『爆弾(ダイナマイト)』な彼女……中編
天界にいる神々が騒つき始めた。
「おいおい、まさかダンジョン神、
オグリの奴……わかっていて仕込んでいたのか……」
黒銀の目の友こと、トランザニヤはゴクトーたち、
ダンジョン内を隈なく”神の目”で見透かす。
「ははは、黒銀の……あやつは変わり者だからの……だが、先見の目は確かだな」
神シロは笑うが顔はどこか堅い。
「あなた、そんな笑い事ではありませんよ……あれって……」
神シロの妻、女神東雲も”神の目”を閃かせながら驚いた表情で口を挟む。
その顔を見ながら神シロが腕を組んで答える。
「そうだ。 ありゃエイジ湯だな。
”ねじれ”の関係で、この世界の時空の流れが変わってしまったから……。
それにちょうど良い頃合いかもしれん。
魔王の呪術……奴が呪いのように……
七星の武器から遠ざけるような”言霊”を発しておるしな」
神シロは不安な表情を浮かべた。
「特に姉のアカリは自分にだけ聞こえる声に、戸惑っていたはずじゃ。
……不思議に思っていたはずなんだが……あの子は気丈にもそれを出さん」
神シロが感心しながら言葉にする。
下界を覗き込んでいたトランザニヤは振り返り、
「いや、ゴクトーは多分……気づいてないぞっ!
下界の時間の流れが変わっていることなんて……」
少し渋い顔で神シロに答えた。
「ワシらは見てることしかできないからの……今のところはな」
神シロは言葉を落とし、深くため息をつく。
そんな神シロの横に身体を寄せ、「宿命を背負ったあの子たちを見守りましょ」と、そっと肩を抱きしめる女神東雲。
一方で声を大にしてーー「お惚気は帰ってからやってくれッ!」と、トランザニヤは顔を赤くして再び下界を覗き込んだ。
「ははは……黒銀の……ルシーヌを思い出すな」
「わたくしの親友……ルシーヌ・トランザニヤ……」
神シロと女神東雲はつぶやくと一瞬、遠くを見つめた。
「ほれ、シノや、遥か昔の感傷に浸ってる場合ではないぞ。
あやつらから今は、目が離せんからのぅ」
「そうですわね」
神シロと女神東雲もトランザニヤとともに下界を覗き込んだ。
ーーその頃、ダンジョン内のゴクトーたちは……
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「行くわよん」
ニヤニヤしながら階段を降りるパメラの後を追って、
俺たちは45階層に降り立った。
そこは洞窟のような岩がゴツゴツとした細い通路が続く。
奥から吹く生暖かい風とともに、
卵の腐ったような匂い、灰色の煙が立ち込めていた。
パメラの後ろを俺とアリー、そしてジュリ。
着物が裂け、目のやりどころに困るアカリが、
頬を朱に染めながら最後尾を追従していた。
少し進むと、何かの気配。
ピクッと鼻を動かす、アリーが一歩前に踏み出す。
「にゃにかある!」
彼女は魔導銃に魔力を注ぎ込んだ。
次の瞬間ーーアリーの身体は白い光に包まれ、
垂れ耳もピクっと動く。
クンクン。
鼻を鳴らすアリーの表情がその瞬間、変わった。
彼女は魔導銃をさっと背負い突然、四つ足で一目散に駆け出した。
「おい!アリー!先に行くな!」
焦った俺は止めた。
だが聞く耳を持たず彼女は、猛スピードで駆けていく。
さすが獣人、尋常では無い速さで灰色の煙の中に消えていったーー。
「大丈夫ですわ。アリーならきっと」
アカリの声。
後ろを振り返れないのが今の現状。
アカリのあの姿が目に入ったら、『妄想図鑑』が開いてしまうーー。
「マジかッ!」
前を向いたまま走り出した。
「パメラ、ジュリ、アカリを頼むな!」
珍しく指示を出し、アリーの後を追った。
「はぁはぁ……くっそ、見失った」
息は切れ、追い付かず、独り言ち、その場で立ち尽くした。
すぐに後ろの方で駆け足が聞こえた。
「はぁはぁ……早すぎるわん……ゴクちゃん、アリーちゃんは?」
背中越しに息も絶え絶えのパメラの声が聞こえる。
「アリーなら、きっと大丈夫よ!」
続けてジュリの声。
息切れもせず発する彼女の声に驚く。
「リーダー様、アリーならきっと、先に『セーフティー・ゾーン』に」
アカリもジュリ同様に息切れ一つさせていない。
やはり……さすが『桃色姉妹』。
二つ名で呼ばれるだけあるな……と、思いながら感心して歩いていた矢先。
「おーい、みんにゃー!『セーフティー・ゾーン』は、ここにゃ!!」
姿は見えずだが、アリーの声が通路の先で聞こえた。
俺たちは歩みを早めた。
やがて灰色の煙の先に、うっすらとした小さな身体が浮きぼりされる。
垂れ耳をはためかせるアリーだった。
『セーフティー・ゾーン』の入り口で、俺たちの姿を見るなり、アリーが嬉しそうに指差す。
「ここにゃよ、この中、癒しの小屋がいくつか、あるにゃ」
彼女が嬉しそうにモフモフの尻尾を揺らす。
「おい、心配したんだぞ、アリー!」
俺はそう言いながら彼女の頭を少し雑に撫でた。
「ごめんにゃしゃい」
彼女の尻尾が地に擦りつく。
興奮してるのか、と思うぐらい彼女の尻尾は激しく揺れていた。
そんな中、真紅のレザージャケットを脱ぎながら、パメラが唇を動かした。
「ダンジョン内に温泉なんてラッキーね。
行きましょ、ゴクちゃん。アカリちゃんも着替えられるしねん」
言いながら彼女はスキップで中に入っていく。
その後に”尻尾フリフリ”アリーが続く。
俺は後ろも振り返れず、一度咳払いして、中に入った。
当然、俺の後ろにはジュリとアカリが続いた。
腐った卵の匂いと灰色の煙の正体はーー。
硫黄と吹き出す源泉が混じり合ったものだった。
入った瞬間、不思議に思う。
まるで外のような青空と小さな太陽が俺たちを見下ろす。
さらに、山間の稜線が緑色の光を反射させる。
ダンジョン外ような光景に目も奪われた。
そんな俺を他所に、横に並んだジュリが声を出す。
「へぇーーやっぱりダンジョンて、不思議なところよね」
そう言う彼女の目は、実に”キラキラ”していた。
出ました、彼女の口癖「へぇーー」
その瞬間、俺の前世の記憶が蘇る。
これって、スパリゾートか?
……ってか、ダンジョン内だぞッ!
思わず自身にツッコム。
なんて思ってたのも束の間。
興味津々な仲間たちは先を急く。
『セーフティー・ゾーン』の小屋に俺たちは、一歩足を踏み入れた。
木造の湯屋の中は、ほんのりとした光が包む。
湧き出る温泉の水面はーー
外から差し込む、 少し西に傾きかけた太陽の柔らかな影が揺れていた。
温泉大好き。いや、むしろ風呂好きの俺。
疲れた身体を癒すため、「それぞれの時間を過ごそう」と、指示出し。
皆は黙って頷いた。
大風呂、濁り湯、少し離れた所には打たせ湯。
着替え始める仲間たちに気後れしながら、俺も着替え始めた。
少し恥ずかしそうに、しかしどこか照れ隠しの笑みを浮かべながら、
アカリはゆっくりと巫代流の戦装束を脱ぎ始めた。
その動きには気品があり、和装の戦装束が丁寧に畳まれる。
彼女は小さく息をつき、薄い温泉用の衣装に身を包む。
その白い衣装は、神々しさを纏い、
まるで巫女が神託を受けるような姿を矜持させる。
温泉の水面には、彼女の静かな決意と優雅さを映し出しているようだった。
「……べ、別に見られても恥ずかしくないですわ……
ダー様、あまりじろじろ見ないでくださいまし」
アカリは少し頬を染めながら、声を低く抑えて目を閉じた。
「いや、見てねえし……
ちょっとだけチラッと……いや、今のは事故だって!」
俺は慌てて弁解。
顔には熱が籠りつつ、視線をはぐらかす。
一方で、着替え終えたジュリは、
温泉の波紋を見つめながら、
「……こんな所で癒されるなんて……『ヤマト』を出て以来、久しぶりよ」と。
ため息混じりに彼女がつぶやく。
その表情はいつになく神妙な面持ち。
(『ヤマト』かぁ……離れてもう三年以上経つけど……
今、映ってるわたしの身体って、本当にこれ、わたしなの?)
ジュリの思考が俺に伝わる。
例の”心読”スキルのせいだ。
俺はある時から、相手の思考が読めるようになっていた。
そう、死にかけたあのリンクスとの戦闘後からだ。
なんでジュリは、あんなに不思議がってる?
ふと頭をよぎるが、ざばっと掛け湯して温泉に浸かる。
「ふぅ」
適温に思わず声が漏れた。
リンクスの砲弾を喰らった傷跡が水面に映る。
このタトゥーのような傷跡……
魔族の呪詛ってやつなんだろうか?
結構派手に残っちまったな。
胸中複雑だが、別の思考が巡る。
仲間たちの姿、顔だけでなく、声や身長ーー
”その他”もだ……。 言わせるな、察してくれッ!
温泉に浸かった瞬間、
アカリやジュリが急に大人びたように感じたられた。
そんな中、着替えたアリーは、
『爆弾』のような冗談を投げ込む。
「アカリねぇのおぱんちゅ、桃色にゃあ〜!(回避不能)」と、
目を丸くしながら指差した。
次の瞬間ーー”ジャポン”と濁り湯の方に彼女が浸かる。
アリーも間違いなく、ちょっと顔つきや身体つきが変わったと感じた。
そんな思いを巡らせていた時だった。
アカリは、恥ずかしさを隠すように俺をじっと見ていた。
「アリーったら、派手じゃない”あれ”を言わなくても……私も温泉は久しぶり……ゆっくり疲れを癒さないとですわ……」
彼女の小言は聞こえなかった。
一方、少し離れた所からーー パメラが俺に声をかける。
「ゴクちゃん、ここは本当に癒されるわね。湯加減も丁度良いし……」
その声に振り返ると、確かに……彼女はさらに若々しく、
美しくなり、見違えるようだった。
だがしかし、不思議なことにーー
そのことについて俺とジュリ以外、他の仲間は気付いてない様子だ。
気づいてるのは……俺とジュリだけなのか……。
ギャップと緊張の緩和、
そしてーー何よりも仲間たちとの温かい絆を感じながら、
俺は静かに湯に身を沈めた。
この瞬間こそ、
戦いの前後に必要な”ひとときの癒し”だと、俺は思っていたーー。
***【アリー目線】***
夜の静寂が支配すりゅ『セーフティー・ゾーン』の中、
僕たちは疲れ果てて休んでいた。
周囲の木造の壁や暖炉のほのかにゃ火の光が、
なんだかほっとさせてくれりゅ。
そんな中、こっそりと『アイテムボックス』に手を伸ばした。
誰にも見つからにゃいように、こっそり。
「にゃふふ……。このにおい……まちがいにゃい♪」と。
僕は小さくつぶやき、”あるもの”を『アイテムボックス』から取り出した。
『セーフティー・ゾーン』の前で見つけたーー
【魔力回復ならこれ!甘々満腹ドーナツ】。
透明な包装にデカデカとロゴが書いてありゅ。
きっとドロップアイテムに違いにゃい。
きっとそうだ、そうに決まってりゅ。
僕はそっと手に取り、一口かじりついた。
もっちりとした生地の感触と、ぷにゅっと弾むような食感。
甘い香りが鼻をくすぐりゅ。
むしゃむしゃと、気持ちを落ち着かせながら食べ続けたにゃ。
次の朝。
ジュリねぇが眉をひそめてつぶやいたにゃ。
「おかしいわね。ドーナツの甘い香りがするわ……誰か食べた?」
パメラしゃんも、羨ましそうな表情で言ったにゃ。
「誰か……食べたのかしらん? 甘いものいいわねん」
僕は慌てて顔を上げ、手で顔を覆った。
顔に粉砂糖がついているのは、きっとばれにゃいはず。
でも、心臓がドキドキと高鳴りゅ。
「し、知らないにゃ!!」と、
僕はキリッとした表情を作りながら、
声を震わせずに答えたつもりだった。
その時の僕は、まるで子供のようだったと思う。
秘密のアイテムをこっそりと盗み食いした罪悪感と、
少しだけ得意げな気持ちが入り混じったーー
奇妙な朝の出来事だったにゃ。
◇(ここからゴクトーが再び語り部をつとめます)◇
仲間たちは心身ともにリフレッシュされていた。
俺もそうだ。
みんな、顔の表情が明るくなったな。
そう思いながら支度を整える。
翌朝、俺たちは『温泉セーフティー・ゾーン』を出て、
ダンジョン攻略を再開した。
気を張りながら気配を殺し、ダンジョンを進んでいく。
だが、洞窟を抜けた瞬間、目の前には再びジャングルが広がった。
ーー翼が大気を切り裂く音が響く。
「なにぃっ!」
上を見上げた俺は思わず声が漏れた。
「あれは……まずいですわね」
アカリが汗を滲ませ天を仰ぐ。
「グルギェーーー!」
上空を複数が旋回し鋭い眼を向ける魔物の群れ。
鋭い爪と嘴、猛禽のような顔に馬の胴体を持つ魔物の姿だった。
「『グリフィン』か、厄介だな」
俺は上空を眺めながら声に出した。
だが、さらにーー次の瞬間。
「ガァゴゴゥーーンッ!」
大地を震わせるような雄叫びが響いた。
垂れ耳を押さえるアリー。
崖の上に現れたのはーー
獅子の顔、鷹の翼、蛇の尾、獣の融合体のような姿の魔物。
「『メカ・キマイラ』だな」
つぶやくと『メカ・キマイラ』と目が合う。
咆哮を上げる『メカ・キマイラ』ーー
『AAA級指定魔物』が、次々と襲いかかってくる。
次の瞬間ーー「巫代流居合、【蕾太刀】!!!」
俺は右手で【桜刀・黄金桜一文字】を抜刀一閃、カチンと鞘に収めた。
ポトポトポトポトポトポト
雷刃の斬撃が複数のグリフィンを貫き、爆音とともに赤い魔石が地面に落ちた。
「ええええっ!?そんな簡単にぃ?予想外、なんですけどもっ!?」
俺は思わず声が漏れ、冷や汗を拭った。
「すごいにゃ!」
アリーが発した言葉と同時に仲間たちも、その威力に目を丸くしていた。
「いや、まだだ!!」
二刀流に持ち替え俺は周囲を見やる。
「ナイス、ゴクちゃん!」
パメラが声を上げ、勢いよく杖を振った。
"ブルルルルン”
大地を揺るがすような爆胸の振動ーー
『爆弾』が、竜巻を引き起こす。
「「「「ギェェェェェェェェェェェェェ!!!!」」」」
「グリフィンたち、ふ、吹き飛んだにゃ……」
突風に煽られながらも、アリーは目を丸くしながらつぶやいた。
キラン✧
『グリフィン』がーーダンジョンの彼方へ消えていった。
行方を見定めたパメラが振り返り、自慢げに笑う。
「クスッ……たわいもないわねん」
その瞬間、バチッとした音とともにーー
パメラの爆胸の紅いコルセットの紐が千切れ弾けた。
「ゆ、揺れちゃう!」
彼女は胸を押さえつつ苦笑い。
おいおい、ドキッとしますけども……。
俺は妄想眼”死線”が逝かないよう、必死に目を逸らした。
そんな中、パメラが俺の後ろに回り込む。
「ゴクちゃん、ちょっと、背中借りるわねん」
パメラが急いで装備を整える。
魔物たちが襲いかかってくる中、ジュリとアリー、アカリが必死に応戦。
次の瞬間ーー俺の目に飛び込んだ光景は凄まじかった。
「負けてはいられませんわ!」
崖上30メード(m)、風が渦を巻く中、アカリが跳んだ。
ブワッ
踊るように崖上の『メカ・キマイラ』に彼女が切り込む。
「巫代流舞刀術、三の型ーー【舞風斬】!!」
シュン
鋭い風の刃が『メカ・キマイラ』を一刀両断。
ほっと息をつく俺たち。
だが攻略まだまだ続く。
俺たちはジャングルを離れ、
どこか遺跡めいた建物の中に入っていった。
進むにつれ、次々に魔物たちが姿を現す。
ジュリが炎と風の魔法で後を追うように、魔物を仕留めていく。
「ジュリちゃん、左に注意して!」
パメラの指示が飛ぶ。
俺を一瞥し、ジュリが魔法を放つ。
「【ストリーム・ファング】!」「【メガ・ファイヤー・ボム】!」
【多重魔法】が炸裂し、複数の敵が消えていく。
『ウルトロス』、『メカ・ウルトロス』も
ジュリの的確な魔法によって次々と倒されていく。
同様にアカリの【舞刀術】でも一掃されていった。
45階層の敵をあらかた倒し、俺たちは滲む汗を拭い、再び歩みを進めた。
ダンジョン内に吹く風がピタリと止み、
今まで感じたことのないーー張り詰めた空気が漂い始めた。
「ここだ」
ただならぬ、気配が漂うな……。
俺はボス部屋の扉を見つけ、一旦頭を落ち着かせる。
そんな俺を他所にパメラが思い立ったように零す。
「……っと……いけないわ、軽めに行くわん」
仲間たちと目が合い俺が扉を開こうとしたーーその瞬間。
「【マジック・ヒーリー】!」
パメラが杖を振ると同時に、爆胸が空気を揺るがす。
ブルルルン
「すうーはぁ」
「……ふー」
「……っ」
「……にゃ!」
アリーの垂れ耳が強風ではためく。
『爆弾』が起こす新鮮な風を受け、俺たちは息を整えた。
その風が階層ボスが待つ扉をーーギィィと軋む音とともに開ける。
扉の先を見据え、アリーが元気よく紡いだ。
「後編に続くにゃ!」
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