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6-21


 マギ史上最大の反乱は、最悪の、あるいは最高の形で、幕を下ろした。


 王の死によって、反乱は成る。


 そして、新しい時代が開けた。


 新しいマギ。


 黎明の時。



「……ルミニア」



 空を見上げていた妾のもとに、臣護が現れた。



「臣護か……」

「やったのか」



 地面に敷かれた黒い布を見て、臣護が言う。


 その布の下には、人一人分の膨らみ。



「……ああ。親殺し……これで妾の地獄生きは確定だ」

「だろうな」



 あっさりと臣護は頷く。


 ……まったく。



「ここは何かしらフォローする場面だろうが」

「気遣いは向かない。そういうのは、他の連中にさせておくさ」

「はは、違いない」



 言われてみれば、確かに。


 こいつはそんな器用なやつではなかった。



「まあ、地獄に落ちる前に精々この世界を良い方向に導くとするさ」



 再び、視線を空に向ける。



「そうかい」



 臣護も、妾と同じように空を見上げた。


 既に空は暗く、闇に包みこまれていた。


 今夜は雲が厚くて、月が見えない。


 惜しいな……。


 見えれば、綺麗な満月だったろうに。



「まあ、今は素直に勝ちを喜んでいいだろう?」

「ああ」



 臣護の言葉に頷く。



「さて……勝鬨をあげねばらなんな」



 まだオケアヌスの各所では、小さな戦いが続いている。


 妾が王を討ちとったことを宣言すれば、それも終わるだろう。



「……その前に、」



 臣護が、腰から銀色の剣を抜き放つ。


 そこに、強大な魔力が集まる。


 刀身の煌めきが、太陽のような輝きに変わる。



「臣護……?」

「どうせだ。少しくらい、演出してもいいだろう」



 その剣が、振るわれた。


 空へと。


 巨大な、巨大すぎる魔力刃が空高く目がけて翔け昇る。




 ――黒い雲が、裂けた。




 その割れ目から覗くのは、金色の真円。


 ……やれやれ。



「立派な演出家だよ。お前は」

「……」



 肩を竦めて、無言のまま臣護は剣を鞘に収めた。


 さて……ではこの演出を裏切らない程度には、妾も声を張り上げるとしよう。


 端末を起動する。


 目の前に浮かび上がったモニターを操作して、オケアヌス全域のスピーカーを繋ぐ。


 ゆっくりと、深呼吸。


 ……長かった。


 そして、これからも長い道は続く。


 ここで終わりではない。


 それどころか、これからがやっと、始まりなのだ。


 妾がマギを変えていく、序章。


 これからも、皆の力を借りて、妾は往く。


 だから……。


 その意思を込めて、声を放つ。



『汝ら、しかと聞くがよい! 今、妾が旧代の王を討ちとった! これより妾こそがこのマギの王となり、ここオケアヌスこそがマギの中心となる! 勝者は歓喜せよ! 敗者は降れ! さあ、新しいマギの歴史をこれより始める!』



 妾の声がオケアヌスじゅうに響き渡り……数秒後。


 オケアヌスが、歓喜の叫びで震えた。



 さて、と。


 勝鬨を上げたルミニアに、背中を向ける。


 帰るか……。



「本当に構わないのか、臣護?」

「ああ」



 肩越しに苦笑して、頷く。



「柄じゃないからな」

「……名乗れば、救世の英雄だというのに。それをあっさりと袖にするなど、貴様くらいだろうな」



 英雄だなんて、冗談じゃない。


 人に注目されるのは、まして担ぎあげられるのなんて……想像するだけでも嫌だ。



「俺はこのまま誰にも知られないうちにアースに戻るさ」

「貴様らしい、と言えばそれまでだな」



 笑み、ルミニアが俺に何かを投げつけきた。


 それを受け取る。


 それは、黒い宝石のようなもので作られた、細やかな紋章。



「これは……?」

「希少な鉱物で新しいマギの王族の紋章を象ったものだ。最高の騎士に贈る勲章さ」



 また、大層なものを軽々しく……。



「……騎士も、俺の柄じゃないだろう」

「そう言うな。せめてそれくらい受け取ってもらわなければ、妾としても申し訳が立たないのだ」

「……そこまで言うなら、まあ、貰っておくさ」

「そうしてくれ」



 勲章とやらを、ポケットに収める。



「それじゃあな。ルミニア」

「ああ。また、いつでも会いに来い、臣護」



 おいおい。



「お前は王になるんだろ。そんなやつが、俺なんかと気軽に会っていいのかよ?」

「その勲章を持っている者のどこが『そんなやつ』なのだ?」



 にやり、と。


 ルミニアが笑う。


 なるほどね……まあ、それなら気が向いたら、会いに来るとするか。


 そう、歩き出そうとした――その時だった。



「臣護っ!」



 目の前に飛び出してくる人影。


 ……じじい?


 その顔は、焦燥に満ちていた。



「どうしたんだ、じじい。そんな慌てて」



 ただごとではないことが、ありありと伝わって来る。


 背後からはルミニアの真剣な気配も感じる。



「臣護……落ちついて聞け」

「……本当に、どうしたんだ?」



 こんなじじい、初めて見る。


 ……いや、本当にそうか?


 ここまで慌てるじじいを、前にも一度、見たことがある。


 それは……。




 ――まさか……。




「おい、じじい……!」



 そのことに思い至って、俺も、あらゆる余裕が吹き飛んだ。



「まさか……っ」

「恐らく、そのまさかじゃ」



 重い面持ちで、じじいが頷く。


 っ……!


 そんな……馬鹿な……!



「今、アースから異常事態の報せが届いた……」



 噛み締める強さに、奥歯が砕けるんじゃないかと思った。


 なんて、最低のタイミングでくるんだ……!


 一生来なければいいと思っていた。


 二度と見ることなどなければいいと願っていた。


 だというのに……そんな俺を、まるでせせら笑うかのように。



「おい、臣護。爺。どういうことだ?」



 ルミニアの質問に、答える余裕なんてない。



「アースに、出たのか……っ!」



 それは、俺とじじいだけが知るであろう、俺とじじいが名付けた、最悪の存在。


 それの名前は――、




「《魔界》が……!」


次章に続きます!

次章、最終ですね。



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