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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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忍び寄る影










「おい、黒銀の、あやつを見てみろ!」


 神シロが下界を注視しながら、黒銀の目の友ことトランザニヤに指差す。


「ふむ。あれは兄の末裔、魔王の眷属……魔族と呼ばれるもの……」


 トランザニヤの表情が曇る。


「まさか……人間の姿に?」


 女神東雲も驚きながら神眼を凝らした。

 神シロの唇がわずかに動く。


「とうとう動き出したか……」


「しかし、まだ、兄の孫は直接は動いてないようだ」


「……魔王ガーランド三世か……」


 トランザニヤの声に、神シロは腕を組みながら右手で顎を撫でる。

 何かを考えながら遠くを見つめていた。


「……まだゴクトーが接触するには早すぎる……早すぎるんだ!」


 トランザニヤは悲観するかのようにーー下界を覗き込んだ。

 神シロと女神東雲も心中穏やかではいられず、同様に下界を覗き込む。




 ■神シロの視点■


 神シロは静かに下界を見つめていた。

 神眼には、魔族たちの小さな動きが、

 大きな戦乱の兆しへと繋がる未来の線として映っていた。

 彼は今、何よりも「時機」を見極めようとしていた。

 ゴクトーの介入はまだ早い。

 だが、手をこまねけば、魔王の血筋が先に動き出す。

 この世界の均衡を守るため、

 今はまだ“動かざる時”と見定める冷静さが必要だ。

 神シロの眼差しには、決断の重みに耐える覚悟が宿っていた。



 

 ▲女神東雲の視点▲


 東雲の神眼は、下界に渦巻く気配を繊細に感じ取っていた。

 恐怖でも、怒りでもない。

 彼女が覚えたのは、ただひたすらに“胸騒ぎ”だった。

 この世界で生きる者たちの命が、名も無き誰かの涙が、

 音もなく引き裂かれていく未来が見える気がした。

 女神として、母として、

 彼女にはそれを黙って見過ごすことなどできなかった。

 ただ祈るだけでは足りない。

 けれど、手出しもできないーーその狭間で彼女は苦悩していた。



 

 △トランザニヤの視点△


 トランザニヤは黒銀の目を細めた。

 下界で起き始めた異変、その輪郭には見覚えがあった。

 

「またか」ーー(いにしえ)の記憶が、彼の中で疼く。

 

 かつて自らが封じた“何か”が、再び目覚めようとしている気配。

 そして、それに呼応するように魔王の末裔が動き出す。


 これは偶然ではない。

 

 因果が巡る音が聞こえる。

 彼にとって、これは単なる観察ではなく、

 古の罪と責任に向き合う時でもあった。

 目の奥に宿るのは、神としての義務と、個としての贖いの覚悟だった。





 ***


 ーーそして。

 

 神々が不安の眼差しを落としたその下界では、すでに別の鼓動が鳴り始めていた。それは宴の喧騒に紛れて響く、不吉な笑い声。


 ワインの芳香に混じり、誰にも気づかれぬまま漂う、血と硫黄の匂い。


 そこは『*アドリア公国』ーー辺境伯が治める地。

 煌びやかな邸宅に、楽団の旋律と拍手が響き渡る。

 だがその裏で、目に見えぬ“魔の影”が人々の背に覆いかぶさろうとしていた。



 ***




 『アドリア公国』辺境伯、*イイダル・コス・ハルツーム卿は、

 豪華絢爛たる邸宅の大広間にて、貴族たちを招き寄せていた。


 煌びやかな燭台が天井を照らし、壁には華麗なタペストリーが飾られている。

 

 その邸宅では盛大なパーティーが催されていた。

 白い長テーブルには白銀の皿が並び、その上には貴重な魔物の肉料理や、

 この地ならではのスープ、果物などが客たちの目を喜ばせる。


 辺境伯は、その風格を漂わせながら優雅に身を翻す。

 ゆっくりとした足取りで、壇上に立つ。

 彼は深いグレーのローブを羽織り、その袖口には金糸の刺繍が煌めく。


 片手に芳醇な香りのワインを握りながら、彼が口元を緩める。

 

 「新しいダンジョンができたことで、

 この辺境の地が栄えることに感無量の喜びじゃ」

 

 口元の白鬢を撫で付け、さらに紡ぐ。


 「今日は忙しい最中、我が邸によく来てくれた。

 ゆっくり、料理と酒を味わってくれ!」

 

 彼は高らかに声を上げ、宴の乾杯の音頭を取った。


「諸君、この夜を祝して、乾杯!  未来に向けての希望と栄光に、乾杯!」


 それを掲げた瞬間、白髪まじりの髪も軽く靡く。

 豪奢なシャンデリアの光がそのルージュ色を、

 ゆらりと揺らすかのようだった。 

 魔力(マナ)が集まるそのグラスが、わずかな紅光を放つ。


 貴族たちは一斉に杯を掲げ、祝福と期待の念を込めて、その酒杯を高く掲げた。


「「「乾杯!!!」」」


 一同が会し、掲げたワインを口にする。


 その期を待ってたかのようにーー

 招かれている*カルテットの弦楽器が美しい音色を奏でる。


 貴族や豪商が集う中、談笑が会場を賑わせる。

 

 そんな中、煌びやかな紺のローブを靡かせ、辺境伯に近づく貴族がひとり。

 その男性は見るからに老獪、かつ威厳を漂わせる。

 

「ハルツーム卿、ダンジョンの探索状況はいかがですかな?」


「これはこれは……*マヌカン伯爵、ようこそおいでくださいました」


 辺境伯は恭しく会釈した。


「うむ、そう畏まらんでも良い。ところで……卿に頼みたいことがあるのだが……」


「はて? 頼みとはなんでしょう?」


「ダンジョンの利権についてだな……」


 その言葉に辺境伯の耳が微かに動き、顔色が変わる。


「場所を変えましょう……ちょっとここではなんですから……我が書斎で」

「うむ」


 辺境伯はマヌカン伯爵とともに大広間を後にした。




 ***




 「ごきげんよう、*アルザック準男爵様」


「ほう……マヌカン伯爵家のご長女、メリアル殿ではないか。お久しぶりですな」


 貴族たちの社交パーティーともなれば、形式張った挨拶の裏に、結婚を見据えた駆け引きが当然のように行われる。

 煌びやかなドレスに身を包んだ令嬢たちは、この機を逃すまいと笑顔を振りまき、場内を蝶のように舞っていた。


 そんな中、ひとりの令嬢が他とは一線を画す異彩を放っていた。


「ふふ……我が下僕、リンクスが倒された? ふふ、あの子もまだ半人前だったようね。でも……“ゴクトー”とかいう子、少し面白いわ」


 艶やかな碧の髪が揺れ、金虹の煌めきを宿す瞳が、妖しく冷ややかに細められる。カルテットの重奏に合わせ、彼女は踊り始める。

 黒のドレスはしなやかに宙を舞い、豊かな胸元が艶やかに揺れる。

 その姿には女王のような威厳と、抗い難い色香が共存していた。


 彼女の名はーー『リュミエール・マヌカン・ネルル』。

 表向きはマヌカン伯爵家の次女として社交界に出入りする、上流貴族の女性。


 ーーしかし、その正体は*魔族四天王の一角にして、高位存在の*北の『ドルサード』。


 そして今。


 彼女は“七星の武器”が眠るとされる、新ダンジョンの情報を探るべく、人間社会へと潜入していた。


 その狙いはただ一つ。

 この地上に魔族の影響力を広げ、神々の末裔たちへ復讐の業火を灯すことーー


 その美貌も、社交性も、すべては仮初の仮面にすぎない。

 本来の姿は、金虹の瞳を持つ魔性の魔女。

 その瞳は、見るだけで人の欲望を読み取り、支配する力を宿していた。


 彼女の纏う香気は、魔界でのみ咲く禁断の花ーー『ネルル・ローズ』の芳香。

 その香りを吸った者は、たちまち陶酔し、一時的にこの世の悦楽を超えたーー“昇天”の幻覚すら見ると言われる。



「ごきげんよう」


 彼女がひとたび声をかければ、男たちは一瞬にして理性を焼かれ、膝を折る。


 「おお……女神様……」


 そうつぶやいたその男の瞳は、すでに焦点を失っていた。

 リュミエール、いや、北の『ドルサード』はそっと微笑む。


 その唇の奥に隠されているのは、破滅と支配の甘美な毒であることを、まだ誰も知らない。


 大広間の客たちは正気を失っていく。その瞬間、彼女は本来の姿を表す。



 漆黒のドレスに包まれた肢体は、見る者すべての視線を絡め取る。

 頭頂からのぞく角を隠すことなく、彼女は堂々と、艶やかな唇を舌で舐める。


「ふふ……天界の神々には、地上の美酒の味など、わからないでしょうね……」


 この宴の裏で、新たなる時代の扉が開かれるとも知らず、客たちはただ酒を煽り、戯言を語っていた。そして、誰も気に留めぬ貴族がまたひとり、彼女の下僕となった。


 その男は空想の呪文を唱えながら、天井に手を伸ばしていた。


「くくく……魔族がいつか、世界を変える……」


 アルザック準男爵のその言葉に、『ドルサード』は笑みをこぼす。


「いまいち、七星の武器の情報はつかめなかったけど……まぁいいわ。新たな下僕も見つけたし、きっとマヌカン、あのタヌキ親父が何かを掴んでくるでしょ」


 アルザック準男爵を従え、彼女は歩き出す。


 そして、艶やかな唇をつぶさに動かす。


「ふふ……天から指を咥えて見てなさい……トランザニヤ」


 









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