三人の視点。 赤三角劇場。 (『赤』シリーズ前編)
天上から下界を覗く二柱。
「こりゃいかん」
神シロが口をへの字に曲げる。
「ああ、大丈夫かな? 奴は?」
黒銀の目の友が肩をすくめた。
神々は興味津々といった表情で再び下界を覗いた。
■(まずはジュリの目線で……)■
さっきから何よ、デレデレと、目尻下げちゃって。でもわかってるの。
男の人は美貌とスタイル、いや違うわね。大きな胸で選ぶってこと。
さっきからネーにばっかり気を取られてるけど、わたしだって足には自信があるんだからね。
わたしはドアに寄りかかった。
トントントントン…
イライラして踵を何度も踏んだわ。
腕を組んでゴクトーをじっと睨んでやったわ。
ネーが彼にお茶を差し出す。 その仕草、何?
そのわざとらしい、お淑やかな振る舞いが気に入らないのよ。
あ、また、そんな目でわたしを見る。
顔は赤くなってないわよ。さっきちょっと見られて恥ずいけど。
わたしの顔を見てネーがニヤッと笑った。
きっと、何か魂胆があると思うの。
優しいネーが豹変するってことは、これは本気ね。
わたしの直感は当たるの。
この時、わたしにネーが言った。
「ジュリもお座りなさい」
はいはい。わかりました。
わたしは不貞腐れながらもソファに座ったわ。
思いっきり、自慢の美脚を差し出してやったわーー。
●(ここはアカリ目線で)●
私は不貞腐れる妹を見て思う。
ジュリの顔ったらないわね、恥ずかしがってるのね。
でも、それもまた、可愛いわ……って。
私は口元が緩んで"ニヤリ”、思わず口角を上げちゃったわ。
気づいちゃったかしら、私の顔。
「私の好みのタイプです」って、出ちゃってたかしら?
それはそれで……この機を逃すもんですか。
ふふふ。今、誰が見ても私の顔って怪しいわよね。
わかってるわ。
ジュリの目がそう語っているもの。
いいわ。ここで軽くジャブよ。
私は次の一手をどうすべきか考えた。
とりあえず、実家から持ってきた……そうそう、これで間を繋がなきゃ。
「粗茶ですが……どうぞ」
私はちょっと鼻にかけた声を出したわ。
ふう、まずは良かったわ。
煎茶が気に入ったみたいで。
……ジュリが気にしてるの、ちゃんと分かってる。
でも、私は私のやり方で、見せたいの。
この人が“見る価値のある男”かどうかって……。
勇気がいるけど。
それはそれ、まずは反応を見ないとね。
よーし、行くわよ。
覚悟なさい、ゴクトーさん? ふふふ。
ふふふ……やっぱり見てるわね。
殿方は本当にーーこういうのが好きなんだから……ふふふ。
◇ここからはゴクトー目線、語り部に戻ります◇
その仕草には、どこか凛とした雰囲気が漂うな。
まるで、さっきまでの人物とは別人のようだ。
俺は思いながら、アカリの動きを注視していた。
アカリが湯気の立つお茶を静かにテーブルに置く。
このギャップ、どういうことだよ。
口には出さず、取っ手のない素朴なカップを見る。
中身は鮮やかな濃い緑色。
漂う香りにどこか懐かしさを感じつつ、手を伸ばす。
「あっつ! フー…フー…」
息を吹きかけ、一口飲む。
なんだこれ、口の中に広がる渋みと、ほのかな甘さ。
驚くほど、さっぱりとした余韻が……喉を通り抜けるな。
思いながらお茶を啜った。
「……美味いな、これ」
感嘆の声が漏れた。
一方、アカリは満足げに自分のカップにも手を伸ばす。
「『ヤマト』の煎茶よ。ふふ、美味しいでしょ?」
湯気越しに笑みを浮かべるアカリにつられて、俺も思わず口元が緩む。
チラつく胸元。 目線のやりどころに戸惑うばかり。
漂う空気は僅かに揺らぎ、部屋の温度を上昇させる。
そんな中、アカリがジュリに声をかけた。
凛としながらも柔らかく、まるで姉姫が優しく、妹姫を宥めるようだと思ってしまう。
しかし、その言葉にやや不機嫌そうにしながら、俺と姉のアカリを睨みつつ、ジュリがソファの方へと歩み寄る。
彼女はソファの対面、俺の目の前に座り美脚を伸ばす。
そう大胆に座られても、目のやり場に困るでしょッ!
俺の心中を察してほしい。
そんな俺を他所に、アカリはジュリの横顔を見て、口元を緩めニヤリとした。
優雅に座っているアカリの美脚が少しずつ開いていったーー。
ゴクリ
固唾を呑み込んだよ。
アカリの動き方に敏感に反応したんだ。
そりゃそうでしょ。どうしたらそうなるんだ? はい?
パンツ丸見えですけども?
思いながら耳まで赤くなるのがわかる。
速攻で視線を床に落とした。
その時、部屋の空気がガラッと変わった。
先程までとは比べ物にならないくらいーー
急激な湿度上昇とともに火山が噴火するかのように爆ぜた。
喉も渇き、背中にはじとりとした汗。
彼女たちを見ながら、なぜこうなったか思考を巡らせる。
居心地の悪さに耐えきれず、思わず目を床に落とす。
その瞬間、俺の脳内に衝撃が走った。
【妄想スイッチ】がオンになる予感がする。
目の前はぐわんと歪み、俺は独自の”癖”の世界へーー入っていった。
【妄想スイッチ:オン】
──ここから妄想です──
幕が上がった。
♪チャララ〜〜ン…… チャララ〜〜ン……!
垂れ幕【第二次心理戦勃発】
ジャジャジャン! ジャジャジャン!
ジャジャジャジャ〜〜ンッ!
BGMが流れーー
「おひけぇなすって! てめぇ、生国と発しますはーーヤマトの生まれでござんす!」
「流れ流れて、縁あって……ビヨンド村へと流れ着きやした。
姓は赤絹、名はシタギーー以後、お見知りおきを」
「黒編みタイツの、その隙間から、まがりなりにもチラリと見せる、
情熱のルビー色、通称ーー『赤三角』とは、あっしのことでござんす!」
スッと幕が下がった。
垂れ幕【妄想劇場終了】
ブーー!
「ようこそ、お越しくださいました。
本日は誠にありがとうございます。
どうぞ、ご退場ください」
【妄想スイッチ:オフ】
──現実に戻りました──
その直後、俺の心臓『江戸っ子鼓動』が「旦那!これに!」と。
黒表紙の分厚い本を手渡す。
訳も分からぬまま、赤い魔法陣に描かれた、古代文字も鮮やかな一冊の本を捲ったーーなぜか俺はその古代文字が読めたのだ。
次の瞬間ーー『妄想図鑑』に赤絹シタギは、シュンと吸い込まれていった。
現実に引き戻された俺の胸が、ズキリと痛む。
「ハッ!……なんだ今の?」
瞬間、ピクリとも動けなくなった。
当たり前だ。
だがーー何度、目を逸らしても、何度、心を律しても、
気づけば、”死線”(視線)が勝手にその“戦場”へと舞い戻ってしまうーー。
かつて、幾多の修羅場を越えてきた俺の”妄想眼死線”ーー
それは今、たった一点に吸い込まれていく。
その先にあるのは、戦ではないーー
ってか、カッコつけてる場合かッ?
ただひとつ、赤く三角な……誘惑の渦ーー
ってか、俺は詩人かッ!
あーしんどい。
自分にツッコム、滑稽だ。
そう思いながら我に返った。
「い、いかん、つい」
心の中で葛藤し懸命に自分に「冷静になれ」と言い聞かせる。
平静を装うことすらできない。
それでも自問自答を繰り返す。
奥歯をぎりっと噛み締め、白々しい声を出した。
「……っく、死線が危ない」
アカリの鋭い眼力は、まるで俺の”死線”を完全に、把握したように感じてしまう。その瞬間、罪悪感とともに、額に汗が噴き出す。
そして、ジュリと目が合い、うつむき黙った。
「ふふふ……ぅふんっ♡」
艶かしい笑い声。
俺の挙動を見ていたアカリがこれでもかってな、笑みを浮かべる。
狙いが的中したって顔だな。
なぜか、その目は笑ってないが。
思いながらも俺はその場で放心状態のまま。
お茶を持つ手が思わず、コトッっと音を立てた。
姉妹の気持ちなど、露知らずーー
アカリの『赤三角』に釘付けだったーーその時。
「集中してるみたいだけど、ナガラ兄様のこと、思い出したかしら?」
アカリのその言葉に、俺の心臓がギクリと跳ねた。




