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96.陛下の吐息と温もりと


 レティーシアと、首元に薔薇を飾った庭師猫と共に。

 グレンリードは薔薇園の中を進んでいった。


「見事ですね。とても美しいです」

「あぁ、わが王家の、自慢の薔薇だからな」


 薔薇の種類や特徴を説明していく。

 レティーシアは相槌を返しながら、楽しそうに薔薇を眺めていた。

 時折、きらりと。

 金の髪が光を弾き、グレンリードの前で揺れていた。


(……こうして見ると、意外と身長差があるのだな)

 

 レティーシアのつむじが目に入る。


 人間の姿で二人、これほど近くでゆったりと、並び立つことは無かった。

 銀狼の姿の時は見上げていたが、今は反対に見下ろしている。

 長身のグレンリードより頭一つ分以上小さな、華奢な体だった。

 

(人間の姿で会う時は、いつも背筋が伸び堂々としていたから、気づかなかったな……)


 髪のかかる肩に、細い首筋に、つい視線が留まりそうになって。

 意識して、周りの薔薇へと瞳を向けていった。

  

 グレンリードは幾度も、この薔薇園に足を運んでいる。

 薔薇が好きだからではなく、あくまで公務としての一環だ。

 毎年のことで慣れており、今までは特別、心を動かされることもなかったのだが。


(今年の薔薇は……)


 美しかった。

 まるで、レティーシアを彩るように。

 はっとするほど鮮やかに、薔薇が咲き誇っているのだった。


「陛下、あそこでお茶にしましょうか」

「あぁ、そうしよう」


 内心を顔に出すことなく、グレンリードは冷静な表情で頷いた。

 レティーシアがてきぱきと、皿と菓子を広げていく。 

 生粋の公爵令嬢とはとても思えない、ごく手慣れた手つきだ。

 心なしか唇が緩み、楽しげな雰囲気を漂わせていた。


(……料理や食事が、それだけ好きなのだろうな)


 そんなレティーシアの姿を、グレンリードも気に入っていた。

 テーブルにずらりと並べられた菓子の匂いと、レティーシアの持つ香りが混じりあう。

 

 初めて会った時から変わらず、どこか異質な。

 でも今は、甘く甘い。

 食欲と、それ以外の何かをかきたてるような香りだった。


(……私はいったい、何を考えているのだ……?)


 思いつつ、レティーシアの作ってくれた菓子へと手を伸ばす。

 マカロンにマドレーヌ、フルーツタルトにクッキー。

 初めて見る菓子もあったが、どれも美味しく感じられる。

 次へ次へと、グレンリードは菓子に手を伸ばしていった。


「……うむ。こちらの白いマカロンもいけるな。甘いが、甘すぎないような……」

「バタークリームに、塩でアクセントを加えてあります。少量の塩を加えることで、より甘さが引き立ちます。お気に入りいただけましたか?」

「あぁ」


 そう答え、マカロンを味わっていると、レティーシアがマドレーヌへと手を伸ばした。

 頬が緩みかすかに赤らみ、上機嫌な様子だった。


(……マドレーヌが好物なのだろうか?)


 そう思い、グレンリードが見ていると。

 風が吹き、ひらひらと薔薇の花弁が舞ってくる。


「レティーシア」

「ごほほっ!!」


 むせられてしまった。


「いきなり声をかけ、悪かったな」

「いえ、失礼しました。今、陛下は、なんと仰ろうと?」

「おまえの紅茶のカップに、薔薇の花びらが入っている」

「あら、ありがとうございます」


 レティーシアはそう言うと、紅茶へと手を伸ばした。

 薔薇の花びらを、直接つまむつもりだ。

 紅茶が跳ね、ドレスを汚してしまうかもしれない。


「……えっ?」


 咄嗟に、レティーシアの指を握っていた。

 間に合ったようだ。

 紅茶に触れるか触れないかの距離だった。

 グレンリードは小さく息を吐き、ついで吸い込んで。


(甘く、柔らかい……)


 鼻腔をくすぐるレティーシアの香りと、握りこんだ華奢な指先の感触に。


 気づけば、自然と手が動いて。

 もっと近くで、その香りを感じたくなって。

 レティーシアの指を、引き寄せてしまっていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……陛下?」


 一体これは、どういうことだろうか?

 陛下が私の指を捕らえ、離してくれなかった。


 青にも碧にも見える瞳が、じっと私の指先を見つめていて。

 その真剣さに戸惑っていると、指が持ち上げられていく。


 陛下の、薄く形良い唇の間近へと。

 指先に触れる吐息に、そのくすぐったさと距離に、心臓が騒いでしまった。


「陛下、何をなさるつもりで……?」


 先ほどより大きな声で呼びかける。

 思わず、顔が赤くなりそうだ。


「……念のため、紅茶がついていないか確認しただけだ」

 

 私の指を解放し、陛下が紅茶のカップに視線をやった。 


「今、おまえは薔薇の花びらをつまもうと、カップに手を伸ばしていた。もし、指先に紅茶がついていて、垂れてドレスを汚してしまったら、と気になった」

「……ありがとうございます」


 礼を述べつつ、早鐘を打つ心臓をなだめる。


 びっくりした……。


 陛下に触れられた指先が、ほんのりと熱を持ったままだ。

 冷ややかな、氷の彫像のような美貌の陛下だけど。

 人間なのだから体温を宿していて、触れば温もりが残るのだと。

 当たり前の事柄を今、改めて理解した気分だった。




お読みいただきありがとうございます。

おかげさまで5月15日に、書籍版2巻が発売することになりました!


ブクマや評価を入れてくれた方、誤字報告をしてくれた方。

そして書籍版1巻を購入してくださった皆様のおかげです。


感想欄にいただいている感想も、なかなか個別でお返事はできませんが、いつも楽しく読ませてもらっています。


2巻発売のお礼と記念に、小説家になろうに番外編を掲載する予定ですが、

どのキャラを登場させるか迷っているので

感想欄を利用してアンケートを取ってみようかと思います。


アンケート答えられるよーという方は

以下に記した方法で、

この話の感想欄に書き込みをお願いいたします。


◇アンケート方法◇

・この話(「97.陛下の吐息と温もりと)の感想欄に書き込みをお願いします

・以下のキャラの中から一人、番号と名前を書いてください。

※レティーシアは登場することが決まっているので除外

※アンケート期間は次話更新の5月1日23時までの予定です。


1番 グレンリード(人間の姿)

2番 ぐー様(狼の姿)

3番 庭師猫のいっちゃん

4番 従者ルシアン

5番 狼番エドガー


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めましてm(_ _)m アンケート、1番の陛下目線で(笑) 本当は、他者から見たお二方を拝読したいんですが、そーなると、ルシアンでも、いっちゃんでも、弱くて。
[良い点] 初めまして、ここに来て初めてのコメント、失礼します。 最初は本当に、上辺だけの関係だった主人公の2人がだんだんと仲良くなっていくのを感じていると、 「あとどれくらいで気持ちに気が付くかな…
[一言] アンケートは、やっぱり1番 人間のグレンリードです。グーさまも素直でかわいいのだけれど。 イラスト、素敵ですね。お話、楽しみにしています。
感想一覧
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