フロッグマン
天上からゴクトーたちの様子を眺める二柱。
「ほほう。同志ケロッグ・フロッグ殿の末裔か?」
「そうみたいだな。そっくりだ」
神シロに答える、黒銀の友の眉尻が下がった。
神々は興味津々と言わんばかりに下界を覗く。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「せ、先生……起きでください……先生……!」
静寂を破る若い声が聞こえる。
***【ビヨンド村の酒場】***
突然、『蹲踞(しゃがむこと)』の構えをとる青年の姿を目にした。
多分、人より視力が良いのは、薄々感じてはいたけども。
しかし、また奇妙な構えだ。 何故しゃがむ?
そう思いつつ、こちらを見つめる彼を薄目で見ていた。
何かを確かめるかのように、彼のその眼差しは鋭く光った。
思わず背筋が伸びる。
注視していると彼の四肢がぐっと引き締まり、筋肉がピーンと張り詰める。
何かを準備しているかのよう。
次の瞬間ーー彼は両手を広げて勢いよく地面に叩きつけたーー。
”バンッ!”
鋭い音とともに地面が震えた。
その瞬間、彼は柔軟な後ろ脚を力いっぱい蹴り上げて、
弾むように空中へと浮かび上がる。
ビヨ〜ン。
彼の足が地面を蹴る音とともに、その身体の動きに目を奪われた。
爬虫類の王が舞うかのような、優雅で軽やかな跳躍。
ピョン。
「はぁ? そんなのありか?」
思わず声が漏れる。
彼から目が離せずにいた。
着地の瞬間も流れるように柔らかく、見事なバランスを保ちながら、
次の一跳びに備える姿に、ただ驚きと感嘆を覚える。
ピョーン。
跳躍を繰り返しながら近づいてくる、ちっこい青年。
彼の動きはまさに爬虫類、いや蛙そのものと言っても良いだろう。
長い距離を瞬く間に跳び越えてくる。
その姿は、力強さとしなやかさを兼ね備えていた。
ピタン。
ちっこい青年は見事な着地を見せる。
まるで体操選手のようなピタっと静止する姿に、俺は見入ってしまった。
「おいおい、15メージ(m)を……たったの3ジャンプ?……マジかっ!」
口から自然と零れる。
その偉大なジャンプに圧倒されるばかり。
そのちっこい青年を用心しながらも、じっくりと観察する。
金色短髪が月明かりに照らされ黄金色に見える。
こちらを見つめるライトブルーの瞳の奥ーー琥珀色の瞳孔は細くなったまま。
突っ張る腕や太ももは、薄緑色に変色していた。
だが、顔だけは人間の持つそれ。
むしろ幼くみえて、可愛げもある顔立ちをしている。
両手に緑色の吸盤グローブ、両足には水掻き付きのブーツ。
彼が跳ね上がるたびに、印象的に映ったのは言うまでも無い。
そのちっこい青年は「ケロッ」と鳴き声を上げた。
”チチチ”ーーコウロギの翅の擦れる音が、
ひんやりした風とともに運ばれてくる。
アカリとジュリは、目を丸くしたままその場から動かない。
場にはしんとした空気が漂い始める。
俺はこの時とばかりに記憶を辿った。
彼の装備や見た目から、”フロッグマン”と人間の混血だ、と理解した。
師匠から託された『ズードリア大陸種族大鑑』に、
フロッグマンについて、事細かに書かれていたのを思い出す。
ページに目が止まったのは、珍しい種族と思ったからだ。
でも、彼の見た目は大鑑のイラストとは異なり、洗練されてない。
いや、むしろ田舎者の匂いが、プンプンとこちらまで薫るようだ。
グローブもブーツも、特殊すぎだろっ!
ツッコンだが口には出さず。
俺の唯一の取り柄だ。
ちっこい青年は、伏せるパメラの背中をじっと見つめていた。
「起きてケロッ!」
そう言って背中を摩るが、結構な酒が入った『爆弾』パメラは、起きる気配を全く見せなかった。
肩をすくめながら、俺は周囲の様子を窺う。
その瞬間ーー「ケロケロケロケロケロ(おぎてくださいよ、先生)!!」
ちっこい青年の手荒な揺すり。
おいおいおいおい。 それ何語?
だが、俺はその言葉の意味を理解できた。
不思議な感覚だ。
俺の心のツッコミを知ってか知らずか、ジュリが拾い上げる。
「ちょっと、あんたそれ何語?起きないのよ、さっきから……」
その性格ならな、とジュリの言葉に息をつく。
彼女は案の定、パメラとちっこい青年の間に飛び込込んだ。
ちっこい青年の腕を掴み、鋭い視線、いや睨みを効かせた。
眉間に皺を寄せ彼女はじっと、そのちっこい青年の顔を見やる。
あのジュリの顔、かなり機嫌が悪いぞ!
おい、ちっこい青年、吠えられるかも? ヤバイぞッ!
俺は苦笑しながら、その様子を眺めていた。
一方でアカリも不審がるのだが。
彼女は冷静な物腰を崩さず、そのちっこい青年に問いかけた。
「お知り合いですか!?」
その表情は穏やかながらも声はキツめ。語気もどことなく強く感じる。
彼女の心に”何か”が、引っかかっているのではないかと思えたほどだ。
アカリ、ほんとブレないよ。
その鋭い視線っ!……怖いんですけどもッ!
胸中、この状況に困惑。
だが、姉妹の態度もお構いなしに、
そのちっこい青年がボソリと漏らす。
「オラはパメラ先生の、生徒なんさ……」
ひどいなまり混じりにそう言って、ため息をつく。
ちっこい青年は落ち着きなく、オドオドしていた。
異なる三つ巴の視線バトルに、俺も少し怯んだ。
なんか見覚えがあるな……。
あ! そうかっ! パン屋の息子だッ!
どうりでな、ひどい訛りだと思ったよ。
あの時の怒鳴り声ーー記憶が俺の脳を掠める。
穏やかならぬ空気が立ち込める中、ちっこい青年の琥珀の瞳孔がパッと開く。
そのライトブルーの瞳がパメラに向けられたーーその瞬間。
ようやくパメラは目を覚まし、少しだけ息を整えた。
「んっ…く……」
彼女の表情には、まだどこか眠気が滲む。
「先生、オラでつ。ノビでつ。起きでください!」
ノビと名乗るちっこい青年が声をあげる。
パメラはキリッとした表情を見せ、眉根を寄せて唇を動かす。
「ノビ……だと? 貴様、なんでここにいる?」
言い終えた彼女の表情は渋い。
なんだろ、『あたいはパメラ、よろしくねん』って、
軽い感じとは真逆、違和感すら覚える。
パメラだよなっ? 別人かッ!?
ツッコミながらも、驚きと疑念が頭に浮かぶ。
しばし様子を見てみるか、と黙視を続けた。
ちっこい青年ーーノビはパメラの言葉を耳に入れたその瞬間、わずかだが口元が緩んだ。
彼は誇らしげに、ひどいなまり口調でパメラに答えた。
「新じいダンジョンが出来たって聞いで、ふるさとに帰っできたんさ!」
だが、パメラは険しい表情のまま、言の葉を裏返す。
「学院はどうした? 貴様のランクは、まだ『B級』だったはずだが……」
彼女の眉間には深い皺が寄る。
しかし、ノビは微かに頬を緩めながら紡いだ。
「学院は休学じできました。ダンジョンに潜っでみたくて……」
そう言って、”おとぼけがすぎる態度”で肩をすくめてみせた。
その顔は赤く染まってもいる。
夜空を見上げるノビ。
二つの満月が嘲笑うかにように、ノビとパメラを照らす。
冷たい風は揶揄うように二人を包み込んだ。
アカリとジュリも、この二人のやり取りを静観している。
けれど、パメラの表情は惟然険しいまま。
さらに彼女はまるで諭すようにノビに言の葉を落とす。
「貴様ではまだ実力が…… 私も20階層までしか潜ってないからな…
全てはわからんがやめておけ、貴様死ぬぞ!ダンジョンは甘くない。
私でも、過去に何度も命を落としかけた……」
パメラは言いながら天を仰ぐ。
その姿は経験値の威厳ーーまさにそのもの。
彼女はゆっくりと視線をノビに向けた。
その目は優しいようでどこか厳しいようにも見える。
ノビは再びため息をつく。
諦めたのかっ!?
いや違うな、こりゃもっと違う何かだ。
その様子を眺め思った。
「ししし」と、俺はこっそり笑った。
その瞬間、ノビがこちらをギッと睨む。
その瞳孔は開き、瞳が揺れたように見えた気もする。
もしかしてーー泣いてるか?……悪かったな。
俺の思いなど知る由もないーーノビが意を決したように口を開く。
「先生が連れで行っでくれれば、いいんさ!」
その語気も強めな発言にパメラがため息をつく。
彼女は一呼吸置いてーー低い声だが、包み込むような優しさを感じさせながらノビに言の葉を落とす。
「断る。足手まといを連れて行けば、
リスクは全てこちらに降りかかる……諦めなさい」
彼女の目は真剣そのもの。
まるで駄々っ子を諭す先生のようだ。
パメラさんや、そのギャップーー。
そういうのも好きですけどもッ!
良い先生って、感じで素敵なんだが。
思わず口元が緩んでしまった。
表情を少し和らげたパメラは、夜空の星を見つめていた。
諦める気配さえ見せない、ノビの顔が目の端にチラつく。
パメラのその姿を見て思ったことが一つある。
美人先生だし、装備も…… せ く し── 。
しまった、余白……って、なんで暴露した俺っ!
もちろん口には、出せないさ。
彼女の身にまとった蛇革のコルセットは、大胆にも前が大きく開いていた。
その質感と革紐のデザインは精巧で、彼女の存在感をさらに際立たせる。
落ち着きと自信を滲ませるようなパメラの姿に、思わず目が奪われる。
彼女の毅然とした振る舞いには、どこか貴族のような気品さえ感じられた。
『爆弾』に、こんな一面があるなんてな……。
意外だ。 でも、悪くない。
彼女の変貌ぶりに、俺は好感が芽生え始めていた。
先程の困惑が嘘のようにやわらぎ、尊敬の念が開花する。
冒険者としての経験、風格を漂わせるその態度ーーまるで、荒波を乗り越えてきた者だけが纏えるオーラのよう。
静観していた俺は、ここぞとばかりに口を開く。
「あの、パメラさん、少しいいか?」
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