朝〜ゴクトーの内心と桃色姉妹の誘惑
天上界では、二柱の囁かれる声が雲の中に溶ける。
神シロが不安げに口を開いた。
「おい、おぬしの末裔が治めるトランザニヤは?」
「落ち着いたようだな。もう”ヒドラ”は現れまい」
そう言って黒銀の目の友が、ほっと胸を撫でた。
「なるほど……作戦を変えたか……あいつ、大丈夫だろうか?」
神シロは、遠い島を見据える。
そこは魔王が治める孤島、魔族の国ガーランド。
一方で、黒銀の目の友ことトランザニヤが尋ねる。
「何か心配事か?」
「ああ、”悪魔付き”が増えてるからな」
神シロは腕を組みながらつぶやく。
「あの時の再来か……とりあえず注視だな」
黒銀の目の友も同じような、ため息をつく。
神々は注意深く、下界を覗き込んだ。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
チュンチュン。
朝日が差し込む窓の外から囀りが聞こえる。
考えすぎたせいか早めに目が覚めていた。
いよいよ、ダンジョンの攻略当日ーー。
緊張と興奮が入り混じり、ほとんど眠れなかった。
洗面所に向かう途中、胃のむかつきを覚える。
何度もえずきながら顔を洗ったさ。
ダンジョンに潜るんだ。
飯くらい、食っておかないとな。
食堂に着いて扉をそっと開ける。
朝早いというのに、すでに冒険者たちが数組ほど席に着いていた。
それでも席はチラほら空いている。
広めのテーブルにひとりで座る。
俺は会話する冒険者たちをぼんやり眺めていた。
朝食を待つ間、いつもの癖が出た。
【妄想スイッチ】がカチッと音を鳴らしオンされた。
良い香りに引き寄せられ、名付けた鼻の『香りん』が動きだす。
冒険者たちが食べているメニューを「ちょっと見てきて」と”死線”に頼む。
”死線”は「仕方なし」とつぶやき動いた。
「色鮮やかでみずみずしい野菜のサラダだ主よ。鶏を煮込み、黄色味がかったまろやかな香りのスープは、旨そうだ。焦げたベーコンに目玉焼きも見た目が良いな」
その言葉が直接脳を刺激する。
その時ーー俺の頭に響く、もう一つの声。
『“ぐぅぅぅ”は、ベーコンエッグが好物ですけども……』
名付けるなら『腹の虫ぐぅさん』が、”死線”をうらやむようにつぶやく。
「少しの辛抱だ」
独り言ち、食事を待ちながら妄想する。
【妄想スイッチ・オフ】
カチッーーとした音が脳内に響いたその瞬間。
『妄想図鑑』に香りん、腹の虫ぐうさんが吸い込まれていった。
「はッ! またかッ!」
思わず声が漏れ、現実に戻った。
俺のいつもの癖だ。だがしかし、”死線”だけは俺の目に留まった。
ふと、師匠のある言葉が頭に浮かんだ。
『身体の部位に名付けか……さすがだな、お前の趣味みたいなもんなんだろっ?……へんたいだなっ! はっはははは』
……って、師匠に笑われたっけか。
ってかよお、今、おもえば、11歳そこそこのガキに、へんたいって、
ひどくないかァッ!
俺は思い出し、肩をすくめもしたがーーちょっとだけ口元が緩む。
「ぷっ」
思わず吹き出した。
『師匠こそ、その笑いかたが……』って、言葉を思い返す。
俺はしばし、師匠とのやりとりをぼんやりと懐かしんでいた。
だが、疲れが溜まってるせいか、身体の力が少しずつ抜けていく。
ヤバイ、寝不足のせいだ。
徐々に意識が朦朧としてくる。
カクッ…
不意にきた眠気。
カクッ… カクッ…
頭が揺れ、テーブルに顎を乗せたまま目を閉じる。
コックリ… コックリ…
やがて、左頬をテーブルにピタリと押しつけ、いつの間にか微睡みへーー。
ドンッ!
何かがテーブルに押し付けられた音が、俺の耳に響く。
「食堂で寝ないでちょうだい!」
唐突な甲高い声。
「…ん…」
薄目を開けて見上げる。
そこには、口をへの字に曲げる女将さんが立っていた。
「……寝ちゃいました。すみません」
言い訳しながら顔を上げた。
ちょっと、そんな怒らなくても。
俺の朝食、溢れてますけども?
眠気をはっきりさせ、我に返る。
スープがゆらゆらと揺れ、トレーを濡らしていた。
良い香りも立ち昇る。
「”ふん”」
女将さんは俺を一瞥し、鼻息を残しつつ厨房へ戻っていく。
やたら怒ってる? いや、気のせい気のせい。
やれやれ、と苦笑し、俺は腹をさすった。
そんな中、「ゲラゲラ」とした笑い声が顳顬に響く。
「…ん?…」
シスターがシャワーを浴びた直後の、あの時の匂い……。
鼻腔をくすぐる甘い香りーー懐かしさと切なさが胸をキュッと締め付ける。
それが俺の胸を満たす。
その匂いはどこか遠い記憶を呼び覚ますようだった。
振り返ったその瞬間ーー顔を覗き込むアカリの姿が目に飛び込む。
彼女は俺に微笑みかけ、艶っぽい唇で紡ぐ。
「ふふふ……可愛い寝顔でしたわ。いい顔してました」
まるで獣のような目で俺を見つめる。
その目ですよっ!
怖いんですけども……。
その視線に焦り、目をはぐらかす。
食堂は相変わらずの賑わい。
冒険者たちも楽しそうにダンジョン談義を講じていた。
一方、俺を横目にジュリがため息をつく。
「この男、本当にダメね」
彼女はつぶやきながら肩をすくめた。
その顔はどこか苛立って見えた気がしたのは、気のせいだろうか。
そんな俺の思考など吹き飛ばすジュリの小声が、早口で囁かれる。
「でも、寝顔、めちゃくちゃ可愛かった」
「っえ?」
その言葉は聞こえなかった。
俺が問い返すと頬を朱に染める。
ジュリが横を向いたその瞬間ーー黒い肩紐がチラつく。
その刹那、俺を見る彼女の表情が変わった。
今日こそはこの『黒のレース』で、意識させるんだからァ!
なーんて、思ってないよな……んなわけないよねっ?
どこか小悪魔っぽい目を向けるジュリから、逃げるように目を逸らす。
相変わらずのアホ思考。
恥ずかしさが、頂きの手前まで登り詰める。
彼女から漂う石鹸の香りが、さらに羞恥を高めた。
……ったく、どうかしてるぞ、俺ッ!
思いながらため息をひとつ。
ジュリは真横に立って、俺の顔を覗き込み「ふふっ」と笑った。
だが、それだけではとどまらず、一方のアカリが揶揄うような素振りを見せる。
さらに彼女は俺の腕を掴んで、”むにゅ”。
朝の挨拶で彼女はお茶を濁す。
「おはようございます……ゴクトーさん♡」
まるでたたみ掛けるような艶かしい声。
その笑顔につられ、浮き足立つ俺がなんとも情けない。
桃色の濡れた髪をバレッタでまとめ上げた彼女。
大きめの白いカッターシャツを濡れた肌に張り付けるその姿は、
風呂上がりならではのーー”つややかさ”と大胆さ。
透けた布地の向こうからーー渋いベースの『ブルース』が聞こえる。
いや違ったッ!
鮮やかな”ブルーレース”が浮かび上がる。
せ、せっと、ですかっ!
動揺して思わず”ひらがな”になるほど。
レベちな妄想眼”死線”の透視能力にも呆れる。
下のブルーのパンティまで、透けて見えるのはどうかと思うが……。
スカートか短パンぐらいーーせめて、履いて欲しいものである。
胸元からチラリのーーブルー山脈に挟まれた『見事な峡谷』。
その美脚に俺の妄想眼”死線”が離れない。
いかん! いかんぞ!
また、妄想がーー。
スイッチが発動してしまうーー。
慌てて、厨房に目を向けた。
だがしかし、その瞬間ーー目に飛び込んできたのは、ジュリの姿だった。
短めの青いトップスをぴっちりに着こなし、
ショートパンツ姿で近づいてくる。
スレンダーなボディラインと、長い美脚がまぶしいほど。
それなのに、片手で濡れた髪を拭っている仕草は、
どこか可憐でキュートな印象を与えた。
黒いブラジャー、透けちゃってます。
金ピカへそピアス、それ、目立つな……。
口に出せるわけないのである。
俺の妄想眼”死線”の透視スキルーー【シジマ・ビジョン】。
それが研ぎ澄まされてきた。
アカリの視線が俺の目の端にチラつくし、ジュリは小馬鹿にしたような目で見下ろす。
そして彼女は片眉を上げて俺に諭す。
「……涎、涎が垂れてるよ」
その声は、どこか馬鹿にしているような響き。
慌てて袖で口元を隠すように拭う。
決して、涎なんかじゃないゾッ!
ただ、口が緩んだだけだっ!
穏やかならぬ、わずかな心中での抵抗を試みて、ジュリを見返す。
その目は真剣で、何かを誤魔化そうと多分必死だったのだろう。
ジュリとアカリの表情がその瞬間、変わった。
俺は睫毛を下げ、恥ずかしさにギュッと目を閉じた。
場の空気が重く感じられ、居心地の悪さに苛まれる。
こんなふうに気まずくなるなんて、思ってもみなかったーー。
そんな中、桃色姉妹とのやりとりが耳に入った冒険者のひとりが、隣の男の肩を叩く。
「おい、あの姉妹見たか?」
ヒソヒソとした囁きが耳に届く。
”桃色姉妹の登場”ーーそれが食堂の空気を一変させたように感じた。
彼女たちの姿が周囲の冒険者たちの視線を奪い、小さなざわめきが起こっている。
「色っぽすぎて……冒険どころじゃなくなるな……」
「ミリンダもあのスタイルが欲しい。けど、筋肉のせいで、り~む~」
「ははは……無理だろうな……お前は拳闘士だから」
「コリン聖教皇国に行って、ジョブチェンジでもしたら?」
「ははははは。 高い金、払ってまで、そんなことせんでも……」
「ミリンダは、今のままで……十分魅力的!」
「お前のそういうところ……な」
「でもな、あのスタイルは、反則じゃろ……」
「ゴイナル、あまり見ないの!」
そんな声が聞こえてきて少し戸惑う。
目立つのは当たり前だよな。
美人姉妹だ、スタイルも抜群だしな……。
内心では妙に噂話が気になって仕方なかった。
肩をすくめ、ため息をつく。
けれどーー場の空気が嫌だな……と、思い立ってためらう『勇気』をちょっと絞る。
奮い立った俺は、姉妹に声をかける。
「お、おはよう。よ、良かったらここにどうぞ」
詰まりながらもなんとか言えた。
たったそれだけのことしか、口に出せない。
だが、彼女たちを見て、顔に熱を持つのがわかる。
アカリが静かに対面の席に着いた。
「ありがとうございます」
小さな声で一言、彼女が伏目になる。
一方、不機嫌そうに見えるジュリが俺の隣に座った。
目の前にはニコッと微笑むアカリ。
背を向けるジュリ。
対照的な姉妹の態度。
どうにも落ち着かないしバツが悪い。
アカリさんや、刺激、強すぎます。
ジュリさんや、むくれるなよ。それとーー風邪、引くなよ、腹出しもいいけども……。
心中は複雑に揺れ動く。
気不味さを護摩化そうと話題を探すが、言葉が出てこない。
何か、無難な話題を……いや、これしかないな。
思わず口を開いた。
「い、いつも朝って……ふたりは、そ、そんな格好で?」
その言葉を聞いた瞬間ーージュリが吼えた。
「そんな格好って何よッ! これが普通なんだからっ!」
彼女は眉に皺を寄せ、再び背を向ける。
「怒るなよ」
俺はしょぼんとなりながら小さくつぶやく。
目が合うアカリは肩を震わせていた。
彼女はまな尻を下げ、どこか艶っぽい声を出す。
「何か……おかしいかしら……?うふふ」
彼女は笑みを浮かべ身を乗り出す。
その瞬間ーー目を奪われ、アカリの仕草にドギマギした。
ブルーもろかっ! アカリさんや……。
いや、見てる分には……嬉しいけども。
ちょっと、ちょっと、と戸惑うが、アカリはそのまま。
大きく息をつき、目をあちこちに向けて俺は答えた。
「いや、……なんでもない」
その言葉にアカリが「何か言ったかしら?」と、再び前のめりになった。
やめてくれっ!
これ以上は妄想が、タガを外すッ!
話題を変えよう……と、猛省。
だが、一向にアカリの体制はそのまま。
何度目のため息だろうか。
度重なる心労で額には、冷や汗がダラダラと垂れる。
ふと、視界の端に女中さんが、姉妹の朝食を運んできた姿が映る。
そそくさとテーブルにサラダとスープ、ベーコンエッグを並べる。
場の空気が少し緩やかになった。
女中さんに感謝しなければならない。
「いい匂い。お腹すいた」
ジュリがそう言って瞼を閉じ指を絡める。
その瞬間ーーその姿がシスターの顔と重なった。
ジュリの祈りの表情に心を締め付けられる。
視線を前に向けると、一方のアカリも食べ始めていた。
三人で朝食をとりながら会話が進む。
喧噪が俺たちの会話を聞き辛くさせる。
場には笑い声や怒鳴り声が飛び交っていた。
そんな中、不意に鋭い視線を横目に感じた。
ジュリが目を細め俺に問いかける。
「で?……昨日は、何してたのよ?」
言い終えると彼女は目を伏せる。
俺の心が、一瞬だけ波立つ。
とりあえず深呼吸だ。落ち着け、俺ッ!
内心はうまく話せるか不安だったがーー昨日の出来事をゆっくりと話し始めた。
彼女が訝しい目を俺に向け、さりげなく零す。
「へぇー……そんなにしっくりきたんだ」
「その、テンガロンハット……早く見たいですわ……ふふふ」
アカリも耳を傾けながら口を挟む。
たわいもないやり取りが、姉妹としばらく続いた。
口籠る場面が多少ありながらも、いつしか俺は彼女たちとの会話を楽しんでいた。
そのうち、冒険者としてのギフトと”スキル”の話題になった。
「俺のスキルは『魔刀士』らしいんだ」
ジュリは目を丸くし、頬に手を当てる。
「へぇ─……『魔刀士』なんだ……なかなか、いないわね」
つぶやく彼女の目がぱっと開いた。
いや、まぁ、珍しいのはわかるけども。
「へぇー」って、それ、口癖だよな。
思わずツッコム。
俺の唯一の取り柄だ。
誰か褒めて欲しい。
そう思いながらも肩をすぼめた。
だが、答えねばーーと、徐に言葉を並べる。
「師匠が二刀流を教えてくれたんだ……『神代の魔法』もな」
その言葉を聞いた瞬間、アカリが表情を変えた。
一瞬、彼女の瞳の奥に『猛虎』が見えた……と、思ったが気のせいだろう。
彼女が堰を切ったように唇を動かす。
「神代の魔法も……教わったのですか?」
「まぁ、『奥伝』まで、『秘伝』は教えてもらえなかったよ。
『お前なら、属性魔法も全部使えるし、神代の魔法も……な』って、
師匠がそう言ったんだ……」
口にした瞬間、恥ずかしくなった。
次の瞬間ーー 「「えええええええ!!」」
姉妹の驚きの声が食堂を切り裂く。
周囲の冒険者たちが一斉にこちらに注目する。
当然だ。ただせさえ目立っているのに。
無言になる俺と桃色姉妹。
その場の雰囲気は変わり、張りつめた緊張感が漂う。
思わず脇に汗が滲むのは当たり前。
やがて、喧騒が元通りというべきか、食堂を覆っていくーー。
一方でアカリは少し朱い顔で俺をじっと見つめる。
心臓が跳ねたその瞬間、胸の『鼓動』をしっかり押さえた。
視線をジュリに向けるーーその目はどこか遠くを眺めていた。
彼女の顔を見て少しだけ心を落ちつかせる。
だがーー気まずくなった俺たちは、朝食を済ませ、部屋に戻ることにした。
◆(天の声、神シロです。姉妹の様子をチラッとサービス!)◆
「驚いたわね。ふふ」
部屋に戻ったアカリは早速、着替えを始めた。
彼女は鏡の前で上下お揃いを選びながら、ジュリの姿に目を向ける。
「気合いの入った格好ね、ジュリ」
「なによっ、それっ! 自分は胸を強調してるくせにっ!」
ジュリが、アカリをからかうように言い返しーー
「ふふふっ……」
「ぷっ、あはははは!」
二人は顔を見合わせて「ゲラゲラ」と笑い出す。
「ほんと緑のパンティが好きよね!」
アカリの一言にジュリは、むくれたーー。
◆(天の声がお送りしました。続く)◆




