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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第1幕 肉食女子編。 〜明かされていく妄想と真実〜

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キヌギス砦編 2  〜わかれ道〜






 下界を覗いていた神シロは、慌てた様子で小言を投げた。


「おい、ゴクトーのやつ、侵入し始めたぞ! と、止めんでいいのか?」


「仕方ない、止めるも何も俺たちは手を出せない。何を今さら……」


 黒銀の目の友こと、トランザニヤが鋭い目を向け神シロに答える。


 一方の神シロの妻、女神東雲はキッパリと言い切る。


「ゴクトー君とアカリは【桜刀】を……ジュリは【ダンガルフの指輪】を嵌めていますわ。『七星の武器』ーーその力を合わせれば、なんとかなります」


 そうは言ったが、どこか不安気な表情で下界を見つめる。


「それは……そうなんだが、使い方すらわかっていないのだぞ」


 神シロが困惑した表情で答え、再び下界を見下ろす。


 そんな中、トランザニヤは下界をじっと見つめながら、無言でゴクトーの行く末を案じていたーー。




 

 その頃ゴクトーは、キヌギス砦に潜入すべく、闇に紛れ動いていた。




 ◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇



 ピューーン!

 「ごっ……!」


 ピューーン!

「ぐぅ……」


 ミーアの疾風の如き黒い矢は闇に紛れーー正確に見張りの二人を射抜く。

 男たちはうめき声を漏らしながら、その場に膝を突き崩れ落ちた。


 『狩人』のスキルもそうだが、【ロカベル】の古代魔法を加えた、その精度たるや見事なもの。 ほっと肩を落とす彼女は、緑色の残光をうっすらと纏っていた。

 

 圧倒的な存在感と【覇気】を放つミーアに、思わず小声で漏らす。


「……凄いな、ミーア」


 その言葉にミーアは満足げに親指を立て、さりげなく『OK』のサインを返す。


 見張りは倒した。入り口付近にはもう人の気配はない。

 まだ俺たちの存在は気づかれていないようだ。


 ふと、漂う空気が、カラッとしたものに変わり始めた。

 木の影から覗く精霊たちも、どこか笑っているように見える。

 

 レイド(依頼)でもないこの件に、仲間たちを巻き込んだことにーー俺は未だ悩んでいた。


 もう後戻りはできない。

 今がチャンスだッ! 


 拳をぎゅっと握り締め、後悔を悟られまいと開き直った。

 

 次の瞬間ーー覚悟を決め、右耳の後ろから手のひらを前に出し、俺は『進め』のサインを示す。

 

 仲間たちはコクッと頷き、物音も立てず慎重に進む。

 

 俺は先頭で入り口前に辿り着き、そこで手を振り挙げ、グッと拳を握った。

 それは『止まれ』のサイン。 周囲も確認する。

 

 そんな俺にミーアが身体を屈めながら、目の前でピースの指を前に出す。

 これは『見てくる』のサイン。彼女が前に進む意思を俺に示したのだ。

 

 俺は黙って頷き、『OK』のサインーー親指を立てる。


 ミーアは息をひそめ、入口を素早く抜けると静かに砦の中へ。


 凛とした彼女の後ろ姿が消えて、数秒の後。

 静まり返る砦内にピューーン!と、風を切る音とともにーー


「なん……がふっ!」  


 バタッ…


「どっから、このエル……フ」


  バタッ…


 濁声と倒れる音。

 

 間もなくミーアは飄々と戻ってきた。

 目を丸くする仲間たちの視線に、ミーアはほんのりと頬を染め、艶ややかな唇を噛む。その妖艶な『狩人』姿に、思わず見惚れてしまった。


 ま、魔性のエルフーー。


 思ったその瞬間、胸の『江戸っ子鼓動』がドキッと跳ねた。

 パラッ… っとした乾いた音とともにーー『妄想図鑑』から鼓動がチラリと顔を覗かせる。そして笑みを浮かべ揶揄うように囁く。


「旦那、惚れたんですかい?」

 

「黙ってろ鼓動!」


 頭の中でそう命じた。

 鼓動は「まんざらでも、なさそうでやんすが……」と、捨て台詞を残しパタンと図鑑を閉じた。


 「ハッ!」

 

 我に帰り、意識を戻し集中する。


 曖昧になっていく妄想と現実。

 俺の心はそれに確実に揺さぶられていた。


 それはさておき、話を戻そう。


 ミーアが無言で『OK』と『進め』のサインを出す。

 その後ろに続き、空気の僅かな揺らぎさえ察知するかのように、慎重にかつ大胆に。 


 沈黙した砦の中に、足を踏み入れていったーー。


 内部は外の冷たい空気とは違い、異質な冷気が漂っていた。

 

 高い天井と無骨な土壁は、明らかに【土魔法】で形作られたもの。

 目を凝らすとその表面には、【古代文字】のような刻印が、点々と浮かび上がり不気味に淡く光っている。


 凍えるような空気が重くのしかかり、滴る水滴の匂いも鼻をついた。

 

 慎重に通路の中心部に近寄る。


 唯一の光源である『*明灯の魔導具』は、紫がかった光を放ち、不規則に明滅していた。

 光が揺れるたび、壁や床に刻まれた紋様が生き物のように脈動する。

 同時に俺たちの影を伸ばしたり、縮ませたり、まるで影が踊っているかのように見せる。その様子はさながら砦自体が生きているかのようだった。

 闇の中、蠢く影が視界の端をかすめる。


 進むたび足の底に感じる硬さは、石畳みとは違う感触。

 わずかだが滑りやすい黒石の床。所々で染み出している湧水。

 その色は普通の水とは異なり、青白い光を放っていた。


 何かの魔力(マナ)が、

 混じっているのだろうか……?


 思いながら足音も立てず、慎重に歩みを進める。

 

 遠方でかすかに聞こえる反響音。

 

 見られているような冷たい視線を感じる。

 まるで、砦全体に見張られているような錯覚を引き起こす。


 闇に飲み込まれる寸前、二股の通路が現れた。

 左は暗闇に沈み、右は古びた松明たいまつが規則的に配置されていた。

 松明の炎は不自然に青白く揺れ、焦げた臭いが周囲に漂う。

 ただの炎ではないことを直感的に悟った。

 この場所には、人間の意志だけではない”何か”が存在している。


 そんな漠然とした不安が、じわじわと侵食してくる。

 

 そんな俺は二手にわかれた通路を見つめ口を開く。


「どうする……?」


 その言葉の迷いがアカリを不安にさせた。

 彼女がそっと俺の腕を折り畳む。


 ーーむにゅ。

 

 その感触が一瞬だけ、俺の理性を揺らした。

 アカリは不安げな表情で零す。


「ベルマに乗って、離ればなれでしたから、ここはご一緒に……」


 その声と言葉に、思わず血が昇った俺は無言で頷き、『OK』のサインを出した。

 この状況でこれをやられるとはーー。

 

 仲間たちの顔も穏やかならぬ表情に変わっていく。

 そんなアカリは”あっけらかん”と、松明のある道を指で示した。


 次の瞬間、アリーが『見てくる』のサインを出す。

 まるで「わかれて調査すりゅよ」とでも言いたげな目をする。

 垂れ耳をピンと立て、メタリックブルーの瞳を見開きながら、辺りを窺い勇猛に暗い通路に進んでいった。

 

 その姿を見ながら師匠のあの言葉が頭をよぎる。


 『獣人種はな、目と耳が異様に発達していてな』


 そう聞いた記憶が蘇る。

 さすが獣人種のアリーだと納得してしまう。


 そんな中、ジュリが俺の肩を叩き『見てくる』のサインを出す。

 口元を緩ませ、アリーについて行くジュリの姿は、凛々しくもあり、少し大人びた印象を与えた。


 結局、わかれるのか……。

 でも、あの二人なら大丈夫だよな……?


 胸中不安はあれど、一方の俺はアカリとミーアとともに、松明の灯る明るい通路を選び、息を殺しながら慎重に進んだ。

 

 通路にはいくつもの扉、いやドアがある。

 恐らく砦の兵士たちの宿泊用の部屋だろう。

 俺は片耳をひとつのドアに当て、中の様子を窺い探った。


「この砦の金貨の量は、大したこと無かったな……」

「まぁ、武器と防具が手に入っただけ、マシさ」

「うちらが攻め込むまでも……なかったわよね」

「しーっ! 声が大きいぞッ! ここを攻め落とそうと決めたのは、あのゴルバ様だ……」


 ドア越しから聞こえる声に、静かに怒りが湧き上がる。

 

 この場にいる奴ら、全て始末してやるーー。


 思いながら瞼を閉じ決意した。

 緊張で身体は強張るが、不思議と心は冷静だった。


 振り返り、アカリとミーアに目で合図を送る。

 彼女たちは無言で頷き、音すら立てず武器を構えた。


 準備は万端。

 汗ばむ手をドアノブにかけ、ぐいっと押し開けた。

 

 部屋には酒の臭いと湿っぽい空気が充満。

 凶悪な顔つきの男が3人、傲慢な雰囲気を漂わせる女が1人居た。


「っ!てめーら……どうやっ」


 粗野な男が言いかけた、その言葉を遮るかのようにーー


「【イサナ:°リマダ】!」


 ミーアが唱えながら矢を放った。


 ピューーン!という音とともに、閃く矢が一直線に男の胸を貫いた。


「ぬ…ぐぅ…」


 男は短い呻き声を上げ、力なく後ろへ倒れ込んだ。

 床を震わせると同時に部屋の空気が一変。


「くそっ!」

「女の方は任せて! 私がやる」


 男は長剣を振り上げ、女は二振りの短剣を構え突進してくる。


 だが、その動きよりも速くーー


巫代(ミシロ)流|居合い、【桜舞(おうぶ)】ーー!【閃断(せんだん)】─ーー!」


 額にハートの形がうっすら浮かぶアカリが、華麗な足運びで間合いを詰め、【桜刀・黄金桜千貫(こがねざくらせんがん)】を振るった。


 バシュッ!

 バシュッ!


 挿絵(By みてみん)

(*アカリの抜刀イラスト)



 鮮やかな炎刃の軌跡が二人を切り裂き、鮮血が弧を描く。


「ぐ…はぁ…」

「ぎゃあっ!」


 悲鳴とともに男女が床に崩れ落ちた。


 【黄金桜千貫】の切っ先から滴る血が、無惨な赤い模様を床に描く。

 

 緊迫したこの場にアカリが冷たく吐き捨てる。


「問答無用ですわ……切り捨て御免ですのよ」


 言い終えると彼女は倒れた二人を一瞥。

 

 それをただ黙って見ていた男は、恐怖と怒りが混じった表情で漏らす。


「お、お前ら、何者なんだ、何が目的で……」


 俺は男の問いを遮るように、一歩前へ踏み出す。


 手に握る【桜刀】をゆっくりと振り上げ、渾身の力を込める。


「……終わりだ」


 『桜刀・黄金桜一文字】を真上から振り下ろす。


「巫代流刀術【音無】ーー!」


 幽玄な美を携え、微かに青く閃く刃。


  スンッ! 男の身体を音もなく一瞬で両断した。


「あべしっ……」


 バシャッ!


 何か言い残そうとしたのかーー憤死を遂げた男の飛び散る返り血が、俺の顔や装備を赤く染めた。

 

 だが、そんなものはどうでもよかった。

 怒りが俺をどこか違う世界へと誘っていく。

 

 こんなにも俺は、残忍だったのか……。

 

 思いながら振り返ると、アカリが小声で零す。


「ダー様、瞳が赤く染まっていますわ……」


 彼女は眉をひそめ、唇をわずかに振るわせる。

 どこか怯えている様子。

 ただ、彼女は黙って、返り血を静かに拭き取る。


 一方でミーアは、赤い瞳のことなどお構いなしでクールのまま。


「行くぞ!」


 俺のその言葉にアカリとミーアは、血にまみれた部屋には目もくれず、静かに頷いた。


 無惨に散った死体と血の海を後にする。

 部屋の扉を閉める音が鈍く響き、松明の青白い炎が揺らめくーー薄暗い通路へと戻っていった。





 ■(ここからジュリ目線で)■



 左の通路を選んだわたしとアリーは、薄暗い中を慎重に進んでいたの。


 通路は進む程に闇が深まって、冷気が漂うから寒いのなんの。

 まるで、砦そのものが生き物のように感じるのは、きっと気のせいじゃないわ。  

 全てを拒むかのような雰囲気の中、「……寒いにゃ」って、アリーが小さな声で零したの。

 その肩が小刻みに震えるのを見て、わたしは立ち止まり、杖を掲げて唱えたわ。


「【パル・ル─ムス】!」と。


 静寂の中、呪文とともにわたしとアリーの冷気を光の玉が、暖かくも柔らかく包み込んだわ。


「ありがとにゃ……」


 そう小声でつぶやくアリーは、メタリックブルーの瞳に眩い光を映し出したの。その瞳をしばらく見つめちゃったわ。だって可愛いんですもの。

 

 口元を緩ませ、アリーと頷き合い再び歩み始めたの。


 通路は次第に狭まり、土壁には時折、古びた松明が取り付けられていたわ。

 でも、その多くは既に消え炭に変わっていたの。

 長い間放置されていたのは明白ね。 

 こっちには人の気配も未だないし。

 アリーも耳すら動かさないし。 なんだか怖いわ。


 静かな暗闇が続く中、少しの不安が頭をよぎるの。

 

 やがてーー現れたのは倉庫のような広い空間。

 大小様々な酒樽や、食料が詰め込まれた袋が乱雑に積まれ、チラチラと反射する埃が漂ってもいたの。


 その瞬間、「ジュチュー!」


「きゃっ!」


 隙間を鼠のような小さな影が、素早く駆け抜けたの。


 驚くじゃない、全くもう!

 少し臆病になってる、しっかりしなくちゃ!

 

 アリーは驚かないのね、と思いながらも声が漏れたわ。


「ここ……食料庫みたいだね。でも……」


 わたしの言葉は尻窄みに途切れた。

 それは説明しがたい、違和感をさっきから感じていたからなの。


 同じ気配を感じ取ったのか、アリーも『ショート魔導銃』を握りしめたわ。

 その鋭い視線は奥へと向けられたの。

 

 狭まる通路は薄暗く、まるで不気味な静寂が支配しているかのよう。


 互いに無言のまま、微かな残響が冷えた空気に溶けるたび、わたしたちを追い詰めているような錯覚が襲ってきたわ。


 やがて、突き当たりに辿り着くと、その視線の先には鉄製の檻。

 錆びついた鉄臭さが周囲に漂っていたわ。

 その檻の鉄格子には古びた傷まで刻まれていたの。

 

 不安がさらにわたしの心にのしかかったわ。

 けれど、ここで足は止めれないの。

 ちょっとの勇気を振り絞ってーー。

 

 そんな中、アリーが目を凝らして、檻の中に横たわる影を見つけたの。


 「……誰か、いりゅ」


 






 


 




「続くにゃ!」とアリーが……。

 

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― 新着の感想 ―
キヌギス砦編2まで読ませていただきました。 潜入の緊張感とキャラの魅力がぎゅっと詰まっていて一気に読みました。無言のサインで進んでいく描写や、砦内部の不気味な空気がじわじわ怖くて、そこにミーアやアカリ…
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