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間章 リリー訪問

 夏休みが始まって、数日したある日。


 この日は、私とリリーだけで異次元世界に出ていた。


 能村兄弟は、両親と共に祖父母のところに行っているそうだ。


 で、まあそういうわけで私とリリーは二人で足首まである水の中を動いていた。


 この世界は、どうやらどこもこのくらいの高さまで水が流れているらしい。蒸し暑い都会と違って足元から涼しい。


 で、私達が今何をしているかと言うと……でかい牛にライオンと鹿を足したような生き物を解体中。


 いやー、なかなかの強敵だった!


 まさか角が飛んでくるとは思わなかった。しかもすぐに再生するっていうね。


 動きも図体のわりに早かったし。


 とりあえず、地面に散乱している無数の角のうち一つを拾い上げて、その尖端を切り取って懐に収める。これは後で異界研に申請して持ち帰りだ。



「佳耶はたまにそうやって角とか爪とか、持って帰るわよね。それはどうして?」



 報酬になりそうな部位を専用の容器に収めながら、リリーが尋ねて来た。



「ああ……これは、お守り……って言っていいのかな。なんと言うか……勝ったぞ、っていう証で……あとは、それだけ強い相手が私の貴重な経験として血肉になってるんだぞ、みたいな……まあ、そんな感じ」

「へえ……」



 頷きながら、リリーはどうやらサックが一杯になったらしく、膨れたそれを肩に担いだ。


 私も一足さきに一杯にしてあったサックを担ぐ。



「それじゃあ、佳耶は沢山そういうのを持っているんじゃない?」

「んー、そだね。今部屋に五百個くらい飾ってあるかな?」



 一個一個は小さいのだけれど、量が量なので、部屋の棚がまるまるそういうのに占領されてしまっている。



「それは凄いわね。一度見てみたいわ」

「なら、明日にでもうちに来る?」

「……え?」



 あれ、なんでそんな驚いてるの?


 別におかしなこと言ってないでしょ。



「だから、明日うちに来る?」

「いいの……?」

「うん」



 何も問題なんてないし。


 すると、リリーが……、



「佳耶……」



 抱きついてきた。



「って、なんで!?」



 慌てて引きはがす。


 いきなり抱きつくとかほんとにもうやめてよ!



「なにするのさリリー!」

「え……だって、ご両親に交際の挨拶をしにいくんじゃ――」

「しないよ!?」



 何を言ってるのリリーは!?



「そもそも私達交際してないし! っていうか私女! リリーも女!」



 で、私はノーマルな趣味だからリリーとはそういう関係にはならないからね!?



「そんなに恥ずかしがらなくても……」

「そんな前向きな勘違いをしないで!」



 本心だから、これ。


 どうしてリリーはいっつもこうなのかなぁ!



「それで、結局どうするの? 明日」

「なら、お邪魔させてもらおうかしら。やっぱり挨拶は大切だものね」

「……なんだか時々リリーといると凄く疲れる」 



 まったく……ああ、なんだか軽く眩暈が。




「とにかく! うちの両親に変なこと吹き込まないでよ!?」



 ――って、言ったのになあ……。



「佳耶さんとは結婚を前提にお付き合いをさせて頂いています」

「違ぁああああああああああああああああう!」



 リリーの馬鹿ぁあああああああああ!?


 どうしてそうなるのっ!?


 TPOを弁えようよ!


 ほらうちの両親、目を丸くしてるよ!?


 絶対に変に思ってるから! 私、実の両親にこれから変な目で見られて生活するの!?



「……そうか。まあ、よろしく頼む……ところで同性で結婚とは出来るものなのか?」

「それはほら、きっとどこかの国でならば出来るんですよ。その時は、親も一緒に国籍を移したほうがいいんですかねえ?」



 我が両親の意味不明なまでの物わかりの良さ……!?


 おかしい、おかしいよこれは。


 なんでこんなことに……。


 ――異界研で待ち合わせして、そこから私が家まで案内して、家に入った。今日はお父さんの仕事が休みで、両親はどちらもいたから、「こっちはリリー。最近よく一緒にいるんだ」と紹介。「……いつも娘がお世話になっている」と無愛想にも思える口調でお父さんが言い、「すみませんねえ、この人は口下手で」とお母さんが微笑むという、なんとも穏やかな時間がそこにはあった。


 そう……あったのに、だ。


 なんでそこでおとなしく「こちらこそお世話になってます」なりなんなり普通の挨拶じゃなくて「佳耶さんとは結婚を前提にお付き合いをさせて頂いています」なんて高架橋工事も半ばの行く先は崖下な路線を一直線の暴走特急も真っ青な発言しちゃうの!?



「お父さんもお母さんもこれ、冗談だからね!?」

「分かっているさ」

「ええ、分かってますよ」



 だったらその「恥ずかしがることはないさ」みたいな生温かい視線は止めてもらえないでしょうか!?


 どうしよう! 両親が嫌いになりそうだ!


 っ、もうここは戦略的撤退をするしかない……。


 私はリリーの手を掴むと、そのまま自室へと向かった。



「飲み物は持っていっていいのかしら……ことの最中に部屋に入ったら、流石にマズいわよねえ」

「ノックをして、駄目なら部屋の前に飲み物を置いておけば後で勝手に取るだろう」



 困った!


 うちのお母さんの初期設定は、気弱で静かな人、だったのに今ではその見る影もない!


 そして私はお父さんにせめて「娘は貴様などにやらん!」っていう発言を求めたい!


 なんでこんなことになってるの――!?



「本当に沢山あるのね」



 …………真っ白な、真っ白な灰になった。


 今の私は、まさにそんな気分だ。


 自室に逃げ込んで最初の一分はリリーの方を掴んで思いっきり揺さぶりながら奇行の理由を問い詰め、「私、佳耶のご両親とうまくやっていけそうな気がするわ」という全く持って私の心情を理解してくれないお言葉を頂戴したところで、ベッドに崩れ落ちた。


 リリーは例のお守りを並べてある棚を眺めている。



「こういうのも、面白いわね。私も佳耶を真似て、いろいろ集めてみようかしら?」



 ……ああ。もういいや。うん、蘇ろう。


 不死鳥は一度燃え尽きて、その灰の中から再び生まれるんだ。


 ――私は一体なにを考えてるんだろう。脳細胞がどんどん死んでいるような気分すらする。


 とりあえず、気を取り直す。


 大丈夫。


 リリーもお母さんもお父さんも、冗談が好きなだけなんだ。


 そうに違いない。


 そうじゃないと私は誰にも言わずに旅に出てしまう。


 ……よしっ。


 気分転換完了!



「ねえ、佳耶って意外と可愛らしい下着を――」



 そして一瞬で気分は急降下。



「リリーが男じゃないことが今ほど惜しい瞬間はない!」



 男なら遠慮なく生きたままでも地獄が見れるってことを教えてあげるのに……!


 なまじ女であるせいで、一定ライン以上の行動が取れない!



「とりあえず見るなぁ!」



 リリーがいつの間にか棚を漁って手に取っていた下着を奪って、棚に戻す。



「いくらなんでもリリーやりすぎだよ!?」

「……そうかしら?」

「間違いなくね!」



 言動から推察すれば一目瞭然だ。



「……ごめんなさい、佳耶」

「へ?」



 あ、あれ、意外と素直に謝っちゃうの?



「少し、舞い上がっていたわね。佳耶が家に迎えてくれたから、少し嬉しくて」

「あ……うん。まあ、そういうことなら、仕方ない……かな?」



 これ以上なにか言ったら、私悪者みたいだし……うん。まあ、いっか。


 そういう理由なら、大目に見てあげるべきだよね。



「本当に、ごめんなさいね、佳耶」

「あ、もういいよ……反省してるなら」



 テンションあがることなんて誰にでもあるもんね!


 そういえば、私が家に友達連れてくるのなんて初めてだし、だからきっとうちの両親もテンション上がってたのかな。


 うん、きっとそうだ。


 なんだ、そういうことだったんだ。



「……はぁ」



 なんだかいろいろ力が抜けて、椅子に座りこむ。


 と――不意に、視界に机の下に置いてある瓶が飛び込んできた。


 あー。これって……あの時の……。



「よっ、と」



 少し重量のあるその瓶を持ちあげて、机の上に置く。



「佳耶……これは?」

「覚えてない?」



 取り出したのは、砂の入った瓶。


 ただし、普通の砂じゃない。


 微かに、静電気のような微弱な電気が、その表面から放たれている。



「これは……雷砂鉄?」

「そ。これ、リリーと私が初めて会った世界のだよ」

「……あ」



 そこで、リリーも思い出したらしい。


 そう、私達が初めて出会ったのは、こんな砂が地面を覆っていた、樹海の世界だ。



「あの時は驚いたっけ……リリー、いきなり大斬撃を放つんだもん」



 多分あの光景は一生忘れない。


 うん。一生ものだ。



「そっか……佳耶、そんなことまで覚えていてくれたのね」

「当然でしょ」



 リリーとの初顔合わせだよ? あんなインパクトの強い記憶、忘れようとしても忘れられないって。



「……今だから言うけれど、佳耶に一目惚れだった」

「――!?」



 な、なな……いきなり、なにを!?


 っていうか、知ってるよそんなの!


 いきなりキスしてきたのはリリーだし……!



「な、なんで今更そんなこと……」

「さあ、なんでかしらね? 言いたかったの」

「……そ、そうなの?」



 うう……顔、赤くなってるかな……。



「そういえば、二度目に会った時――私から会いに行った時は、佳耶は暴れてたわよね」

「あー……あはは、それは、うん。まあね」



 あの時はリリーの大斬撃を見て少し感化されて、張り切っちゃったのよね。



「それで、一緒のグループになったんだっけ……」

「ええ」



 ……そういえば、私とリリーが一緒にいた時間って、決してそんなに長くないんだよな。


 なんだか、もう何年も一緒にいるような気すらするけれど。



「それから、色々あったわね」

「うん」



 葬列車を能村姉弟が造ったり、変な魔術師が襲ってきたり……。



「いろいろあったねー。ほら覚えてる――?」



 気付けば。


 私とリリーは、これまでのことを沢山話していた。


 とりとめもないことから、ピンチだった時や、楽しかった時のこと。


 そうしているうちに。


 気付けば時間は過ぎて、リリーが帰る時刻になった。



「それじゃあ、佳耶。また明日」

「うん。またね」



 異界研の前で、リリーと分かれる。


 途中、一度リリーがこちらを振り返って、小さく手を振ってきた。


 それに手を振り返して、私も自分の家にむかって歩き出す。


 ……なんとなく、振り返る。


 と、リリーもまたこちらを振り返っていた。


 二人で、ちょっと微笑。


 もう一度手を振ってから、私達は今度こそ別れた。


 ……偶にはこんな日もあっていいわね。





「それで、挙式はいつだ?」

「もしかして今流行の海外の結婚式かしら?」



 帰って両親の最初の言葉がそれだったことには、多少絶望したけれど。


かるーく流す感じの間章。

なんて書きやすいんだ……佳耶の両親。

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