92.なぜかとてもしっくりくる姿です
私の匂いをかぎ終えたぐー様は、キースへと碧の瞳を向けている。
「ぐー様、どうしたの? キースが何か気になるの?」
「ぐるぅぅ……」
『別に気にしてなんていないぞ』
そう答えるように、ぐー様がキースから顔をそむけた。
興味などないとアピールしているようだけど……。
体は正直だ。
ぴくりぴくり、と。銀色の耳がキースの方へと向けられていた。
「う~~ん、俺、嫌われてるんですかね?」
「キースの持っている槍が怖い、とか?」
「それは違う気がします。他の騎士に対しては、無関心なんですよね?」
「確かに……」
謎だ。
お互い初対面の時は、特別な反応は無かったはずだけど……。
時々ぐー様はキースに対し、妙な威圧感を発している時があった。
キースと二人首を傾げていると、もこもことした白い犬がやってくる。
サモエド犬に似た、エドガーの伴獣のサナだ。
尻尾をふりふり、こちらへと駆け寄ってきた。
「わふっ!!」
今日もサナはかわいらしい。
口角の上がった口が、まるで笑っているようだ。
綿あめのような真っ白な体で、私の周りを歩き回る。
黒い瞳でキラキラと、期待を込めて見上げてきた。
「いらっしゃい。今日も会えて嬉しいわ」
「くぅぅ~~っ」
掌で、サナの頭を撫でてやる。
頭のてっぺん、耳と耳の間を掴みマッサージ。
サナの口の黒い部分が、うにーっと横へと延びていく。
気持ちいい時、喜んでいる時のサナの癖だ。
「こんにちは、レティーシア様。それにキースさんも、お勤めご苦労様です」
「おぅ。エドガーも、狼たちの世話頑張ってるな」
狼たちを連れたエドガーが、キースと挨拶を交わしている。
人間相手には挙動不審になりがちなエドガーも、獣人で同性であるキースは大丈夫なようだ。
物おじしないキースに釣られ、仲良くしているようだった。
「あ、今日はぐー様もいますね。やっぱり、ここに来てたんですね」
「……やっぱり?」
「狼たちを連れてここに来る途中で、ぐー様に追い越されたんですよ。素早く風のように、こちらに向かっていましたよ」
「ぐー様、そんなに急いでここへやってきたの? もしかして、私に早く会いたいって思ってくれたの?」
「………」
問いかけるも、ぐー様は黙り込んだままだ。
顔はそむけられ、頑なにこちらを見まいとするようだ。
よくわからない狼だなぁ、と思いつつ。
やってきた他の狼たちと遊び始める。
一頭一頭、それぞれの好きな場所を撫でてやった。
「きゅうぅ……」
わしわしと少し強めに、体の横を撫でてやる。
すると狼は体をくねらせ、草の上へと体を倒した。
腹を上にし、じっとこちらを見つめてくる。
「よーしよし、いい子いい子~~~~」
「わふふっ!!」
腹を撫でまわす。
ほわほわ、さわさわ。
背中側より柔らかく、色が薄い毛が手をくすぐる。
狼は夏毛だが、それでも結構な量の毛が生えている。
毛の流れに沿い、そして時には逆立てるようにして。
思う存分もふもふすると、狼がうっとりしていた。
目を閉じ、ぐねぐねと体をこすりつけてくる。
腹を見せるのは信頼の証。
甘えてくる狼に、愛おしさがこみあげてきた。
狼といっしょにうっとりとしていると、
「ぐー様、何してるんですか?」
キースの声が聞こえた。
「花……?」
赤に紫、白に黄色、そしてピンク。
初夏の草原には、たくさんの野草が咲き揺れている。
色とりどりの野の花を、ぐー様がじっと見つめていた。
「ぐー様、花が好きだったの?」
近づき話しかけると、ぐー様がこちらを見つめた。
「……」
少しだけ、緊張してしまった。
碧の瞳が綺麗で鋭く優しくて。
同じ色の瞳の陛下を思い出し、面影が重なりそうになり。
目を離せないでいると、ぐー様の瞳が細められた。
ふっと息を吐き、まるで人間のように笑った……気がする。
「……ぐー様?」
「ぐぅぅ……」
ぐー様が頷いている。
そして何かを確認するように、私と野の花を交互に見つめた。
妙に熱心な様子のぐー様は、もしかしたら。
「その花を食べたくて、私に料理して欲しいの……?」
「がうっ!!」
『失礼な!!』
と言うようにぐー様は鳴くと、
『花を前にして料理を連想するとは、おまえは本当に、色気より食い気なのだな……』
と言わんばかりに、呆れた様子を見せた。
……ぐー様、さっきから花を眺めているし、乙女心を搭載した狼なのだろうか?
「……そうね。だったら……。ぐー様、ちょっと待っててね」
しゃがみこみ、草むらに手を突っ込む。
手早く野草を集め、するすると茎を編んでいく。
「よし!! 完成っ!!」
「ぐぅ?」
花冠だ。
白い花の野草を中心に、少し歪な円形だけど、編み上げることができた。
ぐー様の頭の上にのせてやると、ちょうどいい大きさだった。
「どう、ぐー様? 気に入ってもらえたかしら? 冠をかぶってると、まるで狼の王様みたいね?」
「ぐぅ……」
『ある意味しっくりするが、別に私は、花冠が欲しいわけでは無くてな……』
と、まるで人間のように複雑な表情を見せるぐー様の周りに、狼たちが集まってくる。
狼たちは花冠を見つめると、私を見上げ尻尾を振り始めた。
「……あなたたちも、花冠を作って欲しいの?」
「わふっ!!」「がうっ‼」
我先にと、キラキラした目で鳴いてくる狼たちに。
私は一頭一頭、花冠を作ることになったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「花冠、か……」
人の姿に戻ったグレンリードは、花冠を机の上へ置いた。
レティーシアにお土産にと渡され、なんとなく断りづらく、自室まで持ち帰ってしまったのだ。
(王として、冠ならばかぶりなれているが……)
ささやかな好意のこめられた花冠。
簡素で、素朴で、軽やかで。
狼の姿の時であれば花冠をかぶり、レティーシアを喜ばせてやるのも悪くない、と。
そう思ったグレンリードなのだった。
お読みいただきありがとうございます。
おかげさまで書籍版2巻が出せることになりました!!
書籍化作業を続けつつ、なろうの更新も頑張りますね




