神代魔法ーー斑の解放
「おい、黒銀の、あやつピンチだぞ……ありゃ魔族四天王、
ドルサードの下僕だぞ」
「……兄の系譜か……ちょっと、力を貸してやるか」
「お二人とも、そんな呑気に」
「シノ、まぁ……ワシらは手出しできんからな……」
神シロと東雲、トランザニヤの三柱は下界を眺めながら、
拳をギュッと握った。
その頃、ゴクトーたちリリゴパノアは『セーフティー・ゾーン』でピンチに堕ちっていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
5人組のリーダーと思われるリンクスが詠唱を始め、
ジュリの拘束が解かれる。
次の瞬間、ジュリの上着を無造作に引き裂き、
緑のブラトップがあらわにされた。
「んーーっ!!」
口を塞がれたままジュリは、必死に抵抗しながら悔し涙を流す。
その目は俺に助けを求めていた。
他の仲間たちは、眠らされている。
全身の血流が目と脳に集中する。
体温は上昇ーー”渇望”が俺の神経を昂らせ、血を滾らせた。
くっそ……!
動け……動け、俺っ……!!
身体はピクリとも動かずーー怒りは沸点を超え、奥歯がギリギと音を立てる。
これしかねぇ……。
師匠に止められていた禁じ手。
神代魔法ーー奥伝の『斑』を使う覚悟を決めた。
心の中で噛み締めるように唱え始める。
「……天啓を与えし神代の大神よーー」
「ーー我は、力無き大地を歩む儚き存在……」
「……その比類なき根源を、我が魂に宿し給えーー!」
*初伝単の詠唱を終えると、周囲の空気が一変する。
ダンジョン内に巨大な炎が広がり足元に赤い魔法陣が現れる。
同時に、全身に炎の痣が浮かび上がっていく。
身体の痛みに耐えながらも心の中で詠唱を続ける。
「……悠久より巡る創造の息吹よーー」
「今ここに顕現し、我が祈りに応え給えーー!!」
*中伝双の詠唱を終える。
大流が如く渦を巻きながら青い魔法陣が赤い魔法陣を囲み込み、
身体には水の青い痣が浮かぶ。
手足に引き裂かれるような激痛が走る。
だが、俺は続けた。
「ーー天啓を与えし神代の大神よーーー」
「……力無きこの身に、永劫なる力を宿し給えーーーー!!!」
*奥伝斑の詠唱を終えたと同時に、緑の魔法陣が竜巻とともに現れ、頬に十字の緑葉の痣が刻まれた。
三つの魔法陣がゆっくりと重なり合い、白い輝きに変わる。
その光が俺を包み込んだ瞬間、瞳は赤と銀の異形の色に染まった。
その瞬間ーー光が、記憶を裂いた。
炎に焼かれる大地。空を横切る金色の環。
そこから降り注ぐ、神々の矢。
これはーー俺の記憶ではない。
けれど。確かに“知っている”。
光が、世界を割った。
「これは……誰の記憶……? いや、これは……わたし?」
“記されし言の葉”がジュリの脳裏を駆け巡る。
声ではない。
理解でもない。
ただ、彼女は本能的に感じるーー“知っている”と。
その瞬間、ジュリの唇が自然に動いた。
「これは《*具現想霊》ーー【神代魔法】!」
ジュリの声が耳の奥にまで響いたーー。
***◆【神々の啓示と神託】◆***
神シロが紡いでいく。
「神々が万物を統べていた太古の時代ーー
創世の力、そのものが刻まれた至高の魔術が*神代魔法じゃ」
神シロの目がカッと見開く。
「この魔法は、大いなる神が選ばれし者に、
一時的に貸し与える”仮初の神力”、
その秘奥はただの人種には、到底制御できまい」
その言葉に黒銀の目が赤く閃く。
「オレが伝承したのはーー四巻の秘書だ。
分かれて記されており、それぞれが異なる階位の力を秘めている」
「その力を手にする者は、自らの魔力だけでなく、
生命そのものを糧とする宿命を背負うーー」
頷く神シロが続けた。
「術者が抱える魔力と魂の容量に比例し、魔法の力は発揮される。
じゃが、それに伴う”反動”は、術者一人一人によって異なるのぅ」
そして、黒銀の目の友ことトランザニヤは、締めくくる。
「奥伝ーー斑は、古来より禁忌とされてきたーー【破壊魔法】。
オレが戦場で使った七星の武器【桜刀】ーーシロから授かった『妄想図鑑』。
この二つが交われる時、伝説の技ーー《具現想霊》は蘇る』
女神東雲は手のひらを重ね、
「ジュリに、太古の戦の記憶を送りましたわ」
そう言ってギュッと指を折りたたみ、祈りを捧げた。
◇(ここからゴクトーが再び、語り部をつとめます)◇
「……見える。炎に焼かれた大地、天より降る矢の雨、
そしてーー“言葉”を紡ぐ神の影、始祖様が力を貸し与えると……」
瞼を閉じたジュリの唇から、かすかに漏れ聞こえる声。
「斑、解放ーーー!」
低い声とともにジュリが言霊に魂を込めた瞬間ーー。
世界は一瞬止まった。
解き放たれた膨大なエネルギーが、
天と地を切り裂く刃となって周囲を飲み込む。
神々の遺した記憶ーーそのものを具現化したかのような光景。
「これが……神代魔法……奥伝、斑か」
拘束を力任せに引き千切り、
湧き上がる【覇気】を感じながら立ち上がった。
ジュリの呪文が終わった刹那ーー腰に両の手を伸ばし柄を握った。
二振りの【桜刀】が、蝶のように舞い上がる。
身体中から溢れるエネルギーとともに、
光の軌跡を残しながら、リンクスたちに向かって走り出したーー。
妖艶な弧を描く刀身が、
薄暗いセーフティー・ゾーンの中で一瞬、銀色の光を放つ。
「【十文字鎌鼬】斬りーー!」
鋭い喝声とともに、二刀は風を切り裂き、
鋭い"シュン”、"シュン”という音を立て交差する。
その軌跡はまるで緑葉の嵐が渦巻くようであり、
視界を一瞬ーー。
緑色に染め上げた。
”ザシュッ!” ”バサッ!”
二つの斬撃が、まるで裁ち鋏のように、
目だけを丸くするエルフの身体を十字に切り裂く。
鮮やかな朱色の血液が白いフードを染め上げ、
深紅のバラが咲いたかのような 一瞬の美しさを生み出した。
「貴様、仲間をよくもーー!!」
怒号とともに巨人が旋風を巻き込みながら長槍を閃かせる。
その風圧でテンガロンハットが飛ばされた。
頭スレスレでそれを躱し、巨人の足元に滑り込む。
「【金剛一文字】斬りーー!!」
怒涛の咆哮とともに、二本の【桜刀】に雷光が宿る。
まるで生きた龍が刀身を這い上がるかの如く、
稲妻が煌めき、鳴動が大気を揺るがす。
力の限り右から左へ、【桜刀・兼松桜金剛】を横一閃ーー
"ᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰᜰ”
”バリバリバリバリバリバリィッ!”
凄まじい雷光と轟音がダンジョン内を切り裂き、
透明な『セーフティー・ゾーン』を照らし出す。
それが巨人の咆哮を打ち消した。
しんとした静けさの中、鋭い"ズパッ”、"ズパッ”っとした、
肉を断ち切る音が遅れて響き渡る。
視線を感じた先、ジュリが息を呑む。
巨人の両膝がまるで豆腐を切るように切断された。
噴き出す鮮血は舞い上がり、血の雨を降らせる。
巨体は重低音を立てて倒れ込み、地面を激しく打ち震わせる。
「いでー…… おでの足が…… 」
巨人の嗄れた声が、血生臭い空気を漂わせる。
その言葉に怒りが頂点に達する。
「喚くな!!」
渾身の力で【桜刀・黄金桜一文字】を振り下ろし、巨人の首を両断した。
鈍く重い感触とともに、バシャっと生温かい鮮血が俺の顔面に飛び散る。
鼻腔を満たすのは生臭さと焼けた肉の匂い。
鉄の味が口の中に広がったーーその瞬間。
『鼓動』が一度「ドクン」と飛び跳ね、ある妄想が脳裏をよぎるーー。
カチリ。ぱらぱらぱらーー『妄想図鑑』のページが開かれた。
【妄想スイッチ・オン】
盗賊風の黒頭巾と目を充血させるドワーフが、襲いかかってくる。
「この野郎──!」
「くっ!化物め!!」
「我が想、血肉となれ。虚ろの中の幻、今ここに宿れ…
《具現想霊・真紅の蝶》ブラ・アカノ!!」
自然と口から詠唱が漏れた。
図鑑から飛び出したブラ・アカノが赤い翅を翻し唱える。
「【魅誘分身】!」
「俺は鴉見てーな黒いヤツをやる!」
「くっ!この蝶の化物め───オレが相手だ!!」
分身を遂げたアカノは、襲い掛かるドワーフと盗賊を離別させた。
彼らの狂気じみた攻撃が俺とアカノに迫る。
襲いかかる盗賊のジャックナイフが、血生臭い妖艶な光を纏いながらーー咄嗟に避ける俺の頬を掠めた。
ドワーフは、ミスリルハンマーを力任せに振り回す。
その威圧は凄まじく、ほんの数ミリでも触れればたちまち膝をつくだろう。
左へ右ーー前、後ろと軽やかなステップワークで、アカノは豪胆な一撃を躱していく。
「くっそ、ちょこまかとーー!!」
ドワーフは苛立つが、アカノのおかげで冷静に集中し対応できた。
ドワーフの隙をついて彼女は、瞬時にその姿を蝶に変え、ひらひらと舞うーー。
俺の握る【桜刀・兼松桜金剛】に染み入るように消え、紅光を宿す。
盗賊とドワーフが我に返り、武器を掲げたーーその瞬間。
「【金剛真紅ノ翅】斬りーー!!」
コンマ数秒も置かず、逆手で【桜刀・兼松桜金剛】を全力で振り切った。
刀身が空を切り、鋭い"ヒュ───ン”という音を立てる。
“ズバッ” “ズバッ”
血肉を裂く音とともに、二つの『斬撃刃』が敵を切り裂く。
「蝶…… なんな……」
「げふっ! ぐっ……」
まるで蝶のような血飛沫が舞いーー煉獄の赤い翅を羽ばたかせた。
【妄想スイッチ・オフ】
アカノは【桜刀・兼松桜金剛】から、
吸い込まれるように『妄想図鑑』に消え収まった。
一瞬の出来事。
「あなたは一体……」
静けさの中、ジュリの口から零れた言葉が俺の耳に届く。
「さっきのは何? 見たことない。何がどうして?」
「神代魔法、初めて見た。
あなたのこんな姿も……わたしは、どうすればいいの?」
あまりの状況にジュリの表情も変わっていく。
「あなたはーー人間なの……?」
ジュリは、それ以上のことは言わなかった。
ジュリの瞳に映った俺は、全身が黒く変色し血管が浮き出ていた。
鋭い爪は黒く光り、瞳孔は完全に赤く染まっている。
まるで、深淵から這い出てきた怪物のような姿。
変貌した姿に、ジュリは息を呑むしかなかったのだろう。
身体中に浮かぶ痣から、赤黒い血がじわじわと滲み出す。
ガシュッ!
リンクスが振り下ろす【魔剣サランドガリア】。
それが俺の肩口を大きく切り裂いた。
「っく!」
ジュリに気を取られ、一瞬の隙が招いた代償。
痛みは鋭く、熱さが肌を焼くようだ。
全身を駆け巡る激痛に呼吸も荒くなる。
肩傷も骨まで達してるのかーー動かそうとすると骨が軋み血が吹き出す。
それでも、ジュリに届いてくれと願いながら声を振り絞った。
「はぁ… はぁ… ジュリ……今…助けてやるから…な…」
視界の先にいるジュリが零す。
「なんで、なんでそんな姿になってまで……
もう無理だよ……あなたが死んじゃう……」
そう言って彼女の目は涙で潤む。
ジュリの目には絶望と焦りが混ざり合い、
その表情は、締め付けられるような悲壮感が漂う。
立ち尽くし、まるで何もできない自分に……歯噛みでもするかのように。
それでも、俺が見せた一瞬の微笑みと震える拳に、
理解したように頬を濡らし小さく頷く。
その一方で、リンクスが喚き散らしていた。
「蝶? な… 何の魔法だそりゃ!? お前何者なんだ……。
一瞬で四人も? はぁ? 奴らは俺と同じく『S級冒険者』なんだぞっ!」
その言葉は、怒りで打ち震えていた。
それも当然だろう。
彼がこれまで知らなかった、
『死の予感』というものを今、初めて感じ取っているのだから。
狼狽したリンクスがジュリを掴かむ。
そして、人質にする形で身構えた。
次の瞬間ーーゴゴゴゴゴ……
リンクスの身体が禍々しい姿に変貌を遂げていく。
長く伸びた髪が風に舞い、真紅に染まる瞳がギラリと輝く。
下顎からは鋭い牙が覗き、全身の筋肉が膨れ上がった。
その力に服は裂け、背中から蝙蝠のような翼が広がる。
闇に包まれたその姿は、もはや人とは呼べない。
「愚かで哀れな者よ!
我が主、魔族四天王、北のドルサード様の力ーー特と思い知るがいい!
我が授かった力、存分に見せてくれるわ!」
リンクスは鋭い眼光を向ける。
両手を掲げ、闇のエネルギーを凝縮させ、
弾け飛ぶように放たれる。
「これでも喰らえっ!【 暗黒波動弾 】ーー!!」
俺に向けられたーー闇の散弾。
“ドンドンッ” “ドンドンッ”
弾丸が俺の身体を貫いた。
ブシュ ブシュッ
気も遠くなるような痛みとともに、無数の穴が穿かれた。
次々と噴き出す鮮血が『セーフティー・ゾーン』を赤く染め上げる。
俺の反射神経をもってしても、
全てを避けきることは、できなかった。
「もう嫌…… あなたがこれ以上傷つくなんて……
でも、どうすれば……」
ジュリは祈るように両手を握りしめ、ただ俺を見つめていた。
リンクスは勝利を確信したかのように、嘲笑を浮かべる。
「ははははは!! ザマァ! どうだ、終わりだろうがッ!」
ガクンと膝をついた俺を見下ろす。
「お願い、立ち上がって! あなたならまだ……」
ジュリの願いを聞き、意識が遠のく中ーーその言葉に奮い立つ。
一方、リンクスは詠唱を開始する。
「これで、トドメだッ!」
両腕に膨れ上がる闇のエネルギーが渦巻き、黒く重い塊を成していく。
「信じてる… あなたなら、きっとやれる」
恐ろしさにジュリは震えている。
だがその目にはどこか確信が宿っていた。
最後の一撃に全てを賭ける覚悟を決めた。
俺の視線を捉とらえるジュリがとその意図を理解した。
彼女の記憶が垣間見えたのもそうだが、
多分、俺とジュリの脳波はーーこの時完全にリンクしていたに違いない。
冷静な判断をしながらも状況は最悪。
ジリジリと追い詰められる感覚。
少しの死の恐怖。
それが痛覚を麻痺させた俺を襲う。
だが闘志は絶やさず、目前の敵を睨みつける。
風がピタリと止んだーーその時。
身体の色さえ変わっていくリンクスが叫ぶ。
「死ねええええええ!!【 冥王降魔弾 】ーーー !!」」
膨大なエネルギーが放たれたーー刹那。
ジュリが身を屈めた。
その瞬間を見逃さず、最後の力を振り絞った。
右手の【黄金桜一文字】に浄化の力を纏わせ、
左手の【兼松桜金剛】には聖光の力を注ぎ込むーー。
「【聖眼鳳凰】!!!」
「【焔金剛】斬り!!!」
順手と逆手に構えた二振りの【桜刀】を閃かせた。
聖なる光と灼熱の炎が交わり、
"ゴォォォォォォォ─ッ༄༅༄༅༄༄༅༄༅༄”
二つの斬撃刃がリンクスに向かって放たれる。
スパッ! スパッ!
「くっ…この俺様が、貴様ごどきに…!ドルサード様に…栄光あ…れ」
“ボッバァァァンッ!!”
三つに分断されたリンクスの身体はーー空中で爆ぜた。
轟音と爆炎の中、リンクスの姿は跡形もなく消え去った。
だが、その直後ーー“バァァァンッ!”
「…っ…!」
リンクスが放った 【冥王降魔弾】が身体を直撃する。
ビシュッ! ビシュッ!
左頬に浮かんでいた十字の印が裂け、
鮮血が勢いよく噴き出す。
他の傷からも血が滴り、
身体は縮むようにして元の姿へと戻っていく。
身体の感覚が徐々になくなっていく。
「いやぁぁあああああああ!!」
薄れゆく意識の中、ジュリの叫び声が耳に届いた。
駆け寄り、泣きじゃくる姿が霞む視界に映る。
「あなたがいなくなったら、
わたし…… わたしは、どうしたらいいの!?」
ジュリの涙は止まらない。
しかし、彼女は俺が託した使命を理解していた。
そして彼女を信じ、ゆっくりと俺は瞼を閉じたーー。
お読みいただき、ありがとうございます。
気に入っていただけたらブックマークをお願いします。
リアクション、感想やレビューもお待ちしております。
【☆☆☆☆☆】に★をつけていただけると、モチベも上がります。
引き続きよろしくお願いします。




