肉食女子の態度と『妄想王』……そして、流星群。
「なんとかクリアしたな」
「ああ、ほっとした」
「わたくしの指輪とそっくりな……」
「シノ、あれが七星の武器のひとつ、【ガンダルフの指輪】だ」
神シロは感慨深い表情を浮かべ、女神東雲に優しく答えた。
黒銀の目の友こと、トランザニヤはバツが悪そうに笑っていた。
神々は『リリゴパノア』を優しい目で見守る。
その頃、ダンジョン踏破を遂げたゴクトーたち『リリゴパノア』は、ギルド支部へ向かっていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
無事に地上へ出られた安堵と、緊張が入り混り、俺の胸の鼓動が早まる。
ーーギィィ…
重厚な扉を開きギルド支部に足を踏み入れる。
いつものTAKOBAの匂いだ、って感じだ。
窓ガラスから差し込む陽の光が白い煙を見え隠れさせる。
この独特の雰囲気に思わず口元を緩める。
仲間たちの顔もどこか安心したような顔。
だが、パメラは顔をしかめながら開口一番。
「……ったく、この煙に酒。臭いったらありゃしないわん」と。
彼女は素早く手を動かし、顔にかかる煙と強い匂いを追い払う。
その動作は、冒険者ごと吹き飛ばすかのような素早さだ。
胸を揺らさなきゃいいがな……。
そう思いながら苦笑いしていた。
喧噪と笑い声が響く中、視線を向ける鎧の男が隣の男の肩を叩く。
「あれば、見んさいや」
「命からがら、逃げ出してきたみてぇだな……」
隣の男はぶっきら棒にそう言うと嘲笑を浮かべた。
ざわつく冒険者たちの鋭い視線が、一斉にこちらに向く。
察したジュリがうつむく。
「あなたたちなんかに……わたしのこの姿を見られたくないのよ」
彼女が小さくつぶやいた。
だが、次の瞬間ーー桃色の髪を振り乱しジュリが叫んだ。
「このっ──!ドスケベどもぅ───っ!!」
片眉を吊り上げる彼女の怒声にギルド内が静まり返る。
やばいな、この雰囲気。
ちょっと、場を和ませないと……。
俺はジュリに向かって冗談を仄めかす。
「視線察知のスキルか?」
当然のように彼女が言葉尻を蹴る。
「へんダ──の視線には、慣れっこですから〜」
ジュリはどこか悪戯っぽく答えた。
そして彼女は柔らかな桃髪をいじる。
「でもね。あなたの”視線”には、すぐ気づくの」
「っえ?」
その声は小さすぎて聞こえなかった。
次の瞬間、目をつむり彼女が舌を出す。
「ベぇ────っ!」
無邪気な仕草を見せるジュリから思わず視線を逸らした。
そんな中、アリーがクスッと笑う。
(ジュリねぇ、ゴクにぃに上手く言えないんだにゃ)
アリーの思考が”例のスキル”で読めてしまう。
耳をかっぽじって、これは現実なのか?と、改めて確認してみたいところだ。
常に妄想が癖の俺にとって、これも妄想なのでは?と、思わずにはいられなかった。
一方、パメラはやり取りを見ながら、服の惨状に気づき、袖を広げて眺める。
「……あら、あたいもひどい格好だわねん……」
どこか呑気な様子を見せるパメラは、周囲の視線をさらに集める。
周囲の目が物語ってる。当然だ。
若返ったし、美人だし、喋らないで、気品溢れるドレスでも着て、ティアラなんかもつければーーまさしく上品なお姫様の風格と威厳が彼女にはあるのだ。
だが、ひとつだけ……。
そんな俺は彼女に向かって慌てて注意。
「『爆弾』揺らすなよっ!パメラッ!」
「わかってるわよん……」
彼女がムスっと頬を膨らませ俺を睨み返す。
年上の姉がまるで、弟に突っ込まれたような顔をしている。
冒険者たちの目が♡になるのもわかる。
そんな中、アリーやアカリも自分たちの姿が気になったようだ。
ま、当たり前だ。
ボロボロだもんな。
思いながらも口には出さない。
そんな俺を他所に、恥ずかしそうに目を伏せながらアリーがポツリ。
「ジュリねぇ……」
「…ん? なーに、アリー……?」
「……破けてて、小さな”緑壁”が見えてりゅ……」
そう言って彼女は小さな手で目を覆う。
「大丈夫、成長期なのよ……わたし」
ジュリがため息をつき自身の胸を押さえる。
彼女は頬を朱くして視線を落とす。
おい、アリー、
それって、『爆弾』な発言ですけども……。
視線がアリーに奪われ木箱に躓く。
「痛っ! なんで木箱が?」
思わず声が出た。
周囲の視線が俺に集まる。
大丈夫かッ!俺っ!
内心、自身へのツッコミは忘れない。
恥ずかしさの中、狼狽えを誤魔化す。
ただでさえ注目されているのだ。
俺がこれでどうする……?
リーダーと呼ばれて、なんとなくこれまでやってきた。
だが、俺たちはダンジョンをクリアしたパーティーなんだ。
冒険者たちからの視線もさらに鋭くなるし、噂もされるだろう。
情けない姿を晒してどうする?
こんなこと師匠に知られたらきっと大笑いされる。
あの変な笑い方で……。
気まずさゆえの葛藤が俺の心を揺さぶる。
俺は周囲の視線を浴びながらも、思考を逡巡させた。
そんな中、アカリは察したのか、さりげないひとことを口にする。
「ジュリ、シャツは破れてるし、緑色のブラが出ちゃってるわね。ミニスカートは焦げてるし、大胆ね……ふふふ」
言い終えた彼女が笑みをこぼす。
それどころか揶揄うようにだ。
居た堪れなくなったのか、ジュリが顔を真っ赤にして言い返した。
「ちょっと、ネー!」
恥ずかしそうに慌てて黒いローブをまとう。
その瞬間、アカリがニヤッとしながら仲間たちに目を配る。
「アリーのオーバーオール、それに革バンドも黒焦げね。パメラさんのブルゾンも、袖が裂けてスカートの裾がほぼないわ。 黒薔薇柄? それって下着よね?見えてるけど、大丈夫?うふふ」
そして、俺の目をじっと見つめる。
突然、思い立ったようにアカリは着物の裾をたくし上げる。
「見られるのは……ダー様だけで十分」
「は? 何か言ったか?」
小声で囁くアカリの声は聞こえなかった。
アカリの唇が続けて動く。
彼女はあっけらかんなひとことを口にした。
「人の目なんか、気にしてはいけませんわ……ほら、行きますわよ!」
背筋を伸ばし凛として彼女は受付へ向かう。
目を凝らすとアカリの着物もひどいありさま。
両裾と帯は破れ、黒編みタイツ(鎖帷子)が大きく裂けてる。
仲間たちの装備は目を覆いたくなるような惨状。
周囲の目が集まるのも言わば当然。
そんな中、俺はダンジョン踏破を振り返る。
激戦に次ぐ激戦。
魔物は強敵揃い。
だが、無事に生還できたのは、仲間たちの温かい看護。
そしてーー強い絆があったからだ。
ヨシ!、決めた。
もし、仲間に困ることがあったなら、必ず助けてみせる……!
あと、俺も自覚しないと……リーダーだってこと。
そう心に誓い、拳をギュッと握り締める。
一瞬だけ瞼を閉じ、深く息を吸い込む。
その瞬間、ギルド内の喧噪が少しだけ遠のいた気がした。
閉じた目をゆっくりと開く。
そして、噛み締め結んでいた唇を動かす。
「行こう!」
俺は『覚悟』を背負い受付へと向かった。
ーーギルド支部受付前。
冒険者と受付嬢が話す声もにぎやかだ。
一方は「報酬が多い依頼を頼む」、もう一方は「このランクではこれが限界です〜」、なんてやり取りが常だ。
態度が悪いあの受付嬢、今日はいないな……と、思いながら受付を見渡す。
俺の視線に気づいたーー20歳にはまだ満たない、少し幼なげに見える綺麗な受付嬢が声をかけてきた。
「あのぅ……」
初めて見る受付嬢は茶髪を掻き上げ、にこやかに口を開く。
「はーい。依頼の受注ですか?」
「いや、ダンジョン踏破してきたんだが……」
冒険者カードと【証明書】をその受付嬢に差し出した。
「っえ!?」
一瞬の間を開け、彼女の肩が震え出す。
「……お待ちください!」
魔導端末に俺のカードを慌ててかざした。
そして彼女は目を丸く見開き、魔導端末を眺めながら言葉を落とす。
「パーティー名リリゴパノア……リーダーはゴクトーさんですね……?」
彼女のその表情はまるで『ポカン』だ。
わからないよな?
口を開いたまま、顔が凍りついたような状態なんだよ。
次の瞬間、「えええええええ!」 と。甲高い声を上げた。
そして彼女が驚きを顕にする。
仲間たちも受付嬢の顔を見て”クスッ”と笑みをこぼす。
やがて、心の整理がついたのか受付嬢は、まるで確認でもするかのようにつぶやく。
「まだ潜って……十日しか経っていないのに……!」
その数秒後、彼女が大きく息をつき、
「『S級』パーティーも潜っていると言うのに……快挙です!」
彼女の瞳がわずかに潤んでいた。
その顔はどこか誇らしげで、俺たちを労うように応接室へ案内してくれた。
仲間たちの声が重なる応接室に、夕日の金色が差し込み始めた。
応接室内に案内され、中央に鎮座するゆったりめのソファに五人で掛けた。
さすが応接室、*『カイド』産の*オックス牛の革製高級ソファだ。
俺の隣にはパメラ、向かいにはアカリ、アリー、ジュリが座った。
ふと、ジュリは、前のパメラを見て、両手をミニスカートの上に置く。
彼女の仕草はパメラの『黒薔薇』を意識しているようだった。
次の瞬間、少しだけ美脚を俺の方へ向ける。
それは何気ない小さな仕草だがーーその目は『爪を向ける鷹』のようだった。
ジュリの表情は”何食わぬ”顔のままだ。
(今がチャンスね)
彼女の目尻と口角が、かすかに上がったのを見逃さなかった。
ジュリの気持ちがわかるのも考えものだ。
思わず目をはぐらかす。
一方、ジュリの横に座るアリーがさりげない一言。
「ゴクにぃ、お目々がエッチにゃ」
次の瞬間、ジュリがガッツポーズを決める。
俺に目を向けたまま、ブルブルと達成感に浸っていた。
胸中、動揺を隠せずーー身体が少しだけ傾く。
肩が触れたパメラが口を開く。
「あれ、ゴクちゃん? 天井に何かいるの?」
慌てて口にする言葉はつまらない言い訳。
「いや……なんでもない……」と、思わず言ってしまった。
一瞬、パメラの顔が柔らかく崩れる。
次の瞬間ーー応接室の風が変わった。
この時、俺に新たな刺客がニヤリと微笑む。
目を向けるとアカリの艶っぽい唇がわずかに動く。
「さあ、ご覧になって」
あまりの声の小ささで聞きづらい。
「ん?」
突然、アカリは口の端をキュッと上げ、鋭い目を向ける。
彼女はこれみよがしに美脚を組む。
次の瞬間ーーアカリの唇がつぶさに動いた。
彼女が”口パク”で詠唱する「【パカックス】!」
刻が一瞬止まった。
それは……トドメの魔法ーー【デス】!
……ってか、耐えられるのかッ!死を覚悟するのか俺っ!
胸中、自分にツッコミながらも目の前はクラクラとする。
即座にアカリから目を離した。
だが、狼狽える俺の表情を見てアカリが囁く。
「ふふふ……耐えられるのかしら? ダー様……」
彼女は何事もなかったように、アリーの垂れ耳をそっと撫でる。
さすがにその言葉には絶句した。耳まで熱くなるのがわかる。
耳をそばだてるパメラは、その言葉に反応する。
「ちょっと、何笑ってるのよ? アカリちゃん?」
「ダー様が、何を見ているのか……可笑しくて……ふふふ」
素早く足を閉じ、両手を膝の上に置いてさらりとアカリが答えた。
一方で、パメラは困惑しながら俺に問う。
「それで……何か見つかったの……?ゴクちゃん」
「いや、別に……」
俺は顔に熱が籠り、ジト目でアカリを見る。
やっぱり、デス姉だなッ!
なんとか耐えたな……俺っ!
思いながら汗を拭い、ほっと胸を撫で下ろす。
パメラが不思議そうにアカリに視線を向ける。
だが、アカリは目をそらし再び足を開いていくーーその瞬間。
視界は目まぐるしく、”ぐるぐる”。
ぐらりとし、意識が薄れ、目は霞んでいく。
【妄想スイッチ】が……。
俺は自分の”癖”の世界へ入りこんだ。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
美脚の前で”死線”がまるで、
青い絹糸で絡め取られたように動かなくなった。
「『妄想王』の旦那、そう万度、呼び出されたら、
あっしは寝る間もねぇですぜ……」
胸の『江戸っ子鼓動』がそう言って肩をすくめる。
「っえ?、なんだその『妄想王』って?」
俺の問いに、胸の鼓動がニヤッと笑った。
「……”死線”が危ういんだ……」
俺が返したその瞬間、『江戸っ子鼓動』が叫ぶ!
「出よ!『青銅のトライアングル』」
「鼓動さん、お呼びですか?」
「いや、俺は呼んでないんだが」
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
『青銅のトライアングル』はチーンと高い金属音を鳴らし、
寂しそうに『妄想図鑑』に吸い込まれ収まった。
「なんで?……鼓動は召喚もできるのか?」
思わず声が漏れた。
胸に残る『鼓動』はまだ動きが早いまま。
『妄想王』としての力が、自分の意思を越えて動き始めているのかーー
そんな嫌な予感が、額の汗と一緒に滲み出していた。
一方、アカリはしれっとした態度で平静を装う。
「ダー様……動揺してるわね」
彼女の小声が耳に入ってきた。
そんなに……顔に出てたか?
アカリのこの手の猛攻にもそろそろ慣れて……いや、全然慣れないな。
しかし、彼女の思考が読めないのはなぜだ……。
思考を逡巡。だが、脳裏に浮かんできたのは『妄想王』と言う響き。
『妄想王』……?やはり、俺自身の精神に妄想は直結するのか……
確かに、師匠には『へんたいだな』なんて、
言われたことはあったけどな……。
俺は胸中、葛藤を繰り返していた。
そんな俺を他所にアリーだけは、うっつらとしていた。
相当疲労が溜まっていたのか、彼女は頭を「カクッ」っとさせる。
アリーの頭を肩で支えるジュリを見て、心が少し落ち着く。
その光景は微笑ましく、見ているこちらまで温かく感じたからだ。
コンコンコン
応接室のドアがノックされた。
微睡むアリーの垂れ耳がピクッと動く。
「失礼します」
恰幅の良い中年の男性。
ギルド職員らしいその彼は、俺たちの姿を一瞥する。
すると、少し気まずそうに口を開く。
「ダンジョン踏破、おめでとうございます。
支部長は現在、村長と兼任で商業組合の業務に出ておりまして……
お手数ですが明日また、ギルドにお越しいただけますでしょうか?」
彼は続けて紡ぐ。
「とりあえずの褒章です」
ズシャ ズシャ ズシャ
『アイテムボックス』から大きな布袋を3つ、テーブルに乗せた。
中身を見ると『白金貨』がズッシリ。
一瞬、俺たちは顔を見合わせた。
仲間たちも驚きながらも次々に口を開く。
「マジ?!」と。俺はその袋を持ち上げた。
「こんなにゃに?」と。アリーが目を擦る。
「やったわね!」と。ジュリが微笑む。
「当然よん」と。パメラが美脚を組み替える。
「結構な額ですわね」と。アカリの表情は至って冷静だ。
それぞれが漏らす中、次第に笑顔に変わり一旦了承した。
「では、また明日」
汗をふきながらそう告げると、ギルド職員は応接室を出ていった。
ドアが閉まった瞬間、仲間たちは安心したのかーー
”ぐぅぅぅぅ”
誰かの腹の音が聞こえる。
察した俺は口を開く。
「ここにいても仕方ない、とりあえず出よう」
仲間たちも頷く。
俺たちは踏破報告も出来ず、ギルド支部を後にする。
だが、出口付近で一瞬立ち止まり、俺は空を見上げた。
七つの流星群が弧を描く。その美しい七色の曲線に思わず漏れる。
「明日は特別に良いことが……きっと待っているさ……」
***
ーーその頃。
通りすがりの冒険者たちが足を止める。
「すげー美人……」
「白い肌に長い耳……まるで彫刻だな」
彼らの視線の先には、白衣をまとった女性。
周囲のざわめきにも気づかぬふうに、彼女は静かに歩いていた。
「ふふ……昼間から七つの流星群なんて、珍しいですわね。
これはもう、運命が動き出すーー予兆かもしれませんわね……」
艶やかな唇が、意味深に微笑む。
白衣の胸元には、『教授』の文字が金の魔法糸で縫い込まれていた。
そして、同じ空の下ーー七つの流れ星が、銀の帯となって煌めく。
そのひと筋の光の中に、黒いローブをまとった銀髪の青年の面影が、淡く浮かび上がっていたーー。
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