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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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姉妹とゴクトー 後編

 





「ほほ、面白い展開になりそうじゃのう!」


 神シロが笑いながら、黒銀の目の友に声をかける。


「お前なぁ……」


 黒銀の目の友はそう漏らすとため息をつく。


 神々は興味津々といった表情で、再び下界を覗き込んだ。




 その頃、ゴクトーは桃色姉妹、アカリとジュリに詰め寄られたいた。





 ◇(主人公ゴクトーが語り部をつとめます)◇




「あなたって、ゴクトーさん……?」


 涙ながらに言葉を投げかけるアカリ。



「そ、そうだ。……なんで俺の名前を知ってるんだ!?」


 焦りに言葉を引っ掛けながらも問い返した。


 そんなに俺って有名なのか?

 まぁ、大陸一の冒険者、今や伝説のナガラの弟子だ。

 名前ぐらいは知られてるかもな。


 

 一旦冷静に思考を逡巡。

 そんな俺を他所にアカリは、瞳を潤ませながら口を開く。


「あなたの師匠は私たちの義理の兄、ナガラ兄様の噂を耳にして、国を飛び出してずっと探していたのよ……『冒険者』になってね」


 彼女はうつむき、涙を湛える。


 その涙は床にぽちょんと弾ける。

 

 ギルドの喧噪はその瞬間、耳から遠ざかり、その音だけが耳に残る。

 

 それはきっと彼女の涙がそうさせたのかもしれない。


 その涙は桜の花びらの形のように広がり、俺の足元まで伸びた。

 まるで俺を待ってたかのように。


 師匠は突然いなくなった。

 この妹たちに何を告げればいい。

 正直に答えた末が目にみえる。

 どう答えたらいいのだろうか。

 


 俺の胸には複雑な葛藤が渦巻いていた。


 そんな中、受付嬢が俺に目を向ける。

 目を合わせる受付嬢の顔がヤバイ。


 ニタニタしやがって、なんだっての。ほんと。


 思いながらも少し気が紛れた。


 俺の感情は単純だ。

 兄を思うこの姉妹を気の毒に思ってしまう。

 きっと孤児院で育ったせいだろう。

 孤児院では、いつも一人の孤独に耐えていたから。


 人種ヒューマンは、俺しかいなかったし……。



 感慨に耽る暇もなく、アカリが涙ぐむ姿を見て、ジュリが一歩前に踏み出す。

 彼女は俺の目を見ながら青い杖を構え、勢いよく叫んだ。


「この木偶の坊! さっさと、ナガラ兄様の居場所を教えなさいよ!」


 その語気は強め。

 さらに眉に皺を寄せ、鋭い目つきで俺を睨んだ。


 困惑したさ。 

 思わず口まで開けちまったよ。

 きっと人が見たらな。

「ポカン……」とした表情だろうな。 



 そりゃ硬まるさ。いきなりだからな。


 頭はぐるぐる回るが口には零さず。

 まるでその場の空気が一瞬止まったかのようだった。


 他方、見ていた受付嬢の目尻が下がる。

 彼女は笑みを零し、口元を緩める。


「……面白いわね!」


 その受付嬢の一言が、ギルド内をざわつかせた。


 おい、なんだその言い方、意地悪な顔だぞ……ったく。


 注目浴びてるな。


 思ってもいられなかった。


 冒険者たちがコソコソと話し始める。



「おい、あれって……有名な桃色姉妹だろうな。美人で強いって評判だし……」


 今言ったやつ、リーダーだろうな。

 ケンタウロス種だし体躯が違う。

 妙に態度もデカイし。


 話し声を聞きながら、その冒険者たちを俺は、つぶさに観察した。


 ギルド内の騒めきは、リレーのバトンのように繋がっていく。

 姉妹たちに視線が集まる中、ヒソヒソと囁かれる。

 


「私たちにゃー無理だにゃ……あの姉妹は扱えにゃい」

「いや、ワッシが彼女にゃちをパーティーに入れりゅ!」


 可愛らしい三毛の獣人(猫種)と、

 リーダーらしき凛とした獣人(虎種)の会話も耳に入ってくる。 

 2人とも女性ーー高ランクの冒険者のようだ。

 装備が違う。



 おいおい、やめといた方が身のためだぞ。 

 この姉妹かなり有名らしいからな。


 俺の思いとは裏腹に、パーティーのリーダー格が姉妹に近寄る。


 声を交わす彼らに、ジュリは姉に隠れるように後ろに下がった。

 アカリは冷静に対応し、勧誘をかわし、そいつらを次々に投げ飛ばしていった。


 ほらみろ言わんこちゃない。

 俺の思惑通りだ。


 丁度その時、視線の端に入る目が気になった。


 空気が読めない奴、受付嬢が姉妹に対して熱い視線を送っていた。


 ニヤリってか、その笑顔怖いんだが?、と不満を吐き出す間もなく、俺もちらちらと見られていた。

 

 この受付嬢本当に性格悪いな。顔は美人なんだが。


 正直な思いが頭を掠めた。


 一方でリーダーたちを投げ飛ばし、躱すアカリの視線が一瞬鋭く光る。


 突然、彼女が俺の元に駆け寄り、腕を胸元に折り畳む。


 俺の顔を見て、アカリが突拍子もないことをきり出す。


「少し先に、私たちが泊まっている宿がありますの。

 ナガラ兄様のことも聞きたいですし……一緒に行きませんこと?」


 そう言って彼女は優雅に口元を緩ませる。


 おいおいおいおい。

 なんだこれっ!


 思いのほか、耳まで一気に熱が籠り、呼吸も早まった。


 この瞬間、自覚したのはーーまごうことなき温かさと感触。



 "むにゅっ”。


 

 腕に伝わるその柔らかさに思わず、蒸発。


 ふと頭にある言葉が浮かんだ。


 その瞬間、目の前が歪み、ふわりとした感覚に陥った。


 カチッとした音とともに、”癖”である、自身の世界へ入っていったーー。



 

 【妄想スイッチ:オン】


 ──ここから妄想です──


 俳人のような出立ちをした俺は、感じるままに謳い上げる。


「ここで一句」



「柔らかすぎず、硬すぎず、儚きかな、一瞬の妄想ーー」



 さらりと読み上げた。

 


 歓声が鳴り響く。


「お粗末」


 そう言った途端。         



 【妄想スイッチ:オフ】


 ──現実に戻りました──




 我に返り、意識を取り戻す。



「……やっちまった……」



 胸の高鳴りに戸惑いながらも声が漏れる。

 恥ずかしさとともに動揺が身体を覆った。


 そんな俺を他所に「行くわよ」と、ジュリに声がけして、アカリと俺はギルド支部を後にした。


 彼女は俺の腕をしっかりと掴んだまま、足早に歩く。


 路地に入ると、すぐにアカリの歩みが遅くなり、ふと立ち止まる。



「気をつけて!」


 そう念を押し、彼女が前方を見据えた。



 俺は不審に思い目を凝らした。 


 

 やばい、力が抜けるーー。


 声にならない。


 その視線の先にはーー細い体で軟体。足は無数。

 *魔力(マナ)ブレ虫が土壁に蠢く。


「ジャー」と音を立てて、無数の黒い足をむじゃむじゃと動かし威嚇。


 こちらの不安を煽る。


 それを横目にふらふらと、慎重に進む。


 「この手の虫の生息地は、確か山岳地方のはずなんだがーービヨンド村は結構、高地にあるからな」


 なんて図らずとも声が漏れ出ていた。

 

 そんな中、アカリは俺の腕を大切そうに抱きしめる。


 いやはや、これはなんの試練? 

 まぁ嬉しいけども、けどもだよ。


 思いながら苦手な口を開いた。


「お、おい……君たち、有名なんだな…」


 返答はない。


「お構いなしか……けどな、むにゅって何回……」


 極小で囁く。 声は耳かきほどの大きさだ。

 わかるな?


 俺の言葉なんて気にしないよな。


 そんな思考が巡る中ーーアカリが上機嫌に紡ぐ。


「嬉しそうですわね。これぐらい、いつでも”して”差し上げますわ」


 矢先にアカリからの一言が俺の心を抉った。

 恥ずかしすぎて、もう霧にでもなりたいと願ってしまった。

 複雑な心情と状況。


 何とか理性を保ちつつ、進む足は止めなかった。


 この先姉妹との心理戦が始まるのか、と不安にもかられる。


 路地の土壁が走馬灯のように駆け抜ける。

 風がケドの葉をどこからか拾ってきた。

 周囲には苦味の入り混じった渋い香りが漂う。


 2年前ーー師匠との突然の別れに泣いた、あの夜。

 ミミズクが留まったケドの木が頭を掠めた。



 ジュリは一瞬立ち止まったその様子に苛立ち、俺を睨みつける。


「さっさと歩きなさいよ! ナガラ兄様の居場所も、早く教えなさいっての!」


 声を荒げ、そう言って額に青筋を立てる。

 そして彼女は、まるで捨て台詞のように紡いだ。


「だらしない顔して……ネーがボインだからって浮かれて……。わたしだって……タイプなのに……」


 頬を朱く染める彼女。

 袖口を掴みながら目を伏せた。


「何か言ったか?」

 

 その早口で囁いた言葉は俺には届かなかった。


 だが、彼女が何かを秘めているようにも見える。

 不思議な感覚。初めて感じる違和感だった。


 ジュリが肩を落とし、ため息をつく。

 淡い吐息が別の物語の扉を開いたように感じた。


 夕暮れの陽を背に、三人の影が土壁の下に揺れる。

 どこか甘酸っぱいような香りがするのは、気のせいだろうか。


 アカリは俺の腕に力を込め、艶やかな唇を動かす。


「さぁ、参りましょう。早く宿屋へ」


 彼女の声は魅力的で柔らかい印象。


 だが何かが、ちがーう。


 強いて言えば虎か?と、その瞳の奥には何か狡猾な光でも宿っているかのようだ。


 その瞬間、俺の息も荒くなる。


 妄想よ、出てくるなよ……。


 胸を押さえ、内心思い、足の進みも速くなる。



 ふと、俺は茜に染まる空を見上げた。 


 澄み渡った空に魔物ブラック・ロック・バードの翼が煌めく。


 視線を下げるとジュリと目が合う。


 だが、彼女の頬はほんのり染まり、俺は焦った。



 なんでこの姉妹、顔真っ赤なの? 

 この状況、おかしくないか?


 師匠の妹たち……なんだよね?


 やれやれ、厄介な展開になりそうだ。

 


 そんな思いの俺にお構いなしで、アカリはさらに抉るような目つきで見つめ、ささやく。


「逃がしませんの……」


 その言葉は穏やかでありながらも、妙に色っぽい。


 一瞬、俺は息が止まるかと思った。


「……胸、じゃなかった腕を……」


 瞬間、俺の口から漏れ出た言葉だった。



 アカリは意に介さず、俺との距離をさらに縮める。


 額には汗が滴り、緊張が高まる。


 引きずられるようにして、姉妹の案内する宿屋へと向かう。

 道中、アカリは「ふふふ」と笑いながら、予期せぬ波乱を漂わせていたーー。









────────────


【文中補足】


 *魔力(マナ)ブレ虫ーー魔力を吸い取る、厄介な昆虫種の魔物。


 




 「お読みいただき、ありがとうございます。もう貴方を逃しませんの」


 挿絵(By みてみん)

(*ゴクトーの腕を掴むアカリのイラスト)



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