蘇生、介抱。そしてーー曖昧。
「ははは、天晴れじゃ」
桃色の髪、赤い目をくしゃっと下げ、神シロが笑った。
「あの”悪魔付き”をよく倒したな。だが死なせるわけにもいかん……」
黒銀の目の友こと、トランザニヤは目立つ八重歯、いや犬歯を見せ焦る。
「シノよ、頼めるか?」
神シロの顔はいつになく真剣な表情になった。
「この子は、宿命を背負っているのですね。
わたくしは以前にも……一度この子を……」
女神東雲は、この顔を見るのは2回目だった。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
左頬が焼け付くように熱い。
何か硬いものが、頬に触れている感覚がある。
ぼんやりとした中、啜り泣く声が微かに聞こえる。
「ゴクちゃん……」
かすれた声に続いて、誰かが強く唱える呪文の声。
「「【【エクストラ・ヒール】】!!」」
同時に二人の声が耳に重なる。
桃色姉妹、アカリとジュリの声だ。
【治癒魔法】が唱えられたな、と思った。
その瞬間、ふわっとした感覚に包まれる。
身体の痛みが引いていく感覚だけはある。
「消えない……傷がふさがらない……お願い、効いてよ……!!」
ジュリの声は震えていた。
「もう無理だにゃ……! 痣は消えても血が止まらないにゃ!!」
随分と焦ってるな?……アリーだな。
意識がぼやける中、仲間たちの懸命な声が耳を掠める。
そんな中、思いのほか冷静な口調でーーアカリが指示を飛ばした。
「アリー、これを! 回復薬を全身にかけて!
パメラさんは魔力の回復サポートを!」
まるでリーダーだ。
”ドボドボドボ”
指示に従ったのか、と。
ひんやりとした回復薬が俺の身体全体に注がれた。
「【エクストラ・ヒール】……!」
何度も詠唱を重ねるジュリの声は、次第にかすれていった。
一方、傷口に誰かが、止血薬を塗ってくれている。
アリーだ。 モフモフの感触が肌に触れたから。
彼女は一度息をつき、震える手で包帯を巻いてくれた。
啜り泣く声とともにパメラの声も震えていた。
「【マジック・ヒーリー】……」
その瞬間ーー目の前に真紅の魔法陣が浮かび上がり、柔らかい紅い光に包まれた。
「ゴクちゃん……絶対に助けるから……この魔力回復魔法で……」
彼女は詠唱を続ける。
次の瞬間ーー胸の『江戸っ子鼓動』の動きが止まった。
「へんダ───!!!!」
ジュリの叫ぶ声だけがーーかすかに聞こえた。
***【神々の会話】***
天上の神、シロの顔には憂慮な表情が浮かんでいた。
「シノよ、もう一度……どうにかできんか?」
「わかりました……行って参ります」
金のティアラが輝く、桜色がかった銀髪の女神東雲は答えた。
(*東雲がゆっくりゴクトーの元へ向かう)
◇(再び主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
これは何の記憶だろうか。
意識が混濁とする中、夢を見ていた。
見たこともないようなーー衣を纏う二人の男が上から覗く。
ーー背の高い銀髪、黒銀の目が光る男性。
もう一方は、小柄で筋肉質、白い髭を蓄える桃髪の赤い目の男性。
「この子は、宿命を背をっているのですね。 ……この東雲にお任せを……」
そしてーーまるで女神か天女のような女性が俺に近づいてくる。
琥珀色の瞳を閉じ、印を結ぶ彼女が紡ぐ。
「【Revive】!!」
(*女神東雲の祈り)
俺は荘厳で黎明な光に包まれた。
その瞬間、柔らかな波動が静寂を飲み込み、
刻が逆巻くように空間が歪んだ。
身体が優しさを感じる温かい何かに包まれる。
まるで懐かしい何かに優しく抱かれるかのように。
その女性が俺の顔を覗き込んでいる。
この女の人どこかで……。
……いや待てよ……俺は前にも一度、ここに来たことがある……。
この綺麗な人、ちょっとアカリとジュリに似てるな……。
頭の中で二人の顔が思い浮かんだ。
ふと眼を凝らす。
どこか雲の上のような景色が広がっていた。
目の前には異質な建物が立ち並び、
その壁面は七色の異様な光沢を放っている。
「お前には、まだ、やらなきゃいけないことがあるだろ……ははは」
桃髪の小柄な男性が俺の顔を覗いて笑っていた。
ーー夢はそこまでだった。
夢か……と、意識を取り戻し、ゆっくりと目を開ける。
「ん……?」
仲間たちが俺の顔をじっと見る。
はっきり意識を取り戻したが、視界はぼやけ身体も重い。
「んん?」
口を覆われ身動きが取れない。
何かで全身をぐるぐる巻きにされている。
これって、あの時のデジャブ……?
俺はリンクスと戦った時を思い出す。
やっと思考がまともになってきた矢先ーージュリがポロポロと涙を零す。
「へんダーーーっ!」
声を張り、彼女が顔を覗き込む。
「……うぅぅぅぅ…」
ポタリ… あふれた涙が俺の額に落ちた。
「これでもか」ってなぐらいに、彼女の顔は崩れている。
まだ、目をそらす余力がない。
同時にチクリとした胸の痛みを抑えつつ、
ジュリの顔もまともに見れず瞼を閉じた。
次の瞬間、良い香りとともに髪が俺の鼻先に触れたのがわかる。
目を開けるとパメラが俺の頬をそっと触る。
「ゴクちゃん……!」
彼女の高い声が耳に響く。
彼女は普段、かなりの美人なのだ。
どこか妖艶だし……。
その顔は普段の美形ーー見る影もない。
化粧も落ちて、涙と鼻水でグシャグシャだ。
そんな折、不思議だが爽やかに感じる風が吹いた。
その風に揺れるモフモフの尻尾がくにゃっと曲がる。
尻尾を伸ばしたアリーと目が合う。
「にゃぉおおおおおぉぉぉん!」
涙顔のまま彼女が指を絡め、天に吼えた。
ふと、儚げな笑顔とともに、パメラが慌てて俺の口元の包帯をとく。
どこか張りつめた雰囲気が漂うのを感じていた。
まるで、身体に深く刻まれた傷が涙を促しているように思えたから。
ようやく俺は、言の葉を絞り落とす。
「良かった……み……んな……無事で……」
さっきまでの焦燥感が消え、彼女たちの顔は柔らかくなった。
彷徨わせた目がジュリと合う。
まるで、わたしを信じすぎよって……言わんばかりの顔だな、と。
ジュリがほっと息をつきながら小声で話す。
「あー良かった。 へんダー、生きててくれて……」
その顔は笑っているように見えたのだがーー
頬は真っ赤で口はへの字に曲がっていた。
そのへんダーって呼び方、なんとかならないのか?
俺の思いなどそっちのけでジュリが震える手で腕を掴む。
「この……バカぁ……!」
彼女は大粒の涙とともにペタンと座り込んだ。
一方でアカリは声を出さず、ただ静かに見つめていた。
冷静な彼女ですら……感情を押し殺せてはいないな、と。
包帯を握るその手には、まるで安堵が込められているようだった。
背を向けるアカリ。しかし、その肩は震えていた。
ありがとう……みんな……。
心の中で感謝する。
俺は再び急激な眠気に襲われ、静かに目を閉じ、
そのまま深い眠りに落ちていったーー。
(*ゴクトーを介抱するジュリのイラスト)
***【翌朝】***
目を覚ました俺の顔を覗き込むアカリ。
「大丈夫ですか……?」
彼女の顔はひどく疲れたような顔をしていた。
瞼も腫れ、やつれている。
寝ずに看病してくれたんだな。
「……アカリ、すまない」
俺が言葉を紡いだ瞬間ーー
赤碧色の瞳にまるで水晶玉のようなキラキラと輝く粒を湛える。
涙を見せなかった彼女が急に顔を歪めた。
余程、不安だったに違いない。
改めて、「心配をかけてすまない」と心底思う。
ふと、目の端に紫髪が靡きーーパメラが何か言いたげな素振りを見せた。
落ち着きがない彼女は、疲れも見せず冗談混じりの一言を投げる。
「いつまで膝枕してるのよん?……代わってくれないかしらん?」
言いながらもその目には、どこか悪戯っぽさが漂う。
だが、同時に彼女は不安げな表情も滲ませた。
俺は思わずふっと息をつき、肩をすくめながら零す。
「足、痺れただろ?……起きる…よ…」
起き上がろうとするが、アカリに頭を抑えられる。
「まだ、出血が止まっていないんですからね……」
彼女の声はどこか温かで安心する。
だが、次の瞬間ーー頬を朱く染める、アカリの顔がさらに近づく。
「私が、必ず治しますから……」
chu♡
彼女は頬の傷にキスをした。
この時、ガッシャーンと何かひっくり返したような音が響く。
「いいんです。ずっと、私の膝枕で……」
「っえ?」
アカリの声が雑音でよく聞こえなかった。
いいんです……ずっと、ってか、勘違いか?
恥ずい……。
その目に射抜かれた俺は、全身の毛穴から汗が滲む。
顔には血が昇りーー目はかすみ、意識が遠のく。
再び俺は混沌とした闇に引き込まれていく。
カチッとした音が脳内に響く。
そして、自分の世界へ入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
アカリの”峡谷”ーー『カルデラの湖』に妄想眼”死線”が吸い込まれる。
「エッサ」「ホイサ」
「エッサッサ」「ホイサッサ」
沈黙の中、掛け声だけが木霊する。
(*鼓動と御新造さんのイラスト)
「はぁはぁ……旦那! これ以上は、あっしらには無理ですぜ!」
「鼓動……お前さんったら、まったく情けないねぇ。
息が上がってるじゃないか」
「えっ?……しんぞうって、女なのか……?」
「あれ? 旦那。“ごしんぞうさん”は初めてで?」
「ああ……」
「おまえさん、“ごしんぞうさん”(裕福な町娘の妻)なんて紹介は、やめておくれよ……照れちっまうだろ!」
「ははは。おあとが……よろしいようで」
チャッチャラ スカチャラ ンチャチャ〜 パフ♪
垂れ幕【鼓動と御新造さんの加護(籠)担ぎ】
幕が降り、お囃子は静かに消えていった。
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
『妄想図鑑』のページがパタパタと音を立てる。
『鼓動』と『御新造』さんは、
その中にスッと吸い込まれるように消えていった。
俺は我に返り、意識を戻した。
「…っは!………また境界が曖昧に?」
つぶやく俺を他所に、まるで暗中模索の仕草でアカリが囁く。
「ふふふ……微睡んでましたわ」
目をこすり、ぼそり。
「はっ! こりゃ夢かっ!?」
「何じゃこりゃああああーー!」
思わず叫ぶ。
いつもの妄想のはずなのに、『図鑑』は消えず俺の脳内に残ったまま。
ただの夢……? いや、これは妄想だ。 現実であるわけないーー。
その時、テンガロンハットが微かに動いた気がした。
「ククククク……」
噛み殺したような笑い声が、頭上から零れた。
……一体、俺の身に、何が起きてる?
動揺と焦燥が交錯していた。
『セーフティー・ゾーン』に流れる噴水が”ぽちょん”とひとつ奏でる。
次の瞬間、ザザーと奔流が流れ落ちる音ととに、心を少し落ち着かせる。
視線を右に左に彷徨わせ状況を確認。
そんな俺の視線を射抜くようにーーパメラが艶やかな唇を動かす。
「少しは……話せるようになったのね」
ほっと息をつき、彼女がひっくり返した鍋を元に戻す。
さっきのアカリのキスを見ていたのだろう。眉は上がったままだ。
一方で、その言葉にジュリが片眉を動かし、ため息をつく。
桃色の髪を耳にかけ、彼女がさりげない一言を口にする。
「ネー……足が痺れたでしょ?……へんダーの膝枕、わたしが代わるよ」
彼女はそう言って頬を朱く染める。
ジュリの奴、わたし、ふともも……足なら自信あるんだから。
ふふふって、感じだ。
……ってか、おいっ!今、そんな状況かッ!
しっかりしろッ!俺っ!
自身にツッコム。
ま、知っての通りの得意技だ。
こんな状況でも……俺の頭はこんなことばかりを考える。
だがな。
心には何か温かいものを感じていたんだ。
それはまるでふんわりと包み込んでくれるような感覚。
そんな思いを巡らせていた。
アリーは少し離れた場所で、「……顔がニヤけてりゅ……」と、
垂れ耳を立て口元を綻ばせる。
彼女のその言葉がこの場をさらに温かくしたーー。
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