「”死線”、サーチだ」
「何だか……良からぬ雰囲気が漂うの」
「あら、あなた様、めずらしいですわね」
神シロの言葉に、不安の表情を浮かべる女神東雲。
「大丈夫だ。あいつなら……もう芽吹いているからな」
黒銀の目の友こと、トランザニヤがニヤリと笑った。
三柱は下界を覗き、ゴクトーたちの様子を窺った。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
興奮した身体を癒すため、『セーフティー・ゾーン』で横になった。
『セーフティー・ゾーン』は、音もなく無色透明な壁に包まれた空間。
目が覚めると、柔らかい感触が頭を優しく支えていた。
フレッシュな桃のような香りが鼻をくすぐり、薄目を開ける。
そっと鼻血を拭うジュリの顔が視界に入る。
「ネーのせいだ……」
彼女がつぶやく。
その顔は何故か、しかめっ面。
彼女の優しい手の動きに違和感を感じる。
ふと、一方からの熱い視線に気づいた。
アカリがポツリと漏らす。
「『攻略』し過ぎたかしら……」
彼女は心配そうな素振りを見せ、顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
だが、彼女の瞳に宿る『猛虎の目』が気になる。
その顔は口角をきゅっと上げ、笑っていた。
余裕のある笑みーー。
彼女はいつもこの顔をする。
自信たっぷりなのは、きっと彼女の器量なのだろう。
彼女の表情が崩れるところを、俺は見たことがないかもしれない。
アカリさんや、
あなたの”パカックス”が原因ですけどもっ!
彼女からふと、目をはぐらかす。
心境は複雑だったさ。
この展開に戸惑いながらも頭の中を一旦整理する。
『セーフティー・ゾーン』……ただ、飯と休憩を取りに来ただけなのに。
アカリの、あの攻め方はなんだ? 死ぬところだったぞッ!
……ってか、師匠を見つけるんじゃなかったのか?
それと七星の武器のことだって……
みんなあまり、気にしてない様子だけどーー。
ため息をつき、目をはぐらかした視線の先。
少し離れた所から、パメラが歩み寄り苦笑いを浮かべる。
「いつまで、膝枕されてるのよん!」
冗談まじりにそう言って彼女は、唇を尖らせた。
確かに、ずっとアカリに膝枕されたままだ。
「す、すまん……!」
慌てて身を起こす。
するとーー空気を読めない男が動き出す。
やれやれ、また厄介な展開になりそうだ、なんて思ったのも束の間。
俺を覗き込むノビが口を挟んだ。
「いいなー、オラも先生に……」
ノビが言いかけたその瞬間ーーパメラがすかさず声を張った。
「もう、貴様はこの階層で……離脱させるぞおおおおお!!!」
ブルン
『爆弾』が大気を震わす。
「しだっけええええええええええ!」
吹き飛ぶノビ。
だが、一瞬で身を翻しーービダンッ!
ノビは天井に張り付いた。
「慣れっごなんさ!」
クルッ
ピタ。
宙返りして、見事な着地を決めるノビ。
マジかッ!……それッ!モリスエだろ!
口には出さなかったが驚いた。
その動きは、前世で見た遠い記憶と重なった。
そんな中、アカリ、ジュリが大きくため息をつく。
だが彼女たちのその表情には、自然と笑みがこぼれていった。
この『師弟コンビ』のやり取りは、”恒例行事化”しつつある。
ある意味”お約束”。
この”恒例行事”、場が和むな……と、内心つぶやき、自然に口元も綻ぶ。
その時、ふわっとしたモフモフの尻尾が目の前で揺れた。
アリーもノビを見て賞賛する。
「おお!ノビたんすごいにゃ!」
彼女が笑みを浮かべ垂れ耳でパタパタと拍手する。
その仕草、声も可愛いい、と俺は思ったさ。
ジュリに身を寄せて、張り切るようにアリーが手を挙げた。
「出発にゃ!」
垂れ耳をはためかせ、尻尾で出口を示す。
食事を済ませ、俺たちは次の階層へと降りていった。
***【ダンジョンアタック再開】***
21階層、蔦が広がる鬱蒼とした緑の森。
俺たちは分け入るように進んでいく。
「ヒャハコココーー」
魔物らしき叫び声が森中でざわめく。
アカリの足がピタリと止まった。
「ヒヒゴンね。『A級指定魔物』よ。フィルテリアでは見かけたことあるけど、まさかこんな数ーー、集団のボスが仲間を集めてるわ」
そうつぶやくアカリの表情には、焦りと不安の色が混じっていた。
アカリの目を見ながらジュリは杖を構え、静かに頷く。
確かに周囲には魔物の気配が漂う。
アカリの前に、スッと踏み出した彼女のモフモフの尻尾が揺れる。
「僕が先導するにゃ!」
アリーが垂れ耳をピンと立て、進んでいく。
確かに周囲には魔物の気配が漂う。
『獣人の気配察知能力は桁がちがうーー』と、師匠からも聞いていた。
用心しながら、俺たちは森の中を進んで行った。
森の中の風がピタリと止んだーーその瞬間。
わさわさとした蔦の揺れとともに、オーガサージェントが複数体現れた。
オーガサージェントが、大戦斧を振りかざし襲ってきた。
魔導銃を構えるアリーの身体が、金色の光に包まれる。
「間に合わにゃい!」
「避けろアリー! こいつら、図体の割に素早いぞ!」
俺が指示を出す。
咄嗟の判断は流石だ。
アカリが切り込み、扇子と【桜刀】を駆使しながら敵を払い倒す。
「リーダー様、オーガサージェントは『A級指定』の討伐対象、オーガナイトと違って、なかなか手強いですわよ」
彼女は額に汗を滲ませる。
この階層から魔物たちは、『A級指定』も含む脅威となった。
物凄い【覇気】を纏い、凶暴な視線を向け行手を阻む。
「鬼のような魔物だな。体長は俺の3倍、いや、もっとデカイか……」
思わず声が漏れた。
場には緊張した空気が漂う。
仲間たちが身構えた次の瞬間ーー
「ふぅーー」
俺は吐く息とともに、刀を握り直した。
「巫代流抜刀術ーー【爪咬】!」
その瞬間、二振りの【桜刀】を逆手で振り上げる。
一瞬、【桜刀】が交差するように桜色の奔流が閃く。
澄んだ空気が漂う中、カチンッ!とした音だけが森に広がる。
「ふぅーー」と息をつき、二振りの【桜刀】を鞘に収めた。
”ズバババババババッ!”
鈍い音とともに切断されていく複数体。
次の瞬間、 赤いキラキラが眼前に広がり、オーガサージェントは消え、ごろっとした魔石に変わった。
その刹那、周囲に漂う魔物の気配は少しずつ薄れていった。
大きくなった魔石をひとつ拾い上げ、目を丸くしたパメラが零す。
「やるわね、ゴクちゃん、すごい剣技ねん」
そう言う彼女の目は笑ってはいなかった。
パメラの表情があまりにも可笑しくて、
張り詰めていた仲間たちの表情にも笑みが溢れた。
こうして、俺たちは階層ボスを倒しながら順調に進み、
30階層へと到達した。
30階層では、トライタウロス(角が三本生えた牛のような二足歩行の魔獣)やデーモンスパイダー(骸骨姿のアンデット系大蜘蛛)といった、『AA級指定』の魔物達が現れるようになる。
(*トライタウロスとデーモンスパイダーのイラスト)
前で戦闘を繰り広げるパーティーは、この魔物たちにかなり苦戦を強いられているようだった。
だがーー問題は魔物の強さだけではない。
ここまで来るとノビを守りながらの攻略が、次第に厳しくなってきた。
仲間たちが不安を滲ませる中、アカリが口を開く。
「『セーフティーゾーン』の*【転移ポータル】で、ノビを戻しましょう」
彼女が冷静な判断力を見せる。
当のノビは悔しそうにーー
「行きたくねぇ、しだっけ……先生がそう言うなら!」
涙目になりながら肩を落とす。
仲間たちの表情も複雑。
ノビを見つめるパメラが特に印象的だった。
「できれば、この先も一緒にーー」と、
言わんばかりのパメラは口を真横に結び、唇の端を噛みしめていた。
心が痛むのか、彼女は瞳を潤ませ紫髪を掻き上げる。
弟子の目に涙が浮かぶのを見ても、彼女は黙っていた。
俺も心の中で別れを惜しむ。
ノビ、お前の分まで進むよ。
俺たちの帰りを待ってろよ……。
仲間たちも同じように、肩をおとす彼の背中を見つめていた。
最後に振り返るノビがニコッと笑い、大粒の涙を溢した。
【シューーーーン】
姿は見えなくなり、仲間たちの目にも涙が湛えていた。
だが、それでもーーこの歩みは止められない。
ノビ抜きの5人で俺たちは階層を進んでいった。
30階層以降、これまでの階層ボスも再登場し、
さらに新たな魔物が次々と現れた。
ダンジョン攻略の難易度は、確実に跳ね上がっていく。
40階層では、『AAA級指定』の魔物たちが牙を剥いてくる。
特にキングデーモンスパイダーと、
ブラックサンドワームのコンビネーションは凶悪だった。
俺たちの前に、立ち向う7人組のパーティー。
動きが違うーーおそらく全員『A級』ランクだろう。
(*キングデーモンスパイダーと、ブラックサンドワームに立ち向かうパーティーのイラスト)
「横取りするなよ!」
そのパーティーのリーダーらしき男が俺たちに叫ぶ。
その言葉に仕方なく俺たちは黙視していた。
攻撃が始まった。
確かに全員が強いーーだが、一瞬の刹那ーー2人が瀕死の状態に陥った。
さらに槍を持つリーダーらしき男は、キング・デーモン・スパイダーの猛毒で麻痺していた。
「っく……仕方がない、39階層の『セーフティー・ゾーン』に撤退だ」
「すまん、みんな」
仲間たちを担ぎ、そのパーティーはひき下がった。
おいおい、そんな中途半端な……と、
思いながらも彼らをどこか庇ってしまう。
次の瞬間ーー シュルッ!
ブラックサンドワームの攻撃が俺たちに襲いかかる。
身を翻したモフモフの尻尾が地面を這う。
アリーが叫ぶ。
「ジュリねぇーー!避けるにゃ!」
「任せてん!!」
次の瞬間、パメラが紅色の光に包まれ、彼女の身体には魔力が集約されていく。
「【ウォーターウォール】!」
詠唱すると、真紅の魔法陣が展開され、水の壁が周囲を包む。
その瞬間、ジュリがすかさず詠唱する。
「燃え盛る火の妖精サラマンダーよ。
今、その力を解き放ち、その深淵の炎で敵を焼き尽くせ!
【エクスプロージョン】!!!」
”ボォー༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄༄”
火属性の攻撃魔法が繰り出された。
だが、キング・デーモン・スパイダー、
ブラック・サンドワームは瞬時にその攻撃を避けた。
ジュリがキョトン。
「っえ?」
目を丸くしながら漏らす。
しかし、魔物たちは間髪入れずに襲いかかってくる。
”キィ───ンッ!”
アカリが持つ【桜刀・黄金桜千貫】と、
キング・デーモン・スパイダーの鋭い爪挟みが交錯する。
「こっちは私が!」
「任せたぞ、アカリ」
”ブスッ”
アカリの【桜刀・黄金桜千貫】が輝きを増す。
その刹那、キング・デーモン・スパイダーの腹を射抜く。
紫血がダンジョンの石壁に飛び散ったーーその瞬間。
炎属性魔法が通用しない魔物を相手に、アカリと俺が連携する。
「巫代流抜刀術 【慰雨の音】ーー!」
俺の【桜刀・黄金桜一文字】が白光とともに一瞬閃く。
【桜刀】をカチン。 スゥっと鞘に収める。
0コンマ数秒遅れてーー”スパッッ”
紫血が波紋のように飛び散り、真っ二つに切断されたブラックサンドワーム。
2体の魔物にトドメを刺しながら、
「さすがですわね……頼りにしていますわ」
戦闘中にも関わらず、アカリはどこか楽しそうに笑みを浮かべる。
場には赤いガラスの破片、いや結晶とでも、言うべきか、それが宙を舞いながら集約して、大きな音をふたつ奏で、地面に転がった。
妙な緊張感を覚えつつ、なんとか敵を討伐した。
***【セーフティー・ゾーン】***
疲れ果てた俺たちは、『セーフティー・ゾーン』に到着。
やっとこ、なんとかって、感じだ。
足を踏み入れた瞬間、大きく息をつく。
そんな俺に笑みを浮かべ、アカリが口を開く。
「ここで、野営にしましょう」
彼女がリーダーシップを発揮し、皆それに従う。
それぞれテントを張り始めた。
俺も師匠から受け継いだ、<ヤマト式テント>を組み立てる。
組み立てながら、ふと、師匠の仕草が頭に浮かんだ。
『ゴクトー、冒険者ってのは、野営もする。
テントぐらい組み立てられないとな。はっはははは』
変な笑い方をしながら、俺にテントの組み上げ方を教えてくれた。
師匠は今頃、テントもなしで、どうしてるのかな?
胸中、そんなことを思いながらテントを組みあげた。
一方で、桃色姉妹が<最新式テント>を、かしましく張っている。
やっぱり、裕福な家の出身なんだろうな。
ぼんやりと、そう思いながら独り言ちる。
「ヨシ、と、あとは飯の用意だ」
持ち合わせの食材を使って夕食を準備し始めた。
しばらくすると、パメラが俺の元へやってきた。
「ん? どうした?」
彼女が頬を朱くしながら俯く。
「あなたの、その<テント>、寝心地が良さそう。
あたいは、夢を見ながら寝たいのん」と、そう言ってパメラが顔を上げた。
その言葉に一瞬、『鼓動』が跳ね上がる。
いやいやいや、『鼓動」騒ぐな!
……これって、理性を保てるのか?俺っ!
思ったが、口には出せない。
結局、狭い最新式テントに四人で、
詰め込まれるのが嫌だっただけらしい。
快く<ヤマト式テント>を貸し、
俺は寝袋で眠ることにした。
疲労感が全身を包む中、寝袋に入り目を閉じる。
だがーー頭に浮かんだのは、昼食時のアカリの仕草。
彼女は美脚を組み、さらに両肘で胸を押し上げ、挑発的な一言を投げた。
『……パッカーンですわ♡……クスッ』
頭の中にはアカリの笑みと、挑発的な仕草がチラつき、胸が騒つく。
夕食の時もッ!
"パカックス”、されましたけども……。
そんなことを思いながら、いつの間にか深い眠りに落ちていったーー。
***【翌日】***
「ちょっ…何して……るのよ!!」
怒声が耳を劈いた。
現実に意識が引き戻される。
「この…あんたら…!
こんなことして…冒険者として恥ずかしくないの…? う…ぅ…」
ジュリの声が途切れ、彼女が崩れ落ちるのが視界の隅に映った。
……ん?
身体が動かない。
縛られている? 口も塞がれてる?
こりゃ魔法の拘束。
アカリ、パメラ、アリーも眠らされている。
おい、おい、おい、なんだってーのこれッ!
俺は目を凝らし、目の前に立つ奴らを見定めた。
敵の奇襲ーー!!
その中のひとりの声が俺の記憶を呼び覚ます。
『あの美人……へへへ。おいどんの好みだ』
ギルド支部、さらに15階層で、すれ違った5人組のパーティーだ。
ーーこの状況でできる唯一のことがある。
【妄想スイッチ:オン】
「”死線”、サーチ開始だ」
「あいわかった」
「主よーーまずドワーフ。
全身ミスリル鎧の近接戦特化タイプ。重装突撃、脳筋スタイルと見ます」
「ふむ」
「続いて右ーー
黒フードの男。王都の盗賊ギルド元幹部。スピードと攪乱が主軸、短剣使い」
「盗賊か」
「中央ーーエルフの暗殺魔導士。高出力の攻撃魔法と、毒、幻惑の可能性大です」
「やっかいだな」
「左の巨漢。青緑の髪、筋骨隆々で上半身裸。朱色の長槍──巨人族と判断」
「初だな」
「そして、あの男ーー」
”死線”の声が、わずかに低くなった。
「……リーダー格。銀の瞳孔、黒革スーツ、
背負うは【魔剣サランドガリア】ーー
金属光沢の肩当ては恐らくヒイロカネ製。
戦歴、魔力の質ーーすべてが規格外。……こいつだけは別格です、主よ」
「十分だ、戻れ」
「またいつでも、主の眼にーー」
【妄想スイッチ:オフ】
”死線”は『妄想図鑑』に収まるように、霧の如く吸い込まれた。
「お、起きたか。黒鴉の小童」
ドワーフが斧を突きつけ、歯をむき出しに笑う。
「よぉ、目覚めはどうだ? これからお仲間をーーひひひ……」
盗賊風の男が舌舐めずりをする。
「まずはこいつから片付けるか……」
エルフが魔力を溜め、その指先は光を帯び始める。
一方、黙したまま、不気味な笑みを浮かべる巨人。
そしてーーあの男がジュリの横に立った。
【覇気】だけで空気が震える。
「いい女だな。強い女をねじ伏せる……最高だぜぇぇぇ」
顎を掴まれたジュリは歯を食いしばり、悔しそうに睨み返していた。
男はくぐもった声で笑い、名乗りを上げる。
「俺の名はリンクス。S級冒険者にして、【魔剣サランドガリア】の使い手だ。
特に俺はな……女の血を求める。 悪魔付きって知ってるか? それをーーこの女の血で鎮めるんだよ」
なにぃ?……悪魔付きだと?
師匠が言ってた悪魔の下僕……。
名乗りをあげたリンクスを俺は睨んだ。
「ククク……まずは、この女の血を……たっぷり吸わせてもらうぜ」
その瞬間、俺の中の何かがーーカチリと音を立てた。




