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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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朝〜ゴクトーの内心と桃色姉妹の誘惑





 





 天上界では、二柱の囁かれる声が雲の中に溶ける。

 神シロが不安げに口を開いた。


「おい、おぬしの末裔が治めるトランザニヤは?」


「落ち着いたようだな。もう”ヒドラ”は現れまい」


 そう言って黒銀の目の友が、ほっと胸を撫でた。


「なるほど……作戦を変えたか……あいつ、大丈夫だろうか?」


 神シロは、遠い島を見据える。

 そこは魔王が治める孤島、魔族の国ガーランド。


 一方で、黒銀の目の友ことトランザニヤが尋ねる。


「何か心配事か?」


「ああ、”悪魔付き”が増えてるからな」


 神シロは腕を組みながらつぶやく。


「あの時の再来か……とりあえず注視だな」


 黒銀の目の友も同じような、ため息をつく。


 神々は注意深く、下界を覗き込んだ。








 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇





 チュンチュン。



 朝日が差し込む窓の外から(さえず)りが聞こえる。

 考えすぎたせいか早めに目が覚めていた。


 いよいよ、ダンジョンの攻略当日ーー。

 緊張と興奮が入り混じり、ほとんど眠れなかった。



 洗面所に向かう途中、胃のむかつきを覚える。

 

 何度もえずきながら顔を洗ったさ。

 ダンジョンに潜るんだ。

 飯くらい、食っておかないとな。


 食堂に着いて扉をそっと開ける。

 

 朝早いというのに、すでに冒険者たちが数組ほど席に着いていた。

 それでも席はチラほら空いている。


 

 広めのテーブルにひとりで座る。

 俺は会話する冒険者たちをぼんやり眺めていた。


 

 朝食を待つ間、いつもの癖が出た。

【妄想スイッチ】がカチッと音を鳴らしオンされた。

 

 良い香りに引き寄せられ、名付けた鼻の『香りん』が動きだす。


 冒険者たちが食べているメニューを「ちょっと見てきて」と”死線”に頼む。


 

 ”死線”は「仕方なし」とつぶやき動いた。

 

 「色鮮やかでみずみずしい野菜のサラダだ主よ。鶏を煮込み、黄色味がかったまろやかな香りのスープは、旨そうだ。焦げたベーコンに目玉焼きも見た目が良いな」


 その言葉が直接脳を刺激する。


 その時ーー俺の頭に響く、もう一つの声。

      

 『“ぐぅぅぅ”は、ベーコンエッグが好物ですけども……』


 名付けるなら『腹の虫ぐぅさん』が、”死線”をうらやむようにつぶやく。


 「少しの辛抱だ」


 独り言ち、食事を待ちながら妄想する。


【妄想スイッチ・オフ】


 カチッーーとした音が脳内に響いたその瞬間。

『妄想図鑑』に香りん、腹の虫ぐうさんが吸い込まれていった。

 

「はッ! またかッ!」

 

 思わず声が漏れ、現実に戻った。

 俺のいつもの癖だ。だがしかし、”死線”だけは俺の目に留まった。

 

 ふと、師匠のある言葉が頭に浮かんだ。


『身体の部位に名付けか……さすがだな、お前の趣味みたいなもんなんだろっ?……へんたいだなっ! はっはははは』


 ……って、師匠に笑われたっけか。

 ってかよお、今、おもえば、11歳そこそこのガキに、へんたいって、

 ひどくないかァッ!

           

 俺は思い出し、肩をすくめもしたがーーちょっとだけ口元が緩む。


 「ぷっ」


 思わず吹き出した。


 『師匠こそ、その笑いかたが……』って、言葉を思い返す。


 俺はしばし、師匠とのやりとりをぼんやりと懐かしんでいた。


 だが、疲れが溜まってるせいか、身体の力が少しずつ抜けていく。


 

 ヤバイ、寝不足のせいだ。


 徐々に意識が朦朧としてくる。


 カクッ…


 不意にきた眠気。


 カクッ… カクッ…


 頭が揺れ、テーブルに顎を乗せたまま目を閉じる。


 コックリ… コックリ…


 やがて、左頬をテーブルにピタリと押しつけ、いつの間にか微睡みへーー。


 


 

 ドンッ!


 何かがテーブルに押し付けられた音が、俺の耳に響く。


「食堂で寝ないでちょうだい!」


 唐突な甲高い声。


「…ん…」


 薄目を開けて見上げる。

 そこには、口をへの字に曲げる女将さんが立っていた。

 

「……寝ちゃいました。すみません」


 言い訳しながら顔を上げた。


 ちょっと、そんな怒らなくても。

 俺の朝食、溢れてますけども?

 

 眠気をはっきりさせ、我に返る。


 スープがゆらゆらと揺れ、トレーを濡らしていた。

 良い香りも立ち昇る。


 


 「”ふん”」


 女将さんは俺を一瞥し、鼻息を残しつつ厨房へ戻っていく。

 


 やたら怒ってる? いや、気のせい気のせい。

 やれやれ、と苦笑し、俺は腹をさすった。



 そんな中、「ゲラゲラ」とした笑い声が顳顬に響く。


「…ん?…」


 シスターがシャワーを浴びた直後の、あの時の匂い……。


 鼻腔をくすぐる甘い香りーー懐かしさと切なさが胸をキュッと締め付ける。

       

 それが俺の胸を満たす。


 その匂いはどこか遠い記憶を呼び覚ますようだった。



 振り返ったその瞬間ーー顔を覗き込むアカリの姿が目に飛び込む。

 彼女は俺に微笑みかけ、艶っぽい唇で紡ぐ。


「ふふふ……可愛い寝顔でしたわ。いい顔してました」


 まるで獣のような目で俺を見つめる。


 その目ですよっ! 

 怖いんですけども……。

 

 その視線に焦り、目をはぐらかす。

 


 食堂は相変わらずの賑わい。

 冒険者たちも楽しそうにダンジョン談義を講じていた。


 一方、俺を横目にジュリがため息をつく。

 

 「この男、本当にダメね」

 

 彼女はつぶやきながら肩をすくめた。

 

 その顔はどこか苛立って見えた気がしたのは、気のせいだろうか。 

 そんな俺の思考など吹き飛ばすジュリの小声が、早口で囁かれる。    


 「でも、寝顔、めちゃくちゃ可愛かった」

 

「っえ?」


 その言葉は聞こえなかった。

 俺が問い返すと頬を朱に染める。


 ジュリが横を向いたその瞬間ーー黒い肩紐がチラつく。


 その刹那、俺を見る彼女の表情が変わった。

 

 今日こそはこの『黒のレース』で、意識させるんだからァ!

 なーんて、思ってないよな……んなわけないよねっ?


 どこか小悪魔っぽい目を向けるジュリから、逃げるように目を逸らす。

 

 相変わらずのアホ思考。

 恥ずかしさが、頂きの手前まで登り詰める。

 

 彼女から漂う石鹸の香りが、さらに羞恥を高めた。

 

 ……ったく、どうかしてるぞ、俺ッ!


 思いながらため息をひとつ。

 

 ジュリは真横に立って、俺の顔を覗き込み「ふふっ」と笑った。


 だが、それだけではとどまらず、一方のアカリが揶揄うような素振りを見せる。

 さらに彼女は俺の腕を掴んで、”むにゅ”。

 朝の挨拶で彼女はお茶を濁す。


「おはようございます……ゴクトーさん♡」


 まるでたたみ掛けるような艶かしい声。

 その笑顔につられ、浮き足立つ俺がなんとも情けない。


 桃色の濡れた髪をバレッタでまとめ上げた彼女。

 大きめの白いカッターシャツを濡れた肌に張り付けるその姿は、

 風呂上がりならではのーー”つややかさ”と大胆さ。


 透けた布地の向こうからーー渋いベースの『ブルース』が聞こえる。

 

 いや違ったッ! 


 鮮やかな”ブルーレース”が浮かび上がる。

 

 せ、せっと、ですかっ!


 動揺して思わず”ひらがな”になるほど。

 レベちな妄想眼”死線”の透視能力にも呆れる。



 下のブルーのパンティまで、透けて見えるのはどうかと思うが……。

 スカートか短パンぐらいーーせめて、履いて欲しいものである。


 胸元からチラリのーーブルー山脈に挟まれた『見事な峡谷』。

 その美脚に俺の妄想眼”死線”が離れない。


 いかん! いかんぞ! 

 また、妄想がーー。

 スイッチが発動してしまうーー。


 慌てて、厨房に目を向けた。


 


 だがしかし、その瞬間ーー目に飛び込んできたのは、ジュリの姿だった。


 短めの青いトップスをぴっちりに着こなし、

 ショートパンツ姿で近づいてくる。

 スレンダーなボディラインと、長い美脚がまぶしいほど。

 それなのに、片手で濡れた髪を拭っている仕草は、

 どこか可憐でキュートな印象を与えた。


 

 黒いブラジャー、透けちゃってます。

 金ピカへそピアス、それ、目立つな……。



 口に出せるわけないのである。

 俺の妄想眼”死線”の透視スキルーー【シジマ・ビジョン】。

 それが研ぎ澄まされてきた。

 

 アカリの視線が俺の目の端にチラつくし、ジュリは小馬鹿にしたような目で見下ろす。


 そして彼女は片眉を上げて俺に諭す。


「……涎、涎が垂れてるよ」


 その声は、どこか馬鹿にしているような響き。


 慌てて袖で口元を隠すように拭う。

   

 決して、涎なんかじゃないゾッ!

 ただ、口が緩んだだけだっ!


 穏やかならぬ、わずかな心中での抵抗を試みて、ジュリを見返す。

 

 その目は真剣で、何かを誤魔化そうと多分必死だったのだろう。

 

 ジュリとアカリの表情がその瞬間、変わった。

 

 俺は睫毛を下げ、恥ずかしさにギュッと目を閉じた。

 場の空気が重く感じられ、居心地の悪さに苛まれる。


 こんなふうに気まずくなるなんて、思ってもみなかったーー。


 


 そんな中、桃色姉妹とのやりとりが耳に入った冒険者のひとりが、隣の男の肩を叩く。


 「おい、あの姉妹見たか?」

 

 ヒソヒソとした囁きが耳に届く。


 ”桃色姉妹の登場”ーーそれが食堂の空気を一変させたように感じた。


 彼女たちの姿が周囲の冒険者たちの視線を奪い、小さなざわめきが起こっている。


「色っぽすぎて……冒険どころじゃなくなるな……」


「ミリンダもあのスタイルが欲しい。けど、筋肉のせいで、り~む~」


「ははは……無理だろうな……お前は拳闘士だから」


「コリン聖教皇国に行って、ジョブチェンジでもしたら?」


「ははははは。 高い金、払ってまで、そんなことせんでも……」


「ミリンダは、今のままで……十分魅力的!」


「お前のそういうところ……な」


「でもな、あのスタイルは、反則じゃろ……」


「ゴイナル、あまり見ないの!」



 そんな声が聞こえてきて少し戸惑う。


 目立つのは当たり前だよな。

 美人姉妹だ、スタイルも抜群だしな……。


 内心では妙に噂話が気になって仕方なかった。

  

 肩をすくめ、ため息をつく。


 けれどーー場の空気が嫌だな……と、思い立ってためらう『勇気』をちょっと絞る。

 

 奮い立った俺は、姉妹に声をかける。


「お、おはよう。よ、良かったらここにどうぞ」


 詰まりながらもなんとか言えた。


 たったそれだけのことしか、口に出せない。

 だが、彼女たちを見て、顔に熱を持つのがわかる。

 

 アカリが静かに対面の席に着いた。


「ありがとうございます」

 

 小さな声で一言、彼女が伏目になる。

 

 一方、不機嫌そうに見えるジュリが俺の隣に座った。


 目の前にはニコッと微笑むアカリ。

 背を向けるジュリ。


 対照的な姉妹の態度。


 どうにも落ち着かないしバツが悪い。


 アカリさんや、刺激、強すぎます。

 ジュリさんや、むくれるなよ。それとーー風邪、引くなよ、腹出しもいいけども……。


 心中は複雑に揺れ動く。

 

 気不味さを護摩化そうと話題を探すが、言葉が出てこない。


 何か、無難な話題を……いや、これしかないな。


 思わず口を開いた。


「い、いつも朝って……ふたりは、そ、そんな格好で?」


 その言葉を聞いた瞬間ーージュリが吼えた。


「そんな格好って何よッ! これが普通なんだからっ!」


 彼女は眉に皺を寄せ、再び背を向ける。



 「怒るなよ」


 俺はしょぼんとなりながら小さくつぶやく。


 目が合うアカリは肩を震わせていた。

 彼女はまな尻を下げ、どこか艶っぽい声を出す。


「何か……おかしいかしら……?うふふ」


 彼女は笑みを浮かべ身を乗り出す。

 

 その瞬間ーー目を奪われ、アカリの仕草にドギマギした。


 ブルーもろかっ! アカリさんや……。

 いや、見てる分には……嬉しいけども。


 ちょっと、ちょっと、と戸惑うが、アカリはそのまま。

 大きく息をつき、目をあちこちに向けて俺は答えた。

 

 「いや、……なんでもない」


 その言葉にアカリが「何か言ったかしら?」と、再び前のめりになった。

 

 やめてくれっ!

 これ以上は妄想が、タガを外すッ!

      

 話題を変えよう……と、猛省。

 

 だが、一向にアカリの体制はそのまま。


 何度目のため息だろうか。

 度重なる心労で額には、冷や汗がダラダラと垂れる。


 

 

 ふと、視界の端に女中さんが、姉妹の朝食を運んできた姿が映る。

 そそくさとテーブルにサラダとスープ、ベーコンエッグを並べる。


 場の空気が少し緩やかになった。

 女中さんに感謝しなければならない。



「いい匂い。お腹すいた」



 ジュリがそう言って瞼を閉じ指を絡める。

 その瞬間ーーその姿がシスターの顔と重なった。


 ジュリの祈りの表情に心を締め付けられる。

 

 視線を前に向けると、一方のアカリも食べ始めていた。


 三人で朝食をとりながら会話が進む。


 喧噪が俺たちの会話を聞き辛くさせる。

 場には笑い声や怒鳴り声が飛び交っていた。

 

 

 そんな中、不意に鋭い視線を横目に感じた。

 

 ジュリが目を細め俺に問いかける。


 「で?……昨日は、何してたのよ?」


 言い終えると彼女は目を伏せる。

  

 俺の心が、一瞬だけ波立つ。

 とりあえず深呼吸だ。落ち着け、俺ッ!


 

 内心はうまく話せるか不安だったがーー昨日の出来事をゆっくりと話し始めた。


 彼女が訝しい目を俺に向け、さりげなく零す。


「へぇー……そんなにしっくりきたんだ」


「その、テンガロンハット……早く見たいですわ……ふふふ」


 アカリも耳を傾けながら口を挟む。

 

 たわいもないやり取りが、姉妹としばらく続いた。

 口籠る場面が多少ありながらも、いつしか俺は彼女たちとの会話を楽しんでいた。


 そのうち、冒険者としてのギフトと”スキル”の話題になった。



「俺のスキルは『魔刀士』らしいんだ」


 ジュリは目を丸くし、頬に手を当てる。


 

 「へぇ─……『魔刀士』なんだ……なかなか、いないわね」

 

 つぶやく彼女の目がぱっと開いた。


   

 いや、まぁ、珍しいのはわかるけども。

 「へぇー」って、それ、口癖だよな。


  

 思わずツッコム。 

 俺の唯一の取り柄だ。

 誰か褒めて欲しい。

 

 

 そう思いながらも肩をすぼめた。

 だが、答えねばーーと、徐に言葉を並べる。


 

「師匠が二刀流を教えてくれたんだ……『神代(カミシロ)の魔法』もな」



 その言葉を聞いた瞬間、アカリが表情を変えた。

 

 一瞬、彼女の瞳の奥に『猛虎』が見えた……と、思ったが気のせいだろう。

 

 彼女が堰を切ったように唇を動かす。


 「神代の魔法も……教わったのですか?」


「まぁ、『奥伝』まで、『秘伝』は教えてもらえなかったよ。

『お前なら、属性魔法も全部使えるし、神代の魔法も……な』って、

 師匠がそう言ったんだ……」


 口にした瞬間、恥ずかしくなった。


 次の瞬間ーー 「「えええええええ!!」」


 姉妹の驚きの声が食堂を切り裂く。

 

 周囲の冒険者たちが一斉にこちらに注目する。

 


 当然だ。ただせさえ目立っているのに。


 無言になる俺と桃色姉妹。


 その場の雰囲気は変わり、張りつめた緊張感が漂う。


 思わず脇に汗が滲むのは当たり前。


 やがて、喧騒が元通りというべきか、食堂を覆っていくーー。


 一方でアカリは少し朱い顔で俺をじっと見つめる。


 心臓が跳ねたその瞬間、胸の『鼓動』をしっかり押さえた。


 視線をジュリに向けるーーその目はどこか遠くを眺めていた。


 彼女の顔を見て少しだけ心を落ちつかせる。



 だがーー気まずくなった俺たちは、朝食を済ませ、部屋に戻ることにした。




 



 ◆(天の声、神シロです。姉妹の様子をチラッとサービス!)◆ 




「驚いたわね。ふふ」


 部屋に戻ったアカリは早速、着替えを始めた。

 

 彼女は鏡の前で上下お揃いを選びながら、ジュリの姿に目を向ける。


「気合いの入った格好ね、ジュリ」


「なによっ、それっ! 自分は胸を強調してるくせにっ!」


 ジュリが、アカリをからかうように言い返しーー


「ふふふっ……」


「ぷっ、あはははは!」


 二人は顔を見合わせて「ゲラゲラ」と笑い出す。


「ほんと緑のパンティが好きよね!」


 アカリの一言にジュリは、むくれたーー。





 ◆(天の声がお送りしました。続く)◆










 「お読みいただき、ありがとうございます」


 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーの妄想眼”死線”が映し出したアカリ)


「サンキュ!!」

 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーの妄想眼”死線”が映し出したジュリ)

 



 


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