姉妹とゴクトー 前編
神々は天界から下界を覗く。
「ビヨンドに着いたか。やっと動き出したな……」
黒銀の目を持つ友は、ため息をついた。
「年甲斐もなくワクワクしてきたな。ちょっと、あやつらの物語に口を挟みたくなった……」
「やめておけッ!」
「ここからは、天の声が紡ぐぞぃ!って、感じはどうだっ!?」
「ええッ! 声も若がえった? てか、おいシロっ!」
まさに天界から飛び降りる勢い。
神シロと黒銀の目の友は、じっと下界を眺めた。
◇(主人公ゴクトーが語り部をつとめます)◇
───ギィィ…
扉を開けた瞬間、目の目に広がる喧噪ーー。
笑い声や話し声が入り混じる中、耳を傾ける。
「おお、お前さんは『B級』、ワーウルフ(獣人種)のベルカスだろ?うちのパーティーに来ないか?」
「そう言うあんたは、『A級』のビットか?エルダードワーフ(土人種)だよな?……いいぜ。こっちこそ、よろしくな」
亜人種同士、酒場でパーティーを組む算段をしていた。
新設されたばかりだけど、臭いな。
ビヨンド村の冒険者ギルド支部に足を踏み入れた途端、感じたこと。
酒の匂いとタバコの煙が俺の目と鼻を刺激する。
ふと、目についたケンタウロス種の男をじっと見る。
カッポ…カッポ… フシュー、ブルル、ヒヒーン!
真新しい板張りに蹄鉄の音を響かせ、鼻息まじりの嘶きで周囲を威圧している。
ケンタウロス種は、並いる冒険者の中でもランク上位の者が多い。
漂う【覇気】がそれを物語っていた。
初めて足を踏み入れる支部に、俺は少しだけ緊張していた。
独特の雰囲気ーーそれに呑み込まれそうになる。
師匠と一緒だった頃には感じなかった違和感。
慣れないな、と思いながらため息をつく。
師匠と離れてもう2年が経つ。
時の流れは早い。でも、師匠の顔は今も頭から離れない。
あの時の銀翼を靡かせるミミズクがーー頭を掠めるのも屡々。
「はっはははは」って、変な笑い声もな。
奥から響く、ジャズの音色がピアノの旋律を奏でる。
その心地良い響きは、俺の視線と歩みを止めた。
とはいえ、今はそんな暇はない。
もしかしたらーー師匠がここに来るかもしれない。
あの人、好奇心旺盛でワクワク屋だからな、と苦笑した。
見渡す限り、師匠の姿はない。
周囲に気を取られ、ふと何かを踏む感触。
「痛! 足……踏まないでいただけるかしらん?」
「あ、すまない」
別嬪の女魔導士が細い眉を吊り上げ、真紅のローブを翻す。
ブルン
激しい揺れとともに、彼女の胸元から黒いレースがちらつく。
その瞬間ーー頬は押し流され、髪までバサッとオールバックになった。
ってかっ!この爆風なにッ!?
っえ? 胸でかっ……。
じとっと見返されて、目のやりどころに困った。
女魔導士は妖艶な雰囲気と並々ならぬ魔力を醸す。
肩にかかる紫髪をサッと払うと、彼女は俺を一瞥し、掲示板へ向かった。
もちろん、肩をすくめながらため息をつくさ。
女の人には慣れてないんだ。
今までシスターか、孤児院で一緒に育った女の子としか、話なんかしたことないんだぞ。
あ、いらん情報か。
それはさておき。
一呼吸置いてからーー俺も掲示板へ向かった。
ギルド職員が数人でデカイ張り紙を用意していた。
なんだか急に騒がしくなったな、と思ったのも束の間。
案の定、先程のワーフルフが指を差して叫んだ。
「あれを見ろよ! 掲示板に、ダンジョンの詳細が張り出されたぞ!!」
人だかりとともに俺も足が止まる。
……ったく、そこの赤髪、どかねぇかな、と思いながらも後ろから眺めた。
「ん? 字が小さいな」
目を凝らしながら、書かれている文字を小声で読み上げる。
「勇気ある冒険者たちに告ぐ!新たに発見されたダンジョンの探索を募る。
挑め!そして探れ!報酬はたっぷり用意しているぞ! ーーアドリア公国辺境子爵 :領主イイダル・コス・ハルツーム」
読み終えると、俺は心の中で叫んだ。
ってか、領主ッ!貴族は魔力の量が多いからって、
ずいぶん偉そうなんだなッ!
その瞬間、背伸びしていた足が攣って、横のリザードマン(爬虫類種)の荒い鼻息が俺の頬にかかる。
そいつをジロリ。
「お前、鼻水出てるぞ!」
言ってやったさ。
不機嫌そうな面で、そいつは俺の横からすっといなくなった。
師匠といた時もそうだが、俺には独特の何かがあるらしい。
大概キッと睨みつけると相手は逃げていく。
まぁ昔からだが。
掲示板を見つめる冒険者たちは皆、一喜一憂していた。
その最中、ギルド内の空気が一変した。
周囲の冒険者たちが揉め始める。
「お前!ぶつかっといて、挨拶なしか?」
「そっちこそ。他所見してんじゃねぇ!」
「お、面白そうだ。やれやれー!」
取っ組み合いの喧嘩が始まり、野次馬たちから歓声が上がる。
冒険者ギルドでは、良くあること。
喧嘩を眺めながら俺もぼそり。
「フック、アッパー……ちぃ、そこで蹴りだよ……踵落としでもいいが。
もう、お互い弱っちいな。見てられねぇよ」
ため息をつきつつ、受付の前に進む。
目つきの悪さが際立つ受付嬢が、胸元を整えながらじっと俺を見つめる。
美人だが、その仕草と目は何?
制服が似合うなって思っただけだぞっ!
そんな彼女の前には冒険者が列をなす。
彼女の胸元に視線は釘付け。顔を真っ赤にしてるやつまでいた。
きっと野郎共は、あれで引き寄せられるんだな。
俺の意見だ。まぁ気にしないでくれ。
そんな中でも、美人の受付嬢は忙しなく対応を続けていた。
仕方ねぇ、と思いながら、俺もその目つきが悪い受付嬢の列に並んだ。
俺は話しが苦手だ。
あがり症ってやつなのか、緊張しいなのか、自分でもよくわからん。
昔から初対面で人と話すのが嫌いだ。
いつもじっと見られちゃうし、特に女の人はすぐに頬が朱くなるからな。
どうすりゃいいんだーーと、頭を悩ませつつ、声を絞り出す。
「俺はソロでやっていきたいんだけど……ダンジョンに入るのは一人でも大丈夫なのか?」
ゆっくりと、慎重に尋ねる。
受付嬢は一瞥した後、淡々と答えた。
「ソロでも入れますが、パーティー推奨ですね!」
彼女がフッと鼻から息を抜く。
まるで馬鹿にしているように見える。
小さく咳払いをして、受付嬢は繰り返した。
「ソロでも入れます。 ですが、パーティー推奨ですね!!!」
語尾を強める受付嬢は『魔導端末』、さらに手元の名簿を取り出した。
おいおい、2回言うか?、随分な対応だな。
まぁ仕方ない、後ろにも屈強な冒険者が列を成してるしな。
じっと見ないで欲しいと願うが、思わず受付嬢の紅色の唇に見惚れる。
「……ソロで挑戦する人も、まぁ、いますけどね」
少し待たされた後、つっけんどんに返された。
彼女は書類を見ながら言の葉を並べる。
「やっぱりパーティーの方が、安全です。それと、冒険者カードの提示をお願いします。ランクも確認しますので……」
「これ」
鷲掴みにしながら、彼女は眼尻を吊り上げ、俺のカードを魔導端末にスキャンさせる。
迷惑だと言わんばかりの目を向け、再び問いかける。
「前衛?中衛?それとも後衛?どちらですか?」
俺はその言い草にムッとした。
片眉を絞り、拳を握る。
「脳筋だと思ってるのか?」
「だってそうでしょ? その身体付きを見ればわかるわ。あなた、頭はついてる?それ以外に、何があるの?」
彼女のきつい口調に、胸の奥に苛立ちが募る。
早口でパンチの効いたその言葉は、取り付く島もないないほど。
先ほど見た喧嘩のパンチよりも数倍早い。
その言葉にため息をつき、受付嬢をチラリと見やる。
胸に浮かんでいたのは、声にならない叫び。
ストレートすぎだろ、ってかッ!
酷いんですけども……。
受付嬢を睨んでそう思う。
眉をしかめずにはいられなかったよ。
俺は糸のように目を細めたさ。
それでも、師匠の教えーー『ギルドの受付とは上手くやれ』を思い出し、必死でこらえていた。
馬鹿にしたような彼女の視線が俺を貫く。
何なんだ、この視線は……師匠のおかげで、ランクが上がったのは確かだ。
けれど、一人受注って、そういえば初めてだな。
ここに来る途中、冒険者ギルドには何度か立ち寄ったが、全て張り出しの依頼ばかりだったもんな。
張り出しの依頼は、『B級』以上のーー主に討伐をメインでやっていた。
討伐の証明は、依頼書と魔物の耳か尾を持参すれば、報酬が簡単にもらえる。
あまり話す必要がないからだ。
ランクの高い無毒な魔物は、なるべく自分で解体してたし。
その技術も師匠から厳しく教わったしな。
高ランクの魔物の素材は、ギルドで高く買い取ってもらえるし。
「ふぅー」
思わず声が漏れた。
そんな事情、この受付嬢は知らないよな。
仕方ねぇのか。
だが、それでもーー少しの気遣いぐらいあっても良さそうなものだ。
肩をすくめ、諦めも交じりながら答える。
「ポジションは正直、わからない。師匠と二人で旅をしていたんだ。
師匠はあまり手を出さない人で……ま、ほぼ一人で戦ってきたからな。
連携はあまり、経験がないんだ。HAHAHA」
頬を掻き、思わずコリン語で苦笑いしてしまう。
「コリン語?」
受付嬢がキラリ✧と目を光らせる。
「俺が育った孤児院の聖地で使われる公語だ。育った孤児院はコリン教会が運営していたんだ」
思わず無意識に答えてしまった。
だが、不思議にその言葉はスラスラと並べられた。
聞きやすかったのか、受付嬢がさりげない仕草で零す。
「コリン教会? 初めて聞きますね」
「コリン聖教皇国って国もあるぐらい、有名かつ大きな宗教団体だ」
話が逸れたが、俺の言葉を耳に入れながら、彼女は名簿に目を通し、指をなぞる。
場にはどこか緊張した空気が漂う。
……おいおい、該当するパーティーが見つからないのか?と、少し不安になるのだが、もう一つの思いがふっと浮かんでくる。
また新たな冒険が始まる……か。
ゴクトーは静かな決意を胸に抱くーー、
なんてな、カッコつけすぎじゃねぇ?
自身にツッコミを入れる。
「妄想」と「名付け」が得意な俺。
だが、ここから想像もしてなかった、新たな運命が動き出したんだ。
◆ (今から天の声、神シロが伝えるぞぃ)◆
隣の受付にいるアカリは、【桜刀】に視線を向ける。
(”師匠”……? それにあの二振りの【桜刀】……気になるわね。どこから来たのか調べてみる必要がありそうだわ)
目を鋭く光らせながら彼女は思っていた。
一方、その様子を見ていたジュリは声をかける。
「ねぇ……ネーのタイプじゃない?」
姉に軽く肘を突きながら、揶揄うようにささやく。
しかし、ゴクトーにはそんな会話は聞こえず、彼はただ書類を見つめるだけだった。
アカリは興味津々にゴクトーに声をかける。
「偶然だけど、私たちもパーティーを組みたいと思ってたところなの……」
扇子を口元にあて、丁寧な仕草で一礼。
その艶やかな声に、担当受付嬢は目を丸くし、ゴクトーの視線と耳は釘付けになった。
その瞬間、受付嬢が目を見開きつつ叫んだ。
「その髪色……噂の異国の冒険者ーー桃色姉妹じゃないぃぃぃい!?」
その声に場の空気が一変し、周囲の視線が集まる。
だがしかし、受付嬢は気にせず紡ぐ。
「桃色姉妹の大ファンなんです♡ 冒険者ギルドのSNSでも話題ですよ!いつも見てます!」
そう言ってワクワク感丸出しの表情で目尻を下げる。
「……」
圧倒されたゴクトーは、口を開いたまま動けずにいた。
その姉妹は「桃色姉妹」として名を馳せる、一流の冒険者。
何もわからず、その雰囲気に呑まれていくゴクトーだった。
一方で、受付の横でジュリは隣の受付嬢と話をしていた。
「それで、どのようなスキルをお持ちで?」
「姉のアカリ・ミシロのスキルは【扇子舞刀術】、【治癒魔法】、【薬の生成】です」
指先でカウンターをコツコツ、叩きながら説明する。
「わたしは妹のジュリ・ミシロ。【転移魔法】、【治癒魔法】、それに【攻撃魔法】、特に火炎系が得意ですね。あと【気配探知】なんかのスキルも持っています。これから誰かとパーティーを組んで、ダンジョンに挑む予定です」
一気に語り、さらに高らかに続ける。
「ネー、早く来て、手続きが終わらないよ。早く!」
彼女の視線の先、アカリは優雅に歩きながら答える。
「なんなの、ジュリ? せっかちすぎるわよ。でも……」
ため息をつき、彼女が眉を少し上げる。
しかし、浮かべる笑みの中に、わずかに妹に対する優しさも垣間見える。
どこか目のやり場に困るゴクトーの目と、目が合うジュリの動きがピタリと止まる。
彼女は眉を寄せ、睨み返す。
次の瞬間、頬に朱を滲ませてゴクトーに強めの言葉を投げた。
「ジロジロ見ないでよ!」
しかし、心の奥ではーー(かっこいい……わたしのタイプ……)
密かに惹かれている自分に気づく。
一目惚れしたような、そんな視線を向けてしまう。
一方のアカリは少し息を吸って、妹を軽く叱る。
「そういう失礼な言い方はやめなさい……」
恥じらいながらも、妹をなだめた。
この時、アカリの目には、ゴクトーがはっきりと映し出されていた。
姉妹の視線がゴクトーに集中し、静かな空気が流れる。
ギルドの喧騒とは対照的に、そこだけ時が止まったかのように。
やがて、恥じらいを隠しきれないジュリが、小声でつぶやく。
「まあ、横顔は素敵ね……」
「何か言った?」
ゴクトーが問い返し、その後、二人の間に微妙な緊張感が漂う。
「痛っ!」
八重歯を見せて笑おうとしたゴクトーが舌を噛む。
姉妹たちはクスクスと笑い始めた。
さて、話を元に戻す。
気まずくなったゴクトーはーー
◇(ここから主人公ゴクトーが語り部をつとめます)◇
何気なくだったが俺は姉と目が合う。
彼女の衣装はとても艶やかで、目を奪われるほどだ。
桃色の髪を整え、黒い簪を差し直す姿に、「異国の舞姫みたいだな」と、秘めたる感嘆を漏らす。 もちろん極小だぞ。
白く透き通る肌に似合うどこか異国の装備、赤の瞳にも碧の瞳にも見える彼女の瞳がこちらを見るたび、聡明かつ神秘的な印象を与えるんだ。
俺が帯刀する刀と同じ鞘色、彼女の【桜刀】がカウンターにコツンと当たる。
その瞬間、彼女が腰をひねり、裾がふわりと舞い上がる。
太ももを大胆に見せ、黒の網タイツが美脚を引き立て目を奪う。
「っ!」
無意識にまるで蜘蛛の巣みたいだな。
なんてちょっと思っちまった。
桃色の装備に身を包んだ魅力的な彼女の姿に、心が騒めく。
そして、ふと心に浮かぶ”カタカナ”ーー
セ ク シ ー
……この余白は、俺の複雑な感情の表れだ。
察しろッ!
思わず顔に熱が籠った。
一方で妹は、杖をトントンと床に叩き、桃髪を耳にかける。
黒いレザースカートから覗く美脚を前に踏み出す。
まるで絶対領域のように、理性の狭き戦線を保つ。
可憐さも秘めたジュリの姿に、俺は思わず息を呑む。
ゴクリ……と喉も鳴らし、唾も呑み込む。
今は、ダンジョンに挑戦する前だぞッ!
集中しろ、俺ッ!ってか、何に集中?
ツッコミながら、ふと思い出す。
過去の記憶を辿りながら小さくつぶやく。
「桃色の髪……もしかして……?」
師匠は”口蘇らせの魔法”でこう言った。
『ゴクトー、オレには桃髪の妹がいるんだ』
その言葉を思い出し、口を開く。
「桃髪の姉妹……もしかして、ヤマトの人か?」
その言葉に姉のアカリが鋭い視線を寄越す。
彼女は少し考え、静かに答えた。
「あなた、その【桜刀】……どこで手に入れたの?」
逆に問い詰められ、緊張が高まる中、言葉に詰まる。
「いや、その……この【桜刀】は……」
どう答えていいかわからず、額から汗が滴る。
一方で、その様子を見ていたハイテンションの受付嬢が「ハッ」と我に返った。
俺を見た彼女が気まずそうに口を挟む。
「あのぅ……ゴクトーさんのランクなら……」
その瞬間、姉妹の声が重なる。
「「えっ、ゴクトー!?」」
一斉に目を見開き、驚いた表情だ。
「呼び捨てかっ!」
その見事なハモりに、思わずツッコミを入れた。
姉のアカリは瞳を潤ませ、俺を見つめる。
「あなたって、ゴクトーさん……なの?」
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