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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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蘇生、介抱。そしてーー曖昧。

 





「ははは、天晴れじゃ」


 桃色の髪、赤い目をくしゃっと下げ、神シロが笑った。



「あの”悪魔付き”をよく倒したな。だが死なせるわけにもいかん……」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤは目立つ八重歯、いや犬歯を見せ焦る。



「シノよ、頼めるか?」


 神シロの顔はいつになく真剣な表情になった。


「この子は、宿命を背負っているのですね。

 わたくしは以前にも……一度この子を……」


 女神東雲は、この顔を見るのは2回目だった。





 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇





 左頬が焼け付くように熱い。

 何か硬いものが、頬に触れている感覚がある。


 ぼんやりとした中、啜り泣く声が微かに聞こえる。


「ゴクちゃん……」


 かすれた声に続いて、誰かが強く唱える呪文の声。



「「【【エクストラ・ヒール】】!!」」


 同時に二人の声が耳に重なる。

 桃色姉妹、アカリとジュリの声だ。



 【治癒魔法】が唱えられたな、と思った。

 その瞬間、ふわっとした感覚に包まれる。


 身体の痛みが引いていく感覚だけはある。


「消えない……傷がふさがらない……お願い、効いてよ……!!」


 ジュリの声は震えていた。


 「もう無理だにゃ……! 痣は消えても血が止まらないにゃ!!」


 随分と焦ってるな?……アリーだな。


 意識がぼやける中、仲間たちの懸命な声が耳を掠める。

 

 そんな中、思いのほか冷静な口調でーーアカリが指示を飛ばした。



「アリー、これを! 回復薬を全身にかけて! 

 パメラさんは魔力(マナ)の回復サポートを!」



 まるでリーダーだ。


 ”ドボドボドボ”


 指示に従ったのか、と。

 ひんやりとした回復薬が俺の身体全体に注がれた。 


「【エクストラ・ヒール】……!」


 何度も詠唱を重ねるジュリの声は、次第にかすれていった。



 一方、傷口に誰かが、止血薬を塗ってくれている。


 アリーだ。 モフモフの感触が肌に触れたから。

 

 彼女は一度息をつき、震える手で包帯を巻いてくれた。



 啜り泣く声とともにパメラの声も震えていた。


「【マジック・ヒーリー】……」


 その瞬間ーー目の前に真紅の魔法陣が浮かび上がり、柔らかい紅い光に包まれた。


「ゴクちゃん……絶対に助けるから……この魔力回復魔法で……」


 彼女は詠唱を続ける。


 次の瞬間ーー胸の『江戸っ子鼓動』の動きが止まった。



「へんダ───!!!!」


 ジュリの叫ぶ声だけがーーかすかに聞こえた。





 ***【神々の会話】***



 天上の神、シロの顔には憂慮な表情が浮かんでいた。


「シノよ、もう一度……どうにかできんか?」


「わかりました……行って参ります」


 金のティアラが輝く、桜色がかった銀髪の女神東雲は答えた。



 挿絵(By みてみん)

(*東雲がゆっくりゴクトーの元へ向かう)


 

 


 ◇(再び主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇





 これは何の記憶だろうか。


 意識が混濁とする中、夢を見ていた。


 見たこともないようなーー衣を纏う二人の男が上から覗く。


 ーー背の高い銀髪、黒銀の目が光る男性。

 もう一方は、小柄で筋肉質、白い髭を蓄える桃髪の赤い目の男性。


「この子は、宿命を背をっているのですね。 ……この東雲にお任せを……」


 そしてーーまるで女神か天女のような女性が俺に近づいてくる。


 琥珀色の瞳を閉じ、印を結ぶ彼女が紡ぐ。



「【Revive】!!」



 挿絵(By みてみん)

(*女神東雲の祈り)


 俺は荘厳で黎明な光に包まれた。

 その瞬間、柔らかな波動が静寂を飲み込み、

 刻が逆巻くように空間が歪んだ。

 


 身体が優しさを感じる温かい何かに包まれる。

 まるで懐かしい何かに優しく抱かれるかのように。


 

 その女性が俺の顔を覗き込んでいる。


 この女の人どこかで……。

 ……いや待てよ……俺は前にも一度、ここに来たことがある……。

 この綺麗な人、ちょっとアカリとジュリに似てるな……。


 頭の中で二人の顔が思い浮かんだ。


 ふと眼を凝らす。

 どこか雲の上のような景色が広がっていた。

 目の前には異質な建物が立ち並び、

 その壁面は七色の異様な光沢を放っている。


「お前には、まだ、やらなきゃいけないことがあるだろ……ははは」


 桃髪の小柄な男性が俺の顔を覗いて笑っていた。



 



 ーー夢はそこまでだった。 


 夢か……と、意識を取り戻し、ゆっくりと目を開ける。



「ん……?」


 仲間たちが俺の顔をじっと見る。


 はっきり意識を取り戻したが、視界はぼやけ身体も重い。


「んん?」


 口を覆われ身動きが取れない。

 何かで全身をぐるぐる巻きにされている。



 これって、あの時のデジャブ……? 


 俺はリンクスと戦った時を思い出す。

 やっと思考がまともになってきた矢先ーージュリがポロポロと涙を零す。


「へんダーーーっ!」


 声を張り、彼女が顔を覗き込む。


「……うぅぅぅぅ…」


 ポタリ… あふれた涙が俺の額に落ちた。


「これでもか」ってなぐらいに、彼女の顔は崩れている。


 まだ、目をそらす余力がない。


 同時にチクリとした胸の痛みを抑えつつ、

 ジュリの顔もまともに見れず瞼を閉じた。

 次の瞬間、良い香りとともに髪が俺の鼻先に触れたのがわかる。


 目を開けるとパメラが俺の頬をそっと触る。


「ゴクちゃん……!」


 彼女の高い声が耳に響く。


 彼女は普段、かなりの美人なのだ。

 どこか妖艶だし……。


 その顔は普段の美形ーー見る影もない。

 化粧も落ちて、涙と鼻水でグシャグシャだ。



 そんな折、不思議だが爽やかに感じる風が吹いた。

 その風に揺れるモフモフの尻尾がくにゃっと曲がる。


 尻尾を伸ばしたアリーと目が合う。


「にゃぉおおおおおぉぉぉん!」


 涙顔のまま彼女が指を絡め、天に吼えた。


 ふと、儚げな笑顔とともに、パメラが慌てて俺の口元の包帯をとく。


 


 どこか張りつめた雰囲気が漂うのを感じていた。

 まるで、身体に深く刻まれた傷が涙を促しているように思えたから。


 ようやく俺は、言の葉を絞り落とす。


「良かった……み……んな……無事で……」


 さっきまでの焦燥感が消え、彼女たちの顔は柔らかくなった。


 彷徨わせた目がジュリと合う。


 まるで、わたしを信じすぎよって……言わんばかりの顔だな、と。


 ジュリがほっと息をつきながら小声で話す。


「あー良かった。 へんダー、生きててくれて……」


 その顔は笑っているように見えたのだがーー

 頬は真っ赤で口はへの字に曲がっていた。 


 そのへんダーって呼び方、なんとかならないのか?


 俺の思いなどそっちのけでジュリが震える手で腕を掴む。


「この……バカぁ……!」


 彼女は大粒の涙とともにペタンと座り込んだ。



 一方でアカリは声を出さず、ただ静かに見つめていた。


 冷静な彼女ですら……感情を押し殺せてはいないな、と。


 包帯を握るその手には、まるで安堵が込められているようだった。

 背を向けるアカリ。しかし、その肩は震えていた。


 ありがとう……みんな……。


 心の中で感謝する。


 俺は再び急激な眠気に襲われ、静かに目を閉じ、

 そのまま深い眠りに落ちていったーー。




 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーを介抱するジュリのイラスト) 

 



 


 ***【翌朝】***





 目を覚ました俺の顔を覗き込むアカリ。 


「大丈夫ですか……?」


 彼女の顔はひどく疲れたような顔をしていた。


 瞼も腫れ、やつれている。


 寝ずに看病してくれたんだな。


「……アカリ、すまない」


 俺が言葉を紡いだ瞬間ーー

 赤碧色の瞳にまるで水晶玉のようなキラキラと輝く粒を湛える。


 涙を見せなかった彼女が急に顔を歪めた。


 余程、不安だったに違いない。


 改めて、「心配をかけてすまない」と心底思う。



 ふと、目の端に紫髪が靡きーーパメラが何か言いたげな素振りを見せた。

 落ち着きがない彼女は、疲れも見せず冗談混じりの一言を投げる。


「いつまで膝枕してるのよん?……代わってくれないかしらん?」


 言いながらもその目には、どこか悪戯っぽさが漂う。

 だが、同時に彼女は不安げな表情も滲ませた。


 

 俺は思わずふっと息をつき、肩をすくめながら零す。


「足、痺れただろ?……起きる…よ…」


 起き上がろうとするが、アカリに頭を抑えられる。


「まだ、出血が止まっていないんですからね……」


 彼女の声はどこか温かで安心する。

 だが、次の瞬間ーー頬を朱く染める、アカリの顔がさらに近づく。


「私が、必ず治しますから……」


 chu♡


 彼女は頬の傷にキスをした。


 この時、ガッシャーンと何かひっくり返したような音が響く。


「いいんです。ずっと、私の膝枕で……」

「っえ?」


 アカリの声が雑音でよく聞こえなかった。


 いいんです……ずっと、ってか、勘違いか?

 恥ずい……。


 その目に射抜かれた俺は、全身の毛穴から汗が滲む。

 顔には血が昇りーー目はかすみ、意識が遠のく。

 再び俺は混沌とした闇に引き込まれていく。

 カチッとした音が脳内に響く。



 そして、自分の世界へ入っていった。


【妄想スイッチ:オン】


 ──ここから妄想です──



 アカリの”峡谷”ーー『カルデラの湖』に妄想眼”死線”が吸い込まれる。


 

「エッサ」「ホイサ」

「エッサッサ」「ホイサッサ」


 沈黙の中、掛け声だけが木霊する。


 挿絵(By みてみん)

(*鼓動と御新造さんのイラスト)



「はぁはぁ……旦那! これ以上は、あっしらには無理ですぜ!」


「鼓動……お前さんったら、まったく情けないねぇ。

 息が上がってるじゃないか」


「えっ?……しんぞうって、女なのか……?」


 「あれ? 旦那。“ごしんぞうさん”は初めてで?」


「ああ……」


「おまえさん、“ごしんぞうさん”(裕福な町娘の妻)なんて紹介は、やめておくれよ……照れちっまうだろ!」


「ははは。おあとが……よろしいようで」


 チャッチャラ スカチャラ ンチャチャ〜 パフ♪


 垂れ幕【鼓動と御新造さんの加護(籠)担ぎ】


 幕が降り、お囃子は静かに消えていった。



 【妄想スイッチ:オフ】

 

 ──現実に戻りました──



 『妄想図鑑』のページがパタパタと音を立てる。


 『鼓動』と『御新造』さんは、

 その中にスッと吸い込まれるように消えていった。


 俺は我に返り、意識を戻した。


「…っは!………また境界が曖昧に?」


 つぶやく俺を他所に、まるで暗中模索の仕草でアカリが囁く。


「ふふふ……微睡んでましたわ」


 

 目をこすり、ぼそり。


「はっ! こりゃ夢かっ!?」


「何じゃこりゃああああーー!」


 思わず叫ぶ。

 

 いつもの妄想のはずなのに、『図鑑』は消えず俺の脳内に残ったまま。


 ただの夢……? いや、これは妄想だ。 現実であるわけないーー。


 その時、テンガロンハットが微かに動いた気がした。


「ククククク……」


 噛み殺したような笑い声が、頭上から零れた。


 ……一体、俺の身に、何が起きてる?


 動揺と焦燥が交錯していた。



 『セーフティー・ゾーン』に流れる噴水が”ぽちょん”とひとつ奏でる。

 次の瞬間、ザザーと奔流が流れ落ちる音ととに、心を少し落ち着かせる。

 

 視線を右に左に彷徨わせ状況を確認。

 

 そんな俺の視線を射抜くようにーーパメラが艶やかな唇を動かす。


「少しは……話せるようになったのね」


 ほっと息をつき、彼女がひっくり返した鍋を元に戻す。

 さっきのアカリのキスを見ていたのだろう。眉は上がったままだ。


 一方で、その言葉にジュリが片眉を動かし、ため息をつく。

 桃色の髪を耳にかけ、彼女がさりげない一言を口にする。


「ネー……足が痺れたでしょ?……へんダーの膝枕、わたしが代わるよ」


 彼女はそう言って頬を朱く染める。


 ジュリの奴、わたし、ふともも……足なら自信あるんだから。

 ふふふって、感じだ。


 ……ってか、おいっ!今、そんな状況かッ!

 しっかりしろッ!俺っ!


 自身にツッコム。 

 ま、知っての通りの得意技だ。


 こんな状況でも……俺の頭はこんなことばかりを考える。


 だがな。


 心には何か温かいものを感じていたんだ。

 それはまるでふんわりと包み込んでくれるような感覚。


 そんな思いを巡らせていた。


 アリーは少し離れた場所で、「……顔がニヤけてりゅ……」と、

 垂れ耳を立て口元を綻ばせる。

 彼女のその言葉がこの場をさらに温かくしたーー。












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