
だが、彼の目は胡乱で口元も緩んでいる。
なんだよ、そんな頬を膨らませて……随分なカエル顔だなっ!
いや、違ったッ!今はそうじゃない。
一体、何があったんだ?
あ、もしかして……この香り?
パメラの香りじゃないのか?
ノビの様子を見て、なんとなく察した。
一応、尋ねてみるか。
俺は思考を逡巡させながら問いただす。
「ノビ、お前、何があったんだ?」
「ゴクどーさんのおがげで、良い風呂でしだ。これは……そのお代で……」
ノビが手で頬を押さえうっとり、遠くを見つめる。
まさかとは思うが、パメラがこの部屋に?
…お代……?
例の”心読”のスキル発動。
俺はノビを見ながら、だんだん内容が読めてきた。
思考を巡らせ黙る俺に、ノビが頬をさすりながらポツリ。
「ご褒美で……このぐらいは、ま、いいがな、って……ふふふ」
ノビは"ニヤリ”と笑って続けた。
「先生……すげがった……でも、オラ、負げねーんさ……」
「すごかったし、負けねーんだな。ってか、訛り酷いな……。……ししし、タフな奴だな、お前は」
状況を理解した俺は思わず吹き出した。
「まあいい。風呂に入るとするかな」
ノビを一瞥しながら笑いを堪えつつ、浴室へと向かった。
ーーやがて。
寝巻きに着替えた俺とノビは、部屋でくつろいでいた。
コンコンコン。ノックの音とともに「へんダー、入るよー」
「どうぞ」
ジュリが静かに部屋に入ってくる。
「おお、ジュリさん!」
ノビが「ケロッ」と手を振る。
その瞬間、眉間に皺を寄せジュリが俺を見つめる。
彼女が口をへの字に曲げて、俺に向かって荒げた声を投げる。
「どうして、ノビがここにいるのよっ!」
「いや、ノビはただ風呂に入っただけだ。落ち着けよ」
苦笑しながら俺は答えた。
「せっかく、二人っきりになる、チャンスだったのに……」
「ん?何だ?」
「何でもないわよ!!」
ジュリがソファに腰を下ろす。
(ったく、このおじゃま蛙)
スキル越しに伝わる苛立ちに俺は苦笑する。
そしてーー彼女と目が合う。
彼女は、風呂上がりのようで、石鹸の香りがほのかに漂う。
白っぽいTシャツに、デニムの短パン姿。なんとも言い難い軽装だ。
そのTシャツからは、うっすらと緑色が透けて、肩から肩紐まで覗く。
(*ジュリのイラスト)
乾ききってない桃髪からは、フローラルなシャンプーの香りもする。
ジュリの軽装に心中穏やかにはしていられず、目をそらした。
だが、俺の動揺を見透かすようにジュリがつぶやく。
「紺の寝間着……『ヤマト』のものよね?」
そう言って、彼女が頬を朱に染める。
「ああ、師匠がくれたやつだ」
「……似合ってるわよ。へんダーのくせにね」
ジュリの目が『小鳥遊(鷹なし)』モードに変わった。
顔が朱いのは風呂上がりのせいなのか、それとも?と。
心の中で葛藤を繰り返す。
ジュリの目が変わったのが理解できない。
そして、俺はある結論に行き着いた。
寝巻き、欲しいんだなッ!
いいのっ!見つけておくぞっ!
……ってか、何考えてんだ、俺……。
自分にツッコミ、ジュリの顔を窺う。
(ったく、ノビの奴。タイミング悪いのよ。邪魔ばっかりするわね)
ジュリの思考が再び俺に伝わる。
ドキッと胸の『鼓動』が動いた。中々に気まずい。
この妄想と心読スキルは要らない、と心の底から思う。
そんな俺を他所にジュリがノビを見る。
一方のノビは頬を赤く腫らしながら「見られるど恥ずかしいんさ」と、囁く。
その声に、明らかに呆れ顔を見せるジュリは口を開く。
「部屋でみんな待ってるわ。山分けを始めるわ、行きましょ」
ため息をひとつつき促す。
俺とノビは顔を見合わせ頷いた。
一波乱あったな……山分けの時間か。
俺はニヤリとしながら、階段を登っていったーー。




