キヌギス砦編 2 〜わかれ道〜
下界を覗いていた神シロは、慌てた様子で小言を投げた。
「おい、ゴクトーのやつ、侵入し始めたぞ! と、止めんでいいのか?」
「仕方ない、止めるも何も俺たちは手を出せない。何を今さら……」
黒銀の目の友こと、トランザニヤが鋭い目を向け神シロに答える。
一方の神シロの妻、女神東雲はキッパリと言い切る。
「ゴクトー君とアカリは【桜刀】を……ジュリは【ダンガルフの指輪】を嵌めていますわ。『七星の武器』ーーその力を合わせれば、なんとかなります」
そうは言ったが、どこか不安気な表情で下界を見つめる。
「それは……そうなんだが、使い方すらわかっていないのだぞ」
神シロが困惑した表情で答え、再び下界を見下ろす。
そんな中、トランザニヤは下界をじっと見つめながら、無言でゴクトーの行く末を案じていたーー。
その頃ゴクトーは、キヌギス砦に潜入すべく、闇に紛れ動いていた。
◇(主人公のゴクトーが語り部をつとめます)◇
ピューーン!
「ごっ……!」
ピューーン!
「ぐぅ……」
ミーアの疾風の如き黒い矢は闇に紛れーー正確に見張りの二人を射抜く。
男たちはうめき声を漏らしながら、その場に膝を突き崩れ落ちた。
『狩人』のスキルもそうだが、【ロカベル】の古代魔法を加えた、その精度たるや見事なもの。 ほっと肩を落とす彼女は、緑色の残光をうっすらと纏っていた。
圧倒的な存在感と【覇気】を放つミーアに、思わず小声で漏らす。
「……凄いな、ミーア」
その言葉にミーアは満足げに親指を立て、さりげなく『OK』のサインを返す。
見張りは倒した。入り口付近にはもう人の気配はない。
まだ俺たちの存在は気づかれていないようだ。
ふと、漂う空気が、カラッとしたものに変わり始めた。
木の影から覗く精霊たちも、どこか笑っているように見える。
レイド(依頼)でもないこの件に、仲間たちを巻き込んだことにーー俺は未だ悩んでいた。
もう後戻りはできない。
今がチャンスだッ!
拳をぎゅっと握り締め、後悔を悟られまいと開き直った。
次の瞬間ーー覚悟を決め、右耳の後ろから手のひらを前に出し、俺は『進め』のサインを示す。
仲間たちはコクッと頷き、物音も立てず慎重に進む。
俺は先頭で入り口前に辿り着き、そこで手を振り挙げ、グッと拳を握った。
それは『止まれ』のサイン。 周囲も確認する。
そんな俺にミーアが身体を屈めながら、目の前でピースの指を前に出す。
これは『見てくる』のサイン。彼女が前に進む意思を俺に示したのだ。
俺は黙って頷き、『OK』のサインーー親指を立てる。
ミーアは息をひそめ、入口を素早く抜けると静かに砦の中へ。
凛とした彼女の後ろ姿が消えて、数秒の後。
静まり返る砦内にピューーン!と、風を切る音とともにーー
「なん……がふっ!」
バタッ…
「どっから、このエル……フ」
バタッ…
濁声と倒れる音。
間もなくミーアは飄々と戻ってきた。
目を丸くする仲間たちの視線に、ミーアはほんのりと頬を染め、艶ややかな唇を噛む。その妖艶な『狩人』姿に、思わず見惚れてしまった。
ま、魔性のエルフーー。
思ったその瞬間、胸の『江戸っ子鼓動』がドキッと跳ねた。
パラッ… っとした乾いた音とともにーー『妄想図鑑』から鼓動がチラリと顔を覗かせる。そして笑みを浮かべ揶揄うように囁く。
「旦那、惚れたんですかい?」
「黙ってろ鼓動!」
頭の中でそう命じた。
鼓動は「まんざらでも、なさそうでやんすが……」と、捨て台詞を残しパタンと図鑑を閉じた。
「ハッ!」
我に帰り、意識を戻し集中する。
曖昧になっていく妄想と現実。
俺の心はそれに確実に揺さぶられていた。
それはさておき、話を戻そう。
ミーアが無言で『OK』と『進め』のサインを出す。
その後ろに続き、空気の僅かな揺らぎさえ察知するかのように、慎重にかつ大胆に。
沈黙した砦の中に、足を踏み入れていったーー。
内部は外の冷たい空気とは違い、異質な冷気が漂っていた。
高い天井と無骨な土壁は、明らかに【土魔法】で形作られたもの。
目を凝らすとその表面には、【古代文字】のような刻印が、点々と浮かび上がり不気味に淡く光っている。
凍えるような空気が重くのしかかり、滴る水滴の匂いも鼻をついた。
慎重に通路の中心部に近寄る。
唯一の光源である『*明灯の魔導具』は、紫がかった光を放ち、不規則に明滅していた。
光が揺れるたび、壁や床に刻まれた紋様が生き物のように脈動する。
同時に俺たちの影を伸ばしたり、縮ませたり、まるで影が踊っているかのように見せる。その様子はさながら砦自体が生きているかのようだった。
闇の中、蠢く影が視界の端をかすめる。
進むたび足の底に感じる硬さは、石畳みとは違う感触。
わずかだが滑りやすい黒石の床。所々で染み出している湧水。
その色は普通の水とは異なり、青白い光を放っていた。
何かの魔力が、
混じっているのだろうか……?
思いながら足音も立てず、慎重に歩みを進める。
遠方でかすかに聞こえる反響音。
見られているような冷たい視線を感じる。
まるで、砦全体に見張られているような錯覚を引き起こす。
闇に飲み込まれる寸前、二股の通路が現れた。
左は暗闇に沈み、右は古びた松明が規則的に配置されていた。
松明の炎は不自然に青白く揺れ、焦げた臭いが周囲に漂う。
ただの炎ではないことを直感的に悟った。
この場所には、人間の意志だけではない”何か”が存在している。
そんな漠然とした不安が、じわじわと侵食してくる。
そんな俺は二手にわかれた通路を見つめ口を開く。
「どうする……?」
その言葉の迷いがアカリを不安にさせた。
彼女がそっと俺の腕を折り畳む。
ーーむにゅ。
その感触が一瞬だけ、俺の理性を揺らした。
アカリは不安げな表情で零す。
「ベルマに乗って、離ればなれでしたから、ここはご一緒に……」
その声と言葉に、思わず血が昇った俺は無言で頷き、『OK』のサインを出した。
この状況でこれをやられるとはーー。
仲間たちの顔も穏やかならぬ表情に変わっていく。
そんなアカリは”あっけらかん”と、松明のある道を指で示した。
次の瞬間、アリーが『見てくる』のサインを出す。
まるで「わかれて調査すりゅよ」とでも言いたげな目をする。
垂れ耳をピンと立て、メタリックブルーの瞳を見開きながら、辺りを窺い勇猛に暗い通路に進んでいった。
その姿を見ながら師匠のあの言葉が頭をよぎる。
『獣人種はな、目と耳が異様に発達していてな』
そう聞いた記憶が蘇る。
さすが獣人種のアリーだと納得してしまう。
そんな中、ジュリが俺の肩を叩き『見てくる』のサインを出す。
口元を緩ませ、アリーについて行くジュリの姿は、凛々しくもあり、少し大人びた印象を与えた。
結局、わかれるのか……。
でも、あの二人なら大丈夫だよな……?
胸中不安はあれど、一方の俺はアカリとミーアとともに、松明の灯る明るい通路を選び、息を殺しながら慎重に進んだ。
通路にはいくつもの扉、いやドアがある。
恐らく砦の兵士たちの宿泊用の部屋だろう。
俺は片耳をひとつのドアに当て、中の様子を窺い探った。
「この砦の金貨の量は、大したこと無かったな……」
「まぁ、武器と防具が手に入っただけ、マシさ」
「うちらが攻め込むまでも……なかったわよね」
「しーっ! 声が大きいぞッ! ここを攻め落とそうと決めたのは、あのゴルバ様だ……」
ドア越しから聞こえる声に、静かに怒りが湧き上がる。
この場にいる奴ら、全て始末してやるーー。
思いながら瞼を閉じ決意した。
緊張で身体は強張るが、不思議と心は冷静だった。
振り返り、アカリとミーアに目で合図を送る。
彼女たちは無言で頷き、音すら立てず武器を構えた。
準備は万端。
汗ばむ手をドアノブにかけ、ぐいっと押し開けた。
部屋には酒の臭いと湿っぽい空気が充満。
凶悪な顔つきの男が3人、傲慢な雰囲気を漂わせる女が1人居た。
「っ!てめーら……どうやっ」
粗野な男が言いかけた、その言葉を遮るかのようにーー
「【イサナ:°リマダ】!」
ミーアが唱えながら矢を放った。
ピューーン!という音とともに、閃く矢が一直線に男の胸を貫いた。
「ぬ…ぐぅ…」
男は短い呻き声を上げ、力なく後ろへ倒れ込んだ。
床を震わせると同時に部屋の空気が一変。
「くそっ!」
「女の方は任せて! 私がやる」
男は長剣を振り上げ、女は二振りの短剣を構え突進してくる。
だが、その動きよりも速くーー
「巫代流|居合い、【桜舞】ーー!【閃断】─ーー!」
額にハートの形がうっすら浮かぶアカリが、華麗な足運びで間合いを詰め、【桜刀・黄金桜千貫】を振るった。
バシュッ!
バシュッ!
(*アカリの抜刀イラスト)
鮮やかな炎刃の軌跡が二人を切り裂き、鮮血が弧を描く。
「ぐ…はぁ…」
「ぎゃあっ!」
悲鳴とともに男女が床に崩れ落ちた。
【黄金桜千貫】の切っ先から滴る血が、無惨な赤い模様を床に描く。
緊迫したこの場にアカリが冷たく吐き捨てる。
「問答無用ですわ……切り捨て御免ですのよ」
言い終えると彼女は倒れた二人を一瞥。
それをただ黙って見ていた男は、恐怖と怒りが混じった表情で漏らす。
「お、お前ら、何者なんだ、何が目的で……」
俺は男の問いを遮るように、一歩前へ踏み出す。
手に握る【桜刀】をゆっくりと振り上げ、渾身の力を込める。
「……終わりだ」
『桜刀・黄金桜一文字】を真上から振り下ろす。
「巫代流刀術【音無】ーー!」
幽玄な美を携え、微かに青く閃く刃。
スンッ! 男の身体を音もなく一瞬で両断した。
「あべしっ……」
バシャッ!
何か言い残そうとしたのかーー憤死を遂げた男の飛び散る返り血が、俺の顔や装備を赤く染めた。
だが、そんなものはどうでもよかった。
怒りが俺をどこか違う世界へと誘っていく。
こんなにも俺は、残忍だったのか……。
思いながら振り返ると、アカリが小声で零す。
「ダー様、瞳が赤く染まっていますわ……」
彼女は眉をひそめ、唇をわずかに振るわせる。
どこか怯えている様子。
ただ、彼女は黙って、返り血を静かに拭き取る。
一方でミーアは、赤い瞳のことなどお構いなしでクールのまま。
「行くぞ!」
俺のその言葉にアカリとミーアは、血にまみれた部屋には目もくれず、静かに頷いた。
無惨に散った死体と血の海を後にする。
部屋の扉を閉める音が鈍く響き、松明の青白い炎が揺らめくーー薄暗い通路へと戻っていった。
■(ここからジュリ目線で)■
左の通路を選んだわたしとアリーは、薄暗い中を慎重に進んでいたの。
通路は進む程に闇が深まって、冷気が漂うから寒いのなんの。
まるで、砦そのものが生き物のように感じるのは、きっと気のせいじゃないわ。
全てを拒むかのような雰囲気の中、「……寒いにゃ」って、アリーが小さな声で零したの。
その肩が小刻みに震えるのを見て、わたしは立ち止まり、杖を掲げて唱えたわ。
「【パル・ル─ムス】!」と。
静寂の中、呪文とともにわたしとアリーの冷気を光の玉が、暖かくも柔らかく包み込んだわ。
「ありがとにゃ……」
そう小声でつぶやくアリーは、メタリックブルーの瞳に眩い光を映し出したの。その瞳をしばらく見つめちゃったわ。だって可愛いんですもの。
口元を緩ませ、アリーと頷き合い再び歩み始めたの。
通路は次第に狭まり、土壁には時折、古びた松明が取り付けられていたわ。
でも、その多くは既に消え炭に変わっていたの。
長い間放置されていたのは明白ね。
こっちには人の気配も未だないし。
アリーも耳すら動かさないし。 なんだか怖いわ。
静かな暗闇が続く中、少しの不安が頭をよぎるの。
やがてーー現れたのは倉庫のような広い空間。
大小様々な酒樽や、食料が詰め込まれた袋が乱雑に積まれ、チラチラと反射する埃が漂ってもいたの。
その瞬間、「ジュチュー!」
「きゃっ!」
隙間を鼠のような小さな影が、素早く駆け抜けたの。
驚くじゃない、全くもう!
少し臆病になってる、しっかりしなくちゃ!
アリーは驚かないのね、と思いながらも声が漏れたわ。
「ここ……食料庫みたいだね。でも……」
わたしの言葉は尻窄みに途切れた。
それは説明しがたい、違和感をさっきから感じていたからなの。
同じ気配を感じ取ったのか、アリーも『ショート魔導銃』を握りしめたわ。
その鋭い視線は奥へと向けられたの。
狭まる通路は薄暗く、まるで不気味な静寂が支配しているかのよう。
互いに無言のまま、微かな残響が冷えた空気に溶けるたび、わたしたちを追い詰めているような錯覚が襲ってきたわ。
やがて、突き当たりに辿り着くと、その視線の先には鉄製の檻。
錆びついた鉄臭さが周囲に漂っていたわ。
その檻の鉄格子には古びた傷まで刻まれていたの。
不安がさらにわたしの心にのしかかったわ。
けれど、ここで足は止めれないの。
ちょっとの勇気を振り絞ってーー。
そんな中、アリーが目を凝らして、檻の中に横たわる影を見つけたの。
「……誰か、いりゅ」
「続くにゃ!」とアリーが……。
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