第3話 ミリア
「カノ〜ン! 待ってよ〜!」
とてとてと人懐っこい笑みを浮かべ、カノンの後ろをついて回る女の子。
ロングの青い髪が風になびいている。
「何だよ、ミリア。僕はこれから稽古に行くんだ。ついて来ても面白くないぞ」
ミリアは首を横に振る。
「それでもいいの。見てる」
「まあいいけど……、本っ当に面白くないぞ!」
「いいの!」
ミリアの意志が固いと感じて、もうこれ以上は何も言わず、カノンは稽古場へと向かう。
ミリアはその後にピッタリと続いた。
「相変わらず一緒かい。仲の良い兄妹みたいだねぇ」
村の老婆の言葉にミリアが反論する。
「兄妹じゃないもん。お嫁さんだもん!」
「そうかい、そうかい。よかったねぇ、カノンや」
「えへへへっ。よかったねぇ、カノンや」
ミリアが老婆の口調を真似る。
「ミリアはまだ七歳だろ。結婚なんてまだ先の話だ」
「するもん。気持ちは変わらないんだもん!」
「はいはい、勝手にしてくれ」
「勝手にするもん♪」
その二人の様子を村人たちは微笑ましい様子で見守る。
ラシークの村は今日も平和である。
稽古場では、アクスが先に着いてカノンを待っていた。
しかし、何時もと違って稽古場にはもう一人、プレートメイルを身にまとった女剣士がアクスの隣で微笑んでいる。
微笑みながらも凛とした雰囲気を崩しておらず、その鮮やかな金髪と相まって人を魅了するには十分な雰囲気を醸し出していた。
「いてててっ!」
ぼーっとしていたカノンのお尻をミリアがおもいっきりつねる。
「なんだよ! ミリア」
「カノンはわたしを見てればいいの!」
ミリアの顔は食べ物を口に貯めたリスのようにふくれっ面だ。
「こらこら、客人がいるんだ、そこまでにしとけ。すいません、セフィーナさん」
「ふふっ、構わないわよ。可愛いじゃない」
女剣士セフィーナは優しく微笑む。
「コホン! さて、今日の特訓だが、そろそろ俺もお前の相手がきつくなって来たんでな。今回はセフィーナさんに特別に見てもらうことにした」
「セフィーナよ。よろしくね」
挨拶とともにセフィーナが微笑む。
そう何度もつねられる訳にはいかないカノンは、何とかその魅了の術に耐える。
「カノンです。よろしくお願いします」
「…………ミリア」
「あらあら、どうやら嫌われちゃったかしら?」
セフィーナは困った顔をしつつもどこか楽しそうだ。
「さて、俺はこれから用がある。特訓の内容はすべてセフィーナさんに任せてあるから安心しろ。じゃ、頑張れよ!」
アクスはそう言って軽くカノンの肩を叩くと、急ぎ足で特訓場を後にする。
(なるほど、用ねぇ……)
先程、特訓場の入り口付近で、誰かを待っている若い女性をカノンは見ていた。
どうやらアクスにとって一世一代の重大な用事のようだ。
「さて、カノンくん。そろそろ始めましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
一礼をするカノンにセフィーナは優しく微笑む。
「取りあえずは実力が見たいから、そうねぇ……、とりあえず組手でもしましょうか」
「えっ、いきなりですか!?」
「実力を知るのはそれが一番早いわ。さあ、かかってきなさい」
セフィーナは剣をカノンに向けて正眼に構える。
カノンは踏み込むのを少し躊躇した。
「安心しなさい。貴方の剣で私が怪我をする事は無いわ。それに、ちゃんと手加減はしてあげるわよ」
セフィーナの挑発的な物言いにカノンは少しムッとする。
ここ最近では、引退して大分経つとはいえ元冒険者であるアクスと互角以上に打ち合う事が出来ていた。
それがカノンの自信にもなっていたのだが、それを真っ向から否定された形だ。
「じゃあ、遠慮はしませんよ」
「ええ、いつでもいいわよ」
その言葉を合図にカノンが先ずは正面から斬りかかる。
それに対し、セフィーナはまともに真正面から受けず、剣を流すようにカノンの力の方向をずらす。
カノンの体制が前のめりに崩れる。
もちろん、それを見逃すセフィーナではない。
「はい、終わり」
首元に剣を軽く添えられる。
「もう一回やってみる?」
「はい、お願いします!」
二回目はフェイントも織り交ぜ、横から足元を狙う。
しかし、それに対してセフィーナは危なげなく回避する。
「スピードはまずまずね。経験を積めばそれなりにはなると思うわ」
「まだまだ!!」
カノンのスピードがさらに上がり、セフィーナに襲い掛かる。
「……っ!」
しかし、その剣もいなされてしまう。
バランスの崩れた隙を突き、セフィーナはカノンの胸元に剣先を突き立てる。
「訂正するわ、スピードはあるようね。後はやはり経験かしら。相手のいなしやフェイントに弱すぎる所があるわ。そこを特訓していきましょうか。さあ、もう一度――」
「はい!」
その後数時間、カノンはセフィーナの特訓を受け続けた。
「さて、ここまでにしましょうか」
「はぁ……、はぁ……」
セフィーナの言葉にカノンが反応出来ずにいる。
「う〜ん。後はスタミナね」
「カノン!」
ミリアがカノンの元に駆け寄る。
「大丈夫? 怪我してない?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
その二人のやり取りを、セフィーナは微笑ましく見ていた。
「カノンくん、明日は私と森に入りましょう」
唐突にセフィーナが提案する。
「私が村に雇われて、森の魔物退治に来たことは知っているわね。それをカノンくんにも手伝ってもらうわ。それほど強い魔物はいないから大丈夫。危なくなったら私がフォローできるし、安心して経験を積みましょう」
「はい、お願いします!」
「いいなぁ。私も行きたいなぁ……」
うらやましそうなミリアの呟きにカノンが反対する。
「駄目に決まっているだろ。ミリアは大人しく留守番だよ」
「そうね。危険だからミリアちゃんは大人しく待っててくれるかな」
「うん……」
不満そうながらも、ミリアは返事をする。
カノンは黙ってミリアの頭を撫でた。
その後、セフィーナの説得に村長が応じ、カノンは正式に魔物退治について行くことになったる。
その日、カノンは興奮であまり寝られなかったのは言うまでも無い。
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