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妄想図鑑が世界を変える?【異世界トランザニヤ物語】  #イセトラ R15    作者: 楓 隆寿
第0幕 序章。 〜妄想図鑑と神代魔法士〜

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プロローグ


 お手柔らかに。







 夜の雨は、屋根を叩きながら、まるで祈りの拍子のように響いていた。

 孤児院の建物は古く、木枠の窓からは時折、冷たい風が入り込む。


 その夜も、屋根裏部屋の小さな灯りだけが、闇の中にぽつんと灯っていた。

 机に向かう少年がひとりーー名を、ゴクトーという。


 擦り切れた机の上に、何度も読み返されたノートが置かれている。

 表紙には、震える手で書かれた文字。

 『ズードリア大陸』。


 ゴクトーはページをめくり、指先で線をなぞった。

 山の名、森の名、海の名……そのどれもが、なぜか“懐かしい”。


 孤児院の扉が静かに軋んだ。

 足音もなく、シスターが現れる。

 白い寝衣のまま、ロウソクを手にしている。


 「ゴクトー君、また起きているのね」

 

 柔らかな声が響いた。

 ゴクトーは振り返らずに、微笑んだ。

 

「……すみません、眠れなくて」


 シスターは彼の後ろ姿を見つめながら、そっと言の葉を落とす。

 

「そのノートの世界、今日も広がったの?」

「はい。……でも、もう描かなくても、見えるようになってきました」


 その言葉に、シスターはわずかに息をのむ。

 

「……見える?」


 ゴクトーはうなずき、遠くの何かを見るように目を細めた。

 

「夢の中で、戦いが始まるんです。空が裂けて、炎が降る。

 誰かが”刀”を握って立ってるんですーー銀の髪で、俺と同じ目をしてる」


 シスターは何も言わず、彼の肩にそっと手を置いた。

 

「……怖くはないの?」

 「怖いです。でも……懐かしいんです」


 その瞬間、遠雷が鳴り響いた。

 小さな灯火がゆらめき、ノートのページを照らす。

 描かれた大陸の輪郭が、まるで生き物のように脈動していた。


 ゴクトーの胸が痛む。

 鼓動が、誰かのそれと重なる。


 『誰かが、この狂気を止めねばならない……』


 夢の中で、黒銀の目の男がそう言っていた。

 

 ゴクトーは窓を開け放つ。

 雨の匂いと冷気が、部屋に流れ込んだ。


 遠くの空が光る。

 それを見上げながら、ゴクトーはゆっくりとつぶやく。


 「……ズードリア大陸には、神がいる」


 シスターはその言葉に小さく目を見開く。

 けれど、次の瞬間には微笑んでいた。

 

「その神さまが、あなたを導いてくれますように」


 そう言い残し、静かに扉を閉めた。


 残された少年の背に、雨音だけが降り注ぐ。

 その胸の奥では、確かに何かが目覚め始めていたーー。



 ズードリア大陸にはーー確かに神がいた。

 

 すべては、一人の妄想癖の少年と、肉食系姉妹の出会いから始まった。

 だが、それはまだだいぶ先の話。

 

 



 ***【紡がれる神話】***


 天界から神々が見守る。


「ズードリア大陸も……変わったもんだな」


「ははは、何百年も見て、よく飽きないな、シロよ」


 下界見物に興じながら神シロがつぶやくと、黒銀の目を持つ友が笑う。


「遥かなる時の彼方のことだがな……天空に浮かぶ美しい我らの城を背に、よく戦ったものだ」


「ああ、そうだな」


「だが、変わらんな。高くそびえる山々には龍。

 緑豊かな森には、*世界樹と共に生きる*エルフたち……」


 神シロの言葉に黒銀の目を細め、友は懐かしげに遠くを見つめた。


「澄んだ湖と流れる川、*リザードマンと呼ばれる亜人。

 様々な種族が共存し、調和の取れた生活を送っていたよな」


「あのことがなければな……」


 神シロのその声に、黒銀の目の友の記憶が静かに呼び覚まされた。

 そして黒銀の目の友は瞼を閉じ、思い浮かべるような仕草で物語を紡ぎ始めた。

 

 


 かつて神と魔王は数百年間、戦争を繰り広げていた。

 やがて魔王は敗れ、魔族は時空の歪み”ねじれ”ーーと呼ばれる*亜空間に封印された。



 時は半世紀ほど経ち、『始祖』と呼ばれた一族の中に、生まれた異母兄弟が、ズードリア大陸を再び揺るがす。


 ”魔王の再来と恐れられた兄”が引き起こしたこの“大戦”は、後世に語り継がれていくことになる。

 

 その兄は“純血”ゆえの傲慢と欲望を抑えきれず、先王を暗殺し玉座を奪った。

 そして、他の種族が平和に暮らす土地にまで侵攻を開始する。


 その戦いは容赦なく、大陸は瞬く間に蹂躙され惨劇が繰り返された。

 非道の限りを尽くし、その兄は“魔王ーー赤髪のガーランド”と恐れられる存在となっていった。


 そんな彼の性格は強欲。傲慢。残忍。

 自らの狂気を楽しむかのように、繰り返えされる殺戮もまたーー彼の趣向の一部に過ぎないのである。


 「我こそは魔王、この世界の秩序は我が手で崩れ去る。

 いや、この世界を全て制し、我こそが【魔神】となるのだ……!」


 その狂気に酔いながら非道の道を歩み続けた。



 一方の異母弟、黒銀の目を持つ“銀髪のトランザニヤ”は、まるで正反対の男。

 人族との”混血”である彼は、幼い頃からその出自ゆえに異端視されることも多かった。

 しかし、逆境の中でも彼は純粋で心優しく、異なる価値観や文化を尊ぶ姿勢を崩さなかった。その穏やかな眼差しは、どんな者にもわけ隔てなく向けられていた。 


「よぅー!元気だったかッ!」


 彼のその言葉に救われた者たちが集まる。


 弟は多様な種族の価値観を“世界の美”と称し、共存を信じた。

 

 だが、その理想は兄にとっては“甘さ”に過ぎず、幼い頃より嘲笑と暴力を受け続けていた。



 魔王の再来と呼ばれる兄は、

 嘲笑を浮かべながら大陸全土に血の雨を降らせる。

 燃え盛る村々。悲痛な叫び。

 その光景を前にして、トランザニヤの心にある決意が芽生えた。


 「……誰かが、兄の狂気を止めねばなるまい」


 静かな怒りを胸に秘めたトランザニヤは、かつて先達が築こうとした平和の理想を守るため、ついに立ち上がった。


 そして彼は寂しげに言の葉を落とす。


 「それが例え、兄に刃を向けることになろうとも……」


 声に応じるかの如く、朝日が地平線から顔を覗かせる。

 眩光はトランザニヤを照らし出し、美しい金光が彼に纏う。

 その光景はまるで黄金の絨毯が、優しく彼を包み込むようだった。


 ゴゴゴゴゴ……


 その瞬間、大気が震え、銀髪が煌めく。

 銀髪のトランザニヤの”黒銀の目”の奥に何かが宿った。




 神シロはそっと黒銀の目の友の肩に手を置いた。

 

「あの時のお主の姿、今も忘れられん」



「ははは、恥ずかしいだろ」


 そう言って黒銀の目の友が笑う。


「ここからは、ワシが語ろうかの」


 神シロはゆっくりと紡ぎ始めた。



 ”黒銀の目の友”は生まれながらに人を惹きつける*【魅了覇気】を持っていた。

 それはワシら神から与えられる*ギフトーー大陸全てのものに与えられる祝福。

 

 兄の狂気を止めるべく、彼は【魅了覇気】を駆使して各地を奔走する。

 当時、多種族の交流などほとんどなかった。

 ただーー種族の長老の名前や特徴だけは、噂話で伝わる程度。

 だが、亜人たちは同種の仲間意識が強い。

 ”亜人ではない”友は、話すら聞いてもらえず辛酸を舐めていた。


 さらに人種(ヒューマン)や亜人種は、”魔王の再来”こと赤髪のガーランドに怯えながら恐れ慄き、彼は良い返答など得られなかった。


「兄に抗えるのは、俺しかいない。……それでもやるしかないんだ」


 この時の友は、眉を寄せ深く息をついていた。


 それでも諦めることなく、高潔な信念と穏やかな語り口で、何度となく説得を繰り返す。

 

 やがて、静かに耳を傾けていた、亜人種*フロッグマンの長老が声を上げた。

 

「オラたちは、戦うんさ!」


 その言葉に長老たちはざわつき始める。

 

「フロッグマンって、両性類種の、あの馬鹿げた跳躍力を持つ種族じゃないのか?」

「……ケロッグ長老か……あの種族には昔、病人を都まで連れて行ってもらった恩もある。助けてもらったしな」

「お主たちもそうか」

「ああ、元は『始祖の一族』の眷属だった、らしいの……」

「それで納得した」


 亜人の長老たちが小声で囁く。

 そのケロッグ長老の一声で、友は少しずつ信頼を得ていった。


「皆、聞いてくれ。これを見てほしい……」

「おお……」

「なんと神々しい……武器だ」

「皆には、これを使ってもらう……」


 その熱意に長老たちもついに心を動かされ、多種族連合軍が結成された。

 



「ここまでが大変じゃったろ?」

「まあな」

 

 天上の二柱はあの大戦を思い返していた。


 

 平和を求める熱意に動かされた者たちも、続々とトランザニヤの元に集結していった。


 戦火は瞬く間に大陸全土へと広がり、”魔王の再来”の圧倒的な力は多くの者を恐怖に陥れていた。


 しかし、トランザニヤ率いる種族連合軍は、*『七星の武器』を手に、勇敢に立ち向かう。 


 幾度もの激戦を経て、ついに弟トランザニヤは兄ーー赤髪のガーランドとの決戦に臨んだ。


 その戦いは凄まじくーー空が裂け、 魔力(マナ)の波紋が山々を吹き飛ばし無惨な谷へと姿を変えた。

 そしてーー大地をも震わせるのであった。まさに天変地異でも起こったような壮絶な戦いと惨状。


 魔力(マナ)の激突が数號ーー死闘が繰り広げられた末、銀髪のトランザニヤは赤髪のガーランドを打ち破ることに成功する。


 しかし、勝利の喜びの中で、弟トランザニヤは静かに刀を収めた。

 その黒銀の目には怒りではなく、哀しみと慈悲が宿っていた。


「兄上、あなたを殺しはしない。けれど、これ以上の暴虐も許さぬ」


 そう別れを告げると長老たちと協力し、兄を”ねじれ”ーー亜空間へと追放する道を選んだ。 その亜空間はパラレルワールドと呼ばれ、この世界とはかけ離れているようでーーいや、全く違うとも言い切れない。そこには似たような世界が広がっていた。 

 

 戦火の匂いの中で、誰もが静かに流れる風の音とともに、トランザニヤのその言葉だけを聞いていた。


 魔王と呼ばれた兄が再び戻ることがないよう、トランザニヤは強力な封印の術を施し、パラレルワールドの門を閉ざした。その瞬間、戦いは終わりを告げ、大陸には新たな平和の息吹が訪れたーー。


 


 時は経ち、銀髪のトランザニヤは死後、彼を敬いその功績を讃える大陸の者たちから、人神として祀り上げられた。


 やがてーー神々からも祝福を受け、銀髪のトランザニヤは天に召され神になった。


 

 ***【始まりの予兆】***



 数百年の後、その大戦の記憶は人々の記憶から薄れていった。

 


「悪い予感がするな……」

 

 黒銀の目の友の胸に、再び不安が渦巻く。

 

 一方で神シロは、下界を覗き込み楽しげな声を漏らす。


「ほら、あの少年……おもしろいぞ」


「ん? どんなやつだ?」


 黒銀の目の友も同じく下界を見下ろす。


「お前の目と同じ色をしている。……ありゃお前の末裔じゃな。これでしばらく退屈せん」


 ズードリア大陸は美しさを取り戻し、平和が続いていた。

 しかし、運命は静かに動き始める。

 

 


 その頃、地上の*コリン教会ではーー


「どうか……妄想癖が、治りますようにっ!」

 

 雷鳴が轟く中、少年ゴクトーが天に祈る。


「……ん? 同じ目のやつに、見られてる気がする。どうしてだろう……血がた滾るな……」


 神シロと黒銀の目の友が見つけた“その少年”。

 彼こそが、新たな物語の鍵となる者だった。


 そして新たな冒険が、今ーー幕を開けようとしていた。












 お読みいただき、ありがとうございます。


 ブックマーク、リアクション、感想やレビューもお待ちしております。

【☆☆☆☆☆】に★をつけていただけると、モチベも上がります。


 引き続きよろしくお願いします。


 挿絵(By みてみん)

(*ズードリア大陸マップ)



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― 新着の感想 ―
Xから来ました。 壮大な世界観と、不穏?な予感と少年の活躍に期待満載です。ゆっくりですが、読ませていただ来ます。
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