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94.いっちゃんは物おじしないようです


「いっちゃん⁉」


 声がした方を見る。

 箱型の馬車の上に、お馴染みのグレーの毛皮が見える。

 屋根にのって、ここまでついてきたようだ。


「どうして、ここにやってきたの?」 

「にゃっ!!」


 屋根から飛び降りたいっちゃんが陛下のいる方、薔薇園の近くへと寄っていく。

 いっちゃんは庭師猫だ。

 苺大好きな姿が印象深いけど、庭師猫は植物と密接にかかわる幻獣だった。

 通常、王族以外は入れない薔薇園に、興味がわいたのかもしれない。


「……こいつは……」

「以前お話した、私の離宮に住む庭師猫のいっちゃんですが……」


 いっちゃんは陛下を恐れることも無く、じっと薔薇園を見ている。


 珍しい。

 庭師猫は乱獲された歴史がある。

 いっちゃんもそのせいか、初対面の人間は警戒する性質だ。


 人間以外にも、狼のぐー様に対しても最初様子見をしていた。

 いっちゃんが初めから近寄るのは、相手が苺料理を持っている時くらいだった。


「もしや陛下はどこかで、いっちゃんとお会いになったことがおありですか?」

「……いいや、初対面だ」


 私から視線をそらすように、陛下がいっちゃんを見る。

 するといっちゃんが陛下へと、挨拶するようににゃあと鳴き声をあげた。


「……陛下といっちゃん、仲が良さそうですね」


 陛下、ヘイルートさんとは真逆の、動物に好かれやすい性質なのかも?


 ……猫をかわいがる陛下を想像してみるが、陛下の顔はいつも通りの真顔だった。

 それともあるいは、犬猫を前にした時は陛下も、表情を崩すのだろうか?

 気になって見ていると、陛下がいっちゃんへと口を開いた。


「薔薇園の中へ入りたいのか?」

「にゃにゃっ!!」

「そうか。ならば少し待っていろ」

「……いっちゃんも入ってよろしいのですか?」

「そいつが苺を育ててくれたんだろう? その礼のようなものだ」


 陛下、優しいな。

 猫や、もふもふした生き物がお好きなのかもしれない。

 シンパシーを感じていると、陛下が薔薇園の入口に向かい、すぐに一輪の薔薇を手に戻ってきた。


「レティーシア、ハンカチやリボンなどを持ってるか?」

「こちらに」


 ドレスの隠しから、ドレスの飾りが落ちてしまった時用のリボンを取り出す。

 

「薔薇園に入るには、私の送った薔薇の小物が必要だ。代わりにその薔薇を、庭師猫の首につけてやれ」

「ありがとうございます」


 ルシアンがいっちゃんの首にリボンを巻き、ピンクの薔薇の蔦を絡め飾った。


「ふふ、よりかわいくなったわね」

「にゃう?」


 偶然の組み合わせだけど、意外に薔薇は似合っている。

 元・野良猫(のようなもの〉だったいっちゃんが、一気に上品な雰囲気になっていた。


 薔薇の力ってすごいな、と思いつつ。

 陛下と一緒に、薔薇園の中へ入っていく。

 薔薇園は外周を生垣で囲まれていて、入り口には衛兵が立っていた。

 真鍮の門を抜けると、そこは、


「わぁ……!!」


 咲き誇る薔薇と、ただよう甘い香り。

 青空の下に、一面の薔薇が咲いている。


 優しいピンク。透けるような白色。

 上質なベルベットを思わせる赤薔薇に、淡く紫に色づく蔓薔薇。

 こぼれ落ちるような大輪の、美しく幻想的な薔薇だった。


「見事ですね。とても美しいです」

「あぁ、わが王家の、自慢の薔薇だからな」

「にゃっ!!」


 陛下の言葉に頷くように、鳴き声をあげるいっちゃん。

 ひくひくと鼻を動かし、薔薇を順番に見て回っている。

 尻尾が揺れ、楽しそうにするいっちゃんに続くように、薔薇の間を歩いて行く。

 

 芳しい香りに包まれた、素敵な薔薇園だった。

 小路には薔薇のアーチがかけられ、時折花弁が降ってくる。

 

 植えられている薔薇の解説や、「薔薇の集い」について陛下の説明を受けながら歩いていると、小さなテーブルセットを見つけた。

 白く塗られた小さな丸テーブルに、三脚の椅子が置かれている。

 周囲に咲く薄紅の薔薇と蔦の緑に、よく馴染むテーブルセットだった。

 

「陛下、あそこでお茶にしましょうか」

「あぁ、そうしよう」


 持ってきた小ぶりなバスケットを開け、手早く準備する。

 整錬で作った魔法瓶から紅茶を注ぎ、お菓子を並べていった。

 準備を終え着席すると、いっちゃんも余った椅子へと、ちょこんと座って待っていた。


「陛下、今日は手でつかめるお菓子を並べさせていただきました。どれでもお好きなものから、召し上がってくださいませ」

「……まずは、こちらからいただこうか」


 陛下が手にしたのは、ころんとした形のマカロンだ。

 早摘みのブルーベリーが使われていて、ほんのりとした紫色をしている。


「‼ これは、不思議な食感だな。……おもしろい」


 一口大のマカロンが、陛下の口の中へと消えていく。

 初めはサックリと、でも中はしっとりしていて、口の中で溶けていくような独特な食感。

 間に挟まれたクリームは滑らかに、ブルーベリーの香りを伝えてくるマカロンだ。


「にゃっ!!」


 いっちゃんもさっそく、マカロンを手に取っている。

 選んだのは、もちろん苺味。

 ピンクのマカロンへ、小さな口でかぶりつく。

 幸せそうな顔であっという間に食べ終えると、次の苺マカロンへ手を伸ばす。


「……いっちゃん、もしかして……」


 薔薇園へついてきたの、こっちがメインの目的だったり?

 ここへ来る前に、いっちゃん用の苺マカロンをあげたけど、まだ食べ足りなかったのかもしれない。


「ふふ、いっちゃんも私と同じで、色気より食い気なのかしら?」

「……庭師猫に対し、いきなり何を言っているのだ?」


 マカロンを食べる手を止め、陛下が尋ねてきた。


「いえ、ついこの間、離宮にくる銀の狼に『おまえは本当に、色気より食い気なのだな』と言うような顔で見られたのを、ふと思い出したんです」

「……そうか」


 陛下は頷くと、


「……こいつ、狼の時の私の表情を、そこまで正確に読み取れていたのか。侮れん……」


 何やら小声で、呟いていたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読み取る能力が高いのかぐー様が分かりやすすぎるのかどっちかなぁw
[一言] いっちゃんが珍しく苺以外に興味をもっていると思いきや、目的は苺マカロンだったという……。 ぶれないなぁ~。 そして、レティーシアが勝手に代弁していた、ぐー様の気持ちが割と正確だったとことに驚…
[一言] ひよこの雌雄を見分ける能力もびっくりな狼の表情読み取り能力。バウリンガルよりも優秀やなww
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