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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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赤三角の魔物とゴクトーの揺れる心情  (『赤』シリーズ中編)



 桃色姉妹の部屋に呼び出されたゴクトーは、とんでもない妄想を引き起こすーー。

 




「おい、バッカスの酒が手に入った。飲もうぜ。がはははは。見ろよ、黒銀の、あいつ、ドギマギしてる」


「ははは……見るも無惨な責められ方だな」


 神シロが面白そうに語る横で、黒銀の目の友は苦笑い。


「ふむ……だが妙だな。あやつの“妄想”……わずかに現界に干渉しているぞ?」


「……神代魔法秘伝の()の芽か? まさか、まだ眠っているはずだが……」


「いや、あれは“見える者”にしか見えぬ現象よ。黒銀の、飲み過ぎるなよ。現と夢の境が曖昧になるぞ?」


 神々は酒を煽りながら下界を眺めていた。






 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇




 アカリの『赤三角』に釘付けだったーーその時。


「集中してるみたいだけど、ナガラ兄様のこと、思い出したかしら?」


 その言葉に、俺の心臓がギクリと跳ねた。


「私は、アカリ・ミシロと申します。この子は妹のジュリ。聞きたいことがたくさんありますの。ナガラ兄様のことで」


 彼女と目が合う。その淑やかな声が逆に緊張を高めていく。

 ここで彼女の動きの変化に不信感が募る。


 その態度どうなのよ? 急に変わったな。


 思うが口にはできない。

 落ち着き払い、品格を兼ね備えているような感じだ。


「ジュリもお茶、飲みなさい。ふふふ」


 言い終えるとアカリはヤマトの煎茶を啜る。 

 それも上品に。


 まるでからかうようだな、と俺は首を傾げた。


 悪戯っぽい目をするなッ!

 どうすればいい?

 この状況をどう乗り切る? 俺っ!


 思いながらも目のやり場には、相変わらず困っていた。

 

 アカリが淹れてくれたお茶が冷める。

 場には緊張感、眼前には『赤三角』。



 何か狙ってるような顔だなッ!

 怖いぞっ! な、なんだ。 


 思ったのも束の間ーー洗い立ての石鹸の香りが周囲に漂う。


 おいおい、アカリちょっと待てっ!


 焦りで喉が詰まり、声にすらならない。


 目の前のアカリが、異世界の門を開いた。


 ……ゴゴゴゴゴ!


 その瞬間ーー大気も震える。


 いや違った。俺が震えたさ。


 それは俺の頭の中だけの世界ーーの、はずだった。


 けれど最近、妙なことが起こる。

 

 血がたぎるような五感ーー視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。

 

 あり得ないはずの妄想が、現実に干渉してくるような感覚。

 まるで妄想が“具現化”されているかのようなーー


 これは錯覚なのか?

 ……まさか、俺の中の神代魔法が“目覚め”始めているのか?


 頭を掠める思考を他所に、目の前はぐわんと歪み、

 カチッとした音が脳内に響く。

 時を待たずして、俺は自分の”癖”の世界へ入っていった。



【妄想スイッチ:オン】


 ──ここから妄想です──


 俺の妄想眼“死線”がーー黒い網の目の何かを捉えた。

 それはまるで、艶のある白い樹々の隙間から獲物を狙う。


 張り巡らせた網目から、糸を喀き出し、妖艶な笑みを浮かべていた。


 キラン✧


 神々しい赤い煌めきが、黒い網目を切り裂く。


「…っ!」


 真紅の魔獣『非常用侵入グチ』が、"死線”を捉えたーー。


 

 【妄想スイッチ:オフ】


 ──現実に戻りました──



 脳内の『妄想図鑑』に、

 真紅の魔獣『非常用侵入グチ』がスッと吸い込まれ収またーーその瞬間。


 我に帰り、意識を取り戻した。


「っな!、またかッ!」


 一瞬、瞼をしばたかせた。


 何やら視線を感じる。


 俺を見つめるジュリの顔は「信じられない」と、言いたげに歪んでいた。


 驚きと困惑ってやつ、そんな顔だな。

 これ、不可抗力でしょッ!


 決して口に出せない俺は、何故か無性に腹が立った。

 隣に座る妹、ジュリが声を荒げるからだ。


「その目はなに!」


 眉根を寄せる彼女が怖い。


 声もキィーって感じだよ。わかる?


 この姉妹の対比に、益々思考は困惑を深めた。


 だってそうでしょ?


 そんなに怒鳴る?  目、つり上げちゃって。

 いや、確かに……。 

 アカリさんの『赤三角』はーー見ちゃってますけども。


 あなたは、足を投げ出した時だけだったでしょ?

 ほんのささやかな時間だったのにな、と俺は思ったさ。


 ジュリの圧に怯む一方で、内心軽口を叩く。

 どこか苛立つジュリから、思わず視線をそらした。


 口はへの字だし、まなこは目尻に寄り、細めたその目。


 その顔は「またやったの?」と。

 まるで俺に問いかけているように感じる。


 ジュリの眉、これでもかってな具合に吊り上がってるな。


 それって軽蔑顔でしょ? わかってます。

 ……ってか、妄想、俺の癖だからっ!


 声を大にして叫びたい。

 だが思うだけで口には出さない。

 もどかしさで頭が変になる。 

 

 俺の最もダメなところだ。


 目線をどこに置けばいいのかーーわからなくなってきた。


 好きで見ているわけでは、ないんだが。 

 でも、この姉の思考が読めないのは確かだ。


 ここは観察だ。   

 

 必死だよ。当然だろ。

 誰だって見たらわかるだろ?

 この状況だぞっ!


 思いながらも額から冷や汗が垂れる。


 一方のアカリは、唇の端をかすかに上げる。


 やめてくれ.....!その顔。 見てないフリ.....続けるにも限界だ。


 目に入るんですけども.....と、思いながら俺はうろたえるばかり。



 そんな中、アカリが背筋を伸ばして言の葉を落とす。


「兄様は旅に出てから、それっきりで、長い間、行方がわからなくて......」


 彼女は言い終えると寂しさを漂わせた。

 どこか憂いが滲んでいる。


 だが、その目の奥に爛々と閃く、何かが宿っているように俺は感じた。

 ジュリの瞳にもアカリ同様の何かが漂う。


 だから......その何かが怖いんだよ。

 誰か教えてくれっ!


 この状況からなんとか逃れたい、俺の心の叫び。


 しかし、サラッとした桃髪を掻き上げ、アカリが真顔で紡ぐ。


「......知ってたら、教えていただけませんか?」


 彼女の一言は、”真剣”の刃のように俺の胸に突き刺さった。


 ヒヤリとした感覚が背筋を襲う。


 喋るのは苦手だけどもーー

 ここは話をしておかなきゃだ。


 そう思った俺は、なんとか答えようと喉を開き、声を絞り出した。


「師匠とはそうだな、二年くらい前だ。俺が『A級』になった頃に突然だった。【桜刀】と装備一式を置いて、姿を消したんだ。それからずっと……俺も探してるんだ」


 そう言うと姉妹の表情がいきなり曇る。

 彼女たちはため息をつき、肩を落とした。

 

 ふと、師匠との突然の別れが頭をよぎる。


 あの時、まだ我慢できたんだ。

 ”用を足し”に行かなければ、師匠を見失う事なんてーーきっとなかったんだ。


 俺は後悔しながら、苦い思いを振り返った。


 部屋に漂うしんとした沈黙。 しばし無言の時を刻んだ。


 

 そんな中、静寂を破るように口火を切るアカリ。

 彼女は睫毛を伏せ、その艶やかな唇を動かす。


「二年前、突然ですか……」


 そう零すと、ジュリと目を合わせ、食い入るような眼差しをこちらに向ける。


 不安げな表情だな。 

 焦らんでも今、話すよ。


 思ってたのも束の間、次の瞬間ーージュリを一瞥し、 

 アカリが真剣な表情で、ゆっくりと美脚を動かし始めた。


「……っく!」


 黒編みタイツの奥ーー『赤三角』が俺の目に再び飛び込む。


 まるで「こんばんは〜」と挨拶してくるように。


 俺の妄想がチラリと脳を掠めた。

 思わず目を擦る。


 今、説明しようとしたとこなのに、集中ができない。


 困惑中にも関わらず、アカリが畳み掛ける。


「そうだったのね……貴方も驚いたのでしょう?」


 そう言って、彼女はうっすらと笑みを溢す。


 そりゃ驚くよ。だって、赤パンツ丸見えなんだぞッ!

 見せる、あなたに驚くんだが? 

 わざとやってるだろっ! 


 俺は思いながら奥歯をギュッと噛んで瞼を閉じた。



「ふふふ」と、アカリの笑い声が聞こえる。


 俺の妄想ーー胸の『江戸っ子鼓動』は爆発寸前。


 その音が胸から漏れてないか、少し不安になる。

 

 場には混沌とした重い空気と緊張感が漂う。

 無音の中、俺はまだ瞼は閉じたままだった。


 間髪入れず、早口で話すジュリの小声が微かに聞こえる。


「なんで急にいなくなっちゃうのよ! 愛想尽かされたの!? ……へんたいだから?」


「ジュリ。言葉が悪いわよ。……ふふふ、せっかちね。そんなこと言っちゃだめよ」


 続けてアカリの艶っぽい声も、耳に飛び込んでくる。


 俺は瞼をゆっくりと開けて状況を確認。 


 よかった。足、閉じてる。ふぅ。


 見たまま、感ずるままに息をついた。


 だが次の瞬間ーーアカリの目の奥の閃きはギラン✧と俺を射抜く。

 思わず名付けた『妖艶な虎』がこちらを睨む。


 固唾を呑み、微かな震えとともに膝が笑う。


 一方で、ジュリが何か言いたげに口を真横に結んだ。

 彼女の眉がわずかに動く。


「ちょっと───!

 さっきからずっと、ネーの脚の間ばっかり見てるじゃない──!! 」



 俺には小さな魔物が、吼えたように思えたんだが……。







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