91.ジローのそっくりさん
「レティーシア様、本日はありがとうございました。また近日、お邪魔させてもらいますね」
「私も私も! 今日は楽しかったわ! 今度もよろしくお願いね!!」
ナタリー様は礼儀正しく上品に。
ケイト様ははきはきと明るく。
それぞれ別れの言葉を告げ、和やかな雰囲気で帰っていった。
馬車が見えなくなるまで見送り、笑顔で離宮の中へ戻った。
お菓子作りを介して、ずいぶんと打ち解けられたようだ。
気分よく自室へと入ると、いっちゃんが窓辺で眠っていた。
いっちゃんは最近、私の部屋で昼寝をしている。
レレナの連れてきた黒猫、メランに昼寝を邪魔されないためだ。
いっちゃんはぴくぴくと鼻を動かすと、
「にゃうっ⁉」
くわりと目を開いた。
『苺の香り⁉ 寝てる場合じゃないっ!!』
と言わんばかりに、爛々と瞳を輝かせている。
「ほら、いっちゃん。苺ジャムを使ったミルクレープよ」
「にゃっ!!」
ミルクレープを運んできたルシアンへ、一直線に向かういっちゃん。
「猫まっしぐら……!」
いっちゃんを目で愛でつつ、ルシアンの整えてくれたテーブルへと着席する。
切り分けられたミルクレープを、いっちゃんが涎を垂らさんばかりに見ていた。
綺麗に層を成したミルクレープに、勢いよくフォークを突き刺している。
「うみゃうみゃ、うみゃうにゃ~~~~」
目を細め、いっちゃんがほっぺを動かした。
一口食べるごとに頷く姿はまるで、
『これはいい苺スイーツ。満足満足、大満足!!』
と感想を述べる人間のようだった。
いっちゃん、私とよく苺料理を食べるせいか、リアクションが人間じみてきた気がする。
苺料理には、なみなみならない興味と情熱を持っているのがいっちゃんだ。
このままいけばいつか、苺料理の感想を人間の言葉でしゃべるんじゃないだろうか?
……なんて与太話を考えながら、私もミルクレープを口に運ぶ。
ふわりと、優しい香りが鼻をくすぐる。
香りをかぐと、それだけで心が浮き立った。
歯を立てると、クレープの食感と滑らかなクリームを交互に感じ混じりあう。
卵の優しい甘さに、苺ジャムの甘酸っぱさが弾けるようだった。
目を細め、しっとりとしたクレープを味わっていると、
「にゃっ!!」
いっちゃんが、自分の分を食べ終わったようだ。
いそいそと、まだ切り分けられていないミルクレープに手を伸ばす。
「駄目です。夕飯が食べられなくなりますよ」
ルシアンが素早く、ミルクレープを皿ごと持ち上げた。
「うにゃうにゃ~~~~」
恨めしそうに鳴くいっちゃんが、猫パンチを繰り出そうとするのを止めながら、私もミルクレープを完食したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ぴくぴくと、視線の先で茶色い耳が揺れている。
少し赤味がかった、明るい茶色の毛に包まれた。
ぴんと立った三角の、肉厚のお耳だった。
「ジロー……」
つい、呟きが漏れてしまった。
ふさふさとした茶色の、柴犬のジローにそっくりなその耳。
ジローでないとわかっていても、つい視線が追ってしまった。
「レティーシア様?」
ジローの耳のそっくりさん、もとい、キースが声をかけてきた。
犬耳と尻尾を持つ、若い獣人の騎士だ。
キースは同僚と交代で、この離宮の警備を任されていた。
私が前庭で狼たちを待つ間、時折会話を交わす間柄だ。
「ぼんやりされて、どうなされたのですか?」
「……キースは今日も、この離宮を守ってくれて頼りになると、そう思っていたんです」
「‼ ありがとうございますっ!!」
ぶんぶんと、キースの尻尾がふられた。
ジローと違い、その尻尾はまっすぐだ。
キースの性格もまたまっすぐで、くるくると表情の変わる明るい騎士だった。
「槍の腕には自信があります!! どんな敵が来ようと、必ずお守りして見せます!!」
「わっ!! すごいのね!!」
鋭く風を切り、槍が縦へ横へと回される。
槍の先端は、私の目では追いきれない速さだ。
「まだまだ!! こんなものじゃないですよ!!」
更に速く嵐のように、槍がしなり振り回される。
巻きあがる風圧に、ふわりと髪が舞い上がる。
人より身体能力の優れた獣人の、その中でもキースは精鋭だ。
髪を押さえ感心していると、
「ぐるぅぅぅうぅぅぅぅ」
不機嫌そうな低い鳴き声。
ぐー様だ。
前庭につながる森から姿を現し、うなりながらキースを見ている。
「殺気⁉」
びくりと、キースが身を震わせる。
槍を強く握りしめ、緊張しているようだ。
「……あぁ、びっくりした。ぐー様でしたか。今日もすごい迫力ですね。本当にただの狼ですか?」
「……それは、私も疑問ね」
キースの言葉にのっかると、ぷいとぐー様に顔を逸らされてしまった。
……怪しい。
ぐー様はどうも、人間の言葉を理解している節がある。
偶然かもしれないが、いつも反応が絶妙だった。
「ぐー様、狼基準だとIQ200とかあるんじゃ……?」
「ぐるぅ?」
『あいきゅー? なんだそれは、もしや食材か何かの名前か?』
とでも言うように、ぐー様が首を傾げた。
こちらへと近寄り、ふんふんと匂いを嗅いでくる。
「ぐー様、悪いけど今日は、食べ物は持ってないのよ。そんなお腹空いてるの?」
迫ってくる、黒い鼻先を見ながら呟くと、
『違う。そうじゃない。そこまで食い意地は張っていないからな?』
と抗議するように、ぐー様は鼻を鳴らしたのだった。




