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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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スキル覚醒と過去ーーパメラの女性心理基礎講座

 








「東雲さん、ありがとう」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤがほっと胸を撫で下ろす。


「お安いごうようですわ……ですが……偶然ですが……

 わたくしの”心読”のスキルが彼に移ってしまったようで……」


 女神、東雲が口元に手を添え、恥ずかしそうに答えた。


「ははは、それはまた……随分なおまけだな」


 神シロが笑っていた。


「そ、そんな……東雲さんの特殊スキルを……申しわけないです」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤは深く頭を下げた。


 神々は楽しそうに下界を覗き込んだ。





 ーーその頃、地上にいるゴクトーは奇妙な夢にうなされていた。







 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇






 ーーあくる朝。



 これは何の夢なのか……記憶だろうか。


 まだ、10歳にも満たない俺がそこにいた。



「オブリオーー、マグナーー、チビナスーー」


 凍てつくような寒さの中、叫びながら雪山を彷徨っていた。



 ゴゴゴゴゴ……


 

 突然、山が揺れだす。


 その瞬間、雪山が静寂を突き破った。


 突然の轟音とともに雪崩が起きたーーその瞬間。


 白銀の世界が一瞬にして巨大な波となり、山肌を滑り落ちた。


 粉雪と氷の塊が空中に舞い上がり、

 まるで巨大な白い竜が暴れ狂うかのように俺に襲いかかってくる。



 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーが雪崩に飲み込まれるイラスト)


 

 耳を劈く轟音、視界は一気に遮られ、冷たい雪の塊が身体を包み込んだ。


 呼吸もできず、絶望と恐怖が一瞬にして全身を襲う。


 意識は途絶えーー俺は息をするのも止まった。

 


 刻一刻と死に近づいているのがわかる。

 心臓は脈打つのをやめ、身体が冷たくなっていく。

 目の前は暗くなり、意識はどこか遠くへ。


 


 再び目を開けるとーー闇に覆われた大地。

 眼前には滔々と流れる灰色の大河の奔流。

 飛沫がかかるが、そこに架けられたーー

 とてつも長く、辿り着く先が見えないほどの桟橋に目を奪われた。

 

 黒衣を纏った人びとが順番にその橋を渡っていた。

 男、女、子供、年寄りーー中には亜人の姿もある。

 皆、漆黒の羽を浮かび上がらせている。



 三途の川って言うやつか? これが死後の世界?

 まさか魔界へと続くーーこれが冥府の入り口なのか?


  頭の中で一旦脳を整理する。

  だが、ここでふと感じた。


 ……あの橋の先に、誰かが待っている気がする……。

 

  複雑な心境で俺はじっとその桟橋を眺めていた。


 やがて俺の順番がやってきた。

 前に習い、その橋に踏み込もうと足を上げたーーその瞬間。


 何かの力が俺の身体を包んだ。

 

 闇の中で孤独と無力さを感じるが身動きが取れない。

 だが身体の芯、心根の部分はどこか温かな安らぎを感じた。

 

 次の瞬間、瞼を開けると闇は晴れ、

 見たことがある……異世界に俺は立っていた。


 

 女優の看板が目立つ高層ビル、どんよりとした空、渋滞する高速道路。

 排ガスと雑踏の中、信号機の青色に誘導され、

 俺はスーツを着て渋谷のスクランブル交差点を渡っていた。

 

 歳の頃は30代半ばぐらいだろう。

 確かにこの記憶ーー僅かだが、俺にはある。

 そうだ、これは……前世の記憶。

 またもふっと湧いた疑念が頭を過った。

 

 誰かを……置いてきた気がする……。

 

 

 ーーそこで俺は意識が戻った。



「はぁはぁ……なんだった……今の……」 


 我に帰り、頭をはっきりとさせ、思わず声が漏れた。

 

 だが、前世の記憶はーー断片しか俺の記憶には残っていなかった。

 

 今は考えるのはよそう。

 

 そう言い聞かせるとほぼ同時に、柔らかい感触が頬に伝わる。


 ゆっくりと瞼を開けるとーー視界にはジュリの顔が映った。

 彼女は血に染まった布を手に握りしめ、必死に俺の頬を拭う。

 その顔にはどこか緊張感が漂っていた。


 

 ジュリ……自分を責めているのか? 

 何だろうこれ……。

 

 ジュリの気持ちが”読めた”。


 目覚めてからの俺は少し変わった。

 なぜだか……相手の気持ちがわかってしまう。


 人には言えないスキルーー”心読”のスキルだろうか。

 以前、師匠はこう話していた。


『鑑定のスキル持ちと、心読のスキル持ちには近づくなよ!

 まぁ、大陸中探しても、10人もいない貴重なスキルだがな。はっはははは』


 変な笑い方をする師匠の顔が思い浮かんだ。

 当時の俺は冒険者を始めたばかり。

 何を言ってるのかさっぱりわからなかった。


 今ならわかる気がする。

 このスキルーー上手く使えば無敵だ。


 内心困惑しながら思考を逡巡させる。

 

 そんな中、ジュリと目が合った。


 瞬間、掠れる声とともに自然と零れた言葉。


「すまない……」


 俺は心からそう告げた。

 その瞬間、彼女の桃色の髪がふわりと靡き、良い香りが漂った。


「うん、わたしは平気」


 目の前のジュリの表情は一気に崩れ、彼女は涙を湛えた。

 

 その表情に思わず感情は揺さぶられ、

 あの悪魔付きとの戦闘を思い出す。


 悪魔付きリンクスとの戦闘で、【神代魔法】の封印を解いたのは俺だ。

 詠唱もままならず、身動きも取れない状況だった。


 見つめられるジュリに応えようと、声を奥から絞り出す。


「もう……安心してくれ……」


 目を閉じて、俺はあの時ーー直接脳に響いた声を思い浮かべた。



 『【《具現想霊ぐげんそうれい》【神代(カミシロ)魔法】。

 古代から伝わるその力は、扱う者の生命力を代償にする危険な術』


 師匠から教えられていたのは、まだ【初伝・単】や【中伝・双】程度の術だった。


 だがーー今回は初めて“生命を削る”、【神代魔法奥伝・斑】を解放した。


 生命力の反動がここまで大きいとは思わなかった。


 怒りと悔しさに駆られて、冷静さを失ったーー。

 けれど、途中気分が落ち着いた瞬間も僅かにあった。


 いや、師匠が『激情を抑えろ』と、繰り返してた意味が、

 ようやくわかった気がする。


 『ゴクトー、神代魔法は古の『始祖』が編み出した魔法だ。

 その魔法は、血の滴りを求める。 

 だが、表裏一変して、錆びた血の味は嫌う魔法だ』


 師匠の言の葉と顔が再び浮かぶ。

 俺は目頭が熱くなり、頬に涙が伝った。


 ふとした瞬間、ジュリの声が聞こえる。


「へんダー……泣いてるの……?」


 瞼を開き、彼女を見つめた。

 彼女は俺の頬を撫で、流れる涙を拭ってくれる。


「ふぁーー……よく寝たよ」


 恥ずかしさを隠すように、わざと大きな欠伸をした。


 (あなたは……わたしを救ってくれた)


 ジュリの思いが俺に伝わる。


 顔を赤くする彼女が優しい言葉をかける。


「今は……ゆっくり休んで……」


 彼女は微かな笑みを浮かべ、俺の涙を拭う。

 その表情がどこか懐かしく、幼い時の記憶を蘇らせた。



 祈りを捧げるシスターと俺。


 その時、手を組む司祭は瞼を閉じてこう告げた。


「この子は至極、当然のような顔をしてますね……

 特別な魔力(マナ)を宿しているのに……

 彼は、わかっていないようですね……シスター・カノン」


「司祭様……この子は、自分の名すら、知らないのです……」


「では、シスター・カノン……この子の事は………。

 そうですね………至極当然……極当ゴクトーと、

 仮名で呼ぶことにしましょう」


「わかりました。司祭様」


 そして、シスターは膝をおり俺に微笑みながら祈りを捧げた。


「どうか……この子に幸福が訪れますように!」


 シスターの言葉とともに、低音を響かせるパイプオルガンの”和音”が流れた。


 俺はこの時の曲が今でも耳から離れない。


 なぜかって? その曲がシスターの名と同じ『カノン』だったからだ。


 師匠がよく口笛で吹いていたのも思い出す。


 その時は知らなかったが、

 神が祝福を与えるのをイメージした曲らしいと後に知った。


 孤児院での記憶が甦り、うつむく俺の頬には、再び涙が流れた。

 ジュリの声と潤んだ瞳が、シスターの面影と重なっていく。


(今は、何も考えず……何よりあなたの身体が心配なのよ)


 まただ……。


 ジュリの気持ちが痛いほど胸に響く。

 

 こんなにも心配させて、すまない……。


 心に込み上げた熱い想いを飲み込む。


「……泣かないで……」


 彼女の声は震え、その瞳にはーー涙があふれていた。





 ***【体調回復】***




 それから三日が経ちーー日常は戻りつつあった。

 傷口も徐々に塞がっていった。

 だがーー深い傷痕だけは、消えずに残ってしまった。


 俺は体調を回復させながら、【転移ポータル】で上層階に戻り、

 ゴブリンやオーガを倒しながらウォーミングUPをしていた。



 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーの妄想眼”死線”が映し出したダンジョン上層階のイラスト)


 『セーフティー・ゾーン』に戻ると仲間たちの視線が集まる。

 皆、まだ心配してるようだ。顔に出ている。


 ……みんな、本当にありがとう……。


 全員の献身的な看病と魔法、薬の力で体調は回復した。


 再び攻略の準備を進め始め、手足を伸ばし身体をほぐす。


 そんな中、ジュリとアリーが目の前に立った。


「へんダー……本当に大丈夫?」


 ジュリは肩をすぼめ見上げる。


(少しは元気になったみたい……よかった)


 ジュリの思いが伝わる。

 その赤碧色の瞳に浮かぶ『小鳥遊(鷹なし)』にドキッとした。


 動揺して早口になる。


「大丈夫。みんなのおかげだ。早く攻略を終わらせて、温泉で、のんびりしよう」


 そう告げた瞬間だった。


 ”パシッ!”


 鋭い音。俺の右頬に鈍痛。


「こっの、へんダーーー!……もう、心配して損した」


 ジュリは顔を真っ赤にしながら震える。


「いたたっ…… 傷を癒しに行こうと思って……」


「どうせ、温泉に行くのは、何かするつもり……なんでしょ!?」


 つっけんどんに答えるジュリの声が一段高くなった。



 怒りなのか……羞恥なのか……。

 どっちなんだ?

 いや、ってか、覗きの疑いっ!?



 俺は訳が分からず、困惑しながら答えた。


「ち、違う!」


 手のひらをかざし左右に振った。


 さらに、ジュリの顔色を見ながら紡ぐ。


「誤解だ! そんなつもりじゃ……」


 口ごもり額に汗が滲む。 


 その瞬間ーー"パシッ!”


 再び俺の右頬に走る熱い感覚。


 怒りを顕にするジュリが低い声を出す。


「どうせ、わたしじゃなくて、ネーやパメラさんの事でも、考えてたんでしょ!?」


 彼女が手のひらをギュッと握る。


(もう、なんでなのよ……)


 ジュリの心の声が聞こえた。

 二度目のビンタは割と痛みは、なかったものの。


「……」


 言い返すことはもうしないと思った。

 大きく息をつき右頬を押さえる。


 見ていたアリーが俺の顔を覗き込む。

 彼女は肩をすくめ一言。


「自業自得にゃね」


 ポツリとつぶやき、まるで呆れたように垂れ耳を動かす。


 ジュリがアリーの頭を撫でながら、

 まるで言葉を探すかのようにーーその唇が微かに動く。


「バカ……」


 彼女は背を向け、アリーを引き連れこの場を去った。



「何だよ……」


 彼女たちの背中を見ながら声を漏らす。


 冷静な判断がつかない。少し頭を整理する。



 何故だっ!何故こうなった!?  

 ただ、温泉に行こうって、言っただけなのに……。

 どうしてあんなに怒る?

 何か、悪いことでも言ったのか……。



「わからん」


 独り言ち肩をすくめた。


 その時、一陣の風が俺の頬を掠めた。


 ブルルン


 さらに風が震えるように広がっていく。


「わかってないわね」


 咄嗟に声がする方に目を向けた。


 少し離れた場所でパメラが爆胸を揺らし、

 <最新式テント>を片付けていた。


 見られてたんだ……恥ずかしい。


 口を真横に結びパメラの前に俺は立った。


 パメラが揶揄うような笑みを溢す。


「あらあら、怒られたの?かわいいわねん」


 まるで妖艶な魔女のような威圧のある声だ。


 肩をすぼめながら俺も愚痴を零す。


「……怒られた。けど理由がわからん。

 ただ、『温泉に行こう』って言っただけなんだぞ……?」


「あら、それじゃダメよん。『みんなで』って付けなきゃ、完全に誘い文句じゃない」


「……『みんなで』?」


 パメラが瞼を閉じ、ため息をついた。


「わかったわ、ゴクちゃん。少しだけこっちに座って。

 今から"女性心理基礎講座”を始めるわよん」


 腰に手をやりつつ、彼女が息をつき背筋を伸ばした。


「……」


 俺は言われた通りその場に腰を下ろす。


 

 パメラは人差し指を立てながら、紅い唇を噛んだ。


「まず、女性っていうのはね、言葉だけでなく、

 状況やその裏に隠された意味を、敏感に読み取るものなのよん」


「ふーん。そうなのか」


「『温泉に行こう』って言われて、そのまま受け取る子もいるけど、

 ジュリちゃんみたいに、恥ずかしがり屋で、”感情が先走るタイプ”の場合、

 そう簡単にはいかないってわけよ」


 

 彼女は指を上下に振りながら俺を見つめ、淡々と言葉を並べた。

 その口調は上品で洗練された印象を受ける。


「……簡単にはいかない?」


 俺はポツリと答えた。

 その瞬間ーーパメラの表情が変わった。


「そう。『温泉に行こう』って、

 ゴクちゃんの言葉を、彼女はこう捉えたのよ」


 パメラはそう言って眉を下げ紡いだ。


「『二人きりで』『裸を見られるかもしれない』ってね。

 要するに、あの子にとっては『覗かれるかも』って、警戒心が先に来たわけ」


 ジュリの方を指で示しながら、パメラはどこか自慢げに語った。


「な、なるほど……そんなふうに考えてたのか」


「だから、『みんなで行こう』ってちゃんと伝えなきゃダメなのよ。集団の中なら恥ずかしさや警戒も薄れるし、『覗くつもりなんてない』って、自然に誤解を解けるでしょ?」



 そう言うとパメラは、何か思うようにふと背を向けた。


「……そっか。俺、そういうの全然考えてなかった」



「その結果、あの子は怒った。

 ほら、これが『女性心理基礎』よ。簡単でしょ?」



 パメラが振り返った、その瞬間ーーブルルルルン。



 爆胸の揺らぎとともに、空気が震え竜巻が起こった。



「マジかああああああああああ!」



「吹き飛んだにゃ」

「ほっときましょ」


 

 ジュリとアリーの姿が遠のく。


 一方、身体をフィッティング中のアカリがつぶやく。


「ダ、ダー様は……なんで飛んで行ったのかしら?」




 ”ガンッ!”


 無色の壁にーー俺は叩きつけられた。


 彼女が『爆弾講師』として活躍している理由をーー

 この時、初めて知った気がした。



「……ってて」


 カツ…カツ…


 パメラは歩みより、悪戯っぽい目で俺を見る。


「ゴクちゃんは女の扱いに慣れてないわねん。

 その年齢でこれってことは……

 まさか、まだ”経験”がないわけじゃないわよね?」



「経験……? いや、彼女はいたことあるぞ!」


 鼻息荒く俺は胸を張った。


「ほぉ。それで、どこまで行ったの?」


 パメラがニヤリ。



「どこまでって……チュウくらいはした!」


「それっていつ?」


「……十二歳の時だ!」


 俺は自信満々でパメラをジトっと見やった。


 

 一方パメラは一瞬固まり、肩をすくめながら大きく息をひとつつく。


「……ゴクちゃん、それは……その……"経験”とは呼ばないわねん」


 彼女は俺の肩に手を置きながら続ける。


「仕方ないわねん。ダンジョンを出たら、

 あたいがゴクちゃんに“女”ってものをしっかり教えてあげるわん」


「女? 知ってるぞ! 下着が派手だ……」


「それは『物理』的な女よ。

 あたいが教えるのは……『カ・ラ・ダ』と『心』よ!」


「『カ・ラ・ダ』…………と『心』……?」


 まぁ分かってはいるんだが、俺のこの世界の推定年齢は18〜20前後だ。

 ここは、黙っておくに限る。

 

 パメラにじっと見つめられ、照れながらも”わざと”問い返す。


 「な、なんだッ!その、『カ・ラ・ダ』ってっ!?」


 瞬間、顔が熱くなるのがわかった。


(奥手のゴクちゃんには、ゆっくりとあたいが教えてあげないと……)


 パメラの心中が手に取るようにわかる。

 ちょっと気まずくなりながらポツリ。


「先生……なんだな」


「さて、準備はいいわねん。さぁ、出発しましょ!」



 パメラはそう言って軽やかに立ち上がる。


 なんとも言えない気不味さが残る……。

 不安を抱えつつ、俺は彼女に腕を掴まれ、引きずられていったーー。














 お読みいただき、ありがとうございます。


挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーとパメラのイラスト)



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