糸が歴史を繋いだ瞬間
天上の雲の流れが穏やかに変わった。
雲間から顔を上げる二柱の表情も柔らかい。
「めぐり合わせかの? 不思議じゃな」
神シロはニマッと白い歯を見せる。
「はは。歴史は繰り返される……か」
黒銀の目の友は多くを語らず、そう言ってただ笑っていた。
神々は肩をすくめながら、下界を再び覗き込んだ。
ーーその頃、ゴクトーはフロッグマンのノビと、
師匠パメラとのやり取りに、苦戦していた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「あの、パメラさん、少しいいか?」
「何かしらん?」
振り向いた彼女は、艶っぽい仕草で紅い唇に白い指を添えた。
その瞬間ーー時が止まったかのように風が止む。
二つの月がパメラの姿をくっきり映し出す。
彼女は魔女のような笑みを浮かべ、エールに指をかけた。
その時、長年の役目を終えたかのように、突然ーーバチンッ!
鋭い音を立て、何かが切れるような音が夜空に響く。
まるで導火線に、火がついたようなタイミング。
その瞬間ーーブルルルン。
パメラの『爆弾』が凄まじい爆風を巻き起こす。
「……しだっけえええええええええ! 」
絶叫とともに煽られたノビの身体が宙を舞った。
コルセットに収められていた彼女の胸『爆弾』ーー
いや、二つの弩級が、解放されたかのように大気を揺るがす。
それはノビを吹き飛ばすほどの破壊力。
ただの揺れではなく、左右に"ブルンブルン”といまだ、大きな波動を広げる。
一方、アカリとジュリは目を丸くし、俺はその光景に思わず大きな口を開けてしまった。
空気の揺れが少しおさまると、ジュリが血相を変える。
「……マジで爆発したーー」
彼女の一言が俺の心に響く。
そんな中、月明かりに照らされ、大自然の脅威と美しさを一身に宿したかのようなパメラに魅入ってしまう。
ゴクリ。
思わず唾を呑み込み、妄想眼”死線”を逸らそうとした。
だが、その魅力と波動に、時既に遅し。
”死線”は完全に捕らえられる。
「大きい……」
そんな俺の視界の端には、言葉を飲み込むアカリの姿。
彼女は、自分の胸に手を当て、何やら確認していた。
きっと大きさを測っていたのだろう。
彼女は唇の端を噛み締め、パメラの姿を見つめていた。
どこか悔しさが滲んでいるように見えたのは、気のせいじゃない。
「あらやだ、なんで切れちゃうのよん」
一方、漏らすパメラ自身は、そんな状況に気づいていない。
彼女は眉を下げ、唇を尖らせる。
拗ねた表情を浮かべながら、コルセットの切れた皮紐をつまんで見つめていた。
脳が一瞬だけ、情報処理を諦めた。
俺自身、この状況に目が離せない。
いや”死線”の身動きも取れない。
そんな中、空気を読まないノビが勢いよく戻ってくる。
ピョンーーピタン。
抜群な跳躍力を見せ、ノビが”ケロッ”と着地。
ーーそれを見た瞬間、脳裏に浮かぶ『ズードリア大陸大鑑』。
【ジャンピング・ピタン・バック】ってやつだ。
大技、決めやがったなッ!……くっそ。 やるな、ノビ。
あれ?だけど俺、なんで技名思い出せたんだろ?
不思議に思いながらも、ノビの勇姿に悔しくて、唇の端を噛んだ。
そんな俺を他所に、アカリが目を丸くしているのが笑えた。
彼女もパメラの『爆弾』の威力、ノビのジャンプに唖然とし、呆然としたまま仁王立ち。
一方のジュリは、ノビのジャンプなど気にも留めず、パメラの未だ揺れる胸元をーーその細くした鋭い目で凝視していた。
爆風は収まりつつも、どこか緊拍した空気が漂い始める。
この状況に困惑しながらも、口を開いた。
「一旦、落ち着こう」
その言葉には耳を貸さず、パメラがノビに問いかける。
「貴様、私の爆風を受けて……なんともないのか?」
「ケロロ!(当然)」
「この馬鹿弟子が……ふっ……」
短く返すノビの言葉に、パメラが微かに口元を緩め一つ息をつく。
どうやら俺同様、パメラもカエル語を理解していた。
二人の間には、師弟関係以上の何かがあると俺は感じ取った。
カエル語が理解できない様子のアカリとジュリは、黙視を続ける。
パメラの表情は、どこか気まずさが滲んでいた。
彼女をじっと見つめるノビの表情は、真剣そのもの。
ため息かぁ。 パメラの気持ち……。
ノビの決心に、どこか断り切れないんだろうな。
感慨に耽ける中、ふと師匠とのエピソードが頭をよぎる。
それは俺がA級に上がる条件。
雨が降りしきる山頂で、討伐対象”名もち”の魔物を打ち取った。
『まぐれかゴクトー? やったな、これでお前も一人前だ。
一緒にダンジョンに挑戦できるな……。
楽しみながら潜ろうぜ!はっはははは』
『……師匠! って、その笑いかたッ!』
不器用に笑いながら俺の頭を撫ででくれた。
師匠との思い出が甦り、思わず目頭が熱くなった。
ノビの気持ちが俺と重なる……。
そんな思いが俺の中で膨らんでいく。
どうしたものかと、ふと夜空を見上げれば、二つの月が朧げに浮かぶ。
少し満ち欠けた月が、満月に追従していた。
まるで今のノビとパメラのようだ。
気持ちがわかる俺は、自身の思いを打ち明けた。
「俺は師匠のおかげでなんとか『A級』冒険者になれた。
ダンジョンには、一緒に潜れなかったけど……師匠なら、きっと俺を連れて行った……だから、彼を連れて行ってやらないか?」
アカリもジュリもその言葉に静かに頷く。
しかし、パメラはまだ承服できないようだ。
そんなパメラを見てノビが懇願する。
「先生! 足手まといにならないよう、絶対に頑張りまづ!
ダメなら……早い階層で離脱しますから! どうが、一緒に!」
そう言いながらノビは、腰を直角に折る。
「早い段階での離脱も、覚悟の上か……」
渋い表情のパメラがポツリ。
その視線がふと姉妹へと向けられた。
「桃色姉妹の意見は、どうなの……?」
その表情にはどこか不安の色が滲んでいた。
月が雲に隠れ、少し寒さを感じる。
この話に早く決着をつけたい。
気になってアカリとジュリの方を見やる。
戸惑ってるのか、二人ともそんな表情だ。
彼女たちが口を開くのを待つ。
そんな中、俺の腕をふっと掴んだアカリの唇が艶やかに動いた。
「ゴクトーさんがいいなら、私は構いませんよ」
目の前に飛び込む胸の谷間と『真紅の蝶』。
いやいや、アカリさんや。
前屈み、ってか、上目遣いもやめろッ!
思わずアカリから”死線”をはぐらかす。
『鼓動』が暴れ出さないか……と、内心ヒヤヒヤだった。
そのやり取りが面白くないのかーーじっと見つめられる視線に気づく。
ジュリの奴、ちっ!って舌打ちか……可愛いな。
でもな、眉間に皺ーー寄せんのやめたら?
内心のツッコミが冴え渡る。 ……ってか、誰に言ってる、俺ッ!
もちろん無言だ。
言葉に出した瞬間、吼えられるに決まってる。
そんな俺を他所に、ジュリが素っ気なく言葉を投げる。
「へんたいって、どれくらい強いわけ?」
まさに鋭い槍でも投げた感じのジュリの刺さる一言。
さらに彼女は眉を斜めに吊り上げる。
同時になぜか、頬が朱に染まるのが不思議だった。
一旦、深呼吸してからジュリに答えた。
「わからないさ。俺の師匠は大陸一の冒険者。
『SS級』だったから、比較のしようがない。
俺は師匠のお陰で『A級』にはなれたが、
離れてからソロでやってたし、正直、まだまだだよ」
その言葉を聞いた瞬間、パメラの目が大きく見開く。
「ええええええええ!」
逆にパメラの声の高さと大きさに驚いた。
彼女の表情には、どこか驚愕と敬意が入り混じってるかのよう。
パメラの声と同時にその響きは、まるで雷鳴のように場の空気を変えた。
一方でノビはフロッグマン特有のーー鳴き声のようなカエル語を叫ぶ。
「ケロケロケロケロケロケロケロケロ?(大陸一の冒険者で『SS級』?)」
ノビを見ながら思わず口元が緩む。
「驚き、桃の木、山椒の木!!」ってな具合。
まるで魔法の呪文が顔にペタッと貼ってある……ような気がするっ!
雷雨の中、驚いて泳ぎ回るオタマジャクシのように、目をぐるぐる回すノビ。
その瞬間、パメラの眉間に皺が寄るのがわかる。
混沌とした空気に変わりつつある中で、俺は一人冷静を装う。
ふとした瞬間、思い出したかのように、パチンと指を鳴らすパメラが俺に尋ねてくる。
「SS級……? まさか、あなたの師匠ってーー」
その言葉に軽く頷いて紡いだ。
「……そう。ナガラ。俺にとって、一番の冒険者だった……伝説をたくさん残して、突然消えたけど、優しい人だった」
言い終えると、場にはしんとした空気が漂う。
その空気に反応したのか、ふと見上げれば、夜空に浮かぶ七つの星がキラキラと輝きを増していく。
アカリとジュリは俺のその言葉に、うっすら涙を浮かべていた。
思わず俺も涙腺が緩み、二人から目を逸らした。
月夜に照らされた、俺たちの細長い影が足元に伸びる。
風もどこか冷たく感じられた。
そんな中、俺の視界がノビに留まる。
何か言いたそうだな……と、ヒヤヒヤしながらノビの動きに注目した。
案の定だ。
空気が読めない彼は一歩前に踏み出す。
「しだっけ、先生より強いひど、見だごとないんさ」
その言葉にパメラが『爆弾』を押さえ、絶叫する。
「……貴様ァは……黙ってろおおおおおおお!!」
大丈夫、揺れてないと、安堵したのも束の間。
彼女の額には、ピキピキと脈打つ青筋が浮かんだ。
パメラの表情が曇る中、
「しだっけ、オラだって、先生のごと尊敬しでるわけで……!」
そう言ってノビが足元の小石を蹴った。
ふと、ジュリが俺に寄り添い、耳元で囁く。
「バカね。このカエル……」
俺はジュリの一言に胸が痛む。
彼女は小石を蹴りながらいじけた素振りを見せる、ノビの背中を見つめていた。
なんとも言えぬ状況の最中ーー突然、「ふふふ」と。
アカリが口元に手を当て、小さな笑いを漏らす。
この場の雰囲気をまとめる救世主ーー彼女が納得させる言の葉を落とす。
「じゃあ、決まりですね。ゴクトーさんの推薦もあるし、
パメラさん、行かせてあげましょうよ。
ノビくんの情熱も伝わってきたわ。あ、年下に見えるから、ノビでいいわね。
……でも、途中で無理そうなら即撤退。それでいい?ノビ?」
アカリの言葉にジュリがムスッとしながら頷く。
パメラも「仕方ないわね」と、肩をすくめた。
彼女はノビを見ながら、ため息混じりに諦めの言葉を並べた。
「まぁ……私の気が変わらないうちに、荷造りしなさい。
集合は冒険者ギルドに明朝9クロック。遅れたら置いていくわよ?」
「わがっだんさ!」
ピョン。
ノビが片手を上げ、跳ねながら答えた。
こうして場の空気は和らいでいったーー。
◆(ここから、天の声がラストを紡ぎます)◆
勇気を出して『勝負』ともいえる、お気に入りの『緑』を身につけ、アピールしようと心に決めていたのにーー。
ジュリはそう考え、唇をきゅっと噛んで視線を落とした。
心の奥で、悔しさと焦りが渦を巻く。
けれど。それを口に出すことはーーできなかった。
ゴクトーの視線。
胸を強調するネーが独り占めしているーー。
嫉妬と敗北感が、さらに募っていく。
くっ……なんであの人の前だと、わたしはいつもこうなるの!?
小さく拳を握りしめて、ジュリはうつむいた。
胸の奥では、感情が火花のように散っていく。
もう……次こそは絶対に負けないんだから。
お気に入りの『緑の下着』ーー今度こそ、見せてやるんだからっ!
そう心に誓いながら、ジュリは密かに闘志を燃やしていた。
こうして、ジュリの気持ちも伝わらないまま、物語は進んでいく。
ーーその直後。
「で? さっきからずっと気になってたけど、その掴まれてる腕。
どういうつもりかしらん、ゴクちゃん?」
パメラが冷たく、つややかに微笑む。
ゴ、ゴクちゃんッ!? その呼び方ッ!
『これ』見られてたんですか……やっぱりッ!
ゴクトーは思いながら目をはぐらかす。
アカリが同時に「ぷっ」と吹き出す。
ノビはキョトンとしたまま、何のことかわかってない。
「くっ! こっちは真剣だったんだぞ!」
ゴクトーは叫んだ。
酒場のテラスに「ゲラゲラ」とした笑い声が響く。
だがーーその裏でそれぞれの想いが静かに燃えていた。
パメラの胸の奥に灯った、何か懐かしい感情。
ノビの心に宿る、絶対に認めてもらいたいという願い。
アカリの胸元に忍ばせた秘密の『紅い蝶』。
ジュリの『緑の下着』に込めた、密やかな恋心。
それぞれの“糸”と”宿命”が交錯する中、旅の幕はまた、新たに開かれようとしていたーー。
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