『爆弾(ダイナマイト)』な彼女……前編
黒銀の目の友こと、トランザニヤが神シロに声をかける。
「ダンジョンアタック、再開したみたいだぞ」
「ああ、見つけられると良いがな?」
「あなた、なんのことですか?」
東雲が神シロとトランザニヤの会話に割って入った。
「東雲さん、七星の武器ですよ。あなたが持ってくれている……
その指輪もそうですが……」
「あら、七星の武器は他にも、まだあるんですか?」
「その、あの、地上にあるのは全部で20ほどで、少ないかと……」
トランザニヤはバツが悪そうに答える。
「そんなに……ひとつでも一国を落とせる武器ですのに……」
東雲は言葉に詰まった。
神シロは、白く伸びた髭を漉きながらポツリと零す。
「たとえ見つけたとしても、使い手との相性があるからな……」
「ま、七星の武器が自ら”持ち主”を選びますよ」
トランザニヤはニヤッと笑い、あっさりと言い切った。
「見ものだな」
神シロがそう言うと三柱は下界を覗き込んだ。
ーーその頃ゴクトーたちは、
ダンジョンの40階層で苦戦していた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「グオオオオオオオオオ!!!」
怒り猛る咆哮が、40階層のボス部屋に響く。
俺たちはダンジョンアタックを再開。
ボスとの戦闘に苦戦していた。
「ここまでのどの敵よりも……強敵よ。『メカ・ミノタウルス』……
『AA級指定』の魔物まで、やっぱり出てくるのね」
パメラの額に汗が滲む。
彼女は敵を見つめ続けて詠唱する。
「大いなる我が”ちち”よーー我に、母なる風の精霊ーー豊かな揺らぎを与えよ!【ダイナマイト・ブルン・ウォール】!」
ーーパメラが杖を勢いよく握った。
ブルルルン
パメラの胸、『爆弾』が大気を震わせる。
次の瞬間、『メカ・ミノタウルス』が強風で怯みーー
ガクッ……と、膝をつく。
「相変わらず、すごい威力だなっ!」
思わず声が漏れた。
視線の端でパメラが眉に皺を寄せ紡ぐ。
「……はるか昔に栄えた「機械神の文明」よねん。
侵略や環境変動に備え、ダンジョン内で自己修復、
増殖可能な防衛システムーー」
そう言って彼女は杖を強く握った。
眉を顰めたジュリが零す。
「それって、自己修復型の防衛兵器ってこと?」
「そうよ!カルディアの魔法学院の図書館で、読んだことがあるの!」
そう叫びながらパメラは再び杖を振るった。
お得意の真紅の魔法陣が浮かびーー
ジュリの周囲には柔らかい紫色の膜が張り巡らされた。
頷くジュリが瞼を閉じ、小声で詠唱を始める。
漂う空気が張り詰めていく中、俺は記憶を辿った。
確かに、師匠はこう言っていた。
『ゴクトー、ダンジョンには機械と魔獣の融合体ーー機械獣なんてのも出るんだ。面白いぞお、はっはははは』と。
例の変な笑いを飛ばす、師匠の顔が思い浮かんだ。
『メカ・ミノタウルス』が僅かに、軋んだ金属音を奏でながら立ち上がった。
仲間たちもその異様な金切り音に眉を顰める。
一方、尻尾を立てるアリーは魔導銃を構えた。
だが、ここまでにもう相当な魔力を彼女は消費している。
顔色を窺いながら、アリーに尋ねた。
「打てても、あと一発ぐらいか?」
その言葉に彼女の垂れ耳がピクッと動いた。
張り詰めた空気の中、『メカ・ミノタウルス』の金色の瞳孔が鋭い光りを放つ。
「いいぜ、来いよ!」
俺の言葉に仲間たちもコクっと頷く。
どうやらこのボスは、俺たちを『強敵』と認めたようだ。
「来る!」
次の瞬間ーー グワッ……グワワワワ……
『メカ・ミノタウルス』は、凍えるような【冷気】を纏った。
「フシューー!」
『メカ・ミノタウルス』がボス部屋の温度を凍てつかせる。
まるで氷河期のような寒さで、指先や足の爪先まで痺れた。
だが、この寒さを逆転させる一撃ーージュリが唱える。
「燃え盛る火の妖精サラマンダーよ。
今、その力を解き放ち、その深淵の炎で敵を焼き尽くせ!!」
息を整えジュリは詠唱を紡いだーー。
「【エクスプロージョン】!!」
"ボォ༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄༅༄”
豪炎ーー。
青い火柱が上がり、熱気がボス部屋を包み込む。
周囲に生えていた不気味な光り苔が全て焼け、煙が目に沁みた。
焦げ臭い匂いが立ち込める。
しかし、『メカ・ミノタウルス』はそれを受けても微動だにしない。
だが、動きが鈍くなったのは確か。
次の瞬間ーー
『メカ・ミノタウルス』がよろけながら大斧を振り上げる。
「っ……!」
”ガキィーンッ!”
火花が散り、焦げた匂いとともに高い金属音が鳴り響く。
「アカリーー!」
アカリを庇い、俺が大斧を受け止めた。
鋭い眼光で『メカ・ミノタウルス』が、さらに大斧に力を込める。
「くっそ……なんて力だ……重すぎるだろ……」
【桜刀・兼松桜金剛】を持つ手が震え、膝が折れ始めた。
「くっそ、ぐぅぁ……はぁはぁ……」
息切れしながらも『メカ・ミノタウルス』に集中する。
ここで力負けするわけにはいかない。
一瞬、アリーと目が合う。
「『メカ・ミノタウルス』にゃ、
体内に魔獣の「魔力源」が残されてりゅ、それが弱点!」
次の瞬間、声を上げる彼女は魔導銃の照準器を覗き込む。
緊迫した力比べの中、背後で白光が輝きを増す。
「コツコツコツ。 僕の魔にゃの一撃〜♪」
リズム感ある”まじない”とともにーー
ゴゴゴゴゴ……
魔力が集約しているのがわかる。
”カキィーーン”
俺は【桜刀・兼松桜金剛】を捻り、力任せに打ち下げ、そこから飛び避けた。
「くりゃぇーーー!!」
その刹那、アリーが引き金を弾いた。
”バァアアアンーーッ!”
凄まじい魔力を込めた魔導銃の咆哮がーー
『メカ・ミノタウルス』の心臓部を貫いた。
「グオオオオオオ!」
『メカ・ミノタウルス』は雄叫びを上げ、その瞬間ーー
パラパラパラパラ
キラッとしたーーまるで砕け散った紅玉の破片のような姿に変わった。
次の瞬間、目の前に広がった紅光は消え、赤い結晶体に変化を遂げた。
ゴトッ…と床に音を立てる魔石。
階層を重ねるごとにボスの魔石も大きくなっていった。
『メカ・ミノタウルス』の魔石は、両手で持っても余るぐらいだ。
「はぁはぁ……」
俺は余韻に浸る間もなく、息を整え、【桜刀・兼松桜金剛】を鞘に収める。
一方、アリーも魔導銃を下ろしながら肩で息をしていた。
思わず声をかける。
「大丈夫か?助かったよ、アリー」
「これぐらいにゃら……」
彼女はそう言いながらも額の汗を拭う。
やはり相当疲れているようだ。
モフモフの尻尾が床を這っている。
仲間たちの表情にも疲れの色が滲んでいた。
俺はここぞとばかりにパメラに声をかける。
「……アリーの回復から頼む」
頷くパメラが片手で胸を押さえ、杖を振った。
「【マジック・ヒーリー】!」
真紅の魔法陣が展開され、癒しの紫光がアリーを包む。
すぐに、アカリ、ジュリ、俺にも詠唱された。
「……はぁはぁ……行くわよん」
絞り出す声でわかる。
いつものような揶揄う台詞すらない。
口には出さないが、パメラも相当疲労困憊の様子。
だが、ダンジョンの魔物は待ってくれない。
俺たちは攻略を再開し、息切れしながら階層を進んだ。
進むにつれ、迫り来る敵の威圧感はさらに勢いを増していったーー。
41階層 リザードキング ボス メタルリザード
42階層 グリフィン ボス キマイラ
43階層 ラミア ボス ウルトロス
思えば強敵だったがーー丸二日かけて、ここまでクリアしてきた。
俺は『アイテムボックス』をあさる。
「っく……」
回復アイテムもそろそろ底をつく。
だが、それでも歩みを止めなかった。
44階層に入るーーそこはジャングルエリア。
強い日差しとじとりとした湿度。
「ギャッホーホー」
微かに魔物の鳴き声が聞こえる。
鬱蒼としてる薮を避けながら、周囲に細心の注意を払い進む。
突然、目の前に現れたのは『AA級指定魔物』。
ーー『ラミアコマンド』が二体現れた。
上半身は美しい人間の女性でありながら、下半身はうねる蛇の体を持つ。
その瞳には狡猾さが光り、
三叉の蛇尾がシュシューと音を立て、俺たちを牽制する。
彼女たちの存在感に、凍えるような冷たい空気が漂った。
二体が攻撃体制に入ると同時に、仲間たちも咄嗟に展開。
横にいるジュリが俺に投げる。
「これ、結構ヤバイ相手じゃない?」
片眉を上げ敵を一瞬睨み、彼女は詠唱を始めた。
飛び避けるアリーが魔導銃の照準器を覗き、指をトリガーにかける。
「やりゅしかにゃい!」
次の瞬間、彼女の身体には白い魔力が輝き始める。
魔力もあまり無いのに、動作に迷いがないな、と。
思考を巡らせ、仲間に号令をかける。
「行くぞ!」
その瞬間ーー緊張が頂きに達した。
”ぐぅぅぅぅ”
俺の腹の虫『ぐぅさん』が泣く。
おい、今はタイミングが違うだろ?
そんな俺を他所に次の瞬間ーー
「いっけにゃーーっ!!」
アリーが叫び声とともに宣戦布告。
”バァアアアンッ!”
キラキラーー俺の目の前で散っていく。
魔導銃から放たれた光弾が鋭い軌道で、『ラミアコマンド』の一体に命中した。
周囲に気を遣いながら、俺はもう一体の様子を窺う。
アカリがヒラっと扇子を靡かせ、『ラミアコマンド』の注意を集める。
そんな中、ジュリが目を大きく開き、声を張った。
「こんなところで、ネーには負けられない!!」
それは彼女自身の負けず嫌いな性格が現れた言葉だ。
ジュリが杖も振らずに左腕を上げ、何かを投げるように詠唱した。
「凍てつく氷の槍よ、我が前の敵を貫き通せ!
【アイス・ガリガリ・クン】!!」
*─=≡.。o○❄❄❄❄❄→
*─=≡.。o○❄❄❄❄❄❄❄→
*─=≡.。o○❄❄❄❄❄❄❄❄❄→
*─=≡.。o○❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄→
"ドスドスドスドスッ!”
空中に四本の氷の矢が現れ、『ラミア・コマンド』の体を容赦なく貫いた。
「ぎゃあああああああ!」
『ラミアコマンド』は悲鳴を上げ、
ゴト…ゴトンッ
魔石とともに、赤い液体が入った小瓶が土に刺さった。
周囲に漂っていた魔物の気配は消え、安堵の表情を浮かべる仲間たち。
パメラがその魔石とドロップアイテムに近づく。
「大きな魔石ねん、それとこの小瓶、色が綺麗ね……」
彼女はつぶやきながら、拾った魔石と小瓶を手に取る。
その魔石の表面は滑らかに輝き、かつてない程の大きさだった。
一方小瓶の方は、真紅の液体が艶やかに光る。
「ゴクちゃん、これってきっと、魔力回復薬だと思うわん。
飲んでもいいかしらん?」
パメラがウィンクしながら甘えるように問いかける。
「ああ、別に構わないが……」
”シュポン”
俺の言葉を聞くや否やーーパメラは小瓶をゴクゴクと飲み干した。
何だか、パメラの身体が細くなっていくような……。
不思議に思いながらもその光景に見惚れていた。
「っえ?」
「何でにゃ?」
「パメラさん?」
目を丸くする仲間たちと目が合う。
次の瞬間、パメラの身体に異変が起きた。
ギルドで待ち合わせしてた時の彼女の姿が思い浮かぶ。
あれ、確かもっと……。
……ってか、そんなこと、あんのかッ!
みるみるうちにパメラの身体は細くなり、
顔も若返っていったーー。
「おい!パメラ……若返ってるぞ!」
「うふふん」
彼女が艶やかな鼻声を出す。
確かに見違えるよう。
彼女は鏡を取り出し、自分の姿をうっとりと眺める。
そんな中、ジュリが眉を寄せた。
「パメラさん、その小瓶のせい?
それともーー変な呪いじゃない?……大丈夫なの?」
「ジュリちゃん、あたいの家系の女は、
爆胸が揺れると魔力が消耗するの。
笑っちゃうでしょ! いいダイエットにもなるのよん!」
そう言ってパメラは自慢げに口元を緩めていた。
「おい、何だよっ!そのダイエット!」
思わずツッコム。
そんな俺を尻目に別段、驚きもしないアカリが零す。
「それよりその魔石、結構な金額になるんじゃないかしら……?」
一方、話を聞く彼女のモフモフの尻尾が真っ直ぐに立った。
「換金しゅりゅのが……楽しみにゃ……!」
アリーが笑みを浮かべ、垂れ耳をはためかせる。
「絶対高く売れりゅにゃ!
これでおいしいご飯が、いっぱいいっぱい食べられりゅね!」
嬉しそうに口元を拭い、立てた尻尾を振っていた。
「ゲラゲラ」とした、仲間たちの笑い声がダンジョン内に響く。
パメラの異変に……誰も突っ込まないの?
仲間たちの”気にしなさ”に少しだけ困惑したのは、言うまでも無い。
そんな思いを馳せる俺を他所に、影のリーダーことアカリが真剣に促した。
「……行きますわよ」
低い声に従い、一息つき全員頷く。
仲間たちも歩みを進め、ジャングル内を彷徨った。
暫く進むと、周囲に漂う空気がただならぬ雰囲気に変わった。
「ボスだな……」
俺はつぶやきながら進んでいく。
鬱蒼とした木をバサッと避ける。
すると急に開けた場所に出た。
案の定だ。
「グルルルルルルルルル」
緑色の涎を垂らしながら唸る魔獣ーー『AAA級指定魔物』。
俺の身体より数倍でかい。
それは狼の親玉のような『メカ・ウルトロス』。
後から続く仲間たちにも緊張が走る。
突然、バサッとわけ出てきたアカリ。
彼女が桃色の髪を靡かせ、勢いよく走る。
「これでも受けてみなさい!」
アカリが”バッ”と大きな扇子を広げた。
「巫代流舞刀術ーー七の型、【虚風閃扇】!!」
叫びながらアカリが扇子を切り下げる。
”バシュ” ”バシュ” ”バシュ” ”バシュ” ”バシュ” ”バシュ” ”バシュ”
『メカ・ウルトロス』に見えない斬撃が飛び、
数箇所、奴の身体から緑の鮮血が噴き出した。
アカリの斬撃に少し怯んだ『メカ・ウルトロス』だが、次の瞬間。
「グルルルルルルルル───!」
唸り声とともにアカリに襲いかかった。
咄嗟にアカリは飛び避けたーーだが。
”ビリビリビリ”
すんでのところで、彼女の胸元の着物が食い破られる。
さらに、シューっと胸元に白い蒸気が上がった。
『メカ・ウルトロス』の唾液には、酸が含まれていた。
アカリの胸元がみるみるうちにーー顕になっていく。
多分、アカリが使ったのは風属性の魔法だろう。
だが、速すぎて俺には全く見えなかった。
視力は良い方なんだが。
彼女の戦闘は華やかかつ美しい。
その舞踏のような闘い方はーーあまりにも綺麗でドキッとした。
いかん!
ーーそんな場合ではなかった。
戦いに集中だ……と、我に返った。
俺はすかさず、アカリの前に一歩出た。
「ふぅーー」と息をつき、【桜刀・黄金桜一文字】と【桜刀・兼松桜金剛】を両手でもって逆手に握りしめる。
次の瞬間ーー「ギャワグルーーー!」
『メカ・ウルトロス』が鋭い牙を光らせ、前足の爪を振り上げ、
俺の目の前に迫った。
「巫代流居合い、【無の狂血】……」
”シュン” ”シュン”
カ、カチン。
斬撃を飛ばした俺は、二振りの【桜刀】を静かに鞘に収めた。
「ギャワワッワーーー!!」
”ビシュ” ”ビシュ”
雄叫びとともに体は分断され、『メカ・ウルトロス』は消えていった。
「何がどうしたのか、さっぱり見えなかったわ!」
パメラが口をぱくぱくさせ、目を丸くする。
アリーとジュリの表情も同様だった。
背中にアカリを感じながら、落ちた魔石を拾い上げたーーその瞬間。
ゴゴゴゴゴ……
地面が少しずつ歪み、地割れしていく。
だが、揺れはすぐに収まり、眼下には地下に続く階段が現れた。
俺をじっと見るパメラが口を開く。
「ゴクちゃん、階段を降りて『セーフティー・ゾーン』に行きましょう。
アカリちゃんの……あの格好、あれじゃね」
アカリを見ながら、彼女が胸を押さえニヤリと笑ったーー。
笑いながらアリーもポツリ。
「中編に続くにゃ!」




