ゴクトーの長ーい、一日【前編】──魔導具屋と帽子と俺のローブ
“桃色姉妹”とパーティーを組むことになったゴクトー。
一夜明けたところからーー彼の「ちょっと長い一日」が始まる!
「おい!やつらが動き出したぞ!」
神シロが黒銀の目の友を揺すった。
「ふぁーあ、よく寝たな。何事だ?」
黒銀の目の友こと、トランザニヤが目を擦る。
「とうとう、黒い門が開いた……」
神シロは眉を寄せながら、黒銀の目の友の肩をガシッと掴む。
神々は真剣な眼差しで下界を覗き込んだ。
◇(主人公、ゴクトーが語り部をつとめます)◇
深い眠りに落ちていた。
眠い目をこする。
そしてーー毛布の一部も起き上がる。
そこな。若いんだ。わかるだろ?
思わず口元が緩む。
「ふぁーーぁ」
ガリガリと頭を掻き、欠伸をしながら起き上がった。
寝過ぎたか……。 いや、昨日が響いてるな。
ふと、"ニタリ”。
ーー夢にまで『赤絹・シタギ』が出てきた。
あれはなんだった?と、夢の記憶を辿ってみる。
彼女が耳側で俺に囁いた。
「あっしは、いつもここに」
その言葉とともに、霧のように消えていったシタギ。
不思議な感覚は、今でも目に焼き付いて離れない。
「おっと、いらん情報だったな。 やべ、準備!」
慌てながら言葉を並べた。
目を覚ました時には、陽はすでに天頂を越え、
昼下がりの光が窓から差し込んでいた。
「ヨシ!……魔導具屋と薬屋だな」
反射とともに揺らぐ、橙の柔らかな光を見つめながら零す。
穏やかな風も僅かな窓の隙間から入り込んでいた。
その光景に目を奪われるが、今はそれどころではない。
身体もどことなく怠いのだが。
「あ、それと食料だ。忘れるとこだった」
口に出して自分を鼓舞。
身支度を整え、出かけようと部屋のドアを開けた。
その瞬間ーー「まあ……」と。女性の声。
タイミング良く、いや、悪くと言うべきだろう。
女将さんと鉢合わせてしまった。
【監視魔法】か?
やるな……って、違うだろっ!
思わず自身にツッコム。
口には出せない。
そんな俺を他所に、女将さんはさりげない一言を落とす。
「あのお嬢さんたちなら、もうとっくに出かけたわよ。
それにしても……ふんっ!」
鼻息荒く、まるで軽く非難するかのような態度で言われた。
また、”ふん”か。
毎度の。 まるで猪みたいだな。
もちろんお口はチャック、顔にも出さず俺は、スッと頭を下げた。
「そうですか……ありがとうございます」
短く答え、宿を出た。
せっかくのアドバイスーーだが、進みたくないアドバンス。
俺は気持ちに正直な男。
”お節介情報”をもらった手前、まずギルド支部へ向かった。
路地を抜けて歩みを早める。
昨日、"桃色姉妹”とともに通った道を進む。
柔らかかったな。
初めての感覚だった。いや、今は考えるな!
”むにゅっ”……か、って、違うだろッ!俺っ!
自分にツッコミばかりいれてしまう。
それはさておきーー道順の記憶が曖昧で困惑。
確か、ここを左だったか?
いや、右か?
頭の中で地図を組み立て、確認しながら歩いた。
しらねぇだろう?
俺はある”スキル”に特化してる。
思い出すよ、師匠の言葉。
『さすがだな。ゴクトー。だが、気をつけろ。
一人の時は、その力を、むやみに解放するな!』
それは師匠も”認めた”ほどだ。
師匠を思い出しニヤけながら歩いていたーーその時。
髪を靡かせる穏やかな風が、刺さるように冷たく変わった。
忍び寄る謎の気配も漂う。
それは人でも魔物でもないーー異様な【覇気】を感じていた。
まさか……噂で聞く魔族か……。
緊拍した空気が俺にまとわりつく。
頂きを越えた太陽の蜃気楼が地面に反射して、
路地はみるみるうちに曖昧にぼやけてくる。
なんだ? これ、道が歪んでる?
そう思った瞬間、路地の角に黒い影が揺らいだ。
「そっちか…!」
俺の身体がブルブル震え出す。
何かの物音。
すぐに反応し身構えた。
恐怖心を抑えつつ、路地を曲がったーーその瞬間。
「にゃーお」
ゴチン☆彡
「いってぇ───!」
黒猫の気配につられ行き止まりに衝突。
俺の持つ特異”スキル”ーー『方向音痴』が発動した!
てか、それ自慢げに言う?
情けなくなりながらも案の定、道に迷う。
正直まいった。
それどころか、怪しい気配がまだ後方に漂っていた。
「けけけ」
空耳かと思ったが違う。
確かに噛み殺したような笑い声が、顳顬に低く響く。
その笑い声は人の、いや、人が出す声色とは、全く異なる音程。
背筋に嫌な汗が滲むも、瞬時に後ろを振り返る。
しかし、何もない。 誰もいない。
ゴォ~ン ゴォ~ン
教会の鐘の音が響くと同時に、その怪しい気配もスッと消えた。
それが意識を現実に引き戻す。
まさか……? 本当に魔族?
首を傾げ、疑心しながらも一歩踏み出す。
この時はまだ知らなかった。
密かに忍び寄る黒い恐怖にーー。
穏やかな風が戻り始め、スキル発動中の俺は、
すれ違う人に道を尋ねながら歩みを進めた。
そして、ようやくたどり着いたーーギルド支部。
思わずほっと息をつく。
ここまでで、ひと苦労だ……。
さて、次はどう動くかな。
古びた木の扉の開く音が軋む。
賑やかって、感じだ。
支部内は喧噪と独特の活気が満ちていた。
周囲を見回す。
しかし、肝心の"桃色姉妹”の姿は見当たらない。
どこ行ったんだ?
思いながら、昨日の態度の悪い受付嬢と、ふと目が合う。
気まずい空気が流れる中、彼女に話を聞いてみる。
俺の顔をまじまじと見つめながら「脳筋」と、でも言いたげ。
そんな顔の受付嬢は、あっさりした口調で答える。
「〝桃色姉妹〟……? ええ、今日は見てないわね」
そっけない返答に思わず苦笑。
相変わらず、態度悪ぃ。
顔は、めっちゃ綺麗なんだけどなっ!
仕方ねぇ、他のこと聞いてみるか……。
もちろん頭の中だけで、軽口はとどめおき、尋ねる。
「この村で、魔導具や薬が買える店を、教えてもらえないですか?」
一応、丁寧な口調で。
受付嬢の目がジロリと俺を睨む。
彼女は眉をひそめがらも、地図に場所を書き込んでくれた。
しかしーー。
「ったく、依頼受注でもないのに……」と。
目尻を吊り上げぶつぶつ。
かなり不機嫌そう。
だが無愛想でも仕事は、きっちりしていた。
……まあ、助かりますけども。
意外と、そこまで性格は悪くなさそうだな。
思考を巡らせつつ、周囲の冒険者たちの様子を眺めながら、しばし書き終えるのを待つ。
「ゴクトーさん、次のレイド(依頼)受注は、必ず私から受けてくださいね。
指名してくださいよ! 私の名はコクシ・ムソーですからね!」
「ああ、ムソーさん、次は必ず!」と。
言い残し、足早にギルド支部を後にした。
彼女が書いてくれた地図を手に、村のメインストリートに出る。
石畳の道は所々苔むして、歩く度たまに躓き転けそうになった。
ビヨンド村の中心地を歩きながら、地図とは睨めっこ。
ふと顔を上げると朝歩いた道の先ーー
生活感があふれる中、飼い慣らされている従魔に目がいく。
二本足で立つ、豚の魔獣が額に汗しながら、井戸から水を汲み上げていた。
一般的には食用なのだが、その従魔はどうやら労働系のよう。
オーク(豚の人型魔獣)って、従魔にもなるのか?
その光景に、思わず目が奪われたのだが。
「ふーん。まず魔導具屋から行くか」
気を引き締め、再び歩みを進めた。
村の端に向かってしばし進むと、疎らになっていく人通り。
俺の黒い影が長く伸びたり、短く縮んだりとーーいつもとはどこか違う違和感を感じた。
臆病風に吹かれてなるものか。
街並みを背に意気揚々と背筋を伸ばして歩く。
地図を頼りにしつつ、やっとの思いで目的地ーー魔導具屋に辿り着いた。
魔導具店の前には、眼窩に青白い炎を宿すドクロの等身大模型がカタカタと動いていた。 その動きはコミカルで人目を引く。
紫の屋根には針が逆回転の『遡る時の魔導具』。
これも珍しい。初めて見た。
「何の匂いだ、これ?」
嗅いだことのない、”お香”の苦々しい香りと、一筋に伸びる煙が漂う。
「ここの魔導具がどんなものか、少し楽しみだな」
独り言ち口元が綻んだ。
見るからに怪しいけども?
それがまた俺の厨二心をくすぐる。
人の気配がしないぞ?
素直な感想だ。
「まぁ、受付嬢の紹介だし、楽しそうだ」
店を眺めながらつぶやく。
扉に手をかける。
ーーギィィギィィ…
軋む音とともに慎重に店の中に入った。
音まで怪しいのには笑えた。
結構な品揃えって、感じだ。
店の中には、不思議な光を放つアイテム、
古びた分厚い本が、所狭しと並ぶ。
驚いたのは、自らの意思を持つように、本が浮遊していた。
まるで遊んでるかのようにだ。
後から聞いたが、魔導具屋では一般的らしい。
一気にテンションは上がり、店内を舐めるように眺める。
それは棚に並ぶ商品を眺めていた時だった。
ふと、『黒いテンガロンハット』が目にとまる。
まるで俺に微笑みかけるような、白い歯がニカッ……って笑った気がした。
被ってみると意外としっくりきて、思わず目を丸くしたほど。
どこか生きてるようにも感じる。
憤るような手触りがそう思わせた。
ほんとだぞッ! 信じろっ!
俺は嘘はつかない。
「まぁ、これは買いだな」
つぶやきながら、気に入り何度も被り直す。
銀髪を隠したい俺にはぴったり。
なぜなら人種では、あまり見かけない髪色だからだ。
俺は普段魔法で、銀髪を茶色に変えている。
その身体変化魔法も師匠に教わったものだ。
そんな中、店のカウンターで退屈そうに欠伸をしている、店主に声をかけた。
いくらだっ?……てな。
髭面店主が、呆れたような表情で値段を言った。
「っえ?」
銅貨たったの一枚。
宿屋に素泊まり、一泊するのに銀貨5枚。
銅貨10枚で銀貨1枚と同等の価値だと言うのにーー。
何かあるのか? と、思わず疑いたくなる値段だ。
一方の店主はニヤニヤしている。
気持ち悪いぞッ!
思ったが、気に入ったもんは、すぐ買うのが俺の流儀だ。
即購入決定。
予想よりもはるかに安く、口元を緩めた途端、「ししし」と声が漏れた。
目的のものとは違ったが、良い買い物ができた気がする。
しかしだ。
真の”目的”も忘れない。
「上質な耐性ローブが欲しい」と、髭面店主に伝えた。
するとカウンターの下から、徐に黒いローブを取り出す。
「お客さん、ラッキーだな!さっき、紅い魔道士が持ち込んだばかりの品だ」
髭面店主はどこか自慢げだ。
確かに。 ラッキー!!
だが待てよ? なんか見覚えが……ってか、
それ、俺のローブッ!
ツッコミを入れて、やりようの無い気分を晴らす。
あの髭面の笑みを見たら、口には出せないが。
今朝の出来事が頭に浮かぶ。
店主は「金貨3枚だ!買わないなら、いいぞ!」と。
言いながら俺を脇目でチラリと見る。
「はぁ」
思わずため息が出てしまう。
しかし高い。
このローブ、俺がカルディア魔法国で買った時の値段の倍。
ま、仕方ねぇか。
心とは裏腹に、ニコッとしながら金貨3枚で買い戻した。
魔導具屋を出てふと立ち止まり、大きく息をまた一つ。
ま、手元に戻ってきただけマシだな。
「はっはははは」と、師匠の笑いを真似て自分を誤魔化す。
察しろ〜。
ーーだがこの時、俺はまだ知らなかった。
このあと、もっと長い午後が待っていることを。
続く。




