『ロカベルの魔法薬材と薬店』編 3 〜現実に現れた長女ミリネア〜
お待たせいたしました。投稿が遅れてすみません。
今、本作は『妄想図鑑』を本編に挿入中です。追加更新があります〜!
天界から覗く神々。
「はっはっはっはっは!ゴクトーのやつ、固まってるぞ」
神シロは高らかな笑い声を響かせる。
その声は威厳を纏い、わずかだが天上の雲が揺らぐほど。
「ふふ。うぶなゴクトー君には衝撃な出会いでしたわね」
見上げる神シロの妻、女神東雲も笑みを零す。
一方、下界を眺めながら、黒銀の目の友こと、トランザニヤは歯噛みしながらつぶやいた。
「ったく、ゴクトーのやつ、どうしてあいつは……まともに人と出会えないんだッ!」
「お主そっくりではないか! はっはっは! まぁ、それも奴の宿命さ」
「ですわね」
神シロと妻の女神東雲は、にこやかに下界を覗く。
ーーその頃、ゴクトーは『ロカベルの魔法薬材と薬店』の2階、
廊下の突き当たりのバスルームで動揺、ガチっと固まっていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
「あらミーア、珍しいわね。一緒に入るの? ミリネアお姉ちゃんも嬉しい……」
澄んだ声が耳を打つ、その瞬間、心臓が張り裂けるくらい脈を打つ。
彼女の無邪気な言葉が、かえって刺さった。
ど、どうすれば……い・い・い・んだ……。
こ、これは……?
俺は3点式ユニットバスで……茫然自失。
顔面が火をつけたように熱くなった。
どうしても、今、見たものが頭から離れない。
頭が大噴火しそう!
そっとドアを閉め、深呼吸を一度。
「すぅーーはぁーー」
まさか……?
今、見てしまったものは……。
よくあることだ。そうだろっ!?
いや、考えても仕方ない。
……って、んなわけあるかっ!
言い訳とツッコミが交錯、もう脳内はグチャグチャだ。
HitPointsを一瞬で削られる、先ほど見たままの光景が頭を掠める。
妖艶さを醸し、彫刻のような身体、そしてーー隙のない佇まいと美貌。
「 待てよ……今の顔、どこかで見覚えが」
だが、ここである疑問がよぎったのも確かだ。
『ミリネアお姉ちゃんも、嬉しい』ーーって、まさか黒銀の目の男が、俺に見せた、あの森の中の?!
頭を切り替え、落ち着こうとするが、やはり動揺はすぐには消えない。
一旦深く深呼吸。
バスッバスッ!
叩いてくる胸に手を置いて『江戸っ子鼓動』を静めた。
少し冷静さを取り戻した俺は、ノックもせずにミーアの部屋へ駆け込んだ。
ドアを開けた途端、アリーの大きな声が俺の耳に飛び込んできた。
「ゴクにぃ、にゃにそれ! お目々が飛び出てりゅ!」
その言葉に頬がカァーと熱くなり、思わず視線を反らした。
アリーは目を丸くしたまま、俺の顔をじっと凝視。
多分、俺の心の揺らぎも彼女は、きっと察知しているんだと思う。
『獣人は”そういう部分”が非常に長けてる』と、師匠からも聞いたことがある。
「……あ、あの」
声にならない声が漏れる。
一方、その隣でジュリとアカリも、訝しい眼差しで俺を見ていた。
この二人、マジで感が鋭い。
部屋には殺気立つ雰囲気が立ち込めていった。
そんな中、何事かとミーアが尋ねてくる。
「リーダー……どうしたの? そんなにも慌てて?」
ミーアの声に応じる余裕もなく、喉に詰まりながらも零す。
「……だ、誰か、入ってたよ……シャワー浴び……」
言葉がうまく出てこない。
舌は回らず、途切れ途切れになってしまう。
焦燥と戸惑い、疑念が渦巻く俺に対し、ミーアは一瞬目を見開いた後、苦笑いを浮かべた。
アリー、アカリ、ジュリも何事が起きたのかと、不思議そうな表情を湛え、耳を傾けてきた。
ミーアはため息交じりに頭を抱え、ゆっくりと紡ぎ始める。
「…あ……それ…長女のミリネア姉様。
隣の部屋にいるのよ。この家の持ち主なの!」
彼女は肩をすぼめながら続けた。
「『学者』のスキルを持っていて、
主にズードリア大陸史を研究してるの。
考古学の権威って言われてるけど、
ちょっとだけ……変わってるのよね」
その言葉には、家族に対する複雑な感情が微かに滲んでもいる。
「趣味で部屋にこもって、古代兵器の研究をしてるの。
たまに仕事で『カルディア魔法国』に行くから、
ははは、うちが送り届けてるんだけど……」
そう言いながら、照れたようにミーアは頬を掻く。
俺は混乱が増すばかりの状況で、ただ頭を下げるしかなかった。
「す、すまん……お、おねいさんが、シャ、シャワー浴びてる所を……あ、開けてしまった……」
熱はむしろ上がる一方、なんとか言い終えたが、耳まで熱くなる。
「気にしないで大丈夫よ、リーダー! "それは”……ね」
そう答えつつも、ミーアの頬が膨らんでいくのを俺は見逃さなかった。
そんな中、アカリとジュリの無言の視線が俺を貫く。
(何?長女。新たな伏兵?)
ジュリの内心が俺に届く。
時にこの”心読スキル”は俺の心をかき乱す。
だが、アカリが何を思ってるかはわからなかった。
ーー謎だ。
しかし、彼女の表情ーー雲行きが怪しくなったのは事実。
そんなに睨まんでも……。
ん? カルディアって言ったか? 懐かしいな。
その言葉に一瞬だけ記憶が引っかかる。
しかしそれに浸る間もなく、”キツツキのお知らせ”のような音が響く。
“コンコンコン”
軽いノック音の後ーードアが開かれた。
その瞬間、場の空気が一瞬で張り詰める。
「ミーア、なんで入ってこないのぅ?おねぇ……」
髪をタオルで拭きながら、ワインレッド色の寝衣だけを身に着けた、超絶美しいハイエルフが部屋に入ってきた。
……この人は!……妄想だが現実を彷徨ってた時に……
黒銀の目の男が紹介したハイエルフだ……。
驚愕し、心の中で震えた。
まさか……あの美しいハイエルフが【ロカベル】、
ミーアの姉だったなんて……。
美しいハイエルフを見ながら、心中は穏やかではいられなかった。
その寝衣は、湯上がりの肌にしっとりと馴染み、肩から胸元にかけてのラインが柔らかな光を受けて艶やかに輝いていた。
胸元には黒のレースがあしらわれ、翻るスリットから覗くーー脚線美が無意識の誘惑のように視線を誘う。
湯気をまとった彼女の姿は、まさに“天衣無縫の女神”。
自然が与えた造形美、そのものだった。
一瞬場は静まるーー。
ゴクン…俺の喉を鳴らす音だけが無常にも響く。
全員、言葉を失った。
一方“天衣無縫の女神”は、自然に言の葉を落とす。
「あら……お友達?ミーア、珍しいわね。人見知りのあなたが……」
その声色には天然な無邪気さの色が滲んでいた。
その直後、ユニットバスの光景がフラッシュバックして頭に浮かび、思わず目をそらしてしまう。
まさに、俺の”何か”が壊れそうな気がした。
長女はこちらに目を向けつつも、全く動じた様子がない。
その仕草も飾り気ひとつない。
彼女の『SBB(スーパー・ボヨン・バスター級)』は緑のバスタオルでぎりぎり隠されていたが、隠しきれない谷の部分に、”死線”が逝くのを抑えられない。
…まさに……"最胸”の魔性のエルフ……。
……っと危ない。
妄想スイッチがオンになるところだった……。
目まぐるしく『鼓動』が俺の胸を駆け巡る中、
彼女はエルフ族でも『裸族』でも、”てんでお構いなし”ってな表情で、まるで気にしていない様子。
仲間たちもどこか遠慮気味。
彼女の美しさに呆気に取られているのだろうか。
まるで狐にでも摘まれたような、
よくわからないような表情で長女をじっと眺めていた。
場に緊張感が漂う中、
察したミーアが唇を動かす。
「ミリネア姉様、ここにいる方々はパーティーの、仲間なのです」
彼女の口調は敬うような丁寧さが感じられる。
紹介された俺たちが軽く頭を下げる。
だが、魔性の長女はふっと軽い笑みを溢し、
気にせず、サラッとそのままの姿でミーアの横に座った。
そして彼女は、目の前のテーブルに鼻を近づける。
「それよりも……良い匂い。美味そうなパン、ワタクシも……」
俺たちを気にする様子など微塵も見せず、当たり前のように振る舞う彼女に、 理性がどんどん削られていく。
それは何気ない前のめりな仕草だったが、俺の”死線”を釘付けにするには十分すぎた。
仲間たちも女性ながらーーなぜか顔が赤い。
多分、言葉にはし難い、無邪気な雰囲気が彼女に纏っていたからだろう。
どこか和やかな空気に包まれる中、少しだけ余裕ができた。
アリーが瞳を輝かせ、見惚れながら零す。
「綺麗にゃ…」
続けるように「美しすぎますわね」と、アカリも凛とした態度で落とす。
一方ジュリだけは、無言で頬を膨らませていた。
わかりやすいな。
そう思っていた矢先、ミーアが強めの語気で言葉を投げた。
「ミリネア姉様! 家族しかいない時は、その格好でも構いませんが、お客様のいる前では……」
赤面しながらも妹の彼女が懸命に注意する。
ミーアはどこか気まずそうに苦笑いを浮かべた。
一泊の間の後、ようやく長女は、気づいたらしい。
「……あ、それもそうね。ワタクシ、ちょっと着替えてきます」
そう言って、部屋を出ていこうとする長女。
彼女の背中に、記憶が想起させられる。
あの場面ーー『ドンブラコ…ドンブラコ』。
そして彼女の無防備な美。
思い出すな……思い出すな……。
だが、体温は上がる。
それをどうしても止められなかった。
堂々と『ドンブラコ』を揺らしながら、まるで気にすることなくーー長女は部屋を出て行った。
ハイエルフ族か……この種族は人の視線をあまり気にしないのか?
……本当に……魔性な種族だな……。
さらに思考は逡巡してしまう。
アカリやジュリの下着姿だって、見たことはあるーーだが、これは何かが違う。
俺にとっては初の経験ーー。
血が湧き立つ感覚が止まらなかった。
食欲とでもいいうべきなのかーー喉の渇きなのだろうか。
ゴクンと飲み込む度、思わず口の端から涎まで垂れる始末。
「そんなに、お腹すいたの?」
涎を拭う姿を見たのか、ジュリが尋ねてくる。
「ああ」
そう答えるしかない現状に、俺自身驚いた。
一方で、部屋を出ていった長女を見送りながら、
「はぁー……みんな、申し訳ない。うちの姉様が……」
そう言ってミーアは頬を染め、頭をちょこんと下げた。
どうしてもその言葉を言わずには、いられなかったのだろう。
彼女の声には、申し訳なさそうな響きがあった。
その瞬間、影のリーダーがすかさず動く。
「いえいえ……何か作りましょうよ」
アカリは優しく言いながら、すぐに仕切り直した。
さすが。
俺の心の一言。
思わず漏れそうになるが、俺もアカリの言葉に便乗する。
「これ、良かったら使ってくれ」
俺は『アイテムボックス』から次々と食材を取り出した。
『乾燥腸詰』、『干し肉』、『鶏モモの燻製』を手にしながら、ほんの少し、笑顔を振り撒き手渡す。
どこか気不味さが残る。
機転を効かせたつもりで動いたが、ジュリが不満そうな顔でこちらをじっと見ている。
まるで言葉にしない抗議のようだ。
それでも、アカリとミーアはそんな空気を気にする様子もなく、
手慣れた動きで食材を受け取ると、すぐに調理を始めた。
彼女たちの料理の腕前は見事なものだった。
キッチンの中で次々と動く姿に、つい目を奪われる。
仏頂面だったジュリも『調理用魔導具』を器用に操り、キャロットとポテトの皮を手際よくクルクルっと剥いていく。その集中した横顔は、どこか誇らしげでもある。
「上手ね、ジュリちゃん」
ミーアの一言がさらにジュリを得意げにさせた。
一方でミーアは、キャベツと皮を剥いた野菜をザクザクとリズムよく切り分ける。
彼女の真剣な眼差しは、料理にかける思いが込められているよう。
その横でアカリは切った野菜や肉を大きな鍋へ次々と入れ、湯気の上がる鍋をじっと見つめながら、スープに必要な塩加減を見極めていた。
「これも食べよう」
ミーアが『鶏モモの燻製』を取っ手付きの鍋に加え、『冷蔵魔導具』から出してきた余ったボロッコリもついで、フライパンで炒め始める。
その香ばしい匂いが部屋中に広がると、俺の”胃”が反応し始めた。
3人の動きはまさにテキパキとしていて、無駄がなく、見ているだけで惚れ惚れする。まるで舞台の上で踊るダンサーのような息の合った調理風景だった。
そんな光景を眺めているうちに、気づけば俺の心はじんわりと温かくなっていた。
彼女たちの真剣な姿や和やかな雰囲気に包まれるうちに、先の気不味さや顔の熱も徐々に引いていくのがわかる。
アリーはラグの上に腰を下ろし、のんびりと座り込んでいる。
モフモフの尻尾をゆったりと動かしながら、料理の完成を心待ちにしている様子だ。
俺もその隣に腰を下ろし、ただ香ばしい匂いと温かな空気に身を委ねた。
料理が出来上がるのを待ちながら、少しずつ心の中に安らぎが満ちていくのを感じた。
俺の気持ちはさておき、話を戻す。
アリーは食べ物に目がない。
「良い匂いにゃ〜」
キッチンをじっと見つめながら、涎を垂らす勢いで我慢していた。
何度も頭を「カクッ」「カクッ」っとさせて、食べたくて堪らない様子。
俺は思わず口元が緩み、”ニタリ”としてしまった。
そんな幸せな光景を見てる中、 気を利かせたミーアが俺に声をかける。
「リーダー、今のうちにシャワーをどうぞ…」
彼女のその言葉はありがたかった。
さっきの熱が覚めたとはいえ、身体中汗だく。
下手したら臭うかもしれない。
「ああ…ありがとう…」
俺はミーアの部屋を出て、あのユニットバスに向かった。
さっきのことが頭をよぎりつつも、熱いシャワーを浴びてリフレッシュしようと決意する。
……ってか、どんな決意……だ?




